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第18話 最後の副官、カカオの涙

荒野を越え、勇者は「チョコレートの谷」と呼ばれる魔王領最深部に足を踏み入れた。

そこはかつて甘く香る豊かな土地だったが、今は澱んだ闇とほろ苦い空気に満ちている。


「……発酵もしない、膨らまない。生地すら沈黙する地……か」


勇者は静かにパン捏ね台に布をかけ、立ち上がった。


そして、その前に現れたのは――


「勇者……あなたをここで止めるよう、魔王様より命を受けています」


姿を現したのは、深紅のローブに身を包んだ男。

目元に冷たい苦味を湛え、手にはチョコレートで装飾された杖。


「我が名は――カカオ・ノワール。甘くも苦い、魔王陛下の右腕」


「……甘さの奥に、狂気のカカオ。ふむ、焼きがいがありそうだ」


「何が“焼きがい”だ。お前は最初から最後まで、パンしか見えていないのか!」


カカオが構えた杖から、黒い魔力の波動が放たれる。

それはまるで溶けたチョコレートのように、地面を這いながら勇者に迫る!


「……チョコソースか。バターと合わせてブリオッシュ風にできそうだ」


「ふざけてるのか!? 違う!これは呪いだ!!」


勇者は即座に背中のリュックを開き、武器を取り出す。


「……今日の相棒は――スコーン・ブレイカー」


カッチカチに焼き固められたプレーンスコーン。

四角く、重く、しかもジャム入りで地味に痛い。


振り抜いたスコーンが、カカオの魔力を弾き飛ばす!


「なっ……!? パンが呪いに勝つはずが――」


「パンは呪いも断つ。なぜなら、心を温めるからだ」


「お前の理屈、毎回ポエムなのやめろ!!!」


戦いの最中、カカオの記憶がよみがえる。


――幼き日、飢えに苦しんでいた自分に、一切れのチョコ入りフランスパンをくれたパン職人の笑顔。

――だが、魔王軍に加わり、自らそれを踏みにじってしまった過去。


「私は……甘さに憧れた。でも、もう戻れない……!」


「戻れるさ。パンは、焦げても焼き直せる」


「うるさい!それはパンの話だろうが!!」


最後に放たれた、渾身のダークカカオ波!


勇者は構えた。


「焼き加減、ミディアムハード!」


スコーン・ブレイカーが直撃!

カカオの魔力は粉砕され、男は地に崩れ落ちた。


「……どうして、パンで、こんなにも……」


「パンは、世界を焼き直す力があるんだよ」


「……泣かせにくるな。なんでパンで感動してるんだ俺……」


勇者はそっと、ホワイトチョコ入りのスコーンを男の前に置き、歩き出す。


背中越しに、カカオの涙がスコーンに一滴落ちた。


――甘く、ほんのり、しょっぱい味。

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