唖然
朝日が地平線から顔を出し、村全体が柔らかな金色に染まり始めたころ、すでにフレッドたちは作業の準備を整えていた。
簡単な朝食を済ませるとすぐに作業に取り掛かる。
まずはフレッド一家の家を取り壊す作業からだ。
家の規模自体が小さいこともあり、全員が協力すれば一時間もかからない。
壁板を剥がし、屋根の藁を取り除き、柱を支えていた梁を外す。
築数十年が経過しているため、木材はすでに腐食が進んでおり、力を入れれば簡単に砕けるものもあった。
「これならすぐ終わるな」
ジトーが丸太の柱を片手で持ち上げながら言う。
その傍らでシマが壁板を次々と剥がしていく。
ザックとロイドは土台部分の木材を切り分け、使えそうな材は分別していた。
女性陣は取り外した木材を運び、積み上げていく。
一時間もしないうちに家は完全に解体された。
基礎部分の整地を行うと、オスカーが図面を地面に描き始める。
彼の頭の中ではすでに家の完成図が出来上がっていた。
「ログハウス風にするよ。今の家の三倍の大きさで、部屋は三つ。それと、冬の積雪を考慮して基礎は少し高めにする」
そう言いながら、オスカーは家の裏に積み上げられている丸太をチェックし、サイズごとに分類していく。
すでに皮を剥ぎ、均等な太さに整えられているものが多く、組み上げる準備は万端だった。
「じゃあ、まずは基礎から始めるか」
フレッドの掛け声とともに、作業が再開された。
基礎部分には、大きな石を敷き詰め、その上に水平を取った丸太を並べる。
冬場に地面が凍結し、家が傾くのを防ぐために、この基礎の高さは重要だった。
「水平、よし!」
オスカーが確認すると、ジトーとトーマスが一気に丸太を組み上げていく。
ログハウスの特徴である角の部分は、丸太を交互に組み合わせ、しっかりと噛み合わせるようにする。
これにより、頑丈な構造が作られる。
「次は壁を積んでいくぞ!」
ザックとロイドが丸太を肩に担ぎ、次々と運び込む。
その重量は並の人間ならば到底持ち上げられないものだが、彼らにとっては軽作業のようなものだった。
「…やっぱりおかしいわよ、この人たち……」
メリンダが呆然としながらつぶやく。
村人たちも驚いた顔で見守る中、シマたちは淡々と作業を続けていた。
丸太を組み上げる作業は迅速に進み、昼を迎えるころには壁の大部分が完成していた。
一本一本の丸太にはノッチ(刻み目)が彫られ、互いにしっかりと組み合わさるようになっている。
さらに、隙間には断熱材となる藁と土を詰めていく。
「これで風が入るのを防げるな」
シマが確認しながら手早く詰めていく。
メグやケイトも協力しながら作業を進め、やがて壁の強度が増していった。
次に、屋根の作業に入る。
まずは大きな梁を渡し、それを支える柱を固定する。トラス構造を用いることで、積雪の重みに耐えられるように工夫する。
「梁、固定完了!」
フレッドが確認すると、ザックとロイドが屋根材を運び始めた。
今回は藁ではなく、板を使ってしっかりとした屋根を作る計画だった。
屋根材を釘で固定しながら、徐々に家の形が見えてくる。
日が傾き始めるころには、屋根もほぼ完成し、家の外観はほぼ出来上がった。
最後に木枠を取り付け、扉を設置する。
内部には簡単な仕切りを作り、三つの部屋を確保する。
「ふぅ……これで完成だね」
オスカーが満足そうに家を見上げる。
フレッド一家や村人たちは、その速さと完成度の高さに言葉を失っていた。
「こ、これが……たった一日で……?」
メリンダの言葉に、ギルバードも頷く。
「…し、信じられないが、これが現実なのか…?」
こうして、フレッド一家の新しい家は一日で完成した。
彼らの驚きと感謝の言葉が、静かな村の空に響いていた。
