目標や夢
「大嵐」傭兵団と別れてから三年。
シマたちは目覚ましい成長を遂げていた。
少年から青年へ、少女から女性へと変貌を遂げる途中である彼らの姿は、もはやかつて奴隷商人に連れ去られた子供たちではない。
鍛錬を積み、狩りに明け暮れ、知恵を磨いてきた成果が、全員の体格や雰囲気に現れていた。
まず目を引くのは、何よりも彼らの身体の変化だった。
ジトーとトーマス、そしてザック。
この三人はさらに巨大になり、すでに2mを優に超えている。
広い肩幅、厚い胸板、そして鍛え上げられた筋肉が、まるで戦場の巨人のような迫力を生み出していた。
特にザックは以前よりもさらに体が大きくなり、ジトーやトーマスと並んでも遜色ないほどになっている。
シマ、ロイド、クリフ、フレッドの四人も180cmから185cmの範囲で成長し、すらりとした体躯ながらもしっかりとした筋肉を備えていた。
彼らは力だけでなく、技や敏捷性を重視する戦士へと進化している。
オスカーは175cmから180cmほどに成長し、以前のような頼りなさはすっかり消え去っていた。
優しい顔立ちはそのままだが、どこか落ち着いた自信が感じられ、戦士としての風格を漂わせている。
そして、女性陣たち。
彼女たちもまた身長が伸び、170cmから175cmほどになっていた。
しなやかな肢体に鍛えられた筋肉を宿しながらも、女性らしい柔らかさを失わず、凛とした美しさを放っている。
最年少だったメグも165cmほどに成長し、時折見せる表情にはどこか妖艶な雰囲気が漂うほどだった。
成長したのは体格だけではない。彼らの武装もまた、大きく進化していた。
三人の巨躯の戦士――ジトー、トーマス、ザックは、それぞれの役割に特化した武器を選んだ。
ジトーはカイトシールドにポールアックスを手にした。
長い柄の先に斧刃と槍の穂先が備わるこの武器は、戦場で圧倒的な破壊力を誇る。
彼の腕力と相まって、一撃で敵の防具を粉砕し、騎兵すら薙ぎ倒すことができるだろう。
トーマスもカイトシールドにウォーハンマーを選んだ。
分厚い鎧を打ち砕き、相手の骨まで砕く威力を持つこの武器は、彼の剛腕によって最大限に活かされる。
ザックはカイトシールドと皆朱槍。
しかし、三人の体格に対しては、一般的には大型とされるこの盾もまるで普通のサイズに見えてしまう。
一方で、他のメンバーも自分に合った武器を手にしていた。
ロイドはグレートソードを装備。
重量と長さを活かし、一撃で敵を両断する戦闘スタイルを確立している。
シマはツーハンデッドソードを選んだ。
長大な両手剣を振るう彼の姿は、すでにただの剣士の域を超えていた。
鋭さと力強さを兼ね備えた剣撃は、彼の成長の証だった。
また、全員がガントレットを装備し、より強固な防御と攻撃の手段を手に入れていた。
さらに、ジトー、トーマス、ザック以外のメンバーは、それぞれバックラーを肩付近に装備し、戦闘の際に素早く防御できるよう工夫されていた。
弓の改良も進んでいた。
かつての強弓をさらに強化し、「超強弓」と呼べるレベルにまで仕上げた。
これにより、射程と威力が格段に向上し、遠距離戦においても大きなアドバンテージを得ることができた。
この超強弓を扱えるのは、並外れた腕力と技術を持つ者だけだったが、サーシャたちはすでにその条件を満たしていた。
弓を引く力はもちろん、矢を正確に放つ技術も日々の訓練で磨かれ、彼女らは近接戦だけでなく遠距離戦においても驚異的な戦力を持つようになっていた。
こうして、シマたちは三年の歳月をかけて戦士としてさらに成長した。
もはや生き延びるために戦っていた幼い子供たちではない。
彼らは、自らの意志で鍛え、戦い、生き抜く力を身につけた真の戦士たちだった
一年前の話。
深淵の森の家に、焚火の炎が静かに揺れていた。
ぱちぱちと薪がはぜる音が響き、シマたちは円を描くように腰を下ろしている。
冬の寒さを感じさせる夜だったが、火の温もりと仲間の存在が心を満たしていた。
そんな中、シマが静かに口を開いた。
「……俺たち、『鉄の掟』傭兵団に誘われてるけど、どうする?」
問いかけに、しばしの沈黙が訪れる。
皆、それぞれ考えているようだった。だが、最初に口を開いたのはフレッドだった。
「俺たちが誰かの下につく?……ありえねえだろ」
彼の言葉に、クリフとザックが力強く頷く。
「俺たち家族が力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えられるだろ」
それに続くように、一同が頷く。
彼らはただの仲間ではない。血は繋がらずとも、共に地獄をくぐり抜けた家族だった。
シマは静かに周囲を見渡した。
「このままの生活でも悪くねえが……お前ら、やりたいことがあるだろ?」
焚火の光が仲間たちの表情を映し出す。
