表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を求めて  作者: kotupon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

490/532

女子会2

カシウム城の風呂を堪能させてもらう、その少し前のことだった。

 大広間へ向かう途中、ひときわ落ち着いた佇まいの女性が、侯爵夫人エリジェの前に進み出て、丁寧に一礼した。


「侯爵夫人、お初にお目にかかります。『エイト商会』のルドヴィカと申します」

 柔らかながらも商人らしい芯のある声。


 エリジェはにこやかに微笑み、すぐに頷いた。

「シャイン商会と提携しているところね。私たちも、ぜひ良い関係を築きたいと思っているわ」


「御贔屓いただければ幸いでございます」

 そう応じるルドヴィカの態度は、あくまで礼儀正しく、しかし卑屈さは微塵もない。

 長年商いの場に立ち続けてきた者特有の落ち着きがあった。


 そこへ、ぱん、と軽く手を叩いて割って入ったのがエリカだった。

「堅苦しい話は無しよ。今日は商談禁止だからね、いい?ルドヴィカ」


「……わかったわ、エリカ」

 そう答えたルドヴィカの口元も、自然とほころんだ。

 その場の空気が、ふっと柔らぐ。


     ◆


 場所は変わって、カシウム城・大広間。


 湯上がりの女性たちを迎える準備は、すでに完璧に整えられていた。

 広々とした空間の中央と壁際には、所狭しと卓が並べられ、その上には果実酒、各地のワイン、色とりどりの焼き菓子、艶やかな甘味、手の込んだデザート、瑞々しいフルーツの盛り合わせがこれでもかと置かれている。


