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巨人の足跡  作者: 宇治金時
二章 昇級試験編
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五話 昇格試験前談

 デイルがギルドに登録してから一月ほどが経った。工事現場の工期に一応の目処が立ち、薬草採取にも慣れてきたデイルは、そろそろ別の依頼をこなしてみるかと思い始めていた。そんな矢先のことだった。


「昇格試験?」

 黒髪短髪の偉丈夫が、反芻するように呟く。冒険者になったばかりの頃に説明を受けた制度だが、自分にはまだ先の話だと思っていたのだ。


「そう、昇格試験。依頼主からの評判も上々だし、ギルドとしても次のランクに上げても問題なしって判断に達したわけ」

 明るい栗色の髪を後ろで束ねた職員リサが、軽快に補足する。あの事件以来、彼女の口調はすっかり砕けたものに変わっていた。


 デイルにとって、昇格は悪い話ではない。受けられる依頼の幅が広がり、より多くの人々に力を貸せる。それは彼が望むことだった。

 ただ――その力で本当に人を救えるのか、それともまた傷つけるだけに終わるのか。答えはまだ出ていない。


 少し考え、「ふむ」と短く頷く。


「その昇格試験、受けたい。どうすればいい」


「ああ、安心して。難しいものじゃないから。ただ、うちに在籍する高ランク冒険者と模擬戦をやってもらうだけ。それで戦闘力を確認するの」

 リサはそう言い、ジト目で付け加えた。

「アドバイスするなら……やり過ぎないこと、かな」


 冗談のように聞こえるが、リサは知っていた。

 あの日、マイブに襲われかけたとき、目の前の巨漢が素手で剣を折ったことを。

 そして、その姿がまるで“橋の巨人”本人であるかのような言動をしていた事を。


「……やり過ぎ?」

 デイルが眉を顰める。


「要は、試験官に怪我させるなって意味よ。うちの看板冒険者なんだから」


「善処する」


 リサは「こいつ分かってるのか?」という顔をしつつ、ふと思い出したように訊いた。


「そういえば武器は?」


「採取の時はエリナから剣を借りている」


「えっ、あれって旦那さんの形見じゃなかった?」


「ああ」


「……あんたねぇ」

 呆れ顔のリサが責めるような視線を向ける。


「工事現場の報酬も入ったんでしょ? いい加減、自分の装備ぐらい揃えなさい!」


 エリナとは既に話が付いているのだがそれをリサにどの様に説明したものかと困ったところに、リサがさらに続ける。


「武器はともかく、防具は要るでしょ。明日、私が武具屋に連れてってあげるから予定空けときなさい!」


「……善処する」


「善処?」

 リサの目が殺し屋のような光を帯びた。


「……分かった」

 デイルは即座に了承した。――ここで死ぬわけにはいかない。



 ---


 翌朝


 デイルは宿屋の前でリサを待っていた。本来ならギルドでいいはずなのだが、「非番だから」と押し切られたのだ。


 やがて宿の角を回って現れたリサを見て、デイルは僅かに目を瞬かせた。


 普段は事務服姿だが、今日は藍色のチュニックに生成りのエプロンドレスを重ね、首からは銀のペンダントが光っている。髪もいつものきっちりしたポニーテールではなく、少し緩めで柔らかい雰囲気だ。


