祝杯
三日後、再び領主館の会議室で話し合いが行われることが決まり、その際に報奨金として100金貨を受け取る約束を取り付けたシマたち。
ひとまず大きな成果を得たことで、彼らはようやく「トーコヨ」宿へと戻ってきた。
すでに日は沈み、宿の1階にある酒場では夕飯の準備が進められていた。
木造の建物特有の温かみのある空間には、焼き上がる肉の香ばしい匂いと、香辛料の効いたスープの湯気が漂っている。
入口をくぐると、すぐに家族たちの声が飛んできた。
「あっ、お兄ちゃんたちが帰ってきた!」
一番に気づいたのはメグだった。
彼女はぱっと顔を輝かせ、シマへと駆け寄ってくる。
「おかえりー!」
ケイト、ミーナ、ノエル、リズも笑顔で迎える。
「遅かったな」
トーマスが腕を組みながら言った。
「随分と話し込んでたんだな」
クリフがテーブルの上で指を軽く叩く。
「ご飯はまだ食べてないんだろう?」
ロイドが気遣うように声をかけた。
「僕たちもこれからだよ」
オスカーが笑う。
その横では、すでにザックとフレッドが酒を手にし、早くも飲み始めていた。
「お前ら、飲むの早すぎるだろ……」
シマは苦笑しながら仲間たちのもとへと歩み寄った。
「今日は豪勢にいくか」
彼がそう言うと、ジトーが大きく頷きながら拳を掲げた。
「おう! 祝杯をあげようぜ!」
その言葉に、他のメンバーたちもざわめく。
「なんだなんだ?」
「いいことでもあったのか?」
サーシャが小さな声で、しかし確かな興奮を込めて言った。
「三日後には100金貨が手に入るのよ」
その瞬間、場が一気にどよめいた。
「ヒューッ!」
クリフが口笛を吹く。
「おいおい、マジかよ?」
「すっげえ大金じゃないか」
「どういう話をしてきたんだ?」
周りの酔客たちに聞かれないよう小声で驚く者、目を丸くする者、それぞれが興奮を抑えきれない様子だった。
「まあ、そういうわけだ」
シマは落ち着いた口調で言いながら、給仕を呼び、注文を始めた。
「私、お酒を飲んでみようかしら」
サーシャがふとつぶやく。
彼女の言葉に、他の者たちも興味を示した。
「じゃあ、私も」
エイラが微笑むと、ケイト、ミーナ、ノエル、リズ、ロイドも「試してみたい」と口を揃える。
「それなら、まずは軽めの酒にしたほうがいいでしょう」
給仕が勧めたのは、果実酒だった。
甘みがあり、初心者でも飲みやすい。
一方で、シマとオスカー、そしてメグは酒を注文しなかった。
「俺はいいや。酔っぱらって大事な話を忘れたら困るし」
シマが言うと、オスカーも「僕も同じ理由で遠慮するよ」と頷いた。
「私はまだ飲んじゃダメって決まってるもん!」
メグは小さく腕を組みながら、ちょっとだけ不満げに言った。
「メグが飲んだら、シマに怒られるからな」
ロイドがからかうように笑う。
メグは「 そんなことしないもん!」とぷくっと頬を膨らませた。
「じゃあ、改めて……乾杯しようぜ!」
ジトーが音頭を取る。
「シャイン傭兵団の未来に!」
「乾杯!」
ジョッキやグラスが打ち鳴らされ、酒場に心地よい音が響く。
料理が次々と運ばれてくる。
「これ、すっごく美味しい!」
ミーナが目を輝かせながら、大きな骨付き肉にかぶりついた。
「このスープも最高ね。スパイスが効いてるわ」
エイラが器を両手で包み込みながら、香りを楽しんでいる。
「んーっ! この肉、柔らかい!」
ケイトも嬉しそうにナイフを入れながら食べ進める。
一方、サーシャは果実酒をひと口飲むと、目を瞬かせた。
「あれ、意外と飲みやすい……?」
「だろ? 果実酒は甘いし、アルコールも弱いからな」
ザックがグラスを傾けながら言う。
「でも、飲みすぎると後で効くぞ?」
クリフがからかうように言うと、サーシャは少し不安そうにしたが、「ほどほどにするわ」と微笑んだ。
ロイドも酒を口にしながら「これなら飲めるな」と頷く。
「いい夜になりそうだ」
フレッドが楽しそうに笑いながら、またジョッキを傾けた。
こうして、シマたちはシャイン傭兵団として祝杯を楽しんだ。
戦いと困難に満ちた日々の中で、ほんのひと時の安らぎと喜びに浸る夜。
