変貌
昼食を終えた後も、作業は継続された。
狩猟班は再び山へと赴き、獲物の捕獲に従事する。
一方、エイラ、メリンダ、アネッサ、ライドも畑へと向かい、農作業に加わった。
彼女たちの目に映った光景は、常識を逸脱するものであった。
「もう何度目かしら……こんなにも唖然とするのは……」
メリンダは半ば呆れたように呟いた。
眼前には、以前の倍以上に拡張された小麦畑が広がっていた。
その背後には山の斜面を削り、段々畑として整地された土地が広がっている。
そして特筆すべきは、それらを保護するかのように設置された、従来の柵を遥かに凌駕する高さと堅牢性を備えた防護柵であった。
この地域では、狼や熊といった大型獣の出没が頻繁であり、それに備えるための防壁が不可欠とされていた。
しかし、これほどまでに強固な構造を持つ柵は、過去に類を見ないものであった。
ギルバードだけは冷静に肩をすくめるだけだった。
彼はすでに作業に従事していたため、この劇的な変化に対する驚嘆を通り越していたのだろう。
「あなたたちは、まったくもって非常識よ!」
メリンダは呆れと憤りを滲ませつつ、シマの手から鍬を奪い取り、そのまま段々畑の耕作を始めた。
労働の合間に、彼女は感情を抑えきれず独白を続ける。
「私たちがどれほどの歳月をかけて、この村の防壁を築いてきたと思っているの……? 時には尊い命を犠牲にしながら、それでもようやく作り上げたのよ……」
彼女の手は休むことなく動き続け、鍬の一振りごとに土は丹念に耕されていった。
その姿には、この土地に対する深い愛着と、積み重ねられた歴史の重みが色濃く滲んでいた。
夕刻に差し掛かるころには、ブルーベリーやラズベリーの苗木が植えられ、ジャガイモの埋設作業も完了した。
作業を終えた者たちは、充足感と共に深いため息をついた。
同じ頃、狩猟班が帰還した。
その手には、狼四頭、鹿一頭、さらには熊一頭の獲物が抱えられていた。
ギルバードやアネッサは、その成果の壮大さに目を見開き、驚嘆の声を漏らした。
しかし、メリンダだけは違った。
彼女は沈黙したままフレッドの胸を小刻みに叩き始めた。
その様子を目の当たりにした周囲の者たちは、苦笑を浮かべるしかなかった。
その後、狩猟班とエイラは村の宿屋、食堂、古着屋を巡り、獲物の解体や肉を卸し、なめし加工を依頼した。
各店舗の主たちは、またしても驚愕を隠せず
「また…?…短期間でこれほどの成果を挙げるとは……く、熊じゃないか!?」と絶句した。
さらに、彼らは前日に捕獲した狼三頭と熊一頭の鞣し加工を古着屋に依頼した。
店主は毛皮の質を確かめるように指先でなぞり広げる。
「…こ、これ…熊じゃないか?」
若い職人も「…熊ですね」と呆然とする。
夕刻を過ぎ、辺りが徐々に闇に包まれ始めるころ、フレッド一家の家の前では、一行が和気藹々と談笑しながら家の中へと足を踏み入れようとしていた。
「今日も肉祭りだ!」
トーマスが満面の笑みで叫ぶ。
「食いまくってやるぜ!」
ザックが拳を振り上げる。
「まだ昨日の分も残ってるしな」
ジトーが肩をすくめながら言う。
フレッドは隣にいた弟のライドに優しく声をかけた。
「たらふく食えよ」
ライドは目を輝かせながら頷く。
「うん! いっぱい食べてお兄ちゃんみたいにおっきくなるよ!」
ギルバードとアネッサは優しい眼差しで見ていた。
そんな彼らの前に、村長コモロフが現れた。
彼はフレッドの家を見上げ、目を丸くしながら言葉を失った。
「……へ?」
まるで頭の中で状況が整理できていないかのように固まってしまう村長。
その様子を見た孫娘のメリンダが声をかける。
「おじいちゃん?」
しかし、村長はまったく反応しない。
メリンダが心配そうに眉をひそめる。
「おじいちゃん、戻って来て!」
彼女は遠慮なしにビンタを食らわせた。
パチンと小気味よい音が響き、村長ははっと我に返った。
「な、なんじゃ……?」
目をこすりながら、もう一度目の前の光景を見つめる。
「……おかしいな? 夢か?」
