招待状
酒場の賑わいの中、一人の男がシマたちの席へと近づいてきた。
「——ここにいたか」
男は短く言い、手にした封筒をテーブルの上に置いた。
「……確かに渡したぞ」
それだけを告げると、男は踵を返し、そのまま酒場を後にした。
「……今のは?」
シマが問うと、エイラが封筒を手に取り、蝋で封がされたそれを改める。
「マリウスの護衛の一人ね」
静かにそう答えるエイラ。
シマたちは一瞬顔を見合わせ、改めて封筒を注視した。
封蝋には紋章が刻まれている。二本の剣が交差し、その上に花冠があしらわれた紋章——。
エイラは封を切り、中の書状を広げた。書かれていた内容は意外なものだった。
「……ふむ、 明日の晩餐への招待状 ね。三人まで参加可能。正装の必要はない、軽い食事会だと思って来てくれればいい……だって」
一同は書状を回し読み、最後にエイラがもう一度内容を確認する。
「どういうことかしらね……?」
エイラが首を傾げると、シマたちの間に疑念が渦巻いた。
「今日のことを怒っていないのか?」
「それとも、罠か?」
「何が狙いなんだ?」
それぞれが考えを巡らせるが、どれも確証がない。
「……行ってみれば分かるだろう」
ジトーが淡々と結論を出した。
「だな。向こうが何を考えてるかは分からねえが」
ザックも腕を組みながら頷く。
「ただし、武器を預けろと言われたら、その時点で帰ってくる」
シマの提案に、皆が頷いた。
「行くのは……」
しばしの沈黙の後、選ばれたのは シマ、エイラ、トーマス の三人だった。
「……それじゃ、決まりだな」
こうして、シマたちは招待を受けることに決めた——ただし、決して警戒を解かずに。
シマたちの間に次に上がった話題は、 街中で感じた視線と尾行 についてだった。
サーシャが、慎重な口調で切り出す。
「私たち、 街の中で視線を感じたわ 。でも、敵意は感じられなかった……」
彼女の言葉に、シマたちも頷く。
「それ、俺たちもだ」
シマが言うと、ザックが低く笑いながら肩をすくめた。
「……偶然、か?」
彼の言葉に、一同が考え込む。
確かに、 偶然、同じ人物に尾行される というのは考えにくい。
しかも、敵意はないとはいえ、 それなりの力量がある ことも確かだった。
「正直、放っておくのも気持ち悪いわね……」
ミーナが呟くと、ジトーが顎に手を当てながら、静かに言った。
「……じゃあ、明日、街を歩いてみるか?」
ジトーの提案に、皆が頷いた。
「ただし、闇雲に歩き回るんじゃなくて、いくつか 目的 を決めて動くべきだね」
ロイドが冷静に言い、トーマスもそれに賛同する。
「 三つのチーム に分けるのはどうだ?」
そうして決まった 明日の計画 は、次のようなものになった。
【明日の行動計画】
① 街の散策(買い物・情報収集)
各自、街を回って 目新しい物を探す 。
武器や防具、食料、雑貨など、役立ちそうな物があれば購入する。
② 情報収集
- リュカ村の現状
- この街の領主や嫡子の評判
- その他の噂話(犯罪や治安、商業、政治など)
③ 尾行者の特定
- それなりの力量があるなら、一般人とは歩き方が違うはず
- それらしい人物を見かけたら、こちらから尾行する
- 逆に、再び尾行されるようなら、泳がせてみる
④ 行動ルール
- 単独行動は禁止
- 昼までには宿に戻る
《チーム1》
シマ、サーシャ、ザック、クリフ、ケイト
《チーム2》
ジトー、ミーナ、フレッド、オスカー、メグ
《チーム3》
エイラ、トーマス、ノエル、ロイド、リズ
「……ま、こんな感じか」
シマが計画をまとめると、ザックが腕を組みながら眉を上げた。
「……でもよ、俺たちが街に出たら目立つんじゃねぇか?」
彼の言葉に、周囲の空気が少し固まる。
「……まあな」
確かに ザック、ジトー、トーマス のような 大男 が街を歩けば、注目を集めるのは避けられない。
「今さら、隠れようがないか……」
ジトーが肩をすくめると、一同が苦笑いした。
「……もう気にするだけ無駄だな」
トーマスが笑い、シマもつられて頷く。
エイラが少し考え込んだ。
「この街には、 軍人や傭兵 も多いわ……。だから、すぐに見つけられるとは限らないわ」
「……まあ、見つけたら儲けものってことで」
シマが言うと、一同が頷いた。
次に話し合われたのは軍や私兵、憲兵が出てくるかどうか。
「嫡子のマリウスが晩餐会に招待してきたということは少なくとも今すぐ 軍や私兵を使って俺たちを捕まえる考えはない ってことだろう」
シマがそう言うと、エイラが頷いた。
「そう考えていいと思うわ。でも…… 油断はできない けどね」
「……と、なると 問題はリュカ村のこと か」
シマが呟くと、ロイドが静かに言った。
「 間違いなく訴える だろうね」
「その場合、 リーガム街かカシウム都市 で裁かれる可能性が高いわね」
ノエルが付け加えると、リズが愉快そうに笑った。
「 軍か憲兵 が出てくるかもしれないわね」
その言葉に、一瞬の沈黙が落ちる。
だが、その沈黙をシマの 強い言葉 が破った。
「 ……俺たちの前に立ちはだかるのならば、誰であろうと踏み潰す 」
その 揺るぎない決意 に、ザックが豪快に笑った。
「 それでこそシマだぜ! 」
サーシャは苦笑しながらも、シマを見据える。
「 危険は承知の上なのね 」
「 下手したら、みんな殺されちゃうかもしれないわね 」
リズがどこか楽しげに言うと、ノエルも肩をすくめながら笑った。
「 いいんじゃないかしら 」
エイラが静かに口を開く。
「そうね。本当は奴隷として売られた時点で、人生が終わってたものね 。でも、死ぬつもりはないわ 」
彼女の言葉に、メグが明るく続ける。
「 まだまだやりたいことがたくさんあるしね! 」
ミーナも穏やかな笑みを浮かべた。
「 スラムで生活してた頃を考えれば、今は上出来でしょ 」
ジトーが低い声で頷く。
「 あの時だって、死と隣り合わせだったしな 」
オスカーが微笑みながら言った。
「 僕たちが力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられるよ! 」
トーマスが拳を握りしめる。
「 おう、俺たちの前に立ちはだかるってんなら、俺が吹き飛ばしてやんよ! 」
ロイドがくすくすと笑う。
「 フフフ、シマたちと一緒にいると、退屈って言葉はないね 」
そこにいる誰もが、 死の恐怖よりも生きる覚悟を持っていた 。
シマたちは 奴隷として売られた時点で人生が終わっていた 。
しかし、今は 生きるために戦う力 を持っている。
「 俺たちは、ここで終わらない 」
シマのその言葉に、全員が頷いた。
明日、彼らは 街へと繰り出し、情報を集める 。
そして夜には マリウスの晩餐会へ向かう 。
その先に どんな運命が待ち受けているのか 、まだ誰にも分からない——。




