目立つなよ?
男の背後では、二十代の男がニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。
特にケイトを嘗め回すように。
その視線に気づいたクリフのこめかみ当たりの血管がぴくぴく動いている。
そして、年長の男が続けた。
「手始めに入場料を払ってもらおうか。一人、五銀貨だ」
「五銀貨?!」
シマは思わず驚いた声を上げた。
「いくら何でも、それは取りすぎでしょう」
「ここでは俺様がルールなんだよ!」
男――村長と呼ばれるらしい男は、ふんぞり返って笑った。
「まあ、交渉次第では負けてやってもいいが」
「……条件は?」
シマが静かに尋ねると、村長はいやらしい笑みを浮かべた。
「そこの女を一晩か……」
「ジべバアッ!!」
村長の言葉が終わる前に、シマ、フレッド、クリフ、ケイトの鉄拳が同時に飛んだ。
ドゴォッ!!
村長の顔面が歪み、吹き飛ぶ。
「ゴラァッ!死にてえのか!クソがッ!!」
クリフが地面に倒れた村長に何発も足蹴にする。
「このブサイクがッ!死ねッ!カスがッ!」
フレッドも怒りを爆発させ、村長を何度も蹴りつける。
「チンカス野郎がッ!このクサレチンポがッ!!」
シマも拳を握りしめ、怒りのままに村長の腹を蹴り飛ばす。
「ゴスッ!ドゴッ!バキッ!」
四方から容赦のない蹴りが飛び、村長の体が地面を転がる。
一方、その横では――
ケイトの視線は、ニヤニヤと笑っていた二十代の男に向けられていた。
「気持ち悪りぃんだよ!テメェ!!」
バシュッ!!
ケイトのハイキックが、男の顔面に炸裂した。
「ブベェッ!!」
男は悲鳴を上げながら吹き飛び地面にたたきつけられる。
そのまま地面に転がったところへ、ケイトはさらに追い打ちをかけた。
「死んで出直してこいやッ!!」
蹴る。蹴る。蹴りまくる。
ドカッ!バキッ!ゴスッ!!
呻き声を上げながら悶絶する男。
「…!あっ…?!」
しかし、シマたちはそこでハッとした。
(……やりすぎた?)
フレッドもクリフも、ケイトも、一瞬動きを止める。
周囲に広がる静寂。
気が付けば、商店の店主も、村人たちも、震えながら遠巻きにその様子を見ていた。
「……さて、どうするか」
シマは冷静に周囲を見渡しながら、これからの動きを考えていた。
気がつけば、小太りの二人の男たちの手足はありえない方向に折れ曲がっていた。
地面に転がり、白目をむいて意識を失っている。
その惨状を見つめながら、シマは決断した。
(このまま何も言わずに去るわけにはいかねえ)
自分たちの行為を正当化するつもりはなかった。だが――これだけは言っておかねばならない。
シマは大きく息を吸い込み、全力で声を張り上げた。
「こいつらは、俺の家族に手を出そうとした!!」
村人たちが息を呑む。
「こうなったのも当然の報いだ!!」
「違うか?!そうだろう!!」
沈黙が広がる。
しかし、村人たちは誰もシマの言葉を否定しなかった。
――いや、否定できなかった。
シマの視線が、商店の店主に向けられる。
「お前も聞いてたよなッ!!」
「悪いのはあいつらだよな、そうだよなッ!!」
シマは店主の肩を掴み、睨みつける。
「……は、ハイィ!!」
情けない声で返事をする店主。
(……これでいい)
シマは静かに店主の肩から手を離すと、振り返った。
「よし!行くか」
フレッドたちに声をかけ、馬車に乗り込む。
そして、シマたちはリュカ村を後にした。
馬車はリーガム街へと向かって進んでいた。
ゴトン……ゴトン……
幌馬車の中、シマたちはしばしの沈黙に包まれていた。
そして――「やっちまったあ~~!!」
シマが頭を抱えながら叫んだ。
「昨夜の話し合いは何だったのか!!」
フレッド、クリフ、ケイトも、それぞれ反省するべきなのはわかっている。
だが――
「いやあ、しかしやっちまったなあ」
クリフが苦笑しながら言う。
「まあ、やっちまったもんはしゃあねえな」
フレッドはあっけらかんとした様子で肩をすくめる。
「……あいつらの気持ち悪い目っていったら」
ケイトはまだプチ怒モードのまま、拳を握りしめていた。
しかし――シマの中で何かが変わった気がする。
『自由に俺たちらしく』。
枷が外れたのか。
ごちゃごちゃ悩むのをやめたのか。
シマは心の奥底で考えていた。
(……もう少し大胆に行動してもいいのかもな)
結局、最優先するのは「家族の安全」だ。
ならば、時にはこういう方法もアリなのかもしれない――だが
「フレッドの言う通り、今更過ぎたことはいいんだが、問題はなあ……」
シマは腕を組みながらつぶやく。
クリフがすかさず言葉を挟む。
「サーシャたちになんて言い訳するよ、特にトーマスに……」
「慎重に行動しようって言った矢先にこれだもんねえ…」