シマは椅子の背にもたれながら、食事の合間に話し始める。
「まあ、あらかた片付いたってところだな」
「ん? 何がだ?」
クリフが骨付き肉をかじりながら尋ねる。
シマはジョッキの水をひと口飲み、落ち着いた口調で話し続けた。
「リーガム領の問題のことさ。今回の報奨金100金貨は、その解決に対するものだ」
家族たちは食べるのを止め、改めてシマの話に耳を傾ける。
「交渉はエイラがしてくれた。俺たちは戦って、問題を片付けただけだが……報奨金を受け取れたのは、エイラが話をまとめてくれたおかげだな」
「エイラ、すごいわ!」
ケイトが目を輝かせる。
「ふふ、当然よ」
エイラは笑いながら軽くグラスを傾けた。
「それから、領主の男爵についても伝えておく」
シマは肉を切りながら続ける。
「かなり衰弱していたが、運よく俺の知っている薬物が使われていた。それを見て、…それなりに適切な処置を施せた。だから、命に別状はない」
「へえ……そうだったのか」
「つまり、領主が元気になれば、これからのリーガム街も安泰ってことでいいのかい?」
ロイドが確認するように言った。
シマは頷く。
「その可能性は高い。もっとも、今はまだ病み上がりだからな。実務はマリウスが代理で取り仕切ることになるだろうが…あと、富くじを導入しようと提案した」
「富くじ?」
「詳しい説明は省くが、俺たちにとっても利益のある話になる可能性がある。交渉はまたエイラに任せっきりになっちまうが……」
「まあ、私に任せなさい」
エイラが肩をすくめるように笑う。
「それと、近々スニアス侯爵領から商隊がリーガム街に訪れる」
「商隊か……馬車の中身が気になるな」
「どうせ人身売買か違法な奴隷売買でしょうね」
「だからこそ、徹底的に検めることになる」
シマは真剣な表情で言った。
「それと、リュカ村にも動きがある」
「リュカ村?」
「軍、憲兵、それから役所の支所を置くことになった。軍については様子を見ながら配置することになるだろうが……まあ、問題はないはずだ」
「ふむ。軍が駐留するとなると、治安は良くなるか」
「その通りだ。それから、新たな村長にはマリウスの側近三人のうちの誰かが選ばれることになるだろう」
「なるほどな……」
ザックが酒を飲みながら考え込むように呟く。
「それだけじゃない。商店を何軒かリュカ村に置くことを商人組合にマリウスが打診してくれる。」
「商店が増えれば、村も発展するだろうな」
「ああ。今後の発展が楽しみだ」
そんな話をしていると、突然、トーマスが立ち上がった。
「……ありがとう」
彼は深々と頭を下げる。
「…感謝している。これ以上ないくらいにな」
場が一瞬、静まり返る。
しかし、すぐにザックが豪快に笑った。
「ワハハ! よせよ、俺たちは家族だろう! あたりめえのことだろうが!」
「そうだそうだ!」
「いちいちこんなことで頭を下げるんじゃねえ」
フレッドも笑いながら肩を叩く。
トーマスは照れくさそうに座り直したが、その表情には確かな感謝の色があった。
その時、ジトーが思い出したように言った。
「そういや……出頭命令のこと、話してなかったな」
「出頭?」
「ああ。ブランゲル侯爵が俺たちに興味があるらしい」
シマが言うと、他のメンバーが驚いた顔をする。
「一か月以内に、城塞都市カシウムに来いって話だ。…カシウムに行く前に、一度リュカ村に立ち寄るつもりだ」
シマは静かに杯を置き、真剣な表情で言った。
そしてトーマスに視線を向ける。
「リュカ村にいる家族たちと、しっかり話して来いよ」
トーマスは一瞬驚いたようだったが、すぐに頷く。
「ああ、そうだな……しっかり話してくるよ」
そのやり取りを聞いていたノエルが、いたずらっぽく微笑みながら口を開く。
「勿論、私も連れて行ってくれるんでしょう?」
トーマスは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべる。
「…ああ、ついてきてくれ」
彼の言葉には、照れくささと嬉しさが入り混じっていた。
周囲の仲間たちは、そんな二人のやり取りを見守りながら、それぞれの杯を傾ける。




