夜中の話し合い
シマたち一行は倉庫街11へと警戒しながら足を踏み入れた。
崩れていた扉は不細工ながらも修復されており、以前の荒々しい戦闘の痕跡を隠そうとした努力が見て取れる。
倉庫内では、すでに数人の人物が待っていた。
リーガム街領主の嫡子であるマリウス・ホルダー。
彼の隣には、王家特別監察官の班長ジャン・クレベルとその部下たち――ワーレン・クリンスマン、モーガン・エステべス、そして唯一の女性隊員キャシー・ネイサンが控えていた。
マリウスはシマたちを見て軽く息をつく。
「シマ、よく来てくれたね。…話は聞いたよ。まさかジャンたちに気づかれず後をつけるなんて……いやはや、君たちには驚かされてばかりだよ。」
シマは肩をすくめるだけで答えず、特に何も言わなかった。
その姿を見て、マリウスは苦笑する。
「さて、早速本題に入ろう。」
マリウスの表情が引き締まり、倉庫内に緊張感が走る。
「近年、リーガム街の税収が落ちている。そのせいで街の財政が不安定になり、公共事業や警備の維持すら難しくなっている。そして、ここ数年で品物の流通が悪くなり、物価が高騰している。特に穀物や武具、薬草の供給が不安定になっているのが問題だ。加えて……三年前、この街近隣で大規模な違法奴隷売買が行われた。それ以降は形跡がないが、どうにもきな臭い。さらに……これは関係があるか分からないけれど、最近特に父上――領主の体調が悪い。」
マリウスはここで一呼吸おき、シマたちを見回すように目を向けた。
「晩餐会のとき、僕と一緒に会場に入ってきた男を覚えているかい?……ドノバン・マルチネス。彼はうちの家宰だ。長年父上に仕えているが…僕はどうにも彼を信用できない。あの男が本当に忠臣なのか、それとも何か別の思惑があるのか……」
「他にも怪しい連中がいるのか?」
ジトーが問うと、マリウスはもう一人の名を挙げた。
「教会の神父、ガスバル・ヴィレラ。エスヴェリア神聖王国の出身だが、彼がここに赴任してから、教会の資金の流れが不透明になっている。」
その名を聞き、エイラが眉をひそめた。
「エスヴェリア神聖王国……となると、聖職者を利用した裏工作の可能性もあるわね。」
マリウスは深く頷き、さらに話を続ける。
「それとルダミック商会。この商会は本来、王都を拠点に貴族向けの贅沢品や貿易を取り扱う商会だった。しかし、近年は市井の市場にまで影響を及ぼし、取引を独占しようとしている。穀物や鉄の買い占めを行い、価格をつり上げ、他の商人を圧迫しているんだ。」
ルダミック商会──その名を聞いた瞬間、エイラとシマたちは思わず目を見開いた。
忘れるはずもない。その商会こそが、エイラの実家である商会を騙し、気づいたときには莫大な負債を背負わせ、破産に追い込んだ張本人だった。
さらに、助けるふりをして両親を殺し、エイラ自身も奴隷として売り払われた因縁深い相手である。
それでも今は感情を抑え、話の腰を折ることなく、マリウスからの情報に耳を傾けた。
「まるで市場の独占ね……」
ノエルが唸る。
「さらに、リュカ村の村長も不審なんだ。リュカ村自体は裕福ではないけど貧しくもない村だったが、ある時期から急に村長一家が裕福になり始めた。しかも、その資金の出どころが曖昧なんだ。」
「それって……奴隷売買と関係があるんじゃ?」
リズが声を上げる。
マリウスは険しい顔で頷く。
「そう考えるのが自然だ。教会、ルダミック商会、村長一家、リュカ村の商店…ドノバン・マルチネスが、この違法な取引に関与していると見ている。」
すると、これまで黙っていたジャン・クレベルが口を開いた。
「我々が内偵を始めたのは二年前からだ。しかし、明確な証拠はまだ掴めていない。我々の動きを警戒しているのか、あるいは何か別の手段に切り替えたのか、奴隷売買の痕跡は見当たらない。だが、それでも確信している。何かが起こっている、と。」