ケイトが肩をすくめる。
トーマスの眉間にしわを寄せた顔を思い浮かべ、シマは頭を抱えた。
「……トーマスには顔を合わせづれえなあ」
「正直に言うしかねえだろ。むかついたからぶっ飛ばしてやったってな!」
フレッドがあっけらかんとした様子で言い放つ。
「だな!」とクリフが賛同し、ケイトも苦笑いする。
「それはいいとして……いや、よくはないんだけど、とりあえず置いといて、憲兵が出てくるかしら?」
「下手すりゃ、軍か私兵が出てくるかもな」
フレッドが冷静に分析する。
クリフがシマに尋ねる。
「シマ、そうなったらどうするんだ?」
シマは数秒考え、目を細めながら答えた。
「……『自由に俺たちらしく』、だろ? 俺たちの前に立ちふさがるんだったら、やるしかねえ。命を落とすかもしれねえがな」
「へへっ、いいじゃねえか」
クリフが笑う。
「弱けりゃ死ぬ、強けりゃ生き残る……そういう世界だろうよ」
フレッドがぼそりと呟く。
ケイトも少し遠くを見つめながら微笑む。
「私たちらしくて、いいんじゃない?」
シマは仲間たちの顔を順番に見渡しながら、心の中で思う。
(出来ればこいつらには、幸せになってもらいたいんだがなあ……)
シマは手綱を握り直し、馬たちの首を軽く叩いた。
「今から飛ばせば、夕方にはリーガム街に着くだろう。しっかりつかまっておけよ!」
そう言いながら馬に鞭を入れる。
「キャップ! ガーベラ! 行くぞ!」
「おいおい、違うだろ。こいつらはオグリとジャスミンだろ?」
クリフが突っ込む。
「……二人共間違ってるわ。この子たちはフウジンとラベンダーよ」
ケイトがため息混じりに訂正する。
「マジかよ」
「どっちでもいいじゃねえか」
「いや、重要でしょう!」
軽口を交わしながら、シマたちの馬車はリーガム街へと向かって走っていく――。
国境近くに位置するリーガム街は、戦時にも耐えうる強固な城壁に囲まれた要衝の街だ。
門前には六人の警備兵が忙しなく動き回っているが、街へ入るための審査はそこまで厳しくはない。
ただ、他の街と比べれば身分証の確認が厳しく、身分証がない者は一人につき一銀貨と五銅貨を支払う必要があった。
サーシャたちは、全員分の通行料を支払い、無事にリーガム街へと足を踏み入れた。
街の中は活気に満ち、露店や商店の呼び込みがあちこちで響いている。
多くの商人や旅人が行き交い、物資の売買が活発に行われていた。
戦争が続くこの世界では、国境付近の街は軍需物資や交易の要として栄えていることが多い。
リーガム街も例外ではなく、軍人や傭兵の姿が目立った。
まずは宿の確保だ。
宿を探し、三人部屋を三つ、二人部屋を一つ借りることにした。
宿代は六銀貨と六銅貨。さらに、馬車三台と馬六頭の世話を宿に頼み、一銀貨と二銅貨を支払った。
予想よりも宿泊費や馬の維持費は高くなかった。
「リーガム街って、思ったより安いのね」
宿の手続きを終えたサーシャが、意外そうに呟く。
宿を確保した後、一行は市場や商店を回ることにした。
活気ある商店街を歩きながら、各自が必要なものを見て回る。
――そして、商店を出たところで事件が起きた。
「そこの君たち」
男の声が響く。
サーシャたちが振り向くと、四人の男が立っていた。
そのうちの一人、身なりのいい十代後半の男が、興味深そうな目でこちらを見ている。
背後には三人の護衛らしき男たちが控えており、その立ち居振る舞いからしてただの街人ではないことは明らかだった。
エイラが一歩前に出て応じる。
「何でしょうか?」
「君たちは商隊かな? それとも傭兵団かな?」
男の問いかけに、エイラは慎重に答える。
「私たちは傭兵団です」
その答えを聞いた途端、男の目が輝いた。
「ほう! さぞや勇名な傭兵団とお見受けした。名を聞かせてもらってもいいかな?」
エイラは少し間を置いてから、やんわりと断る。
「私たちは結成して間もない傭兵団ですので……」
あまり目立つのはよろしくない。
今はまだ、無駄に名を広める段階ではないと判断したのだ。
だが、その答えに納得がいかない者がいた。
「女! 無礼であろう!」
護衛の一人が声を荒げる。高圧的な態度でエイラを睨みつけるが――
「まあまあ、そんなに声を荒げなくてもいいだろう」
身なりのいい男が手を上げて制した。
そして改めてサーシャたちを見回し、興味深そうに言う。
「それにしても……君たち、でかいねえ!」
サーシャたちは思わず顔を見合わせる。
エイラたちの思惑とは裏腹に、どうやら彼らの一行はすでに目をつけられてしまったらしい。
ロイドは無意識に腰の剣へと手を伸ばしつつ、相手の様子を伺う。
(さて、どう出るか……)
リーガム街に入ったばかりだというのに、早速厄介ごとの予感が漂っていた。




