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巨人の足跡  作者: 宇治金時
1章 ギルド登録編
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二話 冒険者

 エリナに冒険者への登録方法を聞いた後、彼女らの家を後にした。


 ふと足を止め、振り返るとノルンが窓から身を乗り出し、小さな手を一生懸命に振っている。思わず頬が緩みそうになったが、慌てて表情を引き締めた。


 エリナに教わった道を思い出しながら歩く。すれ違う人々は、目つきの悪い薄汚れた大男を一目見るなり、さっと視線を外し足早に遠ざかっていった。


 やがて町の中央通りへと出る。冒険者ギルドはその一角に構えていた。石造りの頑丈な建物に、両開きの扉が堂々と取り付けられている。


(……ここが、冒険者ギルドか)


 しばし立ち止まった後、意を決して扉を押し開ける。鼻を突いたのは、酒精と汗の入り混じったむせ返るような臭気。その奥から押し寄せる喧騒。


 酒場を兼ねたロビーでは、昼間だというのに大声で武勇伝を語り合う者、博打に興じる者が入り乱れていた。粗野で下卑た熱気――それはデイルがかつて傭兵として過ごした日々を否応なく思い起こさせた。


 一歩踏み込んだ瞬間、板張りの床がぎしりと軋む。

 その音を合図にするかのように、飲んだくれていた冒険者の一部が顔を上げ、デイルを見やる。


 二歩、三歩と進むごとに、集まる視線は増えていく。


「でけぇ……新人か?」

「いや、丸腰じゃねえか。依頼人だろ」

「だがあの目つき……ただ者じゃねえな」


 低い囁きがそこかしこで飛び交い、ざわめきは次第に大きくなっていった。

 その空気を切り裂くように、場違いなほど明るい声が響く。


「こんにちは! 冒険者ギルドへようこそ! ご依頼ですか?」


 声の主は、カウンターの奥から顔を出した若い女性だった。栗色の髪を後ろでひとつに束ね、にこやかに手を振っている。


 無言でカウンターへ歩みを続けるデイルを、受付の笑顔は崩れることなく迎えた。


「冒険者登録の手続きをしたい」


「はい、冒険者登録ですね。……えっ、登録ですか?」


 笑顔を保ちながらも、一瞬だけ目を瞬かせる受付。


「ええと……武装されていないようですが。もしかして宿に装備一式を置いてあるとか?」


「いや、無い」


「……無い。本当に、一つも?」


「無いとなれないのか?」


 受付が言葉を失った隙に、周囲の冒険者たちが口々に囁く。


「あいつ正気か?」

「新人だって剣ぐらい持ってくるぞ」

「ありゃただの張り子の虎だな」


 受付は軽く咳払いして彼らを黙らせ、再び笑顔に戻った。


「いえいえ、そういうわけじゃありません! 登録自体は問題なくできますよ。ご安心ください。すぐに手続きに移りますね!」


「……頼む」


 内心、胸をなでおろすデイル。漕ぎ出す前から暗礁に乗り上げるかと思った。


「登録に必要なのは、お名前と年齢、それから簡単な経歴です」


「デイル。二十六歳。一年前まで傭兵だった」


「はい、承知しました」


 受付は軽く頷き、慣れた手つきで羊皮紙に書き込む。驚くでもなく、ただ事務的に――しかし明るい調子を崩さない。


「それでは、こちらで冒険者カードを作成しますので、少しお待ちくださいね」


 そう言い残し奥に消えて行く受付を見送り、手持ち無沙汰になったデイルの肩がぽんと叩かれる。


 振り向くと、デイルより幾分背の低い男がニタニタと笑いながら立っていた。


「おい、新人。元傭兵ってのは嘘だろ? 丸腰で冒険者登録に来る傭兵なんざ聞いたことねぇ」


 酒臭い息を吐きかけながら、男は肩に手を乗せたまま顔を近づける。


「なぁ、ド素人のお前に俺が冒険者のイロハを教えてやるよ。格安でな」


 そう言って、金を要求する仕草を見せる。


「……すまん。生憎、今は持ち合わせがない」


 デイルは低く、淡々とした声でそう返した。


「おいおい、わからねえかな? 俺は親切で言ってやってるんだぜ。素直に言うことを聞いた方が身のためだ」


 肩に置かれた手に力が込められ、声が低くなる。


「……そうか。だが無い袖は振れん。諦めろ」


「っち……どうやらお前は本当に偽物の傭兵らしいな。いいか?俺の機嫌を損ねるんじゃねぇぞ」


 デイルは短い溜息を吐き、淡々と返した。


「忠告は聞いた。そろそろ解放してくれないか?」


「おいてめえ! 舐めてんじゃ……」


「お待たせしました――はい、ストップ。マイブさん、何してるんです?」


 カードの発行を終えた受付が戻り、デイルに絡む男を冷ややかに見据えて言い放った。


「っち! 面倒なのが来やがった」


 男は小さく舌打ちし、言い訳を口にする。


「何でもねぇよ。ただこいつに冒険者の心得を教えてやってただけだ。……な?」


 マイブがデイルに目配せし、話を合わせるよう促す。


「……そうだな。何も問題はない」


 デイルも事を荒立てまいと短く応じる。


 受付は暫く目を細めて二人を見比べていたが、やがて溜息を吐き、手を腰に当てて言った。


「とにかく、これからデイルさんに説明がありますので、マイブさんは離れてください」


「……ちっ、わーったよ」


 マイブは肩をすくめ、大げさに手を挙げて見せると、背を向けてロビーの奥へと歩き去った。

 だが、すれ違いざまに受付の女性を鋭く睨みつける。


(チクショウめ……余計な口出しをしやがって。覚えてろよ、小娘)