もう一度目をこすり、じっくりと確かめる。
「……あれ? ワシ、起きてるよな?」
何度かこのやり取りを繰り返し、ようやく村長は状況を受け入れた。
彼はフレッドたちに夕飯へと誘われることとなる。
家の中に入ると、村長はきょろきょろと辺りを見回し、驚愕の声を上げた。
「わしの家よりも立派じゃないか……!」
エイラが笑顔で声をかける。
「コモロフ村長、今日はたくさんの肉が手に入ったので、存分に召し上がってくださいね」
「おお、それはかたじけない」
村長は感慨深げに頷く。
「そうよ、おじいちゃん! 熊に狼の肉が大量よ!」
メリンダが勢いよく言う。
「……熊? 狼? ……熊って、あの熊か? こう、大きな体をした?」
村長が両手を広げながら尋ねる。
「まあ、これが普通の反応よね」
メリンダが呆れたように言い、ギルバードやアネッサもうんうんと頷いた。
そんなやり取りの最中、クリフが唐突に口を開いた。
「なあ、シマ、酒もいいだろ?」
この一言で、ジトー、ザック、トーマス、フレッドの目が輝く。
「別にいいんじゃね?」
シマがにやりと笑いながら言うと、フレッドに視線を向けた。
「お前、買って来いよ」
「なんで俺なんだよ」
渋々文句を言いながらも、フレッドはエイラからお金を受け取る。
「私も行くわ!」メリンダが元気よく言い、二人は家を後にした。
こうして、一行は夜の宴に向けて最後の準備を整えるのだった。
村の中心部は、まるで祭りのような喧噪に包まれていた。
本日だけで狼十二頭、鹿二頭、熊一頭が狩られ、大量の肉と毛皮が村へともたらされたのだから、村人たちが興奮しないはずがない。
これほどの狩猟成果は、村の歴史上でも例がないだろう。
村人たちはあちこちで声を上げ、誰がこの偉業を成し遂げたのか、驚きとともに詮索し始めていた。
さらに、村のはずれにあった古びた住居が、一夜にして堂々たる豪邸へと変貌を遂げたという信じがたい話まで広がっていた。
「そんな馬鹿な話があるか」と言いつつも、実際に見てきた者たちは、目を丸くして語るばかりだった。壁はしっかりとした木材で組まれ、まるで村の領主でも住んでいるかのような堂々たる造り。
信じられない話ではあるが、現実にその変化を目の当たりにした村人たちは、何が起こっているのか理解できず、ただただ唖然とするしかなかった。
そんな噂話で持ちきりの村の酒場に向かって、フレッドとメリンダは並んで歩いていた。
夕暮れ時の涼やかな風が、彼らの間に流れる微妙な空気を和らげるかのように吹き抜ける。
しかし、メリンダの表情は険しく、フレッドに詰め寄るようにして口を開いた。
「あんたたちは、ほんっっとうに非常識よ!」
強い語調でそう言うと、彼女はフレッドの肩を軽く拳で小突いた。
「その辺のこと、ちゃんと分かってるの? 自覚してるの? ……生きて帰ってきたと思ったら、まるで別人のようになってるし……」
そこまで勢いよくまくし立てたが、最後の一言だけは声が小さくなった。
「……かっこよくなってるし」
その言葉を聞き逃さなかったフレッドは、口元を緩め、得意げに笑う。
「俺たち家族にとっては、これが普通なんだよ。それに、俺がかっこいいのはガキの頃からだろ?」
メリンダは呆れたようにため息をついた。
「そういうところよ、フレッド……」
そう言いながらも、彼女の頬はわずかに赤らんでいた。
彼の自信に満ちた態度に苛立ちながらも、どこか嬉しそうな感情が混じっているようにも見える。
二人がそうしているうちに、酒場の前に到着した。
中からは大勢の村人たちの話し声が聞こえてくる。
扉を開けると、そこにはすでに多くの村人が詰めかけ、熱心に今日の出来事について語り合っていた。「一体どうやってあれだけの獲物を仕留めたんだ?」
「いや、それよりもギルバードの家が一晩で建て替わったって本当なのか?」
といった声が飛び交い、村の誰もがその真相を知りたがっている。
フレッドとメリンダは目を合わせ、ひとつ息をつくと、その喧騒の中へと足を踏み入れた。




