裁判
リーガム街の中心にある大広場に、簡素な木製のステージが設置された。
「……ドノバンを確保できなかった。取り逃がしたようだ。」
マリウスが悔しげに告げると、シマは薄く笑う。
「問題ない。奴が逃げた先で、俺たちが捕まえた。ついでに助祭もな。」
マリウスは驚いた表情を見せるが、すぐに口元を引き締めた。
「……助かった。ならば、裁きを受けさせよう。」
正午、鐘の音と共に裁判が始まる。
広場には、街の住人たちが大勢詰めかけていた。
人々は期待と緊張が入り混じる表情で、ステージ上の裁判の様子を見守っている。
裁判の布陣
臨時裁判官:領軍団長 マニー・シモンズ
裁判員(10名)
クレア(教会のシスター)、ラーム(屋台の店主)、トリコン(露天商)、ムッサーニ(市場の店主)、
タイニー(商店の女店主)、トム(大工)、クロエ(主婦)、ゴーギャン(鍛冶職人)、カレマル・イガナ(商人組合代表)、アンソニー・ギデンズ(役所代表)
マリウス・ホルダーはその場に立ち、裁判の進行を見守る。
その傍らには、シマたちが静かに佇んでいた。
こうして、リーガム街の歴史に残る裁判が幕を開けた。
開廷
「ただいまより、リーガム街臨時裁判を開始する!」
裁判官のマニー・シモンズの声が響く。
「本裁判は、ドノバン・マルチネス、神父のガスバル・ヴィレラ、並びに不正に関与した者たちに対し、公正なる裁きを下すものである。」
裁判員の面々が厳しい目でステージ上の被告人たちを見る。
鎖に繋がれ、ひざまずかされたのは、以下の者たちだった。
ドノバン・マルチネス(元家宰)
ガスバル・ヴィレラ(教会神父)
ズーク(教会助祭)
ドロコソ商会長
商人組合の関係者数名
役所関係者
住民たちは、息をのんで見守る。
「ドノバン・マルチネス、お前は以下の罪に問われている!」
マニー・シモンズが声を張り上げる。
ホルダー男爵に長年にわたり毒を盛り、健康を害した罪
スニアス侯爵家と通じ、リーガム街の乗っ取りを企てた罪
不正な税金徴収を行い、住民を苦しめた罪
賄賂と私腹を肥やすための詐欺行為
人身売買への関与の疑い
「お前に弁明の余地はあるか?」
ドノバンは必死に頭を振る。
「違う…!違うんだ!私は…私はただ…!」
「証拠はそろっている。」
マリウスが冷ややかに言い放つ。
住民たちが次々と証言を行う。
「俺は市場で働いていたが、ドノバンが商人組合と結託し、店に法外な税金を課していたのを知っている!」(ムッサーニ)
「俺たちのような小さな屋台の商人には重税をかけ、ドロコソ商会のような商会だけを優遇していた!」(ラーム)
「領主館で働いていた友人が言っていました。男爵様は日に日に衰えていき、原因が分からなかったと…。ドノバンが食事の配膳をしていたと聞きました。」(クロエ)
「税金が足りないと言って、商人たちから夜中に金を巻き上げていた。断った者は姿を消した。」
(トリコン)
「奴の部屋を捜索した際に、人身売買に関わる書類を見つけた」
マリウスがマニー・シモンズに書類を渡す。
「…なるほど証拠は十分ですな」
一読したマニー・シモンズがアンソニーに書類を手渡す。
アンソニー・ギデンズも頷く。
「…この街で消えた子供たちの記録とも一致する。…ドノバンは黒だ。」
マニー・シモンズは深く息を吸い、判決を下す。
「ドノバン・マルチネス——絞首刑!」
大広場に歓声が沸き起こる。
「ガスバル・ヴィレラ、ズーク——お前たちは以下の罪に問われる。」
マニー・シモンズが威厳ある声で言い渡した。
教会の立場を利用し、住民から不正な寄付金を集めた罪
貧民に施しを与えるべき寄付金を横領した罪
救済孤児たちの資金を流用し、ドノバンと結託していた罪
人身売買の黙認と関与の疑い
「弁明はあるか?」
ガスバルは脂汗を流しながら口を開いた。
「わ、私はただ……。ドノバンに強要され、やむなく……!」
「証拠がある。」
マリウスが冷静に告げる。
クレアが立ち上がった。
「教会の記録には、あなたが長年にわたり資金を不正に流用していた証拠があります。ドノバンが指示していたとはいえ、あなたは積極的に関与していました。」
