会議
リュカ村。
午前10時頃1台の馬車が城塞都市カシウムに向かっていた。
村長の次男・ミニック、商店の店主・ズミネ、そして従業員のンフである。
「クソッ…親父もゴブタも使えねぇ…!」
ミニックが吐き捨てるように言う。
村長とゴブタは手足を折られ、動くことができない。
足手まといになると判断し、見捨てて逃げることを選んだのだった。
「とにかく、城塞都市カシウムに行きましょう。そこからノルダラン連邦共和国へ渡れば追手は来ませんよ…!」
ズミネがそう言った時だった。
「誰が行かせるかよ。」
突然、馬車の前に二人の男が現れた。
瞬く間に彼らの視界が闇に包まれる。
「…シマの奴、人使いが荒すぎんだろ」
「朝、リーガム街に戻って証文、書類を渡したら、また、リュカ村へ行けって言うんだからよ…」
ぼやくザックとフレッド。
同じ頃、リーガム街では、リュカ村に50人の領軍兵を派遣する準備が整っていた。
だが、その時、待ったをかける人物が現れた。
リーガム領憲兵司令官・クリヤー・シャハリである。
背が高く痩せた男。どこか陰湿な雰囲気をまとっている。
「マリウス様。我々憲兵隊も、ぜひこの件に助力したい。」
その言葉に、マリウスは内心で苦笑する。
(功績が欲しいだけか…。軍に手柄を独占されるのが気に入らないんだな。)
とはいえ、ここで彼を不機嫌にさせるのは得策ではない。
「協力はありがたい。では、追加で20人の憲兵を派遣してもらおう。」
マリウスは冷静にそう言い、領軍兵50人と憲兵20人をリュカ村へ向かわせることを決定した。
翌日。会議の開幕
リーガム領主館の広々とした会議室には、すでに多くの人々が集まっていた。
この場には、マリウス・ホルダーをはじめとする領主館関係者、軍関係者、商人組合、役所の代表、市民代表など、リーガム領の主要な決定権を持つ者たちが一堂に会していた。
そして、その中に明らかに異質な存在がいた。
シマ、エイラ、ジトー、サーシャ──彼ら**『シャイン』傭兵団**のメンバーである。
彼らが席に着いた瞬間、会議室内の一部の者たちは訝しげな視線を向けた。
「傭兵がこの場に……?」
「会議は領内の重要な決定を行う場だぞ。」
「マリウス様、これはいかがなものかと……。」
小声でささやき合う者たちがいた。
その空気を察したマリウスは、すっと立ち上がり、ゆっくりと場を見渡した。
そして、疑念の視線を向ける者たちに向かって、堂々と説明を始めた。
「君たちが訝しむのも無理はない。」
そう前置きすると、マリウスはシマたちの方を示した。
「だが、彼らはただの傭兵ではない。」
会議室にいた者たちが静かに耳を傾ける。
「彼らは『シャイン』傭兵団として、今回の一連の事件において多大な功績をあげた者たちだ。リュカ村の不正を暴き、奴隷売買の証拠を押さえ、実行犯を捕縛する際にも活躍した。さらに、ルダミック商会の関係者の裏の動きを掴み、商人組合の不正を暴く手助けもした。今回の件がここまで明るみに出たのは、彼らの協力があってこそだ。」
そう言い切ると、ざわめいていた者たちが静まり返った。
マリウスはさらに続けた。
「そして、ここにいる者たちは、誰一人として上も下もない。立場に関係なく、忌憚のない意見を述べてほしい。この会議の目的は、リーガム領の未来を決めることだ。それを成すには、偏見や先入観を捨て、最も良い道を模索しなければならない。だからこそ、彼らのように実際に現場を知る者たちの意見も、非常に重要だ。本日の会議においては、**発言の機会は平等である。**立場や肩書きを理由に、発言を制限することはしない。そのつもりで、皆も忌憚のない意見を述べてほしい。」
マリウスの言葉が会議室内に響き渡った。
しばしの沈黙の後、ギーヴ・コーエンが静かに頷いた。
