ゼルヴァリア軍閥国
戦の幕が下りた。
死者を葬り、傷ついた者たちに手当てを施し、ようやく一息つくことができた。
ジトーが、肩を回しながらシマに尋ねる。
「次の野営地に向かうのか?」
シマは短く首を振った。
「今日はここで休んで、明日発つ方がいいだろう。」
オズワルドたちもそうするようだ。
それだけ、皆が疲弊していた。
戦いの後は、何よりも休息が必要だ。
無理をすれば、それこそ命を落としかねない。
しばらくして、ふと女性陣たちの方に目を向ける。
女団長は、サーシャやケイト、ミーナたちと焚火を囲んで談笑していた。
お茶を飲みながら、時折笑い声が響く。
あの戦いの最中とは別人のように、彼女の顔には柔らかな表情が浮かんでいた。
シマは少し驚いたが、さらに驚いたのはオズワルドの表情だった。
彼はその光景を見て、優しい笑みをこぼしていた。
まるで、戦いなど最初からなかったかのような雰囲気だった。
そして、焚火の周りにはシマたち、オズワルドたちだけでなく、ならず者の団員たちまでもが集まっていた。
彼らの武器は取り上げられているが、それでも妙に和やかな空気が漂っている。
シマは訝しげにオズワルドに尋ねた。
「……なんで、こいつら普通に話してんだ? さっきまで殺し合ってたんだぞ?」
オズワルドは、まるで当たり前のことを説明するかのように答える。
「ゼルヴァリア軍閥国ではな、戦いが終わればこうなるのが普通なんだが。」
「普通……?」
シマは眉をひそめる。
「お前がさっき、団長に『傭兵団を率いる器はない』って言ったよな?」
「ああ。」
「ゼルヴァリア軍閥国ではな、統率の取れた傭兵団なんて、ほとんど存在しない。あったとしても、俺の知る限りじゃ、一つか二つくらいだな。」
シマは思わず、オズワルドの言葉を反芻する。
「……ちょっと待て。じゃあ、集団戦になったらどうするんだ?」
「各々、勝手に戦うだけだが?」
オズワルドは何でもないことのように答えた。
「……勝手に戦う? そんなバラバラで戦って、まともに戦線が維持できるのか?」
「できる時もあれば出来ない時もある。」
オズワルドは肩をすくめる。
「不利になったり、下手したら全滅なんてこともあるんじゃないのか?」
「まあ、普通にあるな。」
驚くほど軽い口調だった。
シマは思わず、額に手を当てる。
「……ゼルヴァリア軍閥国の傭兵団って、どうなってんだ?」
「どうもこうもない。結局のところ、個人の武勇がすべてなんだよ。」
「……もしかして、個人の武勇の方が称賛されるとか?」
「その通りだ。強ければ強いほどな。」
オズワルドの言葉に、シマは納得すると同時に、呆れるしかなかった。
――だから、あの女団長も、まともな統率なんてできていなかったのか。
個人の武勇だけが重視され、集団戦の戦い方は軽視される。
だから、戦いが終われば、敵だった者同士でも何食わぬ顔で談笑する。
それがゼルヴァリア軍閥国の文化なのだ。
「まあ、そういう国なんだ。」
オズワルドは淡々とした口調で言う。
「戦いは個の力で決まる。だから、誰かを統率しようなんて考えない。それぞれが、それぞれの戦場で力を示す。ただ、それだけだ。」
「……戦場において、それって弱点じゃないのか?」
「そう思うか?」
「思う。まともな戦略も戦術もなしに、ただの乱戦になったら、勝てるものも勝てないだろう。」
オズワルドは静かに頷く。
「確かに、そういう場面もあるな。だが、ゼルヴァリアの戦士たちは、それを理解した上で戦ってる。」
そう言った後、彼は少し誇らしげに笑みを浮かべた。
「それに、たった一人で戦況をひっくり返す化け物が、俺たちの国には何人もいるからな。」
「化け物?」
シマはその言葉に眉をひそめた。
「ああ、まさしく化け物と言っていいだろう。」
オズワルドの目が、まるで神話の英雄を語るように輝く。
「今代の総統閣下も、その一人だな。」
「……総統閣下?」
「ゼルヴァリアを率いる最強の戦士だ。5年に一度、その座をかけた決闘が行われる。総統になるのは、戦いに勝ち抜いた者だけだ。」
「その話なら、噂で聞いたことがある。」
シマは記憶を探りながら続けた。
「確か、総統の座を決める戦いが開かれるんだろ?」
「その通り。ゼルヴァリアの国民なら誰もが憧れる闘技場の舞台だ。あそこで勝ち抜いた者が、国を治める。」
「誰でも参加できるのか?」
「いいや。戦闘技官に認められた者だけが、その舞台に立てる。」
「戦闘技官?」
「ゼルヴァリア国内に20人いる。彼らのうち誰か一人に認められれば、出場資格を得られる。だがな……」
オズワルドは口元を歪め、ニヤリと笑う。
「戦闘技官も化け物だ。生半可な気持ちで挑めば、あっさり死ぬことになるだろうよ。」
「……じゃあ、その舞台に立つ者は少ないのか?」
「まあな。過去には少ない時で三人、多い時には十人が参加した。出場するだけでも狭き門だ。そして、舞台に立つということは、それだけで称賛され、英雄視される。」
焚火の炎がゆらめく中、オズワルドはドヤ顔で続けた。
「『大嵐』の先代も、元は戦闘技官だったんだぜ?」
「……へえ。」
シマはゼルヴァリアという国の異質さを改めて実感した。
国を動かすのは武勇のみ
シマはさらに疑問を投げかける。