「ずいぶんとめかし込んでるな」


「――はぁ!?」

 小走りで駆け寄ってきたリサは、思わず足をもつれさせそうになる。


「め、めかしこんでません! これが普通!」


「ふむ。いい生地だ。首飾りも凝った意匠だな。似合っている」


「っ……!」

 一瞬フリーズした後、リサは耳まで赤くなった。


「べ、別にあんたのためじゃないから!」

「知っている」

「……この大男……!」


 リサはデイルの袖を掴み、真っ赤な顔のまま引っ張り歩き出す。


 二メートルを超える巨漢を、小柄な少女がズンズンと引きずる。あまりに不釣り合いな光景に、通りすがりの人々が囁く。


「おい見ろよ、でけぇ旦那さんが女房に引っ張られてるぜ」

「朝から尻に敷かれてるなぁ」


「ち、ちがッ! 誰が女房よ!」

 リサは絶叫した。


「リサ、武具屋まであとどれくらいだ」

「……今それ聞く!?」






 ーー





 武具屋の重厚な木の扉を押し開けると、カンカンと鉄を打つ音が響いてきた。

 奥から出てきたのは小柄で腕に筋肉の浮き出た、髭面の武器職人だった。小柄なで筋肉質な体格はドワーフの特徴だった。


「おうリサじゃねぇか。……ん? そっちの大男はこれか?」

 そう言って店主は小指を立てる。


「ちがいます〜」


 ここまで来るまでの生暖かい視線消耗したリサがゲンナリと答える。


「へぇ……」


 ニヤニヤと笑う店主が今度はデイルに言う


「おい大男、こんな可愛い子に世話焼いてもらって、幸せもんだな」

「……? ああ、助かっている」


 即答。

 それを聞いた瞬間、リサの顔は熟れた林檎のように真っ赤になった。


「~~っ!」

 リサは武具屋の床を踏み鳴らしながら、店主に食ってかかった。


「余計なこと言わなくていいの! 早く武器出して!」

「ほう、脈ありか! よし大男! 押せ! いや、押し倒せ! 鉄も女も赤い内に叩け、だ!」


 ドヤ顔で言う店主。


「ふむ……リサ、叩かれるのは好きなのか?」


「人を変態みたいに言わないでくれるかしら」


 リサは疲れたように溜息を吐くと剣呑な笑顔で店主に近づく。


「ねぇ、ヴァイスさん。私、あなたとは今後もいい関係を築いて行けたらって思ってるの」

 にこやかに微笑みつつ、リサの足が机の下でゴリッと店主の脛を踏み抜いた。


「ぐえっ!?」

 店主が情けない声を上げてうずくまる。


「……お、おい大丈夫か?」

 うずくまる店主にデイルが声をかけるがピシャリとしたリサの声に遮られる。


「大丈夫! 頑丈なドワーフがこれぐらいでどうにかなるわけないんだから! ほらヴァイスさん、いつまでも丸まってないで仕事して!」


「でもよ。痛いもんは痛いんだぜリサ……」

 よろよろと立ち上がりながらリサへの抗議を口にするヴァイス。


「知らん。 セクハラするのが悪い。」


「優しくねえなぁ」


「優しくしたらつけ上がる人には優しくしません。 ほら話が進まない。 とっとと仕事に戻りなさい」 


「分かったよ。ーーでデカイ兄さん。俺はここの店主のヴァイスだ。 リサもさっき言ってたが種族はドワーフ。武器防具全般の作成をしてる」


「デイルだ」


「デイル、ね。で?どんな武器が好みだ?見たところ素人じゃねえだろ」


「重いのがいい」


「重い、ねぇ。まぁ、兄さんの体格見る限りだと見栄張ってるわけじゃねえだろ。こいつなんかどうだ。ツヴァイヘンダーって大剣だ重さを利用して敵を斬るんだ」


 そう言って手渡されましたとは普通の大剣だった。デイルが片手でつかんでしげしげと見つめる。


「ちょっと軽い。だがいい剣だ」


「そ、そうかーーならこいつはどうだ」

 そう言って次に店主が手渡したのは大きなハンマーだった。


「いい武器だ。もう少し柄が長くて先が重い方がいいんだが、あるか?」


「ーーああ〜……あるんだけどよぅ。完全に悪ふざけで作ったやつでよ。斧槍なんだが一応手に取って見るか?」

 珍しく歯切れの悪い返答にリサが首を傾げる。


「ナマクラ?」


「ちげえよ……その、あれだ、重すぎて武器としては欠陥っつうかドワーフ二人がかりでようやく持ち運んだって言うか」


「不良品じゃない」


「ドワーフ二人がかりか見せてくれ」

 何を言ってるんだこのデカブツと言わんばかりの表情でデイルを見やるリサ。


「おう、アレだよ」

 そう言って、指さした先にあるのは大きな箱に収められた無骨な斧槍だった。

「仲間と二人がかりで運んであそこに置いて以来ずっとある」


「手に取って見たい」


「取れるならな」

 呆れたような表情のヴァイス。そんな店主の表情を柳に風と浮か流し、斧槍に歩み寄るデイルはその柄を手に取る。

(馴染むな)

