第1話 パンで戦えって誰が言った!?
「――勇者よ! 魔王を討ってまいれ!」
王の玉座に響き渡る声。
でも、その場にひざまずく男の顔は、どう見ても絶望しかなかった。
「……あの、俺、パン職人なんですけど?」
場が一瞬で凍りつく。
王様は胸を張って言い放った。
「だからこそだ! パンは民の力、希望の象徴! お前なら魔王を倒せる!」
「いや、だからどういう理屈!?」
隣で控えていた兵士も慌てて口を挟む。
「陛下、本当にこの者で……?」
「パン職人だからこそなのだ!」
「理由になってねぇ!!」
男――いや、勇者にされたパン職人は、頭を抱えた。
かくして、パン職人の勇者は強制的に魔王討伐の旅に出ることになった。
支給されたのは剣でも盾でもない。
魔導携帯オーブンと数本のバゲット。
兵士:「お前、それで戦うつもりか?」
勇者:「戦う? 焼くんだよ。」
「戦いの意味変わってるから!!」
最初の任務は近隣の村で暴れている魔物退治だった。
村に着くと、広場で狼のような魔物が牙を剥いている。
村人:「た、助けて勇者様!」
勇者はオーブンの扉を開けた。
「ちょうどいい、焼きたてだ。」
村人:「何のんきにパン焼いてるの!?」
取り出したのはこんがり焼けたフランスパン。
構えは……まさかのバット持ち。
魔物が突進してくる。
勇者は一歩踏み込み――
バキィィィィン!!!
フランスパンのフルスイングが魔物の顔面を捉えた。
魔物は白目を剥いて吹っ飛び、動かなくなる。
沈黙。
兵士:「……え?」
村人:「……え? え? なんでパンで?」
勇者:「焼きたては硬さが違う。」
「そういう問題じゃねぇ!!」
勇者は勝利の余韻に浸りながら、パンを一口かじった。
「……やっぱり焼きたてが一番だな。」
兵士:「今食うなよ!!」
勇者:「時間が経つと味が落ちるんだ。」
村人:「そういうことじゃない!!」
こうして、
パン職人勇者の魔王討伐の旅は、焼きたての香りと周囲のツッコミとともに始まった。