すると、一番最初に声を上げたのはフレッドだった。
「……俺はこのクソッタレの世界を見返してやりてぇ……俺を売った親、村を……。お前らが売ったガキはただのガキじゃなかったんだって証明する。勇名を馳せる!それが俺の夢だ」
強く握られた拳が震えている。
その言葉に、トーマスが頷いた。
「俺も同じだ……俺はただの大飯食らいじゃねえってことを、親父やおふくろ、それにクソ兄貴たち、村の連中に思い知らせてやりてぇ…死んじまった一緒に売られた村の仲間たちの分も」
拳を握りしめた二人の姿に、どこか懐かしさを感じながら、リズが微笑む。
「私の夢は変わらないわ。歌って踊って、たくさんの人々に笑顔になってもらうこと」
焚火の明かりに照らされながら、彼女の表情はどこか楽しげだった。
「両親には『遊んでばかりいないで少しは手伝いなさい』って怒られてばかりだったけど……そんなんだから結局は売られちゃったんだけどね」
寂しさを滲ませながらも、彼女の目はどこまでも強かった。
すると、その隣でロイドがぽつりと呟いた。
「僕は……リズが夢を叶えることができるように、手伝うことかな」
リズが驚いたようにロイドを見つめる。
「…ロイド」
二人の視線が絡み合い、互いに微笑み合った。
──誰かが咳払いをする。
「……はは、ごめんごめん」
ロイドは照れ臭そうに頭を掻きながら続けた。
「僕の父さんは村長だったんだ……不作の年が続いてね、自分から奴隷商に『売ってくれ』と頼んだんだよ。下にはまだ弟妹がいてね」
彼の語る言葉には苦味が滲んでいた。
仲間たちは何も言わず、その話を聞いていた。
沈黙が続いた後、今度はノエルが口を開いた。
「……私には親兄弟姉妹はいないわ。両親は物心ついた時には流行り風邪ですでに亡くなってたの」
どこか遠い目をしながら、ゆっくりと語る。
「おばあちゃんに引き取られたわ。おばあちゃんは薬師をしていたの。二年くらい一緒に生活してたかしら……でも、おばあちゃんも亡くなったわ」
焚火の赤い炎が、彼女の瞳に映る。
「その後、貴族の家に見習いメイドとして召し抱えられたの。おばあちゃんは腕のいい薬師だったらしくて、その貴族の家には自由に出入りできるほど信頼が厚かったみたいなの」
彼女の言葉に、静かな哀愁が漂う。
「その縁で、私もそこに仕えることになったのよ……」
そこまで話して、彼女はふっと鼻を鳴らした。
「でもそこの貴族のバカ息子が私に迫ってきたのよ。信じられる? あの時、私9歳くらいよ?」
焚火の炎が大きく揺れる。
「もちろん逃げ出したわよ。でも街をふらついてるところを、あっさり奴隷商人に捕まってしまったけどね」
彼女の告白を聞いた途端、トーマスの表情が鬼のように歪んだ。
「……クソが……ッ!」
肩が大きく上下し、荒い息を吐く。
拳を握りしめ、今にも立ち上がりそうだった。
「落ち着け、トーマス!」
シマが素早く腕を掴み、クリフとザックも押さえ込む。
「クソッ! どこの貴族の野郎だ!? そいつの首をぶった斬ってやる!」
「もう昔の話よ」
ノエルが微笑みながら、トーマスの頬にそっと手を添えた。
「今はあなたが守ってくれるでしょう?」
「……オウ! 何があってもお前を守るぜ!…へへ」
トーマスは胸を張りながらも、少し照れくさそうに笑った。
次に口を開いたのはオスカーだった。
「僕の父さん母さんは優しい人だったってくらいしか覚えてないかなぁ……。奴隷商人に売るときも、ものすごく悲しい顔をしていたような……?」
彼は静かに語る。
「でも、僕が幼かったせいか、今ではハッキリと顔も思い出せないよ。両親には特に思うことはないなぁ」
誰もがそれぞれの過去を語る中、一人だけ鋭い視線を焚火に向けていた。
「……私は復讐がしたいわ」
その言葉に、皆の表情が変わる。
「以前話したことがあるでしょう? うちの家はそこそこの大きな商会だったって……ハメられたのよ、『ルダミック商会』に……!」
「ハメられたって……何があったの?」
サーシャが慎重に聞くと、彼女の視線が鋭さを増した。
「商売の契約だったわ。私は幼かったけれど、商会の跡取りとして学んでいたの」
彼女はゆっくりと語り始める。
「ある日、ルダミック商会と取引をしたの。条件は悪くなかったはずだった。でも、あいつらは裏で契約書をすり替えていた……!」
「すり替え……?」
「そう。気付いた時にはすでに遅かった。莫大な負債が私の家にのしかかっていたのよ」
エイラの拳が震える。
「破産した後、ルダミック商会は私たちを助けるふりをして、両親を殺し、私を奴隷として売ったのよ……!」
「……ッ!!」
皆が息を呑む。エイラの瞳には怒りと憎しみが渦巻いていた。
「私は絶対にあいつらを許さない……! 必ず復讐を果たすわ」
焚火の炎が揺れ、彼女の決意を映し出していた。
