ならず者の集団
焚火の周りで
夜の静寂が戻った草原。
シマたちは再び焚火の周りに集まっていた。
五つの影――マリアとオズワルドたちはすでに去り、周囲にはシマたちしかいない。
しかし、緊張感はまだ消えていなかった。
焚火の赤い炎が、揺らめきながら皆の顔を照らす。
「なあ、エイラ」
シマが問いかける。
「ゼルヴァリア軍閥国ってのはどんな国なんだ?」
エイラは少し考え込んだ後、答える。
「…力がすべての国ね。弱肉強食と言った方が分かりやすいかしら。」
ノエルが補足する。
「力と言ってもいろいろな力があるでしょう。経済力、権力、政治力、武力……」
「武力よ……。確か、五年に一度だったかしら?」
エイラが続ける。
「強者を集めて、その中で勝った者が『総統閣下』と呼ばれて国を治める……そんな国だったような。私も詳しくは知らないわね。」
トーマスが興味深そうに尋ねる。
「一対一で戦うのか?」
「一対一の時もあれば、多対多の時もあったような……?
確か、戦いの形式はその都度変わるって聞いたことがあるわ。」
エイラが曖昧に答えると、クリフが口を挟んだ。
「もしかしたら、その『総統閣下』ってやつが有利になるように決めるんじゃね?」
「あり得るわね。」
ノエルが同意する。
「自分が長く政権を維持したいと思えば、戦いの条件を変えることくらいするでしょう。
権力を手放したくないって考える人がいてもおかしくないわね。」
シマはそれを聞きながら、ゼルヴァリアの実態を想像する。
結局のところ、力のある者だけがのし上がり、それを維持するためにどんな手でも使う。
ならず者の国家――そんな印象だった。
サーシャが少し苛立ったように言う。
「まあ、今はそのことよりもこの状況でしょ?」
メグの視線がシマに向く。
「お兄ちゃん、話したんでしょ? どうだったの?」
シマが答える前に、クリフが口を開く。
「俺たちが殺った奴は、団長代理だったみたいだぜ。」
「……話を聞いた感じだと、持て余してるようだな。」
シマが静かに言うと、リズが首をかしげる。
「それじゃあ、一部の人が勝手に動いたってこと?」
「ああ、そんな感じだな。」
シマが頷く。
「規律があるようには見えなかったものね。」
ケイトが納得したように言う。
「だけど、一応話はついたんだよね?」
ロイドが確認するように言う。
「まあな。俺たちには手を出すなって、団員たちには言っておくと言ってたが……」
「だが怪しいぜ。」
クリフが低い声で言う。
「どういうこと?」
ミーナが不安そうに尋ねる。
「奴らの団長が認めてたよ。 “自分たちはならず者の集団とたいして変わらない”ってな。」
シマが淡々と答えた。
「お前のことだ。ちゃんと釘は刺したんだろ?」
ジトーが確認するように言う。
「ああ。次に俺たちに手を出せば、皆殺しだとな。」
シマが冷静に答える。
フレッドが苦笑しながら言う。
「向こうは100人以上いるんだろ?数で押しつぶせば何とかなるって考えるやつがいても、不思議じゃないぜ?」
「確かにな……。」
シマも同意する。
すると、クリフが急に思い出したように言った。
「だが、あの女団長……なかなかやるぜ。」
「……女団長?!」
その場にいた全員が驚きの声を上げる。
「マリア・ベレッタとか言ってたな。
俺たちと話したのが、こいつだったよ。」
「ちょ、待って。それってつまり……」
ミーナが驚いた顔をする。
「あの商隊を仕切ってたのが、女性だったってこと?!」
「そういうことだ。」
シマが頷く。
「……意外ね。」
サーシャが呟く。
「女性でそんな役職についてるなんて……」
ケイトも驚いた表情を見せる。
「舐められないように、あの団長代理を表向きの団長にしてたらしい。実際の指揮は、女団長がやってたんだとよ。」