 彼の目には、陰湿な光がちらついていた。


――


 マイブが去っていくのを見届け、受付は大きく溜息をついた。


「デイルさん、大丈夫でした?」


 気遣わしげに声をかける。


「荒くれ者が多い冒険者の中でも、あの人は特に問題があるんです。女性や新人を狙って絡むことが多くて……」


 そう言ったあと、彼女は小さく首を傾げ、少し恥ずかしそうに言葉を継いだ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はこのギルドで受付を担当しています、リサといいます。これからよろしくお願いします」


 短く自己紹介を済ませたリサは、小さな板に似た冒険者カードを差し出した。


「はい、これが冒険者カードです! まずは新人さんはEランクから。簡単な雑用とか採集依頼から始まりますね」


「……ふむ」


「ランクはEから始まって、D、C、B、A、Sって上がっていきます。実績を積めば昇格審査を受けられるんですよ」


「昇格……試験があるのか」


「はい! ただし試験っていっても戦うだけじゃなく、依頼達成数や信頼度も大事なんです」


「傭兵と違って腕だけじゃ駄目、ということか」


「その通りです! あと依頼は討伐、護衛、採集の大きく三種類。報酬はギルドを通して支払われるので安心してください。ただ、ちょっとだけギルド税が引かれますけどね」


「……仕方あるまい」


「最後にギルドの掟です。依頼の放棄、仲間や一般人への暴力はご法度。違反すれば罰金か除名です!」


「随分とお行儀がいい」


「そうしないと秩序が保てませんからね。……まぁ荒くれ者も多いですけど」


 リサは肩をすくめて笑った。


「それで、この後はどうしましょう。何かその……ご依頼は受けられますか?」


 丸腰のデイルを眺め、躊躇うように言うリサに対してデイルは短く頷いた。


「頼む」


「それでは、もしよかったらなんですが、お近くの武具店とかご紹介……」


「生憎金が無い。このままで大丈夫だ」


「ですよね~」


 ボロボロの服を着たデイルは、お世辞にも金を持っているようには見えなかった。


「依頼と言えば、薬草の採取依頼が出ていなかったか?」


 デイルの問いかけに、リサは暫し考え込み、それからぱっと顔を明るくした。


「はい、あります! 薬師のエリナさんからの依頼ですね。……あれ? ご存知ですか?」


「ああ、さっき会った」


「それならちょうどいいですね。こちらが依頼書です」


 リサは一枚の羊皮紙を差し出す。依頼内容と報酬額が簡潔に書かれ、下部には「依頼達成の証として依頼者の署名または拇印を受けること」と記されていた。


「採取を終えたら、その依頼書を持ってエリナさんのところへ行ってください。依頼者に確認してもらってサインか拇印をいただきます。それをギルドに持ち帰っていただければ、報酬をお支払いします」


「……了解した」


 デイルは依頼書を受け取り、懐にしまった。


「でも気を付けて下さい。薬草採取って意外と知識が必要なことなんです。薬草摘んだつもりが雑草ばかりとか、処理が雑で使い物にならなかったりとか……」


「問題無い」


 デイルの短く確信に満ちた返答にホッと胸をなでおろすリサ。


「そうですか、よかったです。デイルさんが薬草の知識をお持ちで」


「いや、無いが」


「ぇ゙!?」


 リサの口から受付にあるまじき声が出た。


「処理の仕方や見分け方は本人達に聞けばよかろう」


「え、でもそれだと採取というよりも……」


「問題無い、物覚えはいい方だ。一度聞けば次からは自分でできる」


 そう言い切ると、デイルは背を向けて颯爽とギルドを後にした。


 ぽかんと口を開けたまま見送るリサ。


「……え、えぇ? 採取依頼って、普通は冒険者自身が現地でやるもので……」


 慌てて言葉を探すも、もうデイルの姿は扉の向こうに消えていた。


「……採取依頼じゃなくて護衛ですよ、それ……ええ、本当にいいのこれ?」


 リサは顔を引きつらせ、小声でぼやく。本来、護衛的な性質を含む依頼を任されるのはCランク以上――新人のEランクが受けられるものではない。


 だが、デイルの大きな背中はもう扉の向こうに消えた後だった。


「規約違反ってわけじゃ……ない、ですけどね……よし私は何も聞いてない!」


 自分に言い聞かせるようなその声は、喧噪に紛れて誰の耳にも届かなかった。

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