冬到来
家に帰ると、シマは採ってきたキノコやラズベリー、ブルーベリー、そして薬草をノエルに見せた。
ノエルは手に取り、じっくりと観察する。
「これはブラウンクラウンね。傘が茶色くて、茎が短い。煮込むと旨味が増すの」
ノエルはそう言いながら、指でキノコの感触を確かめた。
彼女の知識によると、このキノコは特定の地域にしか生えない貴重な食材らしい。
これにはシマも驚いた。
「そんな貴重なものが、こんな近くで採れるなんてな」
「大事に使わないとね」
そう言いながら、ノエルはキノコを鍋に入れた。
兎や鳥の骨を砕いて一緒に煮込み、じっくりとスープを作る。
じわじわと広がる芳醇な香りに、仲間たちが期待を膨らませる。
夕食時、スープが振る舞われると、ひと口飲んだ瞬間、皆の表情がほころんだ。
「うまい……!」
「このスープ、めちゃくちゃ味が凝縮されてる!」
「すごく洗練された味だな」
自然と笑顔が広がる食卓。
苦労して手に入れた食材が、心を満たす食事へと変わっていく喜びを、皆が噛み締めた。
「明日はみんなで一緒に採取に行こう」
シマが提案すると、仲間たちも賛成した。
特に女性陣は、もっとラズベリー、ブルーベリー、ブラウンクラウンや薬草を確保したいという思いが強かった。
翌朝、全員が準備を整え、森へと向かう。
男たちが外側を固め、女性陣を中央に入れて慎重に進む。
「気をつけろ。獣や狼が出るかもしれないから」
ジトーが警戒の目を光らせながら進む。
サーシャ、ケイト、ノエル、メグも弓を握りしめ、常に周囲を確認している。
森の奥へ入ると、次々とブラウンクラウンや薬草、ラズベリー、ブルーベリーが見つかる。
大きな衣服や外簑を広げ、次々と採取していく。
目の前の収穫に夢中になりながらも、周囲の安全確認は怠らない。
「これでしばらくは食料の心配が減るな」
ロイドが満足そうに呟く。
「でも、いつまた採れるかわからないから、大事にしないとね」
ノエルの言葉に、皆が頷いた。
採取を進める中で、エイラが何かを見つけた。
「ねえ、これ……食べられるかしら?」
彼女の手には、小さな白い花をつけた草があった。シマが近づき、前世の記憶を頼りに考える。
「たぶん、カモミールの一種じゃないか? お茶にするとリラックス効果があるやつ」
「本当? それなら採っておきましょう!」
興奮したエイラが、慎重に草を摘み取る。
シマも、ラズベリーの周辺に生えている別の植物に目を留めた。
「これは……ミントっぽいな。葉を噛んでみるか」
慎重に葉を千切り、口に入れてみる。
爽やかな香りとともに、かすかな清涼感が広がった。
「間違いない、ミントだ」
「ミントもお茶にできるし、臭み消しにも使えるわね」
こうして新たな食材や薬草が次々と見つかる。
収穫は順調に進み、皆の顔に満足げな表情が浮かぶ。
帰路に就くころ、空から小さな雪がちらほらと降り始めた。
シマが空を見上げる。降りしきる雪を見つめながら、皆はこれからの厳しい季節に向けて、さらに準備を進める決意を固めるのだった。
本格的な冬が始まった。
森には雪が降り積もり、冷たい風が吹き抜ける。
シマたちはこれまでに狩った獲物を保存し、生き延びるための準備を進めていた。
肉は、くんせいにしたものをミントの葉で包む。
兎、鳥、狼の肉を用いたが、塩がないため本格的な保存食とはいかない。
それでも、小さく切り分けて干し、水分を飛ばしただけのものを作り、魚も同様に処理した。
幸いなことに量は十分にあり、冬を越すための食料は確保できたといえる。
食材は他にも豊富にある。
木の実、ブラウンクラウン、ラズベリー、ブルーベリーなどが蓄えられていた。
余ったラズベリーやブルーベリーは干して保存し、後に使えるようにした。
燃料としての薪や枝、葉も十分に確保し、長い冬の寒さに備えている。