「へえ……。」
ロイドが感心したように言う。
「それで、実力は?」
ジトーが問う。
「わからねえ。でも、ただのハッタリって感じじゃなかったぜ。……あの女、確実に戦場をくぐってきた目をしてた。」
クリフの言葉に、シマは静かに頷く。
「確かに、な。」
彼女はただの交渉役ではない。
戦闘の勘も持ち合わせている。
シマたちにとって、マリアとの交渉は単なる一幕に過ぎない。
ゼルヴァリア軍閥国のやり方を考えれば、彼女がどれほど有能でも、すべての部下を御せるとは限らない。
次に敵意を向けられれば――シマたちは、迷うことなく狩るだけだった。
焚火がパチパチと音を立てる。
しかし、夜の静寂の中で、それはまるで戦場の合図のように思えた。
焚火の炎が静かに揺れている。
薪が爆ぜる音だけが響く中、シマたちは再び思案を巡らせていた。
「……また、一部の人間が暴走したらどうなるんだろう?」
オスカーがぽつりと呟いた。
「その女団長とやらが必死に止めるんじゃあねえか?」
トーマスが言う。
だが、ケイトが首を横に振った。
「でも、さっきシマが言ってたじゃない。“持て余してる感じ”だって。」
「……彼らの中で争いが起きる可能性が高いね。」
ロイドが冷静に分析する。
「どこかで抑えが効かなくなれば、一気に崩壊するかもしれないわ。」
サーシャがシマの方を見つめる。
「備えていた方がいいわね。」
「ああ。」
シマは静かに頷く。
「こっちを襲ってくる奴もいるかもしれねえな……。それと、女団長たちをどうするべきか?」
「別に助けなくても、あの女なら生き残るんじゃねえか?」
クリフが肩をすくめる。
「それでも死んじゃう可能性だってあるわけでしょう?」
ノエルが指摘する。
「それが運命だと思って受け入れるしかねえだろ。」
フレッドが淡々と言い放った。
シマはそれに対し何も言わなかった。
この世界では、強者であっても死ぬときは死ぬ。
それを覆すのは、運か、圧倒的な力だけだ。
サーシャがぽつりと呟いた。
「でも、ちょっと興味があるのよね。」
「興味?」
シマが問い返すと、サーシャだけでなく、女性陣がみな頷いた。
「うん、うん。」
「女団長っていうのが、どんな人なのか。シマが言うには、ただの交渉役ってわけじゃなさそうでしょ?それなら、どうなるのか見てみたいって思っちゃうのよね。」
「……興味本位で首を突っ込むことじゃねえぞ。」
ジトーが少し呆れたように言う。
「もし手助けするにしても、誰が敵で誰が味方かなんてわからねえぞ?」
「確かに。」
シマが腕を組んで考える。
彼女たちを助けるのが戦略的に正しいかどうかは、まだ判断がつかない。
ただ、一つ言えるのは――
「……事が起こったら、俺とザックで見に行く。」
「シマ、お前……」
ジトーが驚いた顔をするが、シマは続けた。
「万が一の可能性も考えておかねえとな。すでにあの女団長とオズワルドって言ったかな――殺されている可能性もある。」
「……そうなると、100人くらいの奴らが襲ってくることも考えられるわね。」
エイラが落ち着いた声で言う。
「それは……ちょっと厄介だわ。」
「う~ん、いや、どう考えても僕たちが負ける要素はないね。」
ロイドがさらりと言った。
「お前、言い切るなよ。」
クリフが笑いながら言うが、誰も否定しない。
確かに数の上では相手が圧倒的に多い。
だが、シマたちは今までの戦いで経験を積んでいる、人間と獣という違いはあれど、暗闇、身を潜める場所があること、夕方時に見た「大嵐」傭兵団の身のこなしなどから、冷静な判断ができる。
「どちらにせよ、警戒は続ける。」
シマが皆を見渡しながら言うと、全員が頷いた。
焚火の炎が、さらに激しく揺れたような気がした。
まるで、これから訪れる嵐を予見しているかのように。




