シュリ村での宴
ロイドが家族との再会を果たした後、彼は両親と弟妹を連れて家を出た。
そして、家の前に停めてある馬車へと歩み寄る。
その場にいたロイドの家族は、次第に周囲へと集まってきた。
馬車の側に立っていたのは、ロイドが「家族」と呼んだ仲間たち――屈強な男たちと、見目麗しい女性たちだった。
豪奢な服を着ているわけではないが、彼らの姿はどこか堂々としており、ただの旅人や商人ではないことが一目でわかる。
「……ロイド、彼らは?」
父親が驚いたように問うと、ロイドは誇らしげに微笑んだ。
「僕の自慢の家族たちさ」
ロイドがそう言ってシマたちを紹介すると、母親は戸惑いながらも彼らの姿をじっと見つめた。
特に、ロイドの妹であるミシェルは、仲間の中でも大柄な男――ジトーをじっと見上げていた。
彼のような大男は、村では滅多に見ることがない。
「お、おっきい……」
ぽつりと呟くミシェルに、ジトーは微笑を浮かべながら目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ははっ、俺より大きいやつは世の中にまだまだいるぞ」
その言葉にミシェルは目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
そんなやり取りを見ながら、父親がふとロイドに尋ねた。
「……ロイド、お前は商人になったのか?」
ロイドは首を横に振る。
「違うよ。僕は傭兵団の一員さ」
「傭兵……?」
母親が眉をひそめ、不安を隠せない様子で息子を見つめた。
「そんな危ないことを……」
母の心配を受け、ロイドは真剣な眼差しで答える。
「危険なことも、命に関わる場面に遭遇することもあるだろうね」
そう言いながら、ロイドはリズの手をそっと握る。
「でも、僕は家族たちと……リズと共に生きることを決めたんだ」
その言葉に、母親は何も言えなくなった。
ただ、ロイドの真剣な表情を見つめるだけだった。
そんな中、一歩前に出たのはシマだった。
彼は少し気まずそうに頭をかきながら、ロイドの両親に向かって挨拶する。
「あ~……一応、この傭兵団の団長をしてます、シマです」
ロイドの父はシマをじっと見つめた。
「……君が、団長……?」
一瞬の沈黙の後、父はすぐにハッとし、軽く頭を下げた。
「あ、いや……挨拶が遅れて申し訳ない」
「いえ、こちらこそ」
シマは当たり障りのない返事をしつつ、落ち着いた様子でロイドの父と向き合った。
しばらく沈黙が流れた後、父親は不安げに問いかける。
「……うちのロイドは、傭兵なんてやっていけるのだろうか?」
その質問に、シマは一瞬だけロイドを見た後、しっかりとした口調で答えた。
「……抜けるのも、やめるのも本人の自由です。強制したことは一度もありません」
シマの目には迷いがなかった。
「ロイド自身がやりたいことがあるなら、俺たちは全力で手助けします」
シマはそこで一呼吸置き、父親の目を真っ直ぐに見据えながら続けた。
「たとえ何があろうとも――それが、俺たち家族の在り方です」
父親はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐き、静かに頷いた。
「……そうか」
そして、ロイドに向かってしみじみと言葉を紡ぐ。
「ロイド、いい仲間を……いや、いい家族を持ったな」
ロイドは微笑みながら頷く。
「父さん、先ほども言っただろう? 自慢の家族たちだって」
その時、弟のハイドがふとロイドのいでたちに気づいた。
ビロードのマントに、金属製のガントレット。
肩にはバックラーが装着され、腰には鋭い剣が収められている。
ブーツにはナイフが取り付けられ、その姿はまるで一流の戦士のようだった。
「兄さん、なんだか……かっこいいね」
目を輝かせながら言うハイドに、ロイドは微笑む。
「ハイド、父さんの跡をしっかり継ぐんだ」
ハイドは力強く頷いた。
その後も家族との会話が続き、やがて夜になろうとした頃――
ロイドの両親は、ある提案をした。
「今日は村の広場で宴を開こう」
ロイド一家の強い希望もあり、シマたちもこれを了承する。
「村に一軒だけある宿屋を案内するよ」
そう言って、ロイドはシマたちを宿へと案内するのだった。
シマたちは宿屋へと足を運び、まずは宿泊の手配を済ませることにした。
この村には宿屋が一軒しかなく、大人数の宿泊には少し窮屈かもしれないが、幸い13人分の部屋を確保することができた。
シマは馬の世話も宿屋の主人に頼み、宿泊費と厩舎代を提示される。
だが、彼は提示された金額よりも多めに支払う。
「こんなにも?」と驚く宿の主人に、シマは肩をすくめて微笑んだ。
「まあ、こういうのは気持ちってやつだ」
主人は一瞬戸惑ったが、やがてにっこりと笑い、「助かるよ」と感謝の言葉を口にした。
そのやり取りを見届けた後、シマはニヤリと笑い、ロイドとリズを振り返る。
「お前たちの分は手配してねえから」
ロイドは一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐに苦笑し、リズをちらりと見ながら肩をすくめる。
「……君って男は、本当に」
