一三話 イリスの本領(仮)
イリスによるギルドでの放火未遂という前代未聞の騒動を経て、行われた納屋の解体と荷物整理は、ほぼデイル一人の手によるものだった。
イリスは最初こそ魔法で荷物をふわりと浮かせて得意げだったが、移動させるのは苦手らしく、結局は手で運んではへたり込む。ありがたい講釈──「質量を上向きの加速度ベクトルに変換して〜」──も、数分後には汗で髪が顔に張りついていた。
新戦力としての期待は元から薄かったが、イリスはその期待を裏切らず、後半は木陰で目を回して倒れている。とはいえ、その日だけで解体と移動を終えたデイルは、驚く依頼者から完了のサインをもらい、仕事は終了した。報酬の銀八枚はイリスと折半だ。
デイルは、目の前でうまそうに料理を頬張る少女を眺めながら、ふと疑問が浮かんだ──この娘はこれまでどうやって生計を立てていたのだろう。
「デイルさん、今日一日見てて思ったけど、やっぱり無意識に魔法で身体強化してると思うわ」
唐突にイリスが言う。喋るたびにパンくずがこぼれ落ちて、見っともない。
「食べるか、話すか、どっちかにしろ」
そう言うと、イリスはリスのように頬を膨らませ、もぐもぐと飲み込んだ。
「つまりね、デイルさんは魔法で身体能力を上げてるの」
「そうなのか」
「うん。でも無意識の強化だから、大したものじゃない。確かに筋力は上がってるけど」
便利な魔法だ──だからこそ、こう問わずにはいられない。
「イリス、お前は筋力強化できないのか? 昼間、手伝ってくれたら楽になるだろうに」
イリスは少し哀れむような目を向け、子どもを諭すように答えた。
「体力を数値化したとして、筋力が1の人間が強化しても意味がないのよ。せいぜい1が2か3になるだけで……それ以上強化しようとすると肉体が爆ぜるわ。花火みたいに」
その視線はデイルに向けられるものではなく、イリス自身にこそ向けられるべきだ。
「よく歩けるな……虫けらですら生ぬるい」
「身体強化のおかげよ!」
……待て。さすがに言いすぎたかもしれないと思った矢先、彼女の口から飛び出したのはその返事だった。強化のおかげ? 今のが強化後?
「……明日から少し運動しろ。俺も付き合ってやる」
このままではイリスが死ぬ──デイルはそう思わずにはいられなかった。
「なら私もデイルさんに身体強化を教えて上げる」
成る程、悪くない。身体能力が上がれば今まで以上に効率的に仕事がこなせる。工事現場の依頼も捗るかもしれない。
「魔法を教わるのにどれぐらい掛かるんだ?」
「なんで?」
「金は払う」
「嘘、マジ?」
「技術を教えるんだ。報酬はもらうべきだろう」
後、速く自立して欲しい。
「じゃあ、一日で銀一枚でどう?」
少し考えてイリスが言ったのは存外に庶民的な金額だった。正直もっとふっかけられると思っていた。
「安いのかわからんが、相場なのか?」
「相場より安いけど、別にいいわよ。もうすぐ本が書き上がるからそれ売れば暫くお金に困らないし。デイルさんには命を助けられたし」
「本?」
目の前の少女が?何を?絵本か?
「そう、魔法の本。私、これでも一応それなりに有名な魔法使いなの」
この娘がどうやって生計を立てていたのかの謎が解けた瞬間だった。確か本は貴重だと聞くが……
「因みに本はどれぐらいが相場なんだ?」
興味本位で聞いてみた。
「ものによるけど、安くて金三〇枚とかじゃない?魔法書関係なら倍は堅いかしら」
何でもないように告げられたとんでもない事実に、デイルは飲んでいたエールを口から吹き出した。
「何故行き倒れる」
「魔法使いってお金がかかるの。特に私みたいな魔力があまりない魔法使いはね。本当に、凄くーーキャッシュフローって大事よね」
デイルの心からの問いかけにイリスは力なく笑って答えるのだった。
魔法使いの金銭感覚はおかしい。
しかし本を出す?有名な魔法使い?
「歳は?」
聞かずには居られなかった。
「二五歳だけど、何で?」
デイルの問にイリスはキョトンと答える。
デイルとほぼ同じである。少女ですら無かった。こんなの詐欺だ。ギルドで行き倒れ、体から獣臭、服からは漁港の臭いをさせ、人前で下着姿で胡座をかいて、ギルドでは放火未遂まで起こした女である。いい大人だと?
「その……随分、若々しいな」
「そう?有り難う」
頬に手を当てて照れるイリス。違う、褒めたんじゃない。
ーー
昨夜、幾つかの驚愕すべき事実が発覚したがデイルのやることは変わらない。いや少し変わった。
「ーーはあ、はあ……おぇっ!」
息も絶え絶えで無駄に手足をばたつかせながら走るイリスの横をデイルが光の消えた眼で走る。いや、ほぼ足踏みだ。遅すぎてこれはこれで疲れる。
「遅く走る魔法とか使ってないか?」
「……うぷっ!おぇぇ!」
デイルの疑問は這いつくばるイリスの口から流れる濁流によって押し流された。
このままではイリスが死んでしまう。
ツンとした臭いに鼻腔を刺し貫かれながら。デイルは思った。
「イリス、悪かった。明日からは歩く事から始めよう」
どうやら自分はイリスを買いかぶっていたらしいとデイルは密かに反省する。
「だ、大丈夫。なんか運動すると頭が働く感じがする。後、なんか吐いたらスッキリした」
運動?十分そこそこ、牛歩の様な速度で前進しつつ、不思議な踊りを踊ってる様にしか見えなかった。
浮かびかけた思考にデイルは頭を振る。彼女が運動だと言うならそれはきっと運動なのだ。そういうことにしておこう。テラテラ光る口元をローブの袖で拭いながら、その輝きが笑顔にまで染み込んだようなイリスを見て、デイルは静かに目を伏せた。
後であのローブは洗わせよう。ギルドでまた異臭騒ぎが起る。
二五歳児爆誕
構想段階ではクールな皮肉屋でした。




