何なの?!
キョク村公証役場にて。
昼過ぎ、キョク村の公証役場には数人の姿があった。
エイラ、フレッド、フレッドの両親、弟のライド、そして村長。
フレッドの母親は、息子の顔を見るとふっと優しい表情を浮かべた。
「フレッド、昨日はありがとう。この子にお腹いっぱいご飯を食べさせることができたわ」
そう言って、ライドの背中をそっと押す。
ライドは少し恥ずかしそうにしながらも、フレッドの前に立ち、ぱっと顔を上げた。
「お兄ちゃん、ありがとう! 僕、あんなにお腹いっぱい食べたの初めてだよ!」
無邪気な笑顔でそう言うライドを見て、フレッドは少し驚いたように目を瞬かせる。
しかし、すぐに口の端をわずかに上げた。
「……そうか。これからは、いつでも腹いっぱい食えるようになるさ」
フレッドの言葉に、ライドの顔がぱっと輝く。
その後、フレッド一家と村長との間で正式な合意がなされた。
役場の机の上には、証明書と合意書が三通ずつ並べられている。
それぞれフレッド一家、村長、そしてエイラが保管することになる。
村長は書類を慎重に確認しながら頷いた。
「うむ、これで問題ないな」
「ええ」エイラも同意するように頷く。
そして、最後に署名をする段階になると、フレッドの両親は戸惑ったようにペンを手に取ったが、すぐに固まった。
ぎこちない仕草でペンを握り、紙を見つめるが、一向に手が動かない。
そんな両親の様子を見た村長も、何か察したように静かに息をついた。
「俺が書こう」
ペンを取り、証明書と合意書に流れるような字で記入していく。
その手つきを見ていた両親と村長は、明らかに驚いていた。
母親はそっとフレッドの手元を覗き込みながら、小さく呟く。
「……フレッド、こんなに綺麗な字が書けるのね……」
ギルバードもまた、息子の手元をじっと見つめていたが、やがて視線を落とした。
「……お前、いつの間に……?」
フレッドは少し肩をすくめながら、そっけなく答えた。
「俺の家族に無理矢理、教え込まれたのさ」
その言葉に、ギルバードはしばらく沈黙していたが、やがて小さく「そうか……」と呟いた。
書類への記入が終わり、それぞれが証明書と合意書を受け取る。
こうして、フレッド一家の新たな未来が正式に形となった。
フレッドの家の前では、すでにシマたちが準備を整えていた。
いつの間にかメリンダも加わっており、女性陣と親しげに談笑している。
今回の作業に何かと協力したいと思っているようだった。
「問題なかったか?」
シマが尋ねる。
「この通り、問題なしよ」
エイラが証明書と合意書を見せる。
「なら、昨日打ち合わせた通りやるぞ」
シマが声を張り上げると、皆がそれぞれの持ち場へと散っていく。
昨夜、宿では次のような作業分担が決められていた。
- **木を伐採する者**:ジトー、ザック
- **木を運び出す者**:トーマス、シマ、クリフ、フレッド
- **周囲を警戒する者**:サーシャ、ノエル、オスカー、メグ
- **枝を払い加工する者**:エイラ、ケイト、ミーナ
- **一部、柵を壊して通れるようにする者**:ロイド、リズ(村に大型獣が入らないよう警備)
ジトーとザックは、斧を手に山の奥へと進む。
倒す木を見定め、慎重に斧を振るった。
鋭い刃が幹に食い込み、大きな音が響く。
ふたりの怪力ぶりは目を見張るものがあった。
木々はまるで豆腐のようにスパスパと切り倒されていく。
汗をかきながらも、二人は手を休めることなく作業を続けた。
「よっし、運ぶぞ!」フレッドの掛け声で、倒れた木々を次々と運び出していく。
フレッドたちは二本ずつ木を担ぎ、裏庭へと運び積み上げていく。
中でもトーマスは別格だった。
一本どころか、大木であっても一人で軽々と持ち上げると、悠々と小走りで運んでいく。
「エッホ、エッホ!」
シマたちも負けじと往復を続ける。
彼らの額には汗が滲み、息が弾む。
しかし、仲間と共に力を合わせることで、苦労を楽しんでいる様子だった。
運び込まれた木は、エイラたちによって枝を払い、形を整えられていく。
彼女たちは予備の剣を使っていた、エイラが呆れたように言う。
「私のショートソードは、こんなことには使いたくないわね」
「私もよ」
ケイトが苦笑する。
一方、村と山の境界線にある柵の警備をしていたロイドとリズの前に、三頭の狼が現れた。
「来たわね」
リズが弓を構える。
超強弓から放たれた矢は、狼たちの頭部を正確に貫き、一瞬で絶命させた。
「手間取るまでもなかったな」
ロイドは冷静に血抜きを始める。
やや暫くして森の奥から新たな影が現れた。
「熊か……」
ロイドが血の匂いに引き寄せられたのだろうと呟く。
