エリーゼの依頼
「貴方達に依頼したいことがあります」
私がそう告げた瞬間に、よろず屋の三人――いや、リューナに関してはほぼ変化なしだったが――ラウルとギドラスの顔に真剣な色が浮かび上がってきた。
先程までの気の抜けたような様子が成りを潜めたことに、軽薄そうであってもプロであることを悟り、ほんの少しだが安堵することが出来た。
「ある人物について調べてもらいたいのだけど、出来るかしら?」
「身辺調査もよくある依頼だから問題ねぇけど……誰を調べれば良いんだ?」
「私の婚約者である、ヴェルヌス・フォン・レグニウス様について」
「へぇ、そりゃまた凄い名前が出てきたな」
ラウルの促しでその名を口にすると、彼が興味深そうに呟いてみせた。
他の二人にしても声には出していないが、こちらの言葉に関心が向けているのが肌で感じられた。
それもそのはずだろう。
レグニウスとは、王国でも有数な公爵家の中でも一際権力を持つ家名である。片やアストラーゼは男爵家……同じ貴族としての地位を有するが、あまりにも立場に差があり過ぎるのである。
「その縁談はどちらから持ちかけたものなのですか?」
「それは……」
リューナからの問いに、つい言葉を濁しそうになるが、依頼する立場として情報は正しく開示しなくてはならないと思い直して、
「ヴェルヌス様からよ。社交界でお会いした時から、その、熱烈なアプローチを掛けられていてね」
言葉にすると気恥ずかしものがあったが、事実なのだから仕方がない。
「一目惚れってところかぁ……で、俺達はヴェルヌスの何を調べれば良いんだ?」
ラウルの口振りに思わず顔を顰めてしまう。
公爵家の跡取りであるヴェルヌスのことを呼び捨てにするとはなんと不敬なのだろうか……と普段であれば、説教の一つでもせずにはいられなかったが、今回に限って言えばそのヴェルヌスに疑いの目を向けていることもあり、喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
「私のことを見初めていただいているだけなら、それはとてもありがたいことなのだけど……アストラーゼが曰く付きの家系であることは知っているかしら?」
「あぁ、忌み子の家系だろ」
事も無げに言ってのけるラウルに対して、シルヴィアが身を乗り出そうとしたので、それを手をかざすことで制する。向こうは向こうでリューナとギドラスが物言いたげにラウルを信じられないものでも見るかのように睨み付けている。
しかし、知ってくれているのであれば、話が早い。
「数百年前、王家に降り掛かった厄災を肩代わりしたとされることが由来になったこの噂は、今も貴族の間では真しやかに語られているわ」
どのようにして肩代わりしたのかなど詳細の多くは語られていないが、今の世でもアストラーゼの血には災いの混ざっているとされているのである。それ故に今日でもアストラーゼはその身に厄災を押し留めて王家を守っているとも語られている。それが曰く付きの家系が絶えることなく続いている理由ではあるが、
「好き好んで、災いの血と交わろうとする貴族は皆無と言って良いはず……だったのよ」
現に入り婿である父も平民出身であり、多額の金を積まれたことで母と結婚したのだと噂されている。
「なるほど……だから何か裏があるんじゃないかと睨んでるってことか」
「実際、レグニウス公爵家には黒い噂が絶えない、というのもあるわ」
やれ、裏で悪事を働いて私腹を肥やしているだとか、過激なものでは国家転覆を目論んでいるだとか様々な噂が流れているのは確かだ。だが、どれも証拠という証拠がないため、絶大な権力を持つ公爵家を妬んだ他家の嫉妬混じりの誹謗中傷というのが有力視されている。
だが、
「それに、これはあくまで個人の感想に過ぎないのだけど……ヴェルヌス様からは空恐ろし何かを感じていて――彼との婚約は是が非でもお断りしたいのよ」
「じゃが、公爵家の申し出とあっては男爵家としてはそう易々と断るわけにもいかんじゃろうな」
ギドラスの言う通り、父に何度訴え掛けた所でまともに取り合っては貰えなかった。
しかし、このままでは何か良くないことが起きそうな予感が日に日に増してきているのである。
どうにかしなければ、という思いで行動してきた結果、シルヴィアの導きでここに辿り着いたのだ。心許なさは否定出来ないが、他に頼る伝手がない以上、どうかこの依頼を引き受けて欲しいと願い、彼らに頭を下げる。
「確証のある話ではないこと、そして危険が伴うことは重々承知しているつもりよ。だけど、どうかこの依頼を受けてもらえないかしら」
「確かに、調査に乗り出すには根拠が薄いし、相手が相手なだけに勘違いでしたごめんなさいじゃ済まされねぇだろうなぁ」
ラウルの口振りから拒否の可能性を感じ取り、唇を強く引き結ぶ。
やはり駄目か、と諦めの念が全身にのしかかってくる。
いかに依頼達成率100%を謳っている彼らであっても、公爵家を相手に危ない橋を渡るのは避けたいのだろう。そのことも想定していなかった訳ではないが、いざ断られそうな流れになってくると、自身の見通しの甘さに嫌気を覚えてしまう。
「だけど――すんげー困ってるってのは伝わってきたからさ。この依頼、受けさせてもらうぜ」
「……え?」
ラウルの言葉に思わず顔を上げて、呆然と彼の顔を見つめてしまう。
「受けて、くれるの……?」
言われた言葉を受け止めきれずに、たどたどしく言葉が漏れてくる。
それを見たラウルが不敵な笑みを浮かべながら断言してくる。
「あぁ、良いぜ。受けた依頼は100%解決、よろず屋テンペスターにお任せあれだ」
「もう一度聞くけど、本当に良いの? 確証のある話ではないし、下手をすれば公爵家を敵に回すことになりかねないのは分かっているの?」
「それについてはそっちもだろ? それにほら、アレだよアレ――俺の直感がレグニウス公爵家に何かあるって告げてるってことで」
根拠などないはずなのに、自信に満ちたその言葉に、胸の奥が、目頭が熱くなるのを感じる。
私が感じていた言いようのない不安を受け止めてもらえたことに、先程まで感じていた疑念などは吹き飛び、感謝の念と共に頭を下げる。
シルヴィアのことは信頼しているが、それでも私と二人だけでは調査にも限界があった。それがここに来てようやく力添えしてもらえる相手を見つけたことに、安堵の息が自然と零れ出てくる。
――あとは、これで……
これで、目の前の彼が、半裸の上から簀巻きにされて天井から吊り下げられていなければ、本当に良かったのだけれど……どうにかならなかったのかしら……