ロイドはため息混じりに言うと、すぐに切り替えて「今日は実家に泊まらせてもらおう」とリズに言った。
リズは恥ずかしそうにしつつも、微笑んでうなずいた。
その時、サーシャが手を叩いて言う。
「それじゃあ、買い出しに行きましょ!」
シマはジトーたちに「馬車から食材を広場へ運んでおいてくれ」と指示を出す。
それを聞いて、仲間たちは頷きながら馬車の荷を運び始めた。
「酒をたくさん買ってこいよ!」
誰かがそう言い、ジトーやトーマスが笑いながら「頼んだぞ!」と手を振った。
シマは肩をすくめながら、サーシャ、エイラ、ロイド、リズと共に買い出しに向かった。
村には店が一軒しかなかった。
そこは雑貨、食材、道具、武器、酒――生活に必要なものが一通り揃っているが、品揃えが良いとは言えない。
村の規模を考えれば当然のことだった。
ロイドは笑いながら言う。
「小さな村だからね。驚いただろう?」
「まあ、思ってた以上に小さいな」
シマは周囲を見回しながら答える。
彼としては、せっかくロイドの村に訪れたのだから、なるべくお金を落としたいと考えていた。
しかし、ここで必要以上に買い占めてしまうと、村の住民の生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
そこで、シマはロイドとエイラに「どのくらい買っても大丈夫だろう?」と尋ねた。
エイラは少し考えてから、「商隊がどのくらいの頻度で来ているかによるわね」と答えた。
その言葉を聞いたロイドは、店の中へと足を踏み入れた。
すると、店内から驚いた声が響く。
「ロイドじゃないか!」
その声には、驚きと、信じられないという気持ちが入り混じっていた。
「……あんた……よく、生きてたね……」
最後の方は涙声になっていた。
しばらくして、ロイドと店主である五十代くらいの女性が一緒に外へ出てくる。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、それでも笑顔を見せていた。
「商隊は五日後に立ち寄るよ」
彼女の言葉に、シマは軽く頷く。
「なら、必要な分だけ買わせてもらうよ」
ロイドはそんな彼の判断に満足そうに微笑んだ。
こうして、宴の準備は着々と進んでいった。
買い出しを終え、店を出ようとしたロイドが、ふと振り返って言った。
「これから広場で宴をするんだ。ネルミおばさんも来てよ」
店主のネルミは目を丸くした後、顔をくしゃりとほころばせた。
「もちろんさ。店を閉めたらすぐに行くよ」
ロイドは嬉しそうに頷き、シマたちと共に馬車へ戻る。
食材の管理は大切だ。新しく買ったものと、既に馬車に積んであったものを入れ替え、古くなりかけている食材を広場へと運ぶことにした。
馬車のそばではジトーやトーマスたちが作業をしている。
彼らはすでに広場へ向けて準備を整えていた。
そして、シマたちが広場へ向かう途中――。
小さな村である。噂はあっという間に村民に伝わったのだろう。
ロイドは村の人々に囲まれた。
年配の者たちは涙を浮かべ、若者たちは歓喜の声を上げる。
とりわけ同年代の旧友たちは、驚きと懐かしさを滲ませながら次々とロイドに声をかけた。
「ロイド……生きてたんだな」
「お前、でかくなったなあ!」
「立派になって……本当に……」
涙ぐむ者も少なくなかった。
それだけロイドは村の人々に慕われていたのだろう。
だが、中には正直な感想を口にする者もいた。
「生きて帰ってこれるとは思わなかったよ」
ロイドは苦笑しながらその言葉を受け止める。
奴隷商人に売られる――それはつまり、そういうことだったのだ。
広場に着くと、すでに準備は整っていた。
焚き火がいくつも点けられ、大鍋がかけられ、肉が焼かれ、酒が振る舞われる。
村の人々も続々と集まり、宴は始まった。
「飲めや!歌えや!」
村の者たちは、久しぶりに帰ってきたロイドを囲んで歓声を上げる。
酒が回り、笑い声が響き、音楽が奏でられる。
ザックやジトーたちも村の若者たちと肩を組み、酒を酌み交わす。
そして――。
ロイドの隣に寄り添うリズに、村人たちは興味津々だった。
「なあロイド、お前に寄り添ってるその綺麗なお嬢さんは誰なんだ?」
何度も同じ質問を受け、そのたびにロイドは自慢げに答えた。
「僕の家族だよ」
その言葉に、リズはほんのりと頬を染め、柔らかく微笑んだ。
やがて、音楽が一層賑やかになり、村の人々は歌い踊り始めた。
その中心にいたのはリズだった。
彼女は軽やかなステップで舞い、透き通るような歌声を響かせる。
焚き火の炎が彼女の姿を照らし、幻想的な光景を作り出していた。
村人たちは拍手喝采し、口々に感嘆の声を上げる。
そんな中、ロイドがゆっくりと進み出た。
彼はリズの前に立ち、片膝をつき、静かに手を差し出す。
「僕と踊ってくれないか?」
リズは驚いたようにロイドを見つめた。
しかし、すぐに優しく微笑み、何も言わずにその手を取った。
二人は焚き火の炎に照らされながら、ゆったりと踊り始めた。
村人たちはその美しい光景に見惚れ、誰もが静かにその瞬間を見守った。
炎が揺れ、影が踊る――。
二人の心も、静かに寄り添うように溶け合っていた。