「ち、違う!私は知らなかった!」
「では、救済孤児の子供たちに与えられるべき食事が減らされていたのはなぜですか?」
クレアの鋭い指摘に、ガスバルは絶句した。
ズークも何か言おうとしたが、彼の顔はすでに開き直ったような諦めが浮かんでいた。
ガスバル・ヴィレラ——死刑(絞首刑)
ズーク——死刑(絞首刑)
「ドロコソ商会の者たちよ!」
マニー・シモンズが声を響かせる。
「お前たちは以下の罪に問われる!」
ドノバン・マルチネスと結託し、リーガム街の商売を独占しようとした罪
不正な税制のもとで利益を得、弱小商人を圧迫した罪
人身売買に関与した疑い
賄賂を用い、役所や警備兵を買収していた罪
「証拠はすでに押さえてある。」
マリウスの言葉に、広場の住人たちが怒りの声を上げる。
「この商会が俺たちの暮らしを苦しめていたんだ!」
「不当に店を潰された者もいた!許せるものか!」
ドロコソ商会長は苦しげに言い訳を並べる。
「わ、我々はただ、取引を……!利益を守るために……!」
ドロコソ商会長——財産没収、終身刑(強制労働)
ルダミック商会についての審議
ルダミック商会は王都に本拠を置く大商会であり、今回の事件では証拠が不十分であったため、直接の裁きの対象にはならなかった。
しかし、リーガム街で活動していた第三者を介した加担者たちに関しては、厳しい取り調べが続けられることが決定された。
ルダミック商会関係者——今後も調査を継続
リーガム街の大広場に張り詰めた空気が漂う中、商人組合の関係者たちが壇上に立たされていた。
マニー・シモンズは厳しい目を向け、静かに問いかける。
「お前たちはドロコソ商会に便宜を図った。その理由について、弁明の余地はあるか?」
この言葉に、5人の商人たちは互いに視線を交わし、次々に言い訳を口にした。
「私たちには選択の余地がなかったのです……」
「家族を人質に取られると脅されたのです……!」
「断れば、商売を続けられなかった……」
「申し訳ありません……」
だが、中には沈黙を貫く者もいた。
「……何も言うことはありません。」
その一言に、広場の聴衆の間からざわめきが起こる。
マニー・シモンズは静かに頷くと、商人組合の代表であるカレマル・イガナに鋭い視線を向けた。
「カレマル、お前はどう思う?」
カレマル・イガナは険しい顔をしながら深く息をついた。
「確かに彼らは弱みを握られ、脅され、仕方なく従った者もいるでしょう。しかし、それでも我々商人組合は、このような状況を許してしまったのです。ドロコソ商会のような不正を働く者どもを野放しにし、何の対策も取らず、見て見ぬふりをした。それは組織の怠慢に他ならない……。」
「ならば、商人組合としてどう責任を取る?」
マニー・シモンズの問いに、カレマル・イガナは毅然と答えた。
「組合としての責任を認め、再発防止に努めるとともに、今後の市場の公平性を確保するために必要な改革を行います。まずは、関与した者たちに相応の罰を受けさせ、商業の信頼を取り戻さねばなりません。」
これには多くの市民が納得し、少しずつ広場の空気が落ち着いていく。
マニー・シモンズは最後に告げた。
「では、関与した商人たちは、財産の一部没収および一定期間の商業活動禁止とする。加えて、商人組合は今後の市場管理を厳格に行うことを誓え。それができなければ、商人組合そのものの存続を見直すことになる。」
カレマル・イガナは深く頷き、固い決意を示した。
こうして、商人組合の怠慢に対する裁きも下された。
リーガム街の大広場に緊張感が走る。
ステージに新たに上がったのは、財務担当の若い役人二人だった。
彼らの顔には困惑と不安の色が浮かんでいる。
マニー・シモンズは淡々と問いかけた。
「お前たちは、不正流用、横領、記録の改ざんに関与していた。この件について、何か弁明はあるか?」
二人の若い役人は互いに顔を見合わせ、必死に答える。
「そんなつもりはありませんでした!私たちはただ、財務主任であるイフセ・ラビッチから言われた仕事をこなしていただけです!」