「…私も彼らの話を聞いてみたい。」
それに続くように、他の者たちも納得した様子で頷く。
訝しんでいた者たちの視線が、少しずつ変化していった。
そして──
「では、会議を始める。」
マリウスが低い声で宣言すると、全員の視線が彼に集まった。
「まず、リュカ村の村長一家、商店の店主と従業員は、すでにリーガム街へ移送され裁判は公正に行われた。村長一家は——死刑(絞首刑)、店主は——終身刑(強制労働)、従業員、——財産没収、追放、三日後に刑の執行を行う。」
これには参加者たちも異論はなかった。
「街の住民たちには、裁判と刑の執行を事前に告知すること。正当な手続きによって罪人を裁く姿勢を示し、民の不安を払拭することが重要だと思います。」
クレメンスが静かに言うと、皆が頷いた。
次に話し合われたのは、リーガム領の今後についてだった。
「今回の事件で分かったことは、統治機構が腐敗し、監視の目が行き届いていなかったということだ。」
マニー・シモンズが厳しい口調で言う。
「不正な商会の暗躍、教会の腐敗、役所の怠慢。これらが重なり、犯罪が見過ごされてきた。再発を防ぐためには、新たな監視体制を構築する必要があります。」
「その通りだね。」
マリウスが同意する。
「まず、役所の財務部門は、二重チェック制度を導入する。アンソニー・ギデンズ、君の提案を採用しよう。」
アンソニーは少し安堵した表情を見せる。
「次に、商人組合にも監視機関を設ける。カレマル、組合内に不正調査のための部署を新設しろ。」
「承知しました。」
カレマルは渋々ながらも頷いた。
「そして、領軍と憲兵の役割の明確化だ。」
マリウスは、マニー・シモンズとクリヤー・シャハリに視線を向けた。
「今後、街の治安維持は憲兵の役目、外敵や反乱分子への対応は領軍の役目とする。互いに干渉しすぎることは控えるべきだ。」
「……まあ、妥当ですな。」
マニー・シモンズが頷き、クリヤー・シャハリも不満げながらも了承した。
「さて、問題はリュカ村だ。」
マリウスの言葉に、会議室が静まり返る。
「村長一家は処刑される。となれば、村を統治する新たな者が必要だ。」
カレマル・イガナが腕を組んで言う。
「リュカ村は、元々は独立性が高かった。しかし、それが仇となり、違法な奴隷売買が横行する村になってしまいました。新たな指導者を置くにしても、誰を選ぶかが問題ですな。」
「領軍から派遣するべきか?」
ギーヴ・コーエンが提案する。
「それは最も手っ取り早い方法でしょうが、村人の反発を招く可能性があります。」
クレメンスが慎重に言う。
すると、ゴーギャンが口を開いた。
「村の中に、まともな人間はいなかったのか?」
マリウスは考え込み、やがて言った。
「村の住民たちは、奴隷売買に加担していなかった。…むしろ被害者だろう。…彼らは長年村長に支配されてきたせいで、統治に適した人材がいない可能性が高い。」
「それなら、外から送り込むしかありませんな。」
マニー・シモンズが言う。
「候補者を選び、慎重に見極めるべきでしょう。」
マリウスは結論を下した。
「それまでは、リュカ村の監視を強化し、違法行為が再発しないようにする。」
鍛冶職人ゴーギャンが手を挙げた。
「街の人間として、一つ意見を言わせてもらっていいか?」
「言ってくれ。」
マリウスが促す。
「今回の件で、リーガム街の統治が揺らいだのは間違いねぇ。だが、今後はどうすんだ?」
「具体的に何が不安だ?」
「例えばよ、今回の件で他の商会が暴利を貪るようになったらどうする? ルダミック商会は証拠がねぇってことでお咎めなしだが、あいつらがまた何か仕掛けてきたら?」
これには一同も考え込む。
「確かに、対策が必要だな。」
マリウスは少し考えてから言った。