 どれも城の威信を誇示するような豪奢さではなく、しかし質と量の両方で「もてなし」を雄弁に語っていた。

 そこへ、湯上がりの女性陣が次々と姿を現す。


 ふわり、と漂うのは甘く清潔な香り。

 チョウコ町で作られている石鹼とリンス——品名「スノードロップ」。

 シャイン商会を通じて、すでにブランゲル侯爵家にも卸されている品だ。


 甘さの奥に、雪解けの草花を思わせる爽やかさ。

 それが湯気と混じり合い、石鹼とリンスの香りが重なって、大広間全体を包み込んでいた。


「……いい香り」

 メイドの誰かがぽつりと呟く。


 エリジェ夫人の側付きの侍女たちが控えめに並び、エリカの侍女——アンネ、コリンナ、バルバラ、ベティーナ、ヘルガも、今回は女子会への参加を許されていた。


 アンネには、シャイン傭兵団のマークと恋人関係だという噂があり、コリンナはダルソンと良い仲だという。

 当人たちは何も語らないが、視線が合うと妙に気まずそうに目を逸らすあたり、あながち間違いでもなさそうだった。


 サーシャ、エイラ、ミーナ、ケイト、リズ、メグ。

 マリア、ティア、コーチン、シャロン、メリンダ、ソフィア、クララ、ヒルダ。


 さらに、グーリスの妻ナミと、その息子クライシス。

 ギャラガの妻アンジュと娘のシンジュ。

 ルーカスの妻ビルギット。マックスの妻マヌエラ。

 キリングスの妻アマーリエと、その息子フォルカーとシュテファン。


 そして、リズの姉リタ。エイト商会のルドヴィカ。

 元王家監察官キャシーの姿もあった。


 立場も年齢も、生きてきた道も違う。

 だが今この場では、皆がただ「湯上がりの女たち」だ。


 果実酒のグラスが配られ、軽く掲げられる。


「さあ!今日は楽しみましょう」

 エリジェの一言に、空気が一気に和らぐ。


 高貴な者も、商人も、傭兵の妻も、母も娘も。

 ここでは誰もが等しく、笑い、語り、くつろぐ。


 甘い香りと、軽やかな笑い声に満たされたカシウム城大広間。

 それは、この夜だけ許された、束の間の安らぎの時間だった。


その中で、エリジェはふと周囲を見渡し、小首をかしげた。

「あら……ノエルは?」


 その問いに、エイラが穏やかに答える。

「トーマスのご家族の面倒を見ています。」


「そう……」

 エリジェは少し残念そうに微笑んだ。

「ノエルとも、たくさんお喋りしたかったのだけれど」


「仕方ないわ、お母様」

 エリカが肩をすくめる。

「だって、もう半泣き状態だったのよ。」


「まあ!」

 エリジェは思わず口元に手を当てた。

「それは……ずいぶん酷なことをしてしまったわね」


 そして、視線を移し、シャロン、アンジュ、ビルギット、マヌエラ、アマーリエの面々を見回す。

「それに比べて……あなたたちは、ずいぶん平気そうね?」


 そう言われ、シャロンは小さく笑った。

「エリカたちと一緒に生活しているうちに、慣れてしまったのかもしれません」


 その言葉に、周囲がくすりと笑う。


 一方で、少し控えめに声を上げたのはソフィアだった。

「……私たちは、正直ちょっと緊張しています」


 クララ、ヒルダ、リタ、キャシーも、こくりと頷く。


 だが、エリジェはふふっと柔らかく笑った。

「一緒にお風呂に入ったから、もう分かるでしょう?」


 穏やかだが、芯のある声。

「どんなに高貴な人でも、人であることに変わりはないわ」


「それが一番よく分かってるの、私たちじゃない?」

 即座にエリカが言い、周囲から同意の笑いが起きる。


「特に……」

 ミーナが意味ありげに間を置き、

「ザックとフレッドが、そうよね」


 その瞬間、堰を切ったように言葉が溢れ出した。


「身分も出自も関係ない」「傍若無人」

「敬うことを知らない」「敬語を知らない」

「我が道を行く」「わがままで問題児」

「娼館狂い」「バカ」「アホ」


 次々と飛び出す、容赦のない評価。

 だがそのどれもが、どこか楽しげで、愛嬌すら帯びている。


「あはははは!」


「うふふふふ!」


 笑い声が重なり、大広間に広がっていく。


 ひとしきり笑った後、誰かがぽつりと付け加えた。

「……でも、放っておけないのよね」


「そうそう」


「いざって時は、ものすごく頼りになるし」


「ああ見えて、家族思いだし」


「時々見せる優しさが……効くのよね」


 その言葉に、また笑いが起きる。

 悪口のはずなのに、いつの間にか褒め言葉になっているのが、彼女たちらしかった。


 その流れで、場の空気は一層和み、次第に話題は旦那や彼氏の話へと移っていく。


「うちの人はね……」


「それ、分かるわ」


「でも、そこがいいところなのよ」


 良いところ、悪いところ、腹の立つところ、どうしようもないところ。

 それでも一緒に生きていく理由。


 恋バナは尽きることなく、果実酒のグラスは何度も満たされる。


 やがて話題は、ブランゲルとエリジェのなれそめへ。

「それでね——」


 エリジェはどこか誇らしげに、少し照れたように語り始める。

 若き日の出会い、衝突、歩み寄り、そして今。


 その姿を見ながら、女性たちは思う。

 この侯爵夫人もまた、ひとりの女性なのだと。


 笑い声と甘い香りに包まれたカシウム城大広間。

