情報収集?
リーガム街の朝は、鐘の音とともに始まる。
この日、教会ではミサが行われる予定だった。
サーシャ、ケイト、ミーナは早めに宿を出て、教会の様子を探ることにした。
教会の周囲にはすでに人々が集まり、寄付を行っていた。
銀貨や銅貨を差し出す者、野菜や果物、穀物を籠いっぱいに持ち込む者もいる。
「なかなかの寄付が集まってるわね」
ミーナが感心したように呟く。
「そうね……」
サーシャは少し考え込むようにしながらも、懐から小袋を取り出した。
ケイトとミーナも同じく、少額の寄付金を渡す。
「少しばかりですが……」
教会の助祭らしき若い男が、それを受け取り「神のご加護がありますように」と形式的な言葉をかけた。
教会の中に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
粗末な木製の椅子が並び、人々が静かに着席していた。
「……?」
サーシャの視線が、教会の片隅にいた12人の子供たちに向けられた。
彼らは痩せ細り、みすぼらしい衣服を身にまとっている。
顔色も悪く、目の下には深い隈があった。
「(あの子たち……)」
サーシャは目を細めた。
対照的に、祭壇の前に立つ神父ガスバル・ヴィレラは異様なまでに肥えていた。
肌は艶やかで、脂肪に覆われた顔は、まるで豚のようだ。
だが、彼が笑うと、その表情は驚くほど柔和であり、まるで慈愛に満ちた聖職者のように見えた。
「皆さん、今日もこうして集まってくださったことを神に感謝します……」
ミサが終わると、サーシャたちはそれとなく街の人々に話を聞いた。
「あの子供たちは?」
サーシャが訪ねると、年配の女性が答えた。
「あぁ、救済孤児の子たちよ。戦争や病気で親を失ったの……」
「教会が彼らを保護しているの?」
「そうよ。でも、教会も財政難でね……私たちも何とかしてあげたいとは思ってるんだけど……」
別の男性が苦笑いしながら言う。
「自分たちの生活もあるからなあ」
確かに、人々の表情には子供たちを哀れむような色がある。
だが、誰も深くは踏み込もうとしない。
「(それにしても……)」
サーシャは違和感を覚えていた。
あの子供たちは明らかに飢えている。
なのに、神父は肥え太り、肌艶がいい――それが不自然すぎる。
宿へ戻る道すがら、ケイトが呟いた。
「シスターの顔色も良くなかったわ……」
「そうね。しかも、子供たちは何かに怯えているようだった」
ミーナも眉をひそめる。
「それにしても……街の人たちは、おかしいと思わないのかしら?」
「そうよね」
サーシャとケイトも頷く。
「今日だけでもかなりの食材が寄付されたし、寄付金も集まったはずよ。それなのに、子供たちは飢えたまま……」
ミーナの指摘に、サーシャとケイトも顔を見合わせた。
「……何かが、おかしいわね」
教会で何が起きているのか。
神父ガスバル・ヴィレラは、本当に信仰に生きる男なのか。
サーシャたちは昼間のうちに、街の住人たちから教会に関する情報を集めていた。
「神父が太っているのは?」
そう尋ねても、返ってくる答えは曖昧なものばかりだった。
「生まれつきらしいぞ」
「見栄えのためだろう」
「信仰が深いから神の恵みを受けているんだろう」
だが、はっきりとした答えを持っている者はいなかった。
一方で、痩せ細った子供たちについて聞くと、こんな答えが返ってきた。
「戦争や病気で親を失ったから、精神的に立ち直れていないんだよ」
「神父様や助祭様、それにシスターが日夜寄り添って励ましているんだとか」
「早く立ち直ってほしいよな」
子供たちの怯えたような目、十分な食事を与えられていないように見えたのはなぜか。
サーシャたちは、さらなる調査が必要だと判断した。
夜になると、メグ、ノエル、リズが教会を探ることにした。
「音を立てないように」
リズが小声で言い、三人は慎重に教会の外壁に張り付いた。
湿った風が、肌を撫でる。
三人はじっと息を潜めながら、教会の壁に耳を当てた。
「ガスバル様、子供たちの食事の量をもう少し増やしてはいただけませんか?」
優しげな女性の声だった。
おそらく、教会のシスターだろう。
次に聞こえてきたのは、荒々しく低い男の声。
「ふん! あんな薄汚れたガキどもに飯をやってるだけでも感謝してもらいたいものだな」
その言葉に、三人の表情が険しくなる。
続いて、若い男の声が響いた。
冷淡な響きを含んだ、どこか楽しんでいるような声だった。
「君の分を分け与えてあげればいいじゃないか」
「……あげています……それでも、全く足りません」
女性の声はかすかに震えていた。
「おやおや、お優しいことで」
若い男が嘲笑するように言う。
「……街の人たちからたくさんの食材や寄付金をいただいたではありませんか?」
