課題は山積み
長い夜が明けようとしていたが、休んでいる暇はなかった。
戦いが終わった今、やるべきことが山積みだった。
倒した狼たちの処理をしなければならない。
シマたちはまず、狼たちの腹を裂き、皮を剥ぎ取り、血抜きを始めた。
戦いの余韻が残る中、疲労と緊張を抱えたまま、無心で作業を進める。
作業の途中、家の扉がゆっくりと開き、メグたちが恐る恐る姿を現した。
「……お兄ちゃぁ~ん!」
メグが泣きながらシマに飛びついた。その小さな手が必死にシマの服を握りしめる。
シマは痛む体を気にせず、メグの背を優しく撫でた。
「終わったのね」
エイラは落ち着いた声で言ったが、その目には安堵の色が見えた。
「俺たちの勝ちだ!」
ザックが拳を突き上げ、勝利の喜びを爆発させる。
「生き残ったぜ!」
フレッドも力強く叫んだ。
しかし、シマはそんな雰囲気に水を差すように言う。
「お前ら、最後までやりきるぞ。肉が不味くなってもいいのか?」
全員の表情が引き締まる。戦いが終わったとはいえ、生きるための作業はまだ終わっていない。
「私も手伝うわ」
エイラが手をまくる。
「私も!」
「僕も!」
メグ、ミーナ、リズ、オスカーが次々と声を上げ、一緒に作業を手伝うことになった。
狼の毛皮、肉、内臓、骨と部位ごとに分けていく。
作業はなかなか大変だったが、皆で手を動かすことでスムーズに進んだ。
「川に行って汚れを落としたいな。毛皮をなめすこともしたいが……」
誰かが呟くと、仲間たちが顔を見合わせる。
「さすがにもう狼は来ないんじゃない?」
「でも慎重に行動すべきだ」
意見が割れた。安全を優先するべきか、それとも不快な血生臭さを洗い流すべきか。
結局、女性陣の「血の臭いは嫌!」という声に押され、川へ行くことになった。
慎重に周囲を確認しながら川へ向かう。
狼の内臓を餌に魚をおびき寄せると、驚くほどの大漁となった。
皆が疲れを忘れて歓声を上げる。
「これでしばらく魚には困らないな!」
「せっかくだから、保存用に干しておきましょう。」
「そうだな。」
幸いなことに、狼の襲撃はなかった。
無事に川で体を洗い、毛皮をなめす準備を整え、家へ戻る。
その日の夜、狼の肉を食べてみることにした。
しかし、食べてみると想像以上に固く、筋張っていて、さらに臭みが強かった。
「……薄くスライスすれば食べられないこともないが、これはきついな」
シマが苦笑する。
「香草があれば、もう少しマシになるかもしれない」
「あと、水をもっときれいに使いたい。川の水を引き込めないか?」
「でも、それには溝を掘る必要があるし、すぐには無理そうだな」
「とりあえず、貯水用の桶を増やすのが先決かもしれないな」
こうして、長い戦いの夜が終わり、新たな生活の課題が見えてきたのだった。
シマは疲れた体を横たえながら、次にすべきことを考える。
この地で生き抜くために、やるべきことは山ほどあった。
長い夜が明け、戦いの疲れがどっと押し寄せてきたのか、シマは夕飯を食べた後、いつの間にか眠ってしまっていた。
目が覚めたのは昼ごろだった。精神的にも肉体的にも相当疲れていたようで、全身が重い。
ふと、自分の体の上に毛皮や衣服がかけられていることに気がついた。
「メグがかけてくれたのか?……。メグ、ありがとうな」
メグが小さな声で返事をする。「うん。」
シマは優しく頭を撫でる。
周囲を見渡すと、ザック、ジトー、クリフ、ロイド、トーマス、フレッド、サーシャ、ケイト、ノエルといった仲間たちはまだ深い眠りについていた。
みんなも相当疲れているのだろう。
彼らを起こさないよう、シマは静かに身を起こし、そっと家を出た。
そんなシマの後を追うように、メグ、エイラ、ミーナ、リズ、オスカーがついてくる。
彼らはすでに目を覚ましていたようだった。
まずはフェンスの確認をする。
昨夜の戦いで損傷していないか不安だったが、細かい傷はあるものの、大きく壊れた箇所はないようでホッと胸をなで下ろした。
しかし、シマの脳裏には疑問がよぎる。
「……狼たちがここを襲ってきた理由はなんだろうか?」
ただの偶然なのか、それとも何か理由があるのか。シマは考えを巡らせる。
「狩場からつけられていたのか……? それとも、血の匂いを嗅ぎつけたのか……?」
そういえば、この場所で兎や鳥、蛇などを解体していたことを思い出す。
血の匂いが狼たちを引き寄せた可能性は高い。
今さらながら、それは失敗だったかもしれないとシマは後悔する。
「お兄ちゃん、難しい顔してるけど、どうしたの?」
メグが心配そうにシマの顔を覗き込む。
それに気づいて顔を上げると、エイラ、ミーナ、リズ、オスカーも同じように不安げな表情を浮かべていた。
シマはふと考える。自分一人で悩むなと、仲間たちには常々言ってきたのは、他でもない自分自身ではなかったか。
「……そうだな。みんなにも相談しないとな」
シマは静かにそう呟き、仲間たちが起きたら、このことを話し合おうと決めるのだった。
その後、シマたちは集まり、狼たちの襲撃について話し合いを始めた。
「やっぱり血の匂いが原因だったんじゃないか?」
