プロローグ その4 払暁前、荒野にて
「しかし、本当に何も無い場所だな」
不寝番を変わってからしばらくした後、ファーレンはポツリと零した。
「野ウサギはいたぞ」
「そんな事を言ってるんじゃない」
レオンの反応に、ファーレンは不機嫌さで返した。
「ここは魔境の最深部に近い。だと言うのに、魔物らしい魔物が見当たらない。わしは本物の魔族ってやつを見たこともないが、その親玉が住むっていう魔王城に近づいているのに配下の一人も現れちゃいない」
言葉を切り、四方の風景にぐるりと視線をくれてからレオンを真っ直ぐに見据える。
「ここはまるで、俺達の知っている、俺達の住んでいる荒野にそっくりじゃないか」
それこそが、今感じている違和感の正体だと言わんばかり口調である。
「少なくとも、『嘆きの谷』からここまでの間はそうなんだろう」
現状について、説明できるだけの判断材料を持ち合わせていないレオンは軽く肩をすくめてみせた。
「だがマリーは、『ここまでの道筋が安全だと知っていた』みたいじゃないか」
ファーレンの疑問に、文字道理レオンは「お手上げ」をしてみせた。
「俺達は、出会う以前のマリーの過去を知らない」
レオンはそれが当然じゃないかと軽くかぶりを振った。
「バランについてもそうだ。マリーの事を一番よく知っているはずの彼が、魔境行きについて反対しなかった。今回の目的地に何があるにせよ、パーティーに決定的な危険が及ぶとは判断していないという証拠だ」
「そんな不確かな根拠で、パーティー全員をここまで引っ張ってきたのかい」
心底呆れた。
ファーレンの言葉にはそんな声色が滲んでいた。
「俺にとっては『冒険者であること』が『生きること』みたいな感じだ。そこには目的や目標がある訳じゃぁない」
「その割には、金儲けの才には秀でているがな」
反撃とばかりに、ファーレンが混ぜ返してきた。
「爺さんは良い武器を作るため。リッテルは恩義を返すため。ナーガはマリーを追いかけて。それぞれに目的をもって生きている」
レオンは、そんな当たり前がまるで当たり前では無いというように言葉を紡ぐ。
「マリーとバランの目的についてはまだ見えていないが、少なくともマリーはその目的のために動いている。だったら、パーティー・リーダーとしてはその背中を押してやるべきじゃないのかな?」
「あいっかわらず、面倒な性格をしているよな。お前さんはよ」
最も古いパーティー・メンバーは、声を立てずに笑ってみせた。
「自分のことは二の次。そのくせ他人が難儀していたら八方丸く収まるように尽力を惜しまない。そのうえ、普通に食う分の稼ぎは商売の才があるから自分の節を曲げる必要が無いときている」
そこまで言って、ファーレンは笑みを消した。
「わしはよ。そんなお前さんが『本気を出す』ところ見てみたいんだよ」
「なんですか、それは」
レオンは思わず聞き返す。
「他人のためじゃなくて、お前さん自身のために全てを賭した戦いをする。生きていれば、否が応でもそういった時が来る。例えば、リーンがお前さんと決別したあの日の様にな」
それはレオンにとっても、忘れられない出来事だ。
「だからこそ、わしは持てる限りの技術を注いでリーンの為の剣を打ってやった。おんなじように、いつかお前さんの為の武器を打ちたくてここまで付いてきてやってるんだぜ」
「・・・」
「だが、そういう時はまだ来ていない。その時が来るのを楽しみにしているから、早い所『本気』になってくれよ」
言いたいことを言うだけ言うと、見回りしてくるとレオンの傍らから離れた。
払暁にはまだしばらく遠かった。




