臆病?!
焚き火の炎が揺らめく中、シマは仲間たちを見回した。
リュカ村やリーガム街、カシウム都市に向かい情報収集するか、それともこのままノルダラン連邦共和国を目指すべきか。
慎重に考える必要があった。
「……トーマス、お前の村のことは気になるし、真相を知りたい気持ちはよくわかる」
シマは静かに口を開いた。
「でもな、情報収集をするためにリーガム街やカシウム都市に向かうとなると、厄介なことになる可能性もある」
「……厄介なこと?」
トーマスが眉をひそめる。
「村長一家が黒幕だったらまだいい、商会や貴族が絡んでいたら? 俺たちが、何者かが動いたことを察知されたら彼らは警戒し、証拠を隠滅したり、証人を始末することだってあり得る」
「……」
トーマスは拳を握りしめ、歯を食いしばる。
「バレなきゃいいじゃねえか。俺たちなら暗殺だってきるだろうよ」
ザックが淡々と言った。
「まあな、だが万が一のことだってあるだろ」
シマは肩をすくめる。
「バレなくてもその後が問題だな」
クリフが腕を組みながら言葉を継ぐ。
「確かに俺たちの身体能力なら逃げ切ることはできるだろう。けど、住人や旅人、商人たちまで徹底的に調べられるはずだ」
「俺たちは目立つからな。街から消えたら疑うだろうな」
ジトーが低く呟いた。
「堂々としてりゃいいんじゃね」
何でもないように言うザック。
「馬車の中から身元確認、所持金、武器に至るまで調べられるわ」
困ったように言うエイラ。
「今はまだ、俺たちは世間に知られていない無名の集団だ。だからこそ動きやすい。けど、一度でも国や貴族に目をつけられれば、それだけで動きにくくなる」
シマは皆の顔を順に見渡した。
「……俺は、お前たちを危険に晒すつもりはない。何よりも、家族の命を最優先する」
「……シマ……」
トーマスが複雑な表情でシマを見つめる。
「…俺たちはまだ頼りない」
シマははっきりと言った。
「俺たちの力だけで、この問題を解決できるとは思えない。貴族が絡んでいたら、奴らは何がなんでも、もみ消そうと動くだろう?」
「ええ。貴族は特に面子を重んじるわ、躍起になるでしょうね」
「……」
トーマスは押し黙った。
「…俺は、このままノルダラン連邦共和国に行く道も考えてる。街で情報収集をするにしても、慎重に動く必要がある。」
「……シマ、お前は俺たちを守るために言ってるんだよな?」
トーマスがゆっくりと顔を上げた。
「当然だ」
「……わかったよ。俺も、みんなを危険に巻き込むつもりはない」
「ありがたい」
シマは安堵の表情を浮かべた。
「リーガム街に行くかどうかは、もう少し考えよう。」
「……了解した」
トーマスは静かに頷いた。
「俺も、今は焦るべきじゃないと思う。シマ、お前の判断を信じるよ」
「ちょっと待ってくれ、でもよ何か問題があるたびに回避してたら、いつまで経っても俺たちはこのままじゃねえか?」
フレッドの言葉に、シマは息をのんだ。
「多少のリスクは覚悟のうえで動くってのもありかもな?」
クリフが腕を組みながら言葉を継ぐ。
「そうだな、俺たちは自由を求めるんだろ? やりたいように生きるんじゃなかったのか」
ジトーが力強く言った。
「あなたが家族のことを一番に想ってるのはわかるけど……」
サーシャが優しく言葉を紡ぐ。
「そうよ、お兄ちゃん! 私たち、そんなに頼りないわけ?」
メグは少し怒ったようにシマを見つめた。
「僕たちのことをもっと頼るべきだよ」
オスカーも真剣な目で言う。
「私たちって、そんなに頼りないかしら~?」
エイラがからかうように言うと、リズも「悲しいわ~」とわざとらしく肩を落とした。
「ね~、本当よね~」
「そうね~、もうシマったら!」
エイラとリズが顔を見合わせ、ため息混じりに微笑む。
シマはまるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
(俺は……今まで、こいつらの何を見てきたんだ……?)
彼らと共に歩んできた年月が脳裏をよぎる。
狩りをした日々、共に飯を食い、訓練を積み、戦い抜いてきた日々。
自分一人の力で生きてきたわけじゃない。
むしろ、支えられてきたのは自分のほうだったのではないか?
(俺は……臆病になりすぎていたのか……?)
