流れ者
シマたち一行は、村の道を進んでいった。
その姿は、あまりにも異質だった。
2メートルを超える大男が3人、鍛え抜かれた体格の男たちが5人。
手足がスラリ伸びた見目麗しい女性が7人。
旅装を整えた彼らが揃って歩く姿は、村人たちの視線を引き付けずにはいられなかった。
誰もが道の端に寄り、彼らが通り過ぎるのを見守る。
「おいおい、ずいぶん見られてるな」
ザックが小声で言う。
「仕方ないさ。村に、これだけの大所帯がぞろぞろと入ってきたら、目立つのは当然だよ」
ロイドが肩をすくめる。
「特にジトーたちはね……」
オスカーがちらりと2メートルを超える巨漢たちを見る。
ジトー、トーマス、ザックは、他の傭兵でも滅多に見ないほどの体格を誇っていた。
「……俺の家は、村のはずれだ」
先頭を歩くフレッドが呟いた。
村の中心部を抜け、農地が広がる道を進んでいくと、やがて一軒の小さな家が見えてきた。
それは、他の家々よりも一回り以上小さく、古びていた。
壁はひび割れ、屋根はところどころ歪んでいる。
強風が吹けば、吹き飛ばされてしまいそうなほどに頼りない家だった。
「……相変わらず、ひでえな」
フレッドがぽつりと呟く。
彼は一度大きく息を吐くと、扉をノックした。
しばしの沈黙。
その後、扉がゆっくりと開いた。
出てきたのは、三十代後半の女性と、小さな男の子だった。
子どもの年齢は、三、四歳くらいだろうか。
女性はフレッドの顔を見上げ、少し首をかしげながら言う。
「……どちら様でしょうか?」
フレッドは言葉を失っていた。
「お兄ちゃん、だれ?」
小さな男の子が、無邪気にフレッドを見上げて言った。
「ライド、こっちに来なさい」
女性は男の子の手を引き、軽く頭を下げた。
「すみません、うちの子が……」
「……お袋」
フレッドの声は、かすかに震えていた。
「話が聞きたい」
女性は困惑しながらも、フレッドの顔をじっと見つめた。
そして、ふと、息をのむように目を見開く。
「……生き……ていたの?」
その声には、驚きよりも、どこか罪悪感が滲んでいた。
エイラが一歩前に進み出る。
「フレッドから、これまでの話は聞いています」
彼女の声は、いつものように穏やかだったが、どこか鋭さも含んでいた。
「なぜ、フレッドの家族だけがこの村で冷遇されていたのか、それを知りたいのです」
女性はエイラを見て、そして彼女の後ろに立つシマたちに視線を移した。
「この人たちは……?」
女性は戸惑いながら、フレッドに尋ねる。
「……俺の家族だ」
その一言に、女性の表情が一瞬だけ緩む。
だが、それもすぐに消え、申し訳なさそうに言った。
「……狭い家なので……」
フレッドはちらりとシマたちを見た。
「シマ、悪りいが、ちと待っててくれ」
「わかった」
シマは頷いた。
「俺たちは外で待ってる」
そう言うと、フレッドとエイラが家の中に入っていった。
家の中は、予想以上に質素だった。
わずかな家具と、最低限の生活用品。
台所も狭く、食器は数えるほどしかない。
「……座って」
女性は小さな机を指さし、フレッドとエイラを促した。
フレッドはゆっくりと腰を下ろし、エイラも彼の隣に座る。
「まず……聞かせてくれ」
フレッドがゆっくりと口を開く。
「なぜ、俺たちはこの村で冷遇されていた?」
女性は、しばらく沈黙していた。
そして、静かに口を開いた。
「……私たちはね、この村の人間ではないの」
「……どういう意味だ?」
「私と、あなたの父さんは……流れ者だったのよ」
フレッドの表情が変わった。
「――流れ者?」
「そう……」
女性は目を伏せる。
「あなたが生まれる少し前……私たちはこの村に流れ着いたの。街で居場所をなくし、放浪していた私たちを、この村の村長が哀れんで、僅かな農作地を分け与えてくれたの」
