探索
翌日から、それぞれの役割が決まり、子供たちは森や川へと散っていった。
シマ、サーシャ、エイラは香草や薬草を探すために森へ向かうが、すぐに見つかるわけもなく、代わりに木の実を集めることにした。
道中、サーシャは時折、素早い動きで小鳥を弓で仕留め、慎重に周囲を警戒しながら進んだ。
「この辺りは来たことがないわ……」
エイラが不安そうに周囲を見渡す。
背の高い木々が茂り、うっそうとした森の中は昼間でも薄暗い。
慎重に足を運びながら進み、適当な場所で休憩を取ることにした。
そのとき、シマの目に前世で見たことのある実が映る。
低木に生い茂る赤い実。それはラズベリーによく似ていた。
(確かラズベリーは寒冷地、ブラックベリーは温暖な地域に適するんだったな……)
シマはその実をじっと見つめ、エイラに尋ねた。
「エイラ、あの実を知ってるか?」
エイラは小さく首を振る。
「…見たことないわ。食べられるの?」
シマは実を一つ摘み取り、口に運ぼうとした。
しかし、それを見たサーシャとエイラが慌てて静止する。
「ちょっと待って!毒だったらどうするの!?」
「そうよ!少しでも疑わしいならやめておいた方がいいわ!」
それでもシマは譲らなかった。
「いや、俺の直感的にこれは食えると思うんだ」
そう言って、シマはためらいなく口に入れた。
エイラとサーシャが不安そうに見守る中、シマの目が大きく見開かれる。
「これ……間違いなくラズベリーだ。だけど……甘さが尋常じゃない……!」
シマは驚きながら次々と実をもぎ取って口に運んだ。
信じられないほどの甘さが口いっぱいに広がり、これまでの質素な食事しか知らなかったシマにとって、それはまるで夢のような味だった。
「一時間経っても俺の体に異常がなければ、二人も食べていいぞ」
シマはそう言いながら、木からどんどん実を採り、時たま口の中へ放り込んでいった。
(甘味なんて、この世界に来てからいつ以来だろう……?)
一粒一粒が濃厚な甘さを持ち、かつての世界の記憶を微かに呼び覚ます。
サーシャとエイラは、不安げにシマの様子を見守りながら待ち続けた。
一時間が経過し、シマの体には何の異変も起こらなかった。
「……いいわ、じゃあ私も食べてみる」
サーシャが慎重に一粒手に取り、恐る恐る口に入れる。
「……なにこれ、すっごく甘い!」
驚きに目を見開いたサーシャの声に、エイラも興味を示し、同じように実を口に含んだ。
「ああ……美味しい……!」
エイラはうっとりとした表情を浮かべ、恍惚の声を漏らす。
二人は次々と実を摘み、夢中になって食べ続けた。
「こんな甘いもの、この世界にあったなんて……」
サーシャは感動しながら、しばらく木の実を味わい続ける。
シマはそんな二人の様子を見て、どこか懐かしい気持ちを覚えていた。
「これ、保存できたらいいんだけどな……」
シマが呟くと、エイラが思案顔になる。
「干してみたらどうかしら?ほら、果物って乾燥させると甘味が増すっていうじゃない?」
「なるほどな。こういう自然の甘味をうまく活用するしかないか」
三人はできるだけ多くの実を集めることにした。
大きな衣服で包みながら、慎重に持ち帰る準備をする。
「よし、じゃあ戻るか。今日の収穫は大成功だな」
シマの言葉に、サーシャとエイラも満足げに頷いた。
こうして彼らは、甘味という貴重な発見を手にしながら、森を後にするのだった。
森を抜ける途中、エイラがふと立ち止まる。
「ちょっと待って、これって……」
彼女が指差したのは、小さな黄色い花をつけた草だった。
「もしかして薬草?」
サーシャが目を輝かせる。シマも屈み込んで慎重に葉を触れる。
「……この葉の形、確か……前に見た本に載ってた気がする。解熱作用がある草だったと思う」
「本当に!? じゃあ、持ち帰らなきゃ!」
三人は慎重に根ごと掘り起こし、外簑に包んで荷物に加えた。
さらに探索を続けると、薄紫の花をつけた植物が見つかった。
「これも見たことがあるわ……確か、消毒に使えるって聞いたことがある」