女性が勇気を振り絞って問いかけると、それまでとは違う、憤怒に満ちた声が響いた。
「あれは本来であれば全部私のものだ! それを分け与えてやってるのだぞ。シスターごときが私に意見を言うなど、身の程をわきまえろ!」
三人は息を飲んだ。
「……失礼します」
女性の声がかすかに聞こえ、足音が遠ざかっていく。
メグ、ノエル、リズは顔を見合わせた。
「……やっぱり、何か隠してるわね」
リズが低い声で言う。
「間違いない……あの神父、寄付を私物化してる」
ノエルが静かに拳を握りしめた。
「それだけじゃない」
メグが鋭い目をして続ける。
「子供たちがあんなに怯えているのも……ただの飢えだけが理由じゃないはず」
三人は、ただならぬ事態を確信した。
そして、それを突き止めるため、さらに深く調べることを決意したのだった。
――リーガム街・歓楽街某所。
ザックとフレッドは、いい感じに酔いが回ったところで「さあ情報収集だ!」と意気込んだ。
「おう、目星はつけてあるぜ」
「おっ、実は俺もだ」
二人はニヤッと笑いながら、歓楽街を歩き始めた。
「ここだ!」
二人の声が奇しくも重なった。
「俺の勘がここは怪しいと告げている」
「ああ、俺もだ。ここには何かある」
神妙な顔で頷き合う二人。
目の前にそびえ立つ立派な店――その名も『ウッフン』
そうして二人は堂々と店の中へと入っていった。
潜入開始!(という名の寄り道)
扉を開けると、そこには眩いばかりの美しい女性たちがいた。
「あらぁ、いらっしゃい♡」
色香漂うお姉さまたちが、二人の腕を取る。
「いや、俺たちは情報収集に――」
ザックが言いかけた瞬間、彼の腕を引いた妖艶な美女がそっと囁いた。
「いいのよ、疲れてるんでしょ? まずはリラックスしましょ♡」
「そ、そういうのも大事だよな……」
完全に流されるザック。
「俺たちは情報収集……情報収集……じょ……」
フレッドもまた、柔らかな胸に顔を埋めながら、使命感を忘れていく。
そして二人は別々の部屋へと消えていった――。
戦い終わって(金が入っていた布袋が)燃え尽きた。
約三時間後。
二人はフラフラと店の外へ出てきた。
さっきまでの警戒心や緊張感はどこへやら、満ち足りた笑みを浮かべていた。
「……いや~、良かったなぁ……」
「まったくだな……最高だった……」
だが、ふとザックが気付く。
「……ん? 俺の布袋、すっからかんじゃね?」
「…… 俺もねぇぞ?」
先ほどまで布袋に入っていたはずの金貨と銅貨が、見事に消えていた。
「俺、シマからせしめた1金貨と、エイラから貰った1銀貨、全部消えたんだけど?」
「……まあ、気持ちよかったからいいんじゃねえか」
「そうだな。シマが帰ってきたらまた貰えばいいだろ」
こうして、布袋は軽くなり、心は満たされた二人は宿へと帰ることにした。
途中、ザックがふと立ち止まり、フレッドに尋ねた。
「……なあ、俺ら何の任務だったっけ?」
「情報収集だろ?」
「……何の情報を収集するんだっけ?」
「……えーと、なんか……教会のこととか?」
「…いや、それサーシャたちの担当じゃね?……んー……まあ、テキトーに報告しときゃいいか」
「そうそう。それより、早く帰って寝ようぜ」
二人は満足げな笑みを浮かべながら、宿へと帰っていった。
翌朝。
そしてサーシャたちがいる前で、ザックとフレッドは昨夜の「情報収集」の報告をすることになった。
ザックが堂々と語り始める。
「昨夜、俺たちは歓楽街へ潜入し、綿密な調査を行った…そして、怪しい店を発見したんだ!」
ジトーが腕を組みながら鋭い視線を向ける。
「……ほう、それで?」
「その店は『ウッフン』という店でな」
「ふむ、怪しそうな名前だな」
「そうだろ? 俺たちの勘がピンと来たんだ」
エイラがため息をつく。
「……で、何か情報は?」
ザックとフレッドは顔を見合わせる。
(……何か情報を得たか?)
(……得てないな)
ゴホンと咳払いし、ザックは堂々と言い放った。
「今のところ確たる証拠はつかめなかったが、調査を続行する価値はあると判断した!」
同調するフレッド。
「うむ、俺たちはさらに深く潜入する必要がある!」
トーマスが呆れた顔でため息をついた。
「……つまり、お前ら何もしてねぇってことだろ」
サーシャは腕を組んで冷たく言い放つ。
「で、いくら使ったの?」
フレッドは苦笑しながら指を一本立てた。
「1金貨と1銀貨」
クリフがゆっくりと目を閉じ、深く息を吐く。
「……誰の金だ?」
「えーと……その……みんなの?」
「ほぉ……」
サーシャたちが鬼のような形相になった。
「ちょ、調査費ってことで!」
「必要経費だって!」
「てめえらァァ!!」