倉庫の中に静寂が訪れる。
シマたちは互いに視線を交わし、それぞれの頭の中で情報を整理していた。
「……じゃあ、これからどうする?」
ザックが率直に聞く。
マリウスは腕を組み、低く言った。
「まずは、確実な証拠を掴む必要がある。ドノバン、ガスバル、ルダミック商会、リュカ村、商店……どこかに必ず綻びがあるはずだ。問題は、どうやって尻尾を掴むか。」
ここでサーシャが首をかしげる。
「ちょっと待って。私たちが街で情報収集したときの噂とは違う点があるわ」
「聞かせてくれ」とジャンが促す。
ミーナが一歩前に出て、冷静な声で話し始める。
「私たちが集めた情報では、物価は多少値上がりした程度で、深刻な混乱は見られませんでした。教会は確かに財政難ですが、政治との結びつきは薄く、むしろ領主と教会の働きによって治安が保たれている、というのが一般的な見解です」
「それは正しくもあり、間違ってもいるな」
マリウスが口を挟む。
「物価の上昇を抑えるため、僕の家──つまり領主家から資金援助を出しているんだ。だから、物価の上昇が限定的にとどまっているのは当然のこと。教会が財政難なのに評判がいいのは、意図的に流されている噂のせいだ。つまり、イメージ戦略だよ」
マリウスは肩をすくめて微笑む。
「ただ、父上の評判が良いのは本当のことだけどね」
そのとき、ロイドが口を開いた。
「僕も気になることがある。聞いていいかな?」
「何だ?」
「王家特別監察官が内偵を始めてから、今まで痕跡を一つも見つけられていない。これはおかしくないですか? 身内にスパイか、情報を流している者がいるんじゃないですか?」
その言葉が落ちた瞬間、場の空気が一気に張り詰める。
「貴様……口の利き方を知らぬようだな」
険しい表情でそう言い放ったのはキャシー・ネイサンだった。
彼女は王家特別監察官直属の高官であり、今回の件において重要な役割を担っている人物だ。
「やめろ!」
ジャンが手を挙げて制止する。
「……我々もその可能性は考えた。だからこそ、改めて一人ひとりの身元、家族、友人、さらには背後関係まで徹底的に調べた。その結果、我々の中には裏切り者はいないことが確認された」
「なら、あんたたちに命令できるのは誰なんだ?」
シマが静かに問いかける。
「王家だけだ」
ジャンが答える。
フレッドが腕を組みながら口を開く。
「じゃあ、王家の中に怪しい奴がいる可能性はないのか?」
その言葉に、キャシー・ネイサンがまた何かを言おうとする。
しかし、その瞬間──「黙れよ」
シマの低い声が響いた。
シマの視線がキャシー・ネイサンに向けられる。
冷たい殺気を帯びた眼光が突き刺さるようだった。
彼女は一瞬、言葉を失い──次の瞬間、
「…ヒィッ!」
腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
沈黙が広がる。
キャシー・ネイサンが震える手で支えを探しながら立ち上がろうとするが、足がすくんで動けない。
ジャンは大きく息を吐いた。
「……話を戻そう。王家に内通者がいる可能性も考慮しなければならないが、確かな証拠がない以上、軽々しく口にすることはできない。しかし、我々の調査でも手がかりが掴めなかったのは事実だ」
ロイドは真剣な眼差しでうなずいた。
「それならば、僕たちが独自に調査する必要がありますね」
「そうだな」とシマが同意する。
「ルダミック商会の動向も合わせて、慎重に調べる必要がある」
こうして、シマたちは王家特別監察官とは別の視点から、独自の調査を進めることを決意した。
果たして、この陰謀の裏には何が隠されているのか──。