「記録の改ざんだなんて、知らなかったんです……!」
彼らの必死の弁明に、広場の市民たちの間にも戸惑いの声が漏れる。
確かに、若い彼らが主導して不正を働いたとは考えにくい。
むしろ、上層部の指示に従っていただけの可能性が高い。
マニー・シモンズが次に視線を向けたのは、アンソニー・ギデンズ。
彼は役所を代表する立場の男だった。
「ギデンズ、お前はこの件をどう考える?」
アンソニー・ギデンズは神妙な面持ちで一歩前に出ると、深く頭を下げた。
「住人の皆様、誠に申し訳ありませんでした……!」
謝罪の言葉とともに、会場は静まり返る。
ギデンズは続けた。
「財務主任であるイフセ・ラビッチは、巧妙に部下を利用し、不正を働いていました。しかし、我々幹部がしっかりと監査を行っていれば、このような事態にはならなかったはずです。役所としての監督責任があることを痛感しております。」
「では、役所としてどう責任を取るつもりだ?」
マニー・シモンズの問いに、ギデンズは強く頷いた。
「まず、これからは財務処理の二重チェックを徹底し、不正を未然に防ぐ仕組みを作ります。そして、役所の信頼を取り戻すために、私と幹部職員は一年間、20%の減給を受け入れる覚悟です。」
この発言に、住人たちの間からは驚きの声が上がる。
「若い二人には罪はありません。彼らはただ命じられた仕事をしただけだ。」
ギデンズの言葉に、マニー・シモンズも静かに頷く。
「確かに、彼らは上司の指示に従っていただけだ。責任を負うべきは、その仕組みを許していた上層部にある。」
住人たちの間からも、「それなら納得だ」と頷く声が聞こえ始めた。
最終的に、若い役人二人には罪を問わず、役所の監督責任を重く見て幹部の減給処分を行うことで決着がついた。
こうして、役所の怠慢に対する裁きも下され、リーガム街の行政改革の第一歩が踏み出されたのだった。
リーガム街の役所で財務主任を務めていたイフセ・ラビッチ。
彼は不正流用や横領、改ざんを長年にわたって行い、膨大な資金を私的に流用していたが、いち早く危険を察知していた。――裁判が開かれる前夜、彼はすでにリーガム街を脱出していた。
役所内で不正が発覚し、財務担当の若い役人たちが取り調べを受ける中、イフセの自宅を訪れた兵士たちはもぬけの殻の家を見つけた。
家具や書類は荒らされた様子もなく、机の上には筆記用具が整然と並んでいる。
しかし、衣類や貴重品の類が完全に消えていた。
「…こりゃあ、逃げたな。」
兵士の一人が舌打ちする。
さらに捜索を進めると、地下室から金貨の袋や高価な装飾品がいくつか発見されたが、決定的な証拠となる帳簿や大金は持ち去られていた。
報告を受けたマリウスは、領軍副団長のギーヴ・コーエンに指示を出す。
「ラビッチの行方を追え。」
その頃――
イフセ・ラビッチはリーガム街の南側にある草原地帯を抜け、馬に乗り逃亡を続けていた。
彼が向かったのは、王都に本拠を置くルダミック商会。
彼は荒い息をつきながら金貨の袋を握りしめた。
「私はただの財務官じゃない…ルダミック商会の"協力者"だ…!」
長年、ルダミック商会と裏で繋がり、資金洗浄や不正取引の仲介をしていたイフセは、今回の事態を受け、商会に助けを求めるしかなかった。
「王都にさえ逃げ込めば…ルダミックが匿ってくれる…!」
だが、彼は知らなかった。
すでにリーガム街での裁判の場で、ルダミック商会はこの事件との関与を"否定"していたことを。
リーガム街の臨時裁判官であるマニー・シモンズがマリウスに問いかけた。
「マリウス様、リュカ村の件はどのように処理なされますか?」
その問いに、マリウスは迷うことなく答える。
「違法な奴隷売買を行った証拠はすでに揃っている。リュカ村の村長一家と関係者は、この場で裁きを受けるべきだ。」
周囲に緊張が走る。
「領軍を50人ほど派遣し、関係者を拘束する。抵抗するようなら、即座に鎮圧せよ。」
毅然とした指示を下すマリウスに、マニー・シモンズは深く頷いた。
「了解いたしました。すぐに兵を手配します。」
兵士たちは即座に動き出し、リュカ村への進軍が始まった。




