頭が痛い
夜闇の中、野営地の奥では、いまだに戦いが続いていた。
いや――戦いではない。
ただの殺し合いだった。
女団長の側に残って戦う者、約二十名。
対するならず者の団員たちが約三十名。
剣が交差し、血が飛び散る。
怒号と悲鳴が混ざり合い、焚火の炎が死闘を照らしていた。
シマとザックは、極力手を出さなかった。
ただし、危険な場面だけは介入する。
女団長の剣技は素晴らしかった。
オズワルドの剣さばきも、堅実で隙がない。
――だが、それだけだった。
二人とも個人の武勇は抜きん出ていた。
しかし、統率力は皆無だった。
集団戦の用兵も、規律の維持も、何一つうまくいっていない。
団員たちは好き勝手に動き、ならず者たちは統率がないまま暴れまわる。
まさに混沌だった。
「武器を捨てろ! 命だけは取らないでやる!」
女団長が叫ぶ。必死に戦いを終わらせようとしていた。
だが、ならず者たちは聞く耳を持たない。
「女のくせに指図するんじゃねぇ!」
「てめぇを裸にひん剝いて犯ってやるよ!」
「いつもいつも偉そうにしやがって……! 」
野蛮な叫びとともに、ならず者たちは女団長へ襲いかかる。
――だが、彼女は怯まない。
「ふざけるなッ!」
剣を振るい、一閃。
一人の首が吹き飛んだ。
それでも、ならず者たちは止まらない。
憎悪に満ちた眼で、狂ったように襲い掛かる。
冷静に観察するシマとザック。
「……酷いもんだな。」
戦場を見つめながら、シマが呟く。
ザックも同じ意見だった。
「規律なんてあったもんじゃねえ。 戦う価値のない連中ばっかりだ。」
彼らの目には、この戦いの結末がすでに見えていた。
――女団長とオズワルドは強い。
――だが、それだけでは勝てない。
戦場で重要なのは、戦術と統率だ。
それがなければ、どれほど個人の武勇に優れていても、混乱の中で崩れる。
実際、すでに戦況は崩れ始めていた。
戦意を喪失し、一人、二人と逃走を図る者たちが現れ始める。
逃亡者を狩るシマ――逃がすわけにはいかない。
戦場を捨て、逃げようとする者。
シマは、彼らを見逃さなかった。
茂みに身を潜め、狩人のように待ち構える。
そして、一人、また一人と逃げ出した瞬間に――「グッ……!?」
逃亡者の背後から剣が突き刺さる。
命乞いの暇さえ与えず、シマは次々と逃亡者を仕留めていった。
生き残り野盗にでもなったら厄介だ。
一方、ザックは女団長のそばに待機していた。
彼女の剣技は優れているが、それでも戦場では死角が生まれる。
ならず者たちの汚い手により、不意を突かれた瞬間――
「死ねやアァァ!!」
背後からの奇襲。
ザックが動いた。
「お前が死ねよ。」
ならず者の腕を掴み、短剣で喉を裂く。
鮮血が夜の闇に飛び散った。
女団長が目を見開く。
「助かった……!」
ザックは無言で頷いた。
戦場は、次第に静かになっていく。
ならず者の団員たちの中には、
最後まで戦う者、命乞いをする者、逃げようとする者がいた。
しかし、逃亡者はことごとくシマに狩られた。
――やがて、戦いは終わる。
女団長に始めから付き従っていた二十一名が生存。
ならず者の団員たちのうち、九名が生き残った。
戦場には無数の屍が転がっていた。
血の臭いが鼻を刺す。
女団長は荒い息をつきながら、残った生存者を見渡した。
「……これで終わったか。」
シマがその隣に歩み寄る。
「随分と無様だったな。」
女団長が睨みつける。
「……なんだと?」
「個人の武勇はある。 だが、あんたには傭兵団を率いる器はない。」
冷徹な言葉だった。
女団長は歯を食いしばる。
しかし、シマの言葉が的を射ていることは、彼女自身が一番理解していた。
ならず者の残党たちが地面に膝をつき、震えていた。
「お、俺たちは……助かるのか……?」
誰かが震える声で呟いた。
シマは短剣を指で回しながら、女団長に問いかけた。
「さて……こいつら、どうする?」
女団長はしばらく考えたあと、静かに言った。
「……剣を捨てた者の命までは取らない。」
シマは肩をすくめた。
「…まあ、それもいいだろう。」
そうして、この戦いは幕を閉じた。
――だが、戦乱の夜はまだ終わらない。
東の空が徐々に白み始める。
夜明けは近い。
しかし、戦場はなお暗いままだった。
そこかしこに血の匂いが漂い、視界に入るのは折れた剣、散乱する死体、血に濡れた大地ばかり。