「……それで、俺たちはずっとこんな扱いを受けてたってのか?」
「ええ……。この村の人たちは、外部の人間をあまり受け入れない。でも、完全に拒絶するわけにもいかない……だから、私たちは最低限の生活は保障されたけれど、それ以上のものは与えられなかった」
フレッドは静かに拳を握った。
「……なんで、そのことを俺に教えなかった?」
女性は静かに目を伏せた。
「……あなたが知る必要はないと思っていたの」
「ふざけるなよ……!」
フレッドの声が低くなる。
「俺はずっと、自分の家族がこんな扱いを受けてる理由も知らず、ただ理不尽な怒りを抱えて生きてきたんだぞ……!」
エイラはそんなフレッドの肩にそっと手を置いた。
「怒る気持ちはわかるわ。でも、今は過去を責める時間ではないわ」
フレッドは息を吐き、静かに目を閉じた。
「……そうだな」
フレッドは母を見つめる。
「お袋、俺は帰ってきた。でも、俺はもう昔の俺じゃない」
それが、彼の決意だった。
母は、涙をこらえながら、ただ頷いた。
フレッドとエイラが家の中へ入っていき、シマたちは外で待つことになった。
古びた家の前に立つ彼らは、村の人々の好奇の視線を受けながらも、特に気にした様子はなかった。
それもそのはず、彼らはこれまでにも数多の視線を受け、注目されることには慣れていたのだ。
しかし、そんな彼らに、四人の村人が近づいてきた。
一人は年配の男性、一人は中年の男、一人は若い男性、そして、最後の一人は女性だった。
年配の男性は、どこか緊張した様子で、一歩前に出る。
彼は一瞬、シマたちの圧倒的な雰囲気に気圧されたようだったが、それでも意を決して口を開いた。
「き、君たちは、な、何者かね?」
彼の声は震えていた。
目の前に立つのは、並の戦士とは比較にならないほどの巨体と威圧感を持つ男たちと、洗練された動きを備えた女性たち。
普通の村人にとって、彼らは異質な存在だった。
シマは軽く肩をすくめ、特に警戒することもなく答える。
「ん? 俺たちは傭兵団だ」
「よ、傭兵団?!」
年配の男の顔が引きつる。
「…そ、その傭兵団が一体な、なぜこの家の前に?」
彼は警戒心を隠せない様子だった。
傭兵団が田舎の村を訪れることは珍しい。
ましてや、戦場でもない場所で、傭兵団が現れれば、村人が警戒するのも無理はない。
シマは淡々と答える。
「ああ、俺たちの家族の一人が実家に……この家に話があるんでな」
「そ、その一人って……フレッドのことですか?!」
今度は女性が驚いた声を上げる。
「そうだが」
シマが肯定すると、女性の顔色が変わる。
次の瞬間――彼女は躊躇うことなく、家の扉を乱暴に押し開けた。
「フレッドォ!」
そう叫びながら、彼女は家の中へと駆け込んでいく。
家の中に飛び込んだ女性――メリンダは、勢いよく立ち止まり、慌てたようにキョロキョロと周囲を見渡した。
だが、目の前にいる人物たちを見ても、すぐにはフレッドを見つけられなかった。
彼女の記憶の中のフレッドは、痩せっぽちで、いつも怒っているような顔をした少年だった。
しかし、今目の前にいるのは――精悍な顔つきに成長し、鍛え抜かれた体を持つ男だった。
「……フレッド?」
母親が困惑した様子で、彼女を呼ぶ。
「メリンダちゃん……」
彼女の声は、驚きと戸惑いに満ちていた。
それも当然だ。
突然、何の前触れもなく、家の中へ飛び込んで来たのだから。
フレッドは、ゆっくりと立ち上がった。
「……メリンダ」
彼の低く落ち着いた声が、家の中に響いた。
メリンダは、ようやく彼をしっかりと見た。
「……嘘……でしょ?」
彼女の瞳が揺れる。
再会したはずの幼馴染は、彼女の知るフレッドとは、まるで別人だった。
少年だった彼は、もういない。
そこにいるのは、戦いを生き抜いてきた、一人の男だった。