「集団戦で総統を決めることはなかったのか?」
オズワルドは少し考え、答えた。
「昔にはあったらしいな。でも、それで勝っても国民からの支持は得られなかったそうだ。」
「なんでだ?」
「ゼルヴァリアの国民は、個人の強さこそが支配者の資質だと信じている。集団戦で勝ったところで、『総統閣下の実力はどうなんだ?』と疑問を持たれる。そうなれば、政治基盤が弱くなる。」
「つまり、ゼルヴァリアでは、個人の武勇が最も重要ってわけか……。」
「その通り。要職に就くにも、個人の強さがモノを言う。上に行けば行くほど、それが顕著になる。」
オズワルドはそう言って、楽しそうに笑った。
シマは、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「ところで、ゼルヴァリアの経済や治安はどうなってるんだ? こんな戦闘狂ばかりの国で、まともに成り立つのか?」
「農業、鍛冶、傭兵稼業……基本的にこの三つが経済の柱だな。」
「ほう。」
「農夫、職人、商売人には一定の敬意が払われる。戦士たちも武器がなければ戦えないし、飯を食えなければ力も出ない。だから、そういう職に就く者たちは大切にされるんだ。」
「意外とまともだな。」
「戦士たちもバカじゃない。生きていくためには、戦うだけじゃダメだって分かってるからな。」
「総統閣下は、経済にも関わるのか?」
「ああ。総統閣下には、傭兵団に買い付けや売り込みをさせる権限がある。今回の『大嵐』傭兵団も、その役割の一環だ。」
「なるほど。じゃあ、治安は?」
「安定している。酒場で暴れようものなら、周りの連中から袋叩きにあう。」
シマは思わず笑ってしまった。
「ただし、路上での喧嘩は日常茶飯事だな。」
「……だろうな。」
「武器の使用は禁止されているが、殴り合いは普通にある。だが、弱い者いじめは論外だ。そんなことをすれば、周りの連中にそいつの方が殺される。」
シマはゼルヴァリアの掟の厳しさに驚いた。
「要するに、喧嘩はしてもいいが、卑怯なことをすれば命はないってことか。」
「そういうことだ。結局のところ、強さを示すなら正々堂々とやるのが、この国の流儀ってことだな。」
焚火の炎が揺れる中、シマはならず者の団員たちを一瞥した。
彼らはすでに武器を取り上げられ、手足を縛られているわけではないが、逃げようとする者は一人もいなかった。
「……それで、このならず者の団員たちはどうなるんだ?」
オズワルドが焚火の薪をくべながら答えた。
「戦闘監察官に詰問され、処遇が決まる。一度だけ機会は与えられるがな。」
シマは眉をひそめる。
「戦闘監察官?それは何だ?」
「簡単に言えば憲兵官みたいなものだな。」
「なるほど……。だが、機会を与えられるって、具体的にどういうことだ?」
オズワルドは腕を組み、ゆっくりと説明を始めた。
「効き手の甲に“一”の刺青を彫られる。これは、『戦場に立った者』の証だ。だが、それだけでは終わらない。」
「どういうことだ?」
「命を賭して戦ったと認められた者には、“×”の刺青が追加で彫られる。逆に、それがなければ、“一”のままだ。」
シマは考え込んだ。
「つまり、“×”を得れば、戦士としての敬意を払われる。“一”のままだと……?」
オズワルドは鼻を鳴らす。
「“一”だけの者は、戦士として蔑まれる。馬鹿にされ、侮辱の対象になる。」
「それなら、皆必死に戦ったと主張するんじゃないか?」
「当然そうするさ。だが、戦闘監察官は甘くない。噓は通用しない。」
「……どうやって証明するんだ?」
「周りの人間の証言が最も重要だな。戦場で共に戦った者たちが、『こいつは最後まで戦い抜いた』と証言すれば、“×”を得られる。だが、証言がない場合は厳しい詰問が待っている。」
オズワルドの顔が厳しくなる。
「戦闘監察官は徹底的に尋問する。どんな風に戦ったのか、どんな相手だったのか、どの武器を使ったのか――細かく聞かれる。そして、戦場で負った傷も調べられる。」
「傷まで?」
「ああ。戦った証拠がなければ、誤魔化すことはできない。」
シマは驚きを隠せなかった。戦場での行動がここまで厳しく審査されるとは。
「……で、もし嘘がバレたら?」
オズワルドの声は冷たくなった。
「その場で殺される。証言者も同じくだ。」
焚火の音だけが響く。シマは言葉を失った。
「国外に逃げる者もいるんじゃないか?」
「ごくたまにな。だが、ゼルヴァリアの民である限り、逃げること自体が最大の恥だ。生き延びたとしても、二度とこの国には戻れない。」
「……ゼルヴァリアの戦士は、誇りを重んじるんだな。」
「誇りこそが全てだ。」
オズワルドの言葉に、シマはゼルヴァリアという国の異質さを再認識するのだった。
――ゼルヴァリア軍閥国、それは単なる戦闘狂の集まりではなく、己の力と誇りを貫く戦士たちの国なのだと。
焚火が静かに燃え続ける中、シマは改めてゼルヴァリアの文化を理解し始めていた。
そんな思考を巡らせながら、シマは静かに焚火を見つめた。
燃え上がる炎が、空に向かって揺れている。
戦士たちの誇りが、その炎のように激しく燃え、そして散るのだろう。
シマは、そんなゼルヴァリアの戦士たちの価値観を、ほんの少しだけ理解した気がした。




