十二話 魔物討伐の問題点と放火未遂
イリスが加入した後、素寒貧の彼女を放っておくわけにもいかず、デイルが宿代を立て替えることになった。
「持っている宝石を売ればいいだろう」と言うデイルの提案に、イリスは泣きそうな顔で「この子達と別れるくらいなら野宿する」と返した。宝石には妙に高貴な名前が付けられていた。
終いには何かを思い出したように「アントワネット……」とさめざめと泣き出した。彼女の言うアントワネットは試験の時に無駄に消費した宝石だったらしい。聞いてもいないのにそう教えてくれた。
「消耗品に名前をつけるな。愛着が湧く」
唯一、デイルからイリスに贈られたアドバイスだった。
ーー
ともあれ、加入してしまったものはしょうがない。翌日、デイルはイリスと共にギルドへ向かった。早く自立してほしい。
デイルが先日取りそびれた納屋の解体と荷物整理の依頼書を引っ剥がし、受付へ持って行く。
「ーーどんな組み合わせよ」
イリスとデイルの組み合わせを見た瞬間、リサの口からそんな言葉が漏れた。デイルにも説明のしようがなかった。
「なり行きだ」
「ふーん、なんか不安になる組み合わせね」
「そうか」
全く仕方のない奴である。とても言いたげな視線をイリスに向けるデイルに、リサが一刺し。
「ーーあなたも大概だからね」
「そうか」
「そうよ」
沈黙。じっとりした視線でデイルを見つめるリサの脳裏に、デイルとの短い付き合いの記憶が蘇る。なんだか数年は付き合ったような気分になる。思い出すだけで疲れる。でも世話になったのも事実だから、嫌いにはなれない。だからこそ腹が立つ。
(いけない、仕事仕事。)
デイルのやらかしや、助けられたことなどを思い出し、感情の処理に迷った挙句、沸々とした感情が湧き上がりかけたが、なんとか歯止めをかけるリサ。
「依頼でしょ?」
「ああ」
言いながら依頼書を差し出す。
「納屋の解体荷物整理ね……せっかくDランクになったんだから魔物討伐とかも受ければいいのに。報酬もいいし……それに得意じゃない?そっちの方が」
「必要ならやる」
「うーん、まぁ、今は大丈夫だけど最近ちょっとおかしいのよ」
「そうか」
「ねえ、少し話を膨らませる努力ってのをしてもいいんじゃないの?」
デイルは先を促したつもりだったが、リサには伝わらなかったらしい。睨まれる。
「……話を聞こう」
「全く……最近、今まで見なかった魔物がちょくちょく出るのよ。数も日増しに多くなってるから、討伐を受けることも考えておいて」
「生態系が変わっている可能性があるな」
「あら、よくわかってるじゃない。原因はアレン君達に頼んで調査中だけど、まぁ、多分強力な魔物が近くに住み着いたんでしょうね」
確定情報ではないと付け加えた上で、リサが声を落として言う。
「スタンピートが発生する可能性は?」
「なんとも言えないわね。無いと思いたいけど……」
難しい顔でリサが言う。スタンピートは魔物がパニックを起こして押し寄せる現象だ。発生原因は様々だが、強力な魔物に住処を奪われた在来の魔物が大規模な縄張り争いを始め、興奮して人間の集落などを襲うという事例も過去にはあった。
「分かった。魔物討伐も受けるようにしよう。死体はどうすればいい」
「正直、回答に困るのよね。ギルドとしては魔物の死体は焼いて処理してほしいのが本音。腐れば病気の原因になるし、別の魔物を呼び寄せることもある。でも死体の処理まで義務化したら、冒険者なんてやってられないわよ」
リサは肩をすくめる。
「使える素材の多い魔物ならまだいいのよ。毛皮や牙、骨なんかは職人に人気だし、解体して持ってくる冒険者もいる。でも、それ以外の部位は重たいし、結局現地に放置されることが多いの」
「つまり、放置でも構わないってことか」
「身も蓋もないけど……まあ、そうね。でも本当、問題になってるのよ。人里に近い魔物の死骸はギルド側で処理や回収の依頼も出すけど、そんなに払えないのよね」
「持ち運び可能な焼却炉がほしいってこと?」