新しい家が完成したその夜、フレッド一家とメリンダはまだ夢見心地のような状態だった。
立派な丸太作りの家は、以前の小さなボロ家とは比べ物にならないほど頑丈で広々としていた。
広い玄関には丈夫な扉、家の中にはしっかりとした梁、そして三つの個室と大きな居間。
壁の隙間はしっかりと埋められ、外の寒さを寄せ付けない工夫が施されていた。
家の中に広がる木の香りが心を落ち着かせる。
「なんだかまだ夢を見ているみたい……。」
フレッドの母親は木の柱に手を触れながら、驚きを隠せずにいた。
だが、そんな大人たちの驚きをよそに、ライドだけは無邪気に駆け回っていた。
「お兄ちゃんたち、お姉ちゃんたち、ありがとう!」
嬉しそうに笑いながら、家の中を飛び跳ねるライド。
その様子を見ていたシマたちも自然と笑顔になった。
夕飯は、この新しい家で祝うことになった。
メグとリズが「できたわよ!」と声をかけながら料理を運んでくる。
並べられたのは、フライドポテト、ポテトチップス、ジャガイモのスープ、ふかし芋。
じゃがいも尽くしの食卓だった。
フレッドが真っ先にフライドポテトを手に取り、さくっと一口。
「……うまい!」
豪快に食べながら、「親父たちも食べてみろよ!」とギルバードたちに勧めた。
ギルバードも恐る恐るポテトチップスを口にする。
「なんだこれは……!?」
塩が効いたサクサクの食感と、噛むほどに広がる甘みと旨味。
今まで食べたことのない味だった。
「これは……決まりだろ?」
フレッドがそう言いながら、シマたちを見る。
一同が黙って頷いた。
「これを育てよう。」
フレッド一家もメリンダも次々に手を伸ばし、フライドポテトやふかし芋を頬張る。
食べるほどに、笑顔がこぼれていった。
そんな中、フレッドが袋から一つのジャガイモを取り出した。
「これが、さっき食ったやつの元だ。」
すると、それを見たメリンダが驚きの声を上げる。
「それ、悪魔の実じゃない!?」
村では昔から、じゃがいもは毒があるとされ、食べるものではないとされていたのだ。
「お前がさっき食べたのは、これなんだよ。」
「えっ……!? で、でも、これって……?」
メリンダが困惑しているのを見て、シマが説明を始めた。
「確かに、ジャガイモには毒がある部分がある。特に芽の部分には毒があって、それを食べるとお腹を壊すし下手をすれば命にかかわる。でも、きちんと芽を取り除いて、管理すれば、とても美味しくて栄養価の高い作物なんだ。じゃがいもは、寒さに強いし、土地が痩せていても育つ。乾燥させれば長期間保存もできるし、これがあれば冬の食糧不足も防げる。但し、連作障害には気をつける必要があるがな」
メリンダは驚きながらも、フライドポテトをもう一つ口に運び、じっくりと味わった。
「……こんなに美味しいのに?」
「そうさ。むしろ、こんな便利な作物を今まで捨ててた方がもったいないくらいだよ。」
ギルバードも納得したように頷く。
「……確かに、これなら村のみんなも喜ぶかもしれんな。」
すると、メリンダがふと思い出したように言った。
「そういえば……村には捨てるほど余ってるわよ?」
「は?」
シマたちが目を丸くする。
「みんな毒があると思ってるから、放置されてるの。収穫されても、食べる人がいないから捨てるしかないのよ。」
一同は顔を見合わせた。
「なら、話は早いな。それなら、分けてもらえないか?」
「いいわよ。それに、育て方や食べ方を教えてもらう対価として、おじいちゃんに説明すれば納得するはずよ」
「おじいちゃん?」
「村長のことよ」
「えっ?お前、村長の孫だったのか?」
フレッド一家も知らなかったらしく、驚いている。
「知らなかったの?」
メリンダは不思議そうに首を傾げた。




