会議終了
リュカ村の新体制についての議論がまとまりかけた頃、シマが再び口を開いた。
「次に、教会の運営を考えなければならない。」
会議室内の空気が再び引き締まる。
「確かに……このままではリーガム街の教会は神父と助祭を失い、事実上の無秩序状態になるな。」
マニー・シモンズが頷く。
「それだけじゃないわ。」
エイラが少し眉をひそめながら言った。
「神父と助祭を死刑にしたことで、エスヴェリア神聖王国の反応が気になるわ……。」
その言葉に、会議室の空気がさらに重くなる。
「神父と助祭、そしてシスター・クレアは、エスヴェリア神聖王国から派遣されたのよね?」
エイラがクレアの方を向く。
「その通りです。」
クレアが静かに頷いた。
「つまり、神聖王国の教会から見れば、彼らは公式な教会の一員だったということか。」
マリウスが確認するように言う。
「そうなります。」
クレアは表情を曇らせた。
「下手をすれば外交問題になりますな……。」
マニー・シモンズが険しい顔で呟く。
「神聖王国はリーガム領の内政に直接介入してくるんでしょうか?」
ギーヴ・コーエン(領軍副団長)が腕を組みながら尋ねた。
「可能性は低いですが、教会を通じて圧力をかけてくることは十分にあり得ます。」
クレアは冷静に分析する。
「もし彼らが『派遣した神父と助祭を正当な裁判なしに処刑した』と主張すれば、こちらの正当性を示す必要がある。」
「正当性か……。」
マリウスは少し考え込み、側近たちを見渡した。
「ブランゲル侯爵家に助力を頼むべきですわ。」
エイラがそう提案すると、マリウスはゆっくりと頷いた。
「確かに、ブランゲル侯爵家を通じて事を穏便に進めるのが得策かもしれない。」
「…具体的にどう動きますか?」
ハインツが尋ねる。
「まずは、ブランゲル侯爵家に正式な報告を送る。今回の裁判と処刑の経緯を詳細に記し、リーガム領内での正当な処置であったことを明確に伝える。」
「加えて、神聖王国の教会に対して新たな神父の派遣を要請するのはどうでしょうか?」
クレメンス(執事長)が提案する。
「それはいいな。こちらが完全に敵対しているわけではなく、教会の再建を望んでいると示せる。」
「それと、今後の教会の運営についてだが……。」
シマが再び口を開いた。
「まず、エスヴェリア神聖王国の影響を完全に排除するか、それとも最低限の関係を維持するかを決める必要がある。」
「完全に排除するとなれば、リーガム領独自の教会を設立しなければならないな。」
ビリャフが言った。
「だが、それは神聖王国に対する明確な敵対行動と見なされる可能性がある。」
ポプキンスが懸念を示す。
「だからこそ、まずはブランゲル侯爵家を通じて交渉するのが重要だと思います。」
エイラが再度念を押すように言う。
「まずは現実的な選択肢として、エスヴェリア神聖王国に新たな神父の派遣を要請する。そして、その神父の活動を制限するルールを設けるのはどうだ?」
シマが提案する。
「例えば?」
「**教会の財務管理を領主館が監督する。**神父の権限を必要最低限に抑え、不正が起こらないようにするんだ。」
「それなら、教会が独断で動くことはできなくなるな。」
マニー・シモンズが納得するように頷く。
「教会が必要以上の権力を持たないよう、神父とは別に、教会の管理人を設置するのも一案かもしれません。」
クレアが提案する。
「それなら、神聖王国との関係を維持しつつも、リーガム領内での教会の暴走を防げる。」
「いい案だ。今後の教会の運営はその方針で進めよう。」
マリウスが最終的に決断を下した。
決定事項
ブランゲル侯爵家に協力を要請し、エスヴェリア神聖王国への外交的な対応を進める。
新たな神父の派遣を要請しつつ、活動を制限するルールを設ける。
