どっちもどっち
シマたちがリーガム街の門をくぐった頃、太陽はすでに西の空へと傾き始めていた。
多少の疲れはあるものの、それを吹き飛ばすかのように、街の賑わいは彼らを迎え入れる。
人々が行き交い、屋台の店主たちは最後の客を呼び込もうと声を張り上げていた。
香ばしい肉の焼ける匂い、スパイスの効いた料理の香り、漂うパンの香ばしさが空腹を刺激する。
「さて、サーシャたちを探さねえとな」
シマが呟く。
街を歩き、情報を探る
夕方のリーガム街は、屋台が店じまいを始める時間だった。
商人たちが品物を片付ける中、シマたちは串焼きや焼き鳥、エールを買い求め、それを食べながら店主たちに話を聞く。
「大男三人を連れた集団を見なかったか?」
シマが尋ねると、串焼きを焼いていた店主がうーんと顎を撫でた。
「見かけたことはあるが、どこの宿に泊まってるかは分からねぇな」
「そうか、ありがとな」
シマたちは次の屋台へと移動し、同じ質問を繰り返したが、得られる情報はほぼ同じだった。
そんな時だった。
シマはふと、背後からの視線を感じた。
それは鋭くもなく、敵意に満ちたものでもない。
ただ、こちらの動きを探っているような、そんな気配だった。
「……見られてるぜ」
フレッドがエールを飲みながら、小声で呟いた。
「ん~、でも敵意は感じないかな?」
ケイトが慎重に答える。
「へぇ……なかなかの力量じゃね」
クリフも酒を飲みながら感想を漏らした。
シマも注意深く周囲を観察するが、相手は巧妙に姿を隠しているようだ。
しかし、敵意がないことは確かだった。
(今は気づかぬふりをしておこう)
シマはそう判断し、そのまま自然に振る舞うことにした。
「とにかく、サーシャたちの泊まっている宿を探すぞ」
「そうだな」
全員が頷き、再び馬を引き街を歩き始めた。
しばらく歩いた後、ケイトが突然声を上げた。
「あっ! ここよ!」
クリフが驚いたように振り向く。
「なんでわかるんだ?」
ケイトは呆れたようにため息をついた。
「宿の横に馬車の停留場があるでしょ? それに厩舎にはガーベラたちがいるじゃない!」
「馬? ……馬なんて、みんな同じ顔に見えるぞ?」
フレッドが首を傾げる。
シマとクリフも同意するように頷いた。
「全然違うじゃない!」
ケイトが憤慨するが、シマたちには違いがわからなかった。
「……まぁ、何にせよここで間違いないんだな?」
シマが確認すると、ケイトは力強く頷いた。
「ええ、間違いないわ!」
「よし、じゃあ入るとするか」
こうして、シマたちはサーシャたちの泊まる宿の扉を開けた。
宿の中に入ると、食堂の奥に見知った顔ぶれがいた。
「おぉ、シマ!」
ザックが豪快に笑いながら手を振る。
サーシャ、エイラ、ジトー、トーマス、ミーナ、ノエル、オスカー、ロイド、メグ、リズ——。
全員が揃っていた。
シマたちは無事に彼らと合流した安堵を覚えるが、サーシャたちは一様に驚いた顔をしている。
「えっ? なんで? ……シマたち、リュカ村で情報収集してるはずじゃなかったの?」
サーシャが首を傾げる。
「そ、そうだったはずよね?」
ミーナも戸惑った表情を浮かべる。
シマたちは目を見合わせ、少し気まずそうな顔をした。
そして、シマは意を決したようにトーマスに向かって頭を下げた。
「トーマス、すまん!」
「おいおい! なんだよ突然!」
困惑するトーマス。
その横で、サーシャやエイラも不思議そうにシマを見る。
「一体どうしたの?」
エイラが問いかけると、シマはため息をついて説明を始めた。
「リュカ村に行って、商店で買い物をしていたんだが。そしたら、村長と呼ばれる人物と、もう一人がやってきてな……」
「それが?」
ノエルが興味深そうに続きを促す。
シマは苦い表情を浮かべながら続けた。
「そいつら、俺たちに 入場料 を要求してきたんだよ。一人 五銀貨 だとよ」
「……なんですって?」