 かつて、戦場を共に切り抜けた武器を思い出す感触。


 ゴゴゴ……と床板が悲鳴を上げる。

 ドワーフ二人がかりでようやく運んだ超重量の斧槍を、デイルは片手で軽々と持ち上げていた。


「……は?」

 ヴァイスの口がぽかんと開く。


「……ちょ、ちょっと待って……本気で持ち上げてるの?」

 リサの声が裏返る。


 しかしデイルはまるで水差しでも眺めるような顔で、斧槍をあらゆる角度から確かめていた。

「重さは申し分ない。柄の太さも握りやすい。刃の形状も面白いな」


「お、重さは申し分ない……? いやいやいやいや! これ、普通の人間なら持ち上げるどころか腰壊すからね!?」

 リサがツッコむが、デイルは平然としている。


「ヴァイス、これを買いたい。値段はいくらだ?しかし俺の手持ちで足りるか……」


「……お前、化け物か?」

 ヴァイスは額の汗を拭いながら、震える声で答える。


「でもよ、その武器は実戦で使うこと考えてねえぞ? 一振りしたら地面ごと叩き割る代物だぜ」


「ふむ、少し振ってみたいのだが、武器をそう言った場所はあるか?」


「それ、本当に実戦で使えるのか?」


「そのつもりだ」


「ちょ、ちょっと待っててくれ」


 そう言って店主は店を飛び出していった。


「デイルさん」

 震える声でリサがデイルに語りかける。

「その武器昇格試験で使っちゃダメよ」


「ーー何故だ」


「死人が出るからよ!」








 ーー







 暫くして息を切らせたヴァイスが戻って来るなり「ついてきてくれ」と言ってまた店をでる。

 リサとデイルは互いに顔を見合わせて首を傾げながらヴァイスの後に付き従う。

 暫く歩くと郊外に立つ一軒の小屋の前でヴァイスが立ち止まる。


「え?ここって……」

 連れてこられた場所がどこだか判明した途端リサが呟く。そしてヴァイスを何か言いたげに見つめる。

「ヴァイスさん?何か企んでます?」


「すまん興奮しすぎて色々すっ飛ばしちまったが兄さん、その武器が実戦形式で使って見たいよな!な!」


「実戦?いや、さっきリサにこれは人に使うなと……」


「大丈夫!人じゃねえ!ならいいか?」


「まぁ、人で無いなら。なんだ?魔物でも勝ってるのか?」


「へへ、惜しいな」

 そう言ってヴァイスは薄く笑うと大声で小屋に向かって叫ぶ。

「エメラダ!連れてきてやったぞゴーレムの実戦データ収集の協力者だ」


「は?ゴーレム!?」

 リサがギョッと声を上げた。


「そうだ!人形兵器よ! 人じゃねえし、壊しても直せばいい!最高だろ!」

 ヴァイスの顔は子供のように輝いている。


「最高って……!あんた正気なの!?」


「正気も何も、俺の夢だったんだ! 自分の鍛えた武器でゴーレムを粉砕する光景を見るのがよ!」


 キラキラとした目で童心に帰るヴァイスをリサが酸素を求める魚のような表情で見ていと小屋のドアがゆっくりと開いて、家主が姿を現した。


「ヴァイス、そんな大声で……おや、そこの大きな彼がゴーレムの戦闘試験に付き合ってくれるっていう?」

 エメラダは美しい金髪をざっくり後ろで結わえ、身につけている白衣のようなローブは墨やら煤やらで所々黒ずんでいる。

 手には分厚い革手袋、首からは大小の工具がじゃらじゃらと吊り下がってい。そして、人より長く尖った耳は正しくエルフの証、多くは森の中で自然と共存して暮らすが、中には町で人と共生する変わり者もいる。


「エメラダさん……」

 リンドブルの魔女と称されるエメラダの研究小屋では日々怪しげな実験が行われてるとかいないとか。


「やあリサ人間の間隔では久しいになるのかな。それで隣の彼が協力者か名前を伺っても?」


「デイルだ。リサとは知り合いなのか?」

 デイルの問にはエメラダでなくリサが答えた。


「一応、ギルドのBランク冒険者よ。滅多に姿を見せないけど」


「先輩というわけか」


「まぁそんな御大層なもんじゃないよ。研究資金がちょっと足りない時とかに少しね」

 エメラダは指で輪っかを作りながら言う。

「それで、私の戦闘用ゴーレムとの模擬戦をしてくれるって聞いてるんだけど間違いない?」


「それはお前の役に立つのか?」


「デイルさん!?」


「どうかしら、ある程度いろんなデータが取れれば役に立つ立つかしら。あ、別に壊しても構わないから、壊せるなら。ヴァイスが急に私のゴーレムが破壊されるのを見たいとか言うから一応ね」


「そうか、善処しよう」


「何を善処するんだ」

 疲れた目で呟くリサを置いてきぼりに、デイルとゴーレムとの模擬戦が始まろうとしていた。


「ところでゴーレムはどこだ?見たところいないようだが」

 辺りを見回しながら言うデイルにエメラダが答えた。


「今出すよ」

 そう言って、土色の宝石を地面に投げると宝石は地面に溶けるように消える。そして宝石が消えた場所の地面が隆起しメキメキと音を立てながら巨大な人型を形作っているーーそうして形作られたのはデイルですら見上げる土くれの人造巨人、ゴーレムだった。


「さぁ、始めましょうか」


「やったれ兄さん!」


「えぇ……」


 巨人対人造巨人の対戦が今ひっそりと始まろうとしていた。 

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