「フヘへ、シマの奴、怒られてやんの」
ザックがニヤニヤしながら呟く。
「シマ、ここは動こう」
ロイドが肩を叩いた。
シマは深く息を吸い込むと、改めて皆を見回した。そして、決断した。
「……よし、動くぞ」
一同の表情が引き締まる。
「二手に分かれる」
シマは慎重に言葉を選んだ。
「リュカ村へは俺、フレッド、クリフ、ケイトの四人。リーガム街にはジトー、ザック、トーマス、ロイド、オスカー、サーシャ、ミーナ、エイラ、ノエル、リズ、メグの十一人」
「なるほど、情報収集と探索を並行して進めるわけね」
エイラが納得したように頷く。
「まずは情報収集が第一だ」
シマは続ける。
「現時点では、リュカ村の全容はまだ見えていない。貴族や商会が絡んでいるのか、それとも村長の独断なのかを見極める必要がある」
「リーガム街ではどう動く?」
ジトーが問う。
「まずは町の空気を読む。俺たちが噂にならない程度に商人や宿屋の主人、住民たちと接触して、リュカ村やその領主について探るんだ」
「わかった。慎重に動く」
ロイドが頷いた。
「トーマス、リュカ村には宿がないんだったな?」
「そうだったな……少なくとも俺がいた頃には宿なんてなかった」
トーマスは思い返しながら答える。
「村への入場料は?」
「なかった。土地が広すぎるからな」
「それなら問題ないな。とはいえ、村の者に余計な警戒をされないように、俺たちも慎重に立ち回る」
シマはリュカ村へ向かうメンバーに目を向けた。
「フレッド、クリフ、ケイト、俺たちは“駆け出しの商人”として振る舞う。」
「了解」
「リーガム街に向かう組も、不要な戦闘は避けろ。情報収集が目的だ」
「わかってるさ」
ザックが笑う。
「……よし、明日、二手に分かれて行動する。しっかり休んでおけ」
――翌朝。
野営地を片付け、馬車の荷を整えると、いよいよ二手に分かれて出発する時が来た。
シマたち四人はリュカ村へ、ジトーたちはリーガム街へ向かう。
「……気をつけろよ」
「お互いにな」
それぞれが軽く手を上げ、進むべき道へと歩みを進めた。
次に待ち受けるのは、リュカ村の真実とリーガム街の影――。
シマたち四人は昼前に到着すると、村の風景が目の前に広がる。
小麦畑と牧草地が広がるのどかな村。風に揺れる緑色の穂と、青々とした牧草が広大な土地を埋め尽くしていた。
道沿いには点在する民家があり、その間を農作業に勤しむ村人たちが歩いている。
「門はないんだな」
フレッドが呟いた。
「これだけ広いと管理しきれないんだろうな」
クリフが周囲を見回しながら言う。
「宿もないって言ってたし、あまり旅人を受け入れるような土地じゃないのかも」
ケイトが少し不安げな表情を見せた。
「まぁ、用心しながら動こう」
シマはそう言って、村に一軒だけあるという商店へと向かった。
木造の小さな建物に入ると、店内は閑散としていた。
商品は棚に並んでいるが、品揃えは決して良くない。
食料品や生活用品があるにはあるが、どれも古びており、値札も付いていない。
「なんか、殺風景な店だな……」
フレッドが棚の埃を指で拭いながら呟く。
すると、店の奥から小柄な男が現れた。
「いらっしゃいませ!」
笑顔を張り付けたような、不自然な表情。胡散臭さが漂う。
「何をお求めで?」
「ノルダラン連邦共和国へ行く途中で立ち寄っただけなんです。何か目新しいものでもあればと思いまして」
シマが自然な口調で答えると、店主は肩をすくめる。
「この村にはこれといったものはありませんなぁ……強いて言えば、牛乳、チーズといったところですかな」
「ちょうど喉も乾いてたところです……四杯頂けますか。それと、チーズを見せてもらっても?」
「少々お待ちを」
店主は奥の部屋へと消えていく。
その瞬間だった。
――カタン
かすかな物音とともに、人の気配がした。
店の裏口から誰かが駆け出していく音が、シマたちの耳に届いた。
(……誰かに報告しに行ったか?)
シマはフレッドと目を合わせたが、今は黙っておくことにした。
しばらくして、店主が戻ってきた。
「お待たせしました。牛乳は一杯、一銅貨になります」
出された牛乳を口に含む。
「……普通に美味いな」
「美味しいですね」
シマがそう言うと、店主は誇らしげに胸を張った。
「朝一番の搾りたてですからな」
次に店主が出してきたのはチーズだった。
しっかりと包装されており、素人目にも美味しそうに見える。
「おいくらですか?」
「四銅貨です」
「三ついただきたいですね」
シマがそう言うと、店主は再び奥へと消えた。
シマは店内に目を配りながら(牛乳やチーズの値段は少し高いくらいで、ぼったくってる感じではないな……試してる?慎重なのか?)
すると、外から蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
――パカラッ……パカラッ……
馬が駆けてくる音だ。
店の前に二頭の馬が止まり、騎乗していた二人の男が降りる。
一人は四十代後半の小太りの男。もう一人は二十代前半で、同じく小太りだった。
二人は店の扉を開けると、無言で店内に入ってきた。
シマたちはさりげなく身構えた。
「よお、店主」
四十代後半の男が店主に話しかける。
「……おや、村長様どうされました?」
店主が笑顔を保ちながら応じる。
「いやな、さっきお前んとこに立ち寄った旅人がいるって聞いてな」
男はチラリとシマたちを見た。
「お前ら、どこから来た?」
「ノーレム街から来ました」
シマは落ち着いた声で答える。
「ノルダラン連邦共和国へ向かう途中で立ち寄っただけですよ」
「へぇ……」
男はシマを値踏みするようにじっと見つめる。
「駆け出しの商人にしては、ずいぶんといい身なりをしてるな。…ずいぶん鍛えられてるように見えるが?」
シマは軽く笑いながら肩をすくめた。
「荷運びをするには、ある程度の体力が必要ですからね」
「ほぉ……」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、せっかくだ。少し話をさせてもらおうか?」
男の背後では、二十代の男が無言でこちらをニヤニヤと見ている。