エイラの言葉に、シマとサーシャも興奮する。
思わぬ薬草の収穫に喜びながら、三人はさらに探索を続け、慎重に採取した薬草を持ち帰ることにした。
こうして、彼らは甘い果実と貴重な薬草を手にしながら、家へと戻っていった。
家に帰ると、作業を進めていた仲間たちに「今日の夕食は楽しみにしてろ」と声をかけた。
皆が不思議そうな顔をする中、シマたちはさっそく準備に取り掛かった。
夕食時、騒がしくも賑やかな食卓となった。
口に入れた瞬間、仲間たちは驚きの声を上げた。
「いくらでも食べられる!」「こんなに甘いものがあったなんて……!」「マジで俺ら贅沢してるな……」
満面の笑顔で食事を楽しむ仲間たちの様子に、シマも満足げに微笑んだ。
食後、シマは見つけた小さな黄色い花をつけた草について思い出す。
「これ、解熱作用があるんだよな。このまま飲むのか、それとも粉末にするのか?」
エイラは首をかしげる。
「そこまでは分からないわ……」
するとノエルが口を開いた。
「少しだけ作ったことがある。乾燥させて粉末にして煎じて飲むといいわ」
また、薄紫の花をつけた植物についても話題に上がる。
「すりつぶして患部に塗り付けるんだったような……もう何年も前のことだから記憶が曖昧だわ」
試行錯誤しながら調合を進めること。薬作りはノエルが担当することになった。
その後、シマはふと考えた。ラズベリーをジャムにできないか、と。
「砂糖はないけど、これだけ甘ければいけるんじゃね?」
仲間たちは興味を示し、シマの試みを見守ることにした。
シマは鍋にラズベリーを入れ、火にかけた。沸騰してきたところで、木べらで混ぜながら煮汁が半量になるまで煮詰める。甘い香りが漂い、鍋の中で果肉がとろとろと形を崩していく。
冷ました後、小指で味見してみた。
「ジャムだな。」
(しかも俺の知っている記憶より甘い)
シマの言葉に、仲間たちが目を輝かせる。
「ちょっとちょうだい!」
エイラがスプーンを差し出し、ひとすくい口に入れる。
「すっごく美味しい!」
ミーナやリズも次々に味見をする。彼女たちの表情が一瞬でほころぶ。
「これがあれば、パンとか作れたら最高ね」
「そうだな……でもパンを作るには小麦がいるな」
話は膨らみ、次なる目標として小麦の確保や栽培の可能性が議論される。
翌朝、シマは仲間たちと共に森へ向かった。
さらなる食材の探索をするためだ。
ラズベリーの生えていた場所をもう一度確認し、他に食べられそうな果実や薬草がないかを調べる。
木々の間を歩いていると、シマはふと地面に目をやった。
「これ……キノコじゃないか?」
木の根元に群生していたのは、小さな茶色いキノコだった。
サーシャが覗き込む。
「大丈夫なの?」
シマは前世の記憶を辿る。
しかし、キノコの判別は難しい。間違えれば毒にあたる。
「念のため、持ち帰ってノエルに相談しよう」
慎重にキノコを摘み、袋に入れる。
その後も探索を続け、山菜や野草を見つけていく。
苦みのある葉をかじってみると、どこかホウレン草のような風味があった。
「これなら調理すれば食べられそうだな」
しばらく進むと、森の奥に広がる小さな湿地帯にたどり着く。
水辺には見たことのない白い花が咲いていた。
サーシャがしゃがみ込む。
「これ……薬草かしら?」
エイラが興味深そうに観察する。
「根っこの形が特徴的ね。たぶん、これ消化を助ける薬草だわ」
シマは根を掘り出し、慎重に袋にしまう。
「いい発見だな。これも試してみよう」
その帰り道、サーシャが何かを見つけて立ち止まった。
「シマ、これ!」
彼女が指差したのは、青黒い果実をつけた低木だった。
「これは……ブルーベリー?」
シマが手に取って観察する。
(この季節に採れるのは…ハイブッシュ・ブルーベリーか?)
「酸味が強いけど、食べられるぞ」
サーシャとエイラも口にする。
「美味しい!」
「これもジャムにできるかも!」
仲間たちは次々と新たな食材を見つけ、生活の幅を広げていくのだった。