エイラの目が細まる。
「リュカ村は 通常の入場料なんてかからなかったはずじゃない?」
「だろ?いくら何でも高すぎるし 、そう思って抗議したんだよ」
シマは肩をすくめる。
「けど、そいつは負ける代わりに、 ケイトを一晩寄越せ とぬかしやがった」
「……は?」
一瞬、場が静まり返る。
エイラ、ミーナ、ノエル、リズ、メグの女性陣は眉をひそめ、サーシャは凍り付いたように目を見開いた。
男性陣の表情も険しくなる。
「……で、それで?」
シマは小さな声で続けた。
「ついな……その…… とっちめちゃいました 」
「…………」
場が静まり返る。
「……つい?」
ノエルが呆れたように繰り返した。
「ついって、お前な……」
ジトーが頭を抱える。
「つまり、お前ら、村長をぶっ飛ばしたのか?」
トーマスが確認する。
「 おう! ボコボコにしてやったぜ!」
フレッドが 親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
「手足が変な方向に折れ曲がるくらいにな!」
クリフもニヤリと笑いながら言う。
「……お前らなぁ」
ジトーが呆れた顔で彼らを見つめる。
「だってさ! あいつらの気持ち悪い目つきったら、思い出しただけで寒気がするのよ!」
ケイトが肩を震わせながら言う。
「それによ、シマが言った通り、 ケイトを一晩寄越せ なんて言われたんだぞ? 俺たちが黙ってられるわけねえだろ?」
クリフが当然だという顔で言うと、シマたちもうんうんと頷いた。
「……反省の色がまるで見えないわね」
ミーナが呆れた顔をするが、当の本人たちはどこ吹く風。
その様子を見ていたトーマスが、唇を噛みしめながら肩を震わせ、やがて クッ……クッ……アハハハ! と大笑いし始めた。
「ははは! そうか! あのいけすかねえ村長をぶっ飛ばしたか!」
楽しそうに言うトーマスに、ノエルが眉をひそめる。
「笑い事じゃないでしょう?」
「いやいや、アレはむしろスッキリする話だろ。むしろ、よくやったと褒めてやりたいぜ!」
トーマスは肩を叩くような勢いでシマたちを見て笑う。
「まぁ……うん、気持ちはわかるけど……」
ノエルは何とも言えない表情を浮かべた。
「……でもね、私たちもシマたちのことを言えないわよ……ねえ?」
そう言ったのはノエルだった。
その言葉に、女性陣がハッとする。
「……そうね。私たちがついていながら、目立たないようにするべきだったのに」
サーシャが少し気まずそうに言う。
「は?」
シマたちが首を傾げると、エイラが渋々といった感じで説明を始めた。
「……ザックがここの領主の嫡子を 雑魚呼ばわりしたのよ」
「はぁ!? ザック、何やってんだよ!」
シマが驚くと、ザックは だって雑魚だったしな と涼しい顔で言い放った。
「お前なぁ……」
シマが呆れ果てるが、ザックは一切悪びれる様子がない。
「しかも、ジトー、トーマス、ザックの 大男三人を連れて情報収集 なんてしたもんだから、目立つ目立つ……」
エイラが頭を抱えながら言う。
「……なるほどな」
シマは顔をしかめる。
「で、結局お互いに問題を起こしたってことか?」
「ええ、そういうこと」
エイラが肩をすくめると、シマは深々とため息をついた。
「……要は、 どっちもどっち ってわけか」
「……みたいね」
サーシャは苦笑した。
お互いの失敗を認めつつも……
「つまり、こっちはリュカ村を敵に回し、そっちは領主の嫡子を怒らせた……ってことでいいのか?」
「……そうなるわね」
ジトーが腕を組んで渋い顔をする。
「お前ら、次はもうちょっと考えて行動しろよな?」
「お前が言うなよ!」
シマとザックが同時にツッコミを入れる。
場の空気が和らぎ、一同は苦笑しながら料理を食べ酒を飲み始めた。
こうして、お互いの やらかし を認めつつも、彼らはまた一つ絆を深めたのだった——。