──それぞれが過去を背負い、想いを胸に秘めていた。
シマは静かに頷き、焚火に薪をくべた。
「この世界を見返してやる。俺たちのやり方でな」
炎が一層燃え上がり、その光は彼らの未来を照らすように夜の闇を押しのけた。
焚火の炎が夜の闇を照らし、静かな風が頬を撫でる。
シマたちは輪になって語り合っていた。
「私も夢があるわ」
サーシャが少し誇らしげに胸を張る。
「家族たちの夢や目標を達成できるように手助けすることね。そして……広い世界をもっともっと見てみたいわ!」
彼女の言葉に、メグが勢いよく手を挙げた。
「私も! いろんなところに行ってみたいわ!」
「僕は……メグと一緒ならどこでもいいかな」
オスカーがぼそっと呟くと、メグが少し顔を赤らめる。
「悪くないわね」
ミーナがニヤリと笑い、ケイトが「楽しそうじゃない」と相槌を打つ。
「そうなると、この家から離れることになるのか……?」
ザックが少し不安そうに呟く。
「今すぐってわけにはいかねえだろ」
クリフが肩をすくめる。
「ダミアンとの契約もあるしな」
ジトーが現実的な意見を述べる。
「……一年後を目途にってのはどうだ?」
シマの提案に、皆が頷いた。
「なら、まずは優先順位を決めていくか」
「優先順位?」
サーシャが首を傾げる。
「今できること、できないことを明確にするってことだ」
シマが説明すると、ロイドが手を挙げた。
「僕からの提案なんだけど、僕の村にジャガイモ、ブルーベリー、ラズベリーの栽培を教えたいんだけど、いいかな?」
「なるほどな。食糧を安定させるのはいい考えだ」
シマが頷くと、トーマスとフレッドも何か言いたそうに顔を見合わせる。
「俺たちも……」
「…恨みがないわけじゃない…ただ…なあ?」
「この世に産んでもらえなかったら、俺たちと出会うこともなかったしな!」
ジトーが豪快に笑う。
「……まあ、そんなところだ」
フレッドがぽつりと呟く。
「……そこだけは感謝してる」
トーマスも小さく笑った。
「となると、行く先々でリズはとりあえず歌って踊る」
クリフがリズを見て提案する。
「そして、いずれは大きな舞台会場をリズに持たせるってのはどうだ?」
「クリフ! 良いことを言うじゃないか!」
ロイドが興奮気味に叫ぶ。
「そうだ、そうしよう!」
「……もうロイドったら」
リズはくすくすと笑った。
「夢は大きく持った方がいいしな」
フレッドが満足げに頷く。
「あれ、そうなるとリズは一緒に旅に行けなくなるんじゃ?」
オスカーが首を傾げる。
「リズが使わない時は誰かに貸せばいいのよ」
エイラがさらりと言う。
「もちろん使用料はもらうわよ?」
一同が笑いに包まれた。
「ノエルは、その貴族のバカ息子をどうしたい?」
シマが真剣な表情で尋ねると、トーマスがすかさず言った。
「殺したいと思うんだったら、俺がすぐに殺してきてやるぞ」
ノエルは少し驚いたが、やがて微笑んだ。
「そこまでは思ってないわ。ただ、ぎゃふんと言わせたいわね」
「具体的には?」
ケイトが興味深そうに身を乗り出す。
「……バカ息子より、力を持つ……権力、経済力、爵位……?」
「爵位って?」
「伯爵家よ」
ノエルが堂々と告げると、シマが苦笑した。
「おいおい、それはまたずいぶんと大きな目標だな」
「夢は大きい方がいいでしょう?」
ノエルはにっこりと笑う。
周囲では「伯爵家ってなんだよ」「えらいやつなのか?」とピンとこない顔をしているが、エイラだけはくすくす笑っていた。
エイラの復讐──商人のやり方で
「エイラのことだから、商人として復讐するってことだよな?」
シマが問いかけると、エイラは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんよ。どん底に突き落とすことね」
彼女は楽しそうに言い放った。
「……で、だ。トーマスとフレッドは、勇名を馳せるってことか」
シマが二人を見つめる。
「ん?」
フレッドが首を傾げる。
「お前らは何かやりたいことはないのか?」
「俺は……ミーナと一緒なら何でもいいぞ」
ジトーがさらりと言うと、ミーナがクスクスと笑った。
一方で、ケイトがジッとクリフを見つめている。
「俺も……ケイトと一緒ならいいぜ。強いて言えば、俺たちらしく自由にやりたいように生きるってことだな」
「俺は……モテたいぜ!」
ザックが堂々と言い放ち、一同が笑いに包まれた。
次の瞬間、家族の視線がシマに集中する。
「ん? 俺か?」
シマは少し驚いた顔をする。
「俺は……お前らの目標や夢を、俺の持てる力、全てを使って叶えさせることが夢だな」
静寂が訪れた後、誰かが「……らしいな」と笑う。
焚火がぱちぱちと弾ける音が響く中、彼らはそれぞれの夢を胸に刻んだ。
一年後──彼らは、また新たな旅路へと踏み出すことになる。