リサの言葉を黙って聞いていたイリスが、ぽつりと口を開いた。
「まぁ、そんな都合の良いものがあればだけどね」
それを聞いたイリスはペタンと床に座り込み、道具袋から巾着を取り出すと、ためらいもなく床にぶち撒けた。色とりどりの小さな石がギルドの床に音を立てて散らばった。宝石ではない。
「ちょっと何してるの?」
驚いて受付から身を乗り出してイリスを嗜める。
「どれだったかなあ?」
周囲の目などお構いなしに、カラフルな石ころを手に取ってうんうん唸るイリス。
「これ……だったかなあ?」
自信なさげにその石を手に取ると、持っていた杖の先に無理やり取り付けた。確認とばかりに魔力を流し込むと、勢いよく、そして高音の炎が杖の先端から吹き出した。
「ちょっとぉ!」
ギルドで火気を使うというイリスの凶行に、リサが悲鳴じみた声を上げる。
「あ、良かったこれだ」
イリスが頷きながら炎を止めると、布で無理やり結びつけていた石ころが杖からポロリと落ちた。布は灰になっていた。
「この石ころ、宝石ほどじゃないけど魔法の触媒になるの。その中に私の魔法式を組み込んであって、魔力を流すと魔法が発動する仕組み。……なんだろう、メモみたいなもの?……兎に角、後は魔力がない人がこれをどうやって発動するかが課題かしら。燃料に魔石を使う?うーん……魔石から魔力をどうやって抽出するかが……てか魔石から魔力を取り出すのにまた魔法が必要って……めちゃくちゃ効率悪い……あれ?それよりこれ杖に付けとけば詠唱要らなくない?応用性に欠けるのが欠点だけど意外にこれは……」
早口でまくし立てるイリスはリサに話しているようで、その実誰にも話しかけていなかった。後半は完全に独り言になって、自分の世界に入り込んでいた。
「ヤバい楽しくなってきた。デイルさん、私やることができたから帰る!」
「何処に帰るんだ……働け、素寒貧」
イリスの宿は一日分しか取っていない。
「屋内で炎なんか出すんじゃないわよ!」
リサが青筋を立てて絶叫する。いよいよもってカオスの様相を呈したギルドの受付前の状況を収めたのは、意外な人物だった。
「ゴーレムの性能テストの協力者を集いに来てみれば、なかなか面白そうなことをやってるじゃないか」
白衣姿のエメラダが、興味深そうに場を見渡していた。
「エメラダ……」
突然の乱入者に、リサは頭を抱える。
「ゴーレム!?」
イリスがエメラダをキラキラした瞳で見つめていた。正確には、エメラダを通して彼女の所有するゴーレムを見ていた。
「デイル君、ちょうど良かった。私のゴーレムの性能試験に付き合ってほしい。もちろん報酬は払う」
「明日でもいいか?」
「構わないよ。それにしても……」
エメラダはイリスの方を見て、興味深そうに目を細める。
「そんなクズ石に形になった魔法式を組み込むとは……差し支えなければ、どうやったかをお聞きしたいのだが、難しいかい?」
「興味あるの?」
「ああ、大いに」
目を輝かせるイリスに、怪しげに笑うエメラダ。ギルドの受付を占拠しての魔法談義を、リサとデイルはただ呆然と聞いていた。
ちなみに、何を言っているのか全く分からない。
オタク同士の会話は、常人が踏み入っていい領域ではないのだ。
彼女らの会話はデイルが止めるまで続くこととなった。イリスとデイルは当初の予定通り納屋の解体に赴き、エメラダはギルドにゴーレムの性能試験の依頼をデイル名指しで出すと去っていった。ようやく落ち着きを取り戻す。ギルドの受付には疲れた顔の受付嬢だけが残っていた。
ちなみに、ギルド内で火気をぶっ放すという凶行について、リサがイリスを問い詰めたところ――思い出したかのような口調で語ったのは、「あれを使って小型の焼却炉を作れないかと思った」という発想だった。始めに言え。
リサは今しがたまで起こっていた出来事を思い出し。その全てを吐き出すかの様な深い溜息を吐く。
ヤバい奴とヤバい奴が出会ってしまった――リサの予感は、後に見事に的中することになる。