ザックが言う。
「俺たちがここで動物を解体してたのがまずかったんだ」
「でも、それだけでこんなに大量の狼が来るかな……?」
サーシャが首をかしげる。
「何か他にも要因があったんじゃない?」
「俺たちがこの土地に入り込んだから、縄張りを荒らしたと思われたのかもしれない」
ジトーが腕を組みながら推測する。
「あるいは……」シマが口を開く。
「人肉の味を覚えてしまった狼たちだったのかもしれない」
仲間たちは息をのんだ。
奴隷商の連中がさらった子供たちの遺体はどうなったのか。
その考えが全員の頭をよぎる。
「……そうだとしたら、俺たちは今後も狙われるかもしれない」
トーマスが低く呟く。「対策を考えないと」
「今度からは解体は川のそばでやろう。使えない内臓などはそのまま川に捨てればいいだろう」
シマが提案すると、仲間たちは頷いた。
「フェンスをもっと補強しないとな」
「それなら、木材を集めて柵を二重にするのはどう?」ケイトがアイデアを出す。「そうすれば狼が簡単に突っ込んでこられなくなる」
「それもいいな」
「血がしみ込んだ土を掘り起こして川に捨ててみてはどうかしら?。やらないよりはましでしょ」
「川までのルートを安全にできないかしら?」サーシャが提案する。「直線距離で150メートルくらいかな。人が二人通れるくらいの道を作り、木材を立てて障壁にすればいいんじゃない?」
「きっちりと並べなくてもいい。大型の獣が通れないようにすれば、それだけでも効果はあるはずだ」
「香草も欲しいわ」ミーナが言う。
「それなら薬草もよ」リズが続ける。
「食器類、大工道具、裁縫道具、スコップやツルハシも必要だわ。」
ノエルが挙げる。
こうして皆で考えると、次々と意見が出てきた。
どれも必要なものだが、人手は無限にあるわけではない。
まずは優先順位をつける必要がある。
「まずは安全性を確保するのが第一だな」
シマが結論をまとめる。
「そうだな。そのためにはまず、木材を集めて柵の強化だ。それと、道を作るための伐採作業も必要になるな」ジトーが言った。
「伐採なら僕たち男手がやろう」ロイドが頷く。
「木を切るのはいいけど、切った後どうする?」
ノエルが尋ねる。
「加工する必要があるな。できるだけ太い木は柵に、細かい枝や葉は燃料に使える。無駄なく使おう」シマが指示を出す。
「それなら、木を削るための道具も欲しいな。今あるナイフだけでは大変すぎる」
クリフが言う。
「斧や鋸があれば楽なんだけどな……」
「まずは今できることからやろう。木を集め、道を作り、フェンスを二重にする。それが最優先だ」
シマの言葉に、仲間たちは頷いた。
「それと、食料の確保も並行してやらないと。備蓄はしてあるけど、この冬を乗り越えられるかは不安だわ。狼の肉もあるけど、味がキツすぎるし、保存も考えないとね」ミーナが言う。
「干し肉にするのがいいかな。塩があればいいんだけど……」
「塩はないけど、いくつかの草には味を整える効果があるかもしれない。試してみる価値はあるわ」エイラが提案した。
「香草を探しながら、薬草も見つけておきたいわね」
「それなら、探索班も作るか。森の奥にはまだ危険があるだろうし、慎重に行動しないといけないな」
シマたちはそれぞれの役割を決め、行動に移ることにした。
翌日から、子供たちはそれぞれの作業に取り掛かった。
トーマスとジトーは木材集めを担当し、森へ入って適した木を探し、手頃なサイズに切り倒して運ぶ作業を続けた。
木材は柵の補強にも必要であり、また冬の薪にもなるため、できるだけ多く集める必要があった。
クリフ、フレッド、ケイト、ノエル、ミーナ、リズ、メグは柵の補強とフェンスの強化に取り組んだ。
傷んだ部分を修繕し、新たに木を打ち込み、二重の壁を作ることで防御を強化していく。
同時に、血がしみ込んでしまった土を掘り起こし、清潔な土と入れ替える作業も進めた。
狼たちを引き寄せる要因を少しでも減らすためだ。
ロイドとザックは川までの道づくりを担当した。
まずは道沿いの木々や雑草を刈り取り、歩きやすい通路を作る。
そして、簡単な柵を設けることで、大型の獣が入り込めないようにした。
さらに、作業の合間に魚を獲ることも行った。
狼の内臓を餌にすると、多くの魚が寄ってきたため、思いのほかの大漁となる。
シマ、サーシャ、エイラは香草と薬草を探す役割を担った。
冬を迎えるにあたり、食料の保存や傷の治療に役立つ植物を集めることは欠かせない。
香草は肉の臭みを消し、少しでも美味しく食べるために重要だった。
三人は森の中を慎重に進み、使えそうな植物を集めていった。
オスカーは弓矢作りを担当した。
彼は以前から狩りに必要な武器の製作を一手に引き受けていた。
時折、気分転換に柵作りに参加することもあったが、基本的には安全な家の中で弓矢の仕上げをしていた。
それぞれの仕事は忙しく、時には苦労もあったが、何よりも恐ろしい冬の季節がすぐそこまで迫っている。
寒さが本格化する前に、できるだけの準備を整えようと、子供たちは全力で取り組んでいた。