「今後、商会の取引を監査する役職を新設する。役人と商人組合、そして市民代表の三者による監査委員会を立ち上げ、不正を未然に防ぐ。」
「なるほど、それなら少しは安心できるな。」
ゴーギャンは納得した様子で頷いた。
長時間にわたる議論が続く中、シマが静かに手を挙げた。
「俺から提案がある。」
マリウスが頷くと、シマは落ち着いた口調で話し始めた。
「リュカ村の村長は、側近の一人に任せたらどうか?」
この言葉に、会議室内が少しざわついた。
「側近の一人……つまり、リーガム領に忠誠を誓う者を直接送り込むということかい?」
マリウスが確認する。
「そうだ。今回の件で明らかになったのは、リュカ村の自浄作用が完全に機能していなかったということだ。村人の中から新しい村長を選んでも、結局また不正が生まれる可能性が高い。」
シマの言葉に、マニー・シモンズが頷く。
「確かにな。リュカ村の住民は長年、腐った村長一家の支配を受けていた。いきなり自治を与えても、まともに統治できるとは思えん。」
「村の人間ではなく、リーガム街の側近の中から適任者を選び、しばらく統治を任せるのが賢明だろう。」
「なるほど……」
マリウスは少し考え込み、側近のハインツ、ポプキンス、ビリャフを見渡す。
「……確かに、適任者がいるなら、それが最も安全だ。しかし、誰を送るかが問題だね。」
「それについては、慎重に選ぶ必要があります。」
クレメンスが補足する。
シマはさらに続けた。
「もう一つ提案がある。リュカ村に、軍・憲兵・役所の支所を置いてはどうか?」
「支所だと?」
クリヤー・シャハリ(憲兵司令官)が眉をひそめる。
「リュカ村はこれまで、外部からの監視の目がなかったために、好き放題やられてきた。そこで、村にリーガム領の直轄機関を設けることで、不正を防ぐんだ。」
「なるほど……支所の設立によって、軍、憲兵、役所が常に村の様子を監視できるというわけか。」
マニー・シモンズが腕を組みながら言った。
「そういうことだ。特に役所の支所は重要だ。村の取引を適正に管理し、不正な商業活動を防ぐために、役人を常駐させるべきだ。」
「確かに、それがあれば、また奴隷売買のようなことが起きる可能性は低くなるな。」
アンソニー・ギデンズ(役所代表)も納得した様子で頷く。
「憲兵の支所も必要か?」
クリヤー・シャハリが尋ねる。
「必要だろう。」
シマは即答した。
「村長一家のような不正がまた起こらないようにするためには、常駐の監視が欠かせない。そして、それを担当するのは憲兵だ。」
「なるほど……」
クリヤーはしばらく考え込み、やがて渋々ながらも頷いた。
「それなら、20人ほどの憲兵を交代で駐屯させるか……。ただし、過剰な干渉は避けるべきだな。村人たちの反感を買わないようにしなければな。」
「その点も考慮する必要があるな。」
マリウスが同意する。
マリウスは、シマの提案を吟味し、決定を下した。
「よし。では、リュカ村の新たな村長は側近の中から選び、支所を設立する方向で進めよう。」
「軍の支所についてはどうしますか?」
マニー・シモンズが尋ねる。
「軍の駐屯地を置くかどうかは、まず状況を見て判断する。初めのうちは領軍を一定期間派遣し、必要に応じて駐屯させる形にする。」
「了解しました。」
「役所の支所については、アンソニー、君に人選を任せる。適任者を見つけ次第、派遣してくれ。」
「承知しました。」
「憲兵の支所はクリヤー、軍との連携をしながら配置を考えてくれ。」
「わかりました。」
マリウスは全員を見渡し、言った。
「これでリュカ村の統治は安定するはずだ。この方針で進める。異論は?」
誰も反論はなかった。
こうして、リュカ村は新たな体制のもと、再建へと向かうことが決まった。