さらに、薬草も重要な備えであった。
解熱作用のある葉、傷の手当てや消毒用に使えそうな植物を分類し、ノエルが管理を担当している。
ミントの葉やカモミールの葉は、臭み消しだけでなく、ミントティーやカモミールティーとしても飲まれた。
特に女性陣の間では、そこにジャムを入れて甘みを加えるのが流行しているようだった。
生活の質も向上してきた。
今まで狩った兎の毛皮や鳥の羽毛を用いて、簡易的な座布団や布団を作った。
衣服に詰め込み、四隅を縛るだけのものではあるが、それでも冷たい地面に直接座るよりはずっと暖かい。
また、貴重な狼の毛皮は8頭分あり、特に冷え込みが厳しいため、女性陣とオスカーに優先して分配された。
貴重な日中の時間は、柵作りや鍛錬に充てられた。
獣や敵対する人間の襲撃に備え、シマたちは訓練を欠かさなかった。
シマは前世の記憶を頼りに、ゆっくりとした動作で剣を振るい、如何に正確に刃を当てるかを教えた。
彼らが使うのは直剣両刃。
本来はぶった切る使い方をするものだが、まだ子供であるシマたちには到底できるものではない。
そこで、シマは生き残ることを第一として考え、戦い方を工夫することにした。
仲間たちと話し合い、現実的な戦術を模索する。
「一撃で相手を倒すなんてことは、よほどの者でない限り無理だろ」
「じゃあ、どうする?」
「脚を狙うんだ。少しでも傷つければ、動きが鈍るだろう」
「なるほど……でも、逆に反撃されるかもしれない」
「そうならないように、相手の目や喉を狙うのもいいかもしれない」
「砂を相手の目に投げつけるのも有効かも」
「石でもいいな」
こうした議論が夜遅くまで続き、シマたちはより効果的な戦い方を模索した。
特に重要視したのは、対人戦と対獣戦の違いである。獣との戦いでは、なるべく接近戦を避け、槍や弓を用いることが有効だった。
しかし、人間が相手となると、一対一の状況になるとは限らず、数的有利の状況を作ることが重要だった。
「基本的に、一対一の戦いは避けるべきだ。必ず数的有利の状況を作ること」
「それができない場合は?」
「逃げる。それが最善策だ」
「でも、逃げるってことは負けることと同じじゃないか?」
「違う。生き残れば、それは俺たちの勝ちだ」
シマの言葉に、仲間たちは頷いた。
彼らにとって重要なのは、無意味に戦って命を落とすことではなく、生き延びて未来へとつなぐことだった。
そのため、戦術の練習だけでなく、実際にどう逃げるか、どこに隠れるか、どう身を潜めるかといった訓練も繰り返した。
無駄な戦闘を避け、できる限り敵の注意をそらす方法を模索する。
身を隠せる場所を把握し、追跡を振り切る方法を学ぶこともまた、生存のためには必要だった。
エイラ、ミーナ、リズ、オスカーも鍛錬に参加するようになった。
彼、彼女らも「せめて自分の身は守れるくらいにはなりたい」と考え、訓練に励むことを決意した。
オスカーもやはり男の子だった。
剣に興味を持ち、真剣な眼差しで剣の扱いを学ぼうとする。
エイラ、ミーナ、リズ、オスカーはナイフを持ち、基礎的な動きを繰り返し練習した。
一方で、サーシャ、ケイト、ノエル、メグは弓の練習をしている。
弓を引く腕の力を鍛えながら、正確に的を射ることを目指していた。
また、近接戦闘に備えて、彼女たちもナイフを携帯し、身を守る技術を身につけるための訓練を行っている。
こうした鍛錬が日中の日課となった。
さらに、生活の一環として屋根に積もった雪を下ろす作業も行われるようになった。
積雪が重くなれば屋根が潰れる危険もあるため、定期的に雪下ろしをすることが欠かせなかった。
こうして、シマたちは厳しい冬に向けて、ただ待つのではなく、備えを整え、少しでも生存率を上げるために動き続けるのだった。