死者の数は数え切れない。
女団長は頭を抱えていた。
彼女の指が額を押さえ、深いため息が漏れる。
多くの仲間を失った。
死んだ者たちはもう戻らない。
ならず者どもを討ち取ったとはいえ、その代償は決して小さくなかった。
そんな彼女を尻目に、シマはずいっと前に出る。
「頭を抱えてるところ悪いんだが、慰謝料と報酬を頂戴したいんだが?」
唐突な要求だった。
女団長は顔を上げ、シマを睨みつける。
「……何の話だ?」
シマは腕を組みながら、淡々と説明する。
「最初、あんたらの太ったヤツが俺たちにちょっかいかけてきただろ?」
「ああ。」
「その迷惑料だ。」
女団長は呆れたように鼻を鳴らした。
「……こっちもその時に人が一人殺されてるんだが?」
「でも、その後、あんたたちは謝罪に来ただろ?」
「謝罪ではない。話し合いだ。」
女団長は否定するが、シマは気にした様子もなく肩をすくめる。
「ハァ……慰謝料はいい。だが、その代わりに報酬料はきっちりもらうぞ?」
「報酬料? 何の報酬だ。」
「助けてやったろ。」
女団長は嘲笑した。
「頼んだ覚えはない。」
シマはため息をつき、肩を竦めた。
「俺たちが助けに入らなかったら、今ごろ死んでたか、ひん剝かれて犯されてたかもしれんぞ?」
「……死んだらそれまでだ。犯されるくらいなら、舌を噛み切って死んでやるさ。」
その言葉には、確固たる意志があった。
女団長の眼は揺るがない。
だが、そのやり取りを聞いていたオズワルドが、静かに口を開く。
「……いくら払えばいい?」
シマは、考える素振りもなく即答する。
「五金貨だ。」
オズワルドは顔をしかめる。
「高すぎる……もう少し何とかならんか?」
「死んだ奴らから衣服や武器を回収すれば、それなりの金額にはなるだろ。」
「もちろん、そうするつもりだ。だが、団員を募集しなければならん。」
「それだけじゃない。死んだ団員たちの家族に見舞金も出さなきゃならんのだ。」
女団長が付け加える。
「…家族持ちは多いのか?」
「せいぜい五、六人というところだな。私に付き従ってくれた者たちばかりだ。」
シマは腕を組み、しばらく考える。
「う~ん……どうすっかなあ。」
しばらく沈黙した後、シマは提案を出した。
「それじゃあ、穴を掘るのを手伝ってやる。ついでに、俺の家族たちがあんたに興味があるみたいなんだ。少しばかり話し相手になってくれないか? それ込みで三金貨にまけてやるよ。」
女団長は怪訝な表情を浮かべる。
「……少し話し相手になればいいんだな?」
「ああ。」
その条件で、交渉は成立した。
ザックが家族を呼びに行き、シマはその間にスコップを借り、死体の回収に取り掛かった。
遺体を並べ、野営地の外れに大きな穴を掘る。
無言で作業は続く。
しばらくして戻ってきたザックが、シマに報告する。
「……十九人が襲ってきたが、瞬殺したそうだ。」
シマは一瞬驚いたが、すぐに安堵の息をつく。
「……そっか。無事ならいい。」
埋葬の作業中、女団長は女性陣たちと話をしていた。
サーシャ、ケイト、ミーナ、メグ、エイラ、ノエル、リズ。
彼女たちは、女団長に興味を持っていた。
なぜなら、彼女のような女性でありながら部隊を率いる者は珍しいからだ。
「……どうして、傭兵団の団長なんかやってるの?」
サーシャが率直に尋ねた。
女団長は少し目を伏せ、焚火を見つめる。
「……理由なんてない。やるしかなかっただけさ。」
「それって……?」
「昔は普通の村にいたさ。でも、生きるために戦うしかなかった。今もそれは変わらない。」
「……何か事情があったのね。」
ミーナがぽつりと呟く。
女団長は苦笑する。
「どいつもこいつも、勝手なことを言いやがる。女だからって甘く見られることには慣れたがな。」
ケイトが、興味深そうに女団長を見つめる。
「……けど、あなたみたいな女の戦士って、ちょっと憧れるかも。」
女団長は、一瞬驚いたような表情を見せた。
そして、くつくつと笑う。
「おもしれぇガキだな、お前ら。」
そうして、遺体の埋葬が終わったころには、太陽が完全に昇っていた。
地面に掘られた穴の中には、かつての戦友たちが眠る。
彼らが戦った理由が、どれほどの意味を持っていたのかは分からない。
だが、彼らが生きた証は、確かにここに刻まれた。