教会の財務管理を領主館が監督し、不正を防ぐ。
教会の管理人を設置し、神父の権限を抑える。
「これで、神聖王国との無用な衝突を避けながら、教会の運営を安定させることができるだろう。」
マリウスがそう締めくくると、会議室内の緊張が少しだけ緩んだ。
長時間に及んだ会議はようやく終盤を迎えていた。
「では、これで本日の会議を締めよう。」
マリウス・ホルダーがそう告げると、会議室にいた者たちが少し安堵した表情を見せた。
リーガム領の今後について、多くの議論が交わされた結果、三か月ごとに定期的に領主館で会議を開くことが決まった。
各部門の進捗や問題点を定期的に確認し、迅速な対応を取るための措置だ。
これにより、リーガム領の統治はこれまで以上に透明性を増し、機能的になるはずだ。
「…では解散だ。シマたちは残ってくれ。理由は二つある。」
マリウスはそう言うと、シマに視線を向けた。
会議室にはマリウス・ホルダー、側近の三人、執事長とシマたち。
「シマ、君たちに関係する話だ。」
シマは少し眉をひそめながら、「俺たちに?」と首を傾げる。
マリウスは手元の書簡を取り出し、会議の場で広げた。
「ブランゲル侯爵家から書簡が届いた。」
室内の空気が一変する。
「内容は、『一か月以内に城塞都市カシウムへ出頭せよ』というものだ。」
マリウスは少し困ったような表情で答えた。
「一つ目は、君たちが以前リュカ村の村長と息子をボコボコにした件についてだ。」
「……ああ、あの件か。」
シマは思い出して鼻を鳴らした。
リュカ村の元村長一家──違法な奴隷売買に関与し、村を私物化していた。
最終的に逮捕され、現在は違法な奴隷売買の罪で死刑が確定している。
「あいつはもうすぐ処刑されるんだろ? なのに、今さら俺たちに何の用だ?」
「問題になったのは、君たちのやりすぎた行動じゃない。」
「じゃあ何だ?」
「僕が王家特別監察官4人と共にいた時の話だ。」
マリウスは言葉を選びながら話し始めた。
「監察官の1人ジャン・クレベルが『監察官4人がかりで一斉に襲いかかっても、君たちには掠り傷ひとつ負わせれば上出来だと』言ったことなんだ」
「……ほう?」
「その話を、僕がブランゲル侯爵に報告した。」
「おいおい……」
シマは頭をかいた。
「つまり、ブランゲル侯爵は俺たちの力に興味を持ったってことか?」
「そういうことになるね。」
マリウスは苦笑する。
「僕の意図としては、『君たちが優れた傭兵団である』ということを強調しただけだったんだが……結果的に侯爵家の関心を引くことになった。」
「なるほどな……面倒なことになったな。」
シマは深いため息をついた。
「書簡には、**『ぜひ会ってみたい』**と、侯爵イーサン・デル・ブランゲル閣下からの言葉が記されている。そしてもう一つの理由。」
マリウスは真剣な表情に変わる。
「僕の父上の病状について、君たちに見てもらいたい。」
「……お前の親父さん?」
「そうだ。」
マリウスの声には、かすかに焦りがにじんでいた。
「元家宰のドノバンが言うには、どのような毒かは分からないが、仕入れた商人からは『微量を少しずつ摂取させればいい』と言われていたらしい。」
「その商人は…すでにいないってことか。……医者はどうにかできなかったのか?」
「毒の種類が特定できなければ、解毒のしようがないと言われたらしい。」
「……なるほどな。」
シマは腕を組んだ。
「それで、俺に何をしろと?」
「正直、僕にも分からない。」
マリウスは率直に言った。
「だが、君たちの知識なら何か手掛かりがあるかもしれないと思った。」
「俺は医者でもないんだが……」
シマは渋い顔をしたが、最終的に肩をすくめた。
「…まあ、行くだけ行くさ。ただし、俺に期待しすぎるなよ?」
「それで構わない。」
マリウスは頷いた。