「シマ、熊が来たぞ!」
シマは作業の手を止めることなく、サーシャたちの方を見て、にやりと笑った。
「助さん、格さん、やっておしまいなさい!」
「誰よ、それ!」
サーシャがツッコむ。
「いちいちシマの言うことを気にしてたら身が持たないよ」
オスカーが肩をすくめる。
「それもそうね」
そう言いながら、サーシャたちは超強弓を構え、矢を番える。
「撃つわよ!」
放たれた太い矢は熊の頭部、身体を貫通し突き抜けた。
熊は一歩も動くことなく、その場に倒れる。
「……瞬殺ね」
ノエルが呟く。
その様子を見ていたクリフが、木を運びながら叫んだ。
「今日は熊鍋だな!」
「処理はしっかりやってくれよ!」
フレッドがそう言いながら、小走りで木を担いで去っていく。
熊の処理はオスカーとメグが引き受け、残りの者たちは引き続き木の運搬と加工に取り組む。
しばらくして、サーシャが汗を拭いながらフレッドの隣に並んだ。
「これだけ木を運んで、まだ終わらないの?」
「終わりは見えてきたが、もう一踏ん張りってとこだな」
「そう……。ま、頑張るわよ!」
サーシャが気合を入れ直すと、フレッドも頷いた。
「おう、今日はうまい飯が待ってるからな」
「熊鍋ね」
「そういうことだ」
二人は笑いながら、再び作業に戻っていった。
そして日が傾き始める頃、ついに全ての木材の運搬が完了した。
熊の肉の下処理も終わり、柵も強固に補修して村には食欲をそそる香りが漂い始める。
今夜は久々に豪勢な食事となることだろう。
フレッド一家とメリンダ、そして道行く村人たちは、目の前で繰り広げられる光景に呆気に取られていた。
彼らの視線の先では、次々と運び込まれる大量の木材が、驚くべき速さで加工されていく。
普通なら何日もかかる作業を、この若者たちは半日も経たずに進めていたのだ。
極めつけは、狼三頭と熊一頭が運び込まれたときだった。
「……な、何なのこの人たち……?」
誰ともなく呟かれた言葉が、その場にいた者たちの心情を的確に表していた。
彼らは普通の人間のように見えるが、常識外れの動きを見せる。
重い木材を軽々と持ち上げ、走り回り、狼や熊が現れても慌てることもなく、まるで日常の一環であるかのように対処していた。
「熊を……一人で担いで持ってくる……? 何なのよ、この人たち……?」
メリンダは、目の前の光景が信じられず、呆然と立ち尽くしていた。
その中で最も驚かされたのは、フレッドの姿だった。
いつも気難しそうな顔をしていた彼が、笑顔で作業をしている。
「……あんな風に笑うんだ……」
メリンダは信じられない気持ちでフレッドを見つめた。
村の中にいたころ、楽しそうに笑う姿は、今まで一度も見たことがなかった。
日が暮れ始めるころ、彼らは宿から借りてきた大鍋を使い、豪勢な夕飯を準備した。
熊や狼の肉を大きな塊のまま鍋に放り込み、買ってきた野菜や香草とともに煮込む。
塩や香辛料で味を整え、柔らかく煮えた肉の匂いが辺りに広がる。
さらに、パンや酒もたっぷりと用意され、まるで祭りのような賑やかさだった。
ちなみに、熊や狼の毛皮は村にある古着屋に持ち込まれた。
毛皮を見た店主は、目を丸くして驚きの声を上げた。
「こ、こんな立派な毛皮、どこで手に入れたんだ……!? しかも、一度にこんなに……!」
山に入って狩ってきたんだがと何気ないように言うシマ。
ギルバードがフレッドに申し訳なさそうに言う。
「…あっけにとられて見ていることしかできなかった」
「別にいいさ。それよりも……」
フレッドが言葉を継ぐ。
「明日はこの家を取り壊して建て替えるから、荷物はまとめておいてくれよ」
「は……? ちょ、ちょっと待って、家を壊すって……!?」
メリンダの声が裏返る。
「家ができるまで、おばさんたちはどうするのよ!?」
「問題ねえよ。明日一日で作ってやる」
フレッドはさらりと言い放ち、オスカーに視線を向けた。
「なあ、できるよな?」
オスカーは自信満々に頷いた。
「うん、おおよその完成形は僕の頭の中で出来上がってるから」
それを聞いて、ますますメリンダは混乱する。
「ちょ、ちょっと待って! 家を一日で建てるって、そんなこと……!」
しかし、オスカーはすでに別のことを考えていた。
「ところで、冬は雪がどれくらい降るんですか?」
ギルバードが答える。
「多い時には30㎝~40㎝くらいは積もるな」
「……それなら基礎をもう少し高くした方がいいか……」
オスカーは独り言のように呟き、何度か頷いた後、確信したように言った。
「よし、大丈夫だね!」
彼の頭の中ではすでに家の完成図が出来上がっていた。