 緊張はすっかり溶け、そこには身分も立場も越えた、ただの“女子会”があった。 



大広間の一角では、子供たちの元気な声が途切れることなく響いていた。


 クライシスを先頭に、フォルカーとシュテファン、シンジュたちが走り回り、追いかけっこが始まる。勢い余って扉の方へ駆け出そうとした瞬間


「この部屋から出てはいけませんよ」

使用人が慌てず騒がず、しかし逃がさぬように立ちはだかる。

「迷子になってしまいますからね。ここはお城ですから、通路も多いのですよ」


 やさしく窘められ、子供たちは一瞬しょんぼりしたものの

「はーい……」

素直に返事をし、すぐさま別の遊びを思いついたのか、今度はテーブルの周りをぐるぐる回り始める。

 その様子を見て、女性陣からくすくすと笑いが漏れた。


 一方、少し落ち着いた一角では、ソフィアとキャシーを中心に、クララとヒルダが集まっていた。


「チョウコ町って、本当にすごいのよ!」

 ソフィアが身振り手振りを交えて語り出す。


「食べ物もね、凄く美味しいのよ!」

 クララが誇らしげに続ける。


「仕事もたくさんあって、王都みたいに“明日どうしよう”って顔をしてる人はいないわ!」

 ヒルダも大きく頷く。


「最初は信じられなかったけど……」

 それを聞きながら、キャシーは静かに微笑んだ。

「みんな、いい顔をしてるわ。……それが何よりよ」


 王家特別監察官だった頃には、決して見られなかった種類の“変化”。

 それを幼馴染たちが誇らしげに語る姿に、キャシーの胸にも温かなものが広がっていた。


 その近くでは、リズが姉のリタからほとんど離れずにいた。

 だが、ただくっついているだけではない。


「それでね、お姉ちゃん——」

 誰かが話す輪に自然と入り込み、相手の言葉に頷き、いつも以上に明るく、柔らかく笑いながら話すリズの姿があった。


 やがて、場の中央でルドヴィカが静かに声を上げる。

「実は……報告があるわ」


 その言葉に、自然と視線が集まる。

「ダミアンと……結婚しました。今は一緒に生活しています」


 一瞬の静寂のあと、


「まあ!」


「おめでとうございます!」


「素敵じゃない!」


 祝福の声が一斉に上がり、大広間はぱっと明るい空気に包まれた。


 ルドヴィカは少し照れたように微笑む。

「私たちは一応、手続きをしてきたわ」


この世界では、庶民の結婚は形も様々であり、役所で正式に手続きをする人もいれば、そうでない人もいる……離婚も同様である。


 祝福と笑顔に包まれたルドヴィカの姿を見ながら、女性たちは思う。

 この場に集ったそれぞれが、違う立場、違う人生を歩みながらも、今この瞬間を共有しているのだと。


 子供たちの笑い声、近況を語り合う声、祝福の拍手。

 それらが溶け合い、カシウム城の大広間は、まるで一つの大きな家族のような空間になっていた。 



アパパ宿の酒場兼食堂は、夕刻を迎え、昼間の喧騒とは少し違う落ち着いた賑わいに包まれていた。

木の梁から下がる灯りが橙色に揺れ、焼き物と煮込みの匂いが腹を刺激する。

卓の上には大皿がいくつも並び、湯気とともに食欲をそそる香りが立ちのぼっていた。


「美味い! 美味い!」

 そう声を上げながら、豪快に匙を動かすのはカウラス一家の大人たちだ。

旅の疲れも、昼間の緊張も、温かい料理とエールでようやくほどけてきたらしい。


 しかし、その横で少し首をかしげながら呟く声があった。

「……おしろのごはんの方が、おいしかったよ?」

 無邪気な一言を放ったのはミライだ。


「うん、僕もそう思う」

 エバンスも素直に同意する。


 その言葉に、リズの母ヘラが目を丸くする。

「あら? お城でご飯をごちそうになったの?」


「うん! すごくおいしかったよ!」

 ウエンスが満面の笑みで答える。


「あら~、よかったわねぇ」

 ヘラは目を細め、心から嬉しそうに微笑んだ。


 そのやり取りを聞きながら、カウラス、ガンザス、ダンドスの三人は、表情を変えぬまま内心で同時にため息をつく。

(……俺たちは緊張しすぎて、味が分からなかったな……)


 城の豪奢な食卓、静かな使用人たちの視線、格式ばった空気。

 料理が美味かったかどうかを判断する余裕など、彼らには残されていなかった。


「お姉さん! エールをもう一杯!」

 そんな空気をぶち破るように、アンが給仕係に声を張り上げる。


「私にもお願い!」

 すかさずイライザも続く。


 だが、その前にノエルがやんわりと、しかし逃げ場のない声音で口を挟んだ。

「お義姉さんたち、これで最後ですよ」


「もう~、ノエルってば固いんだからぁ~」

 アンはむくれながら抗議するが


「いい加減にしなさい! 次の一杯でお終いよ!」

 マーサの一喝が飛ぶ。


「……は~い」

 アンとイライザは、見事なまでに同時に肩を落とした。


「はぁ……子供たちの方が、よほど聞き分けがいいわ」

 マーサは呆れたように溜息をつき

「あなたたちも、しっかりしなさい!」

 と、息子であるガンザスとダンドスを睨みつける。


「……はい」

「……ごめん」

 二人は反射的に背筋を伸ばし、条件反射のように返事をした。


 その様子に、ノエルとヘラは顔を見合わせ


「ふふっ」

「うふふ」

 思わず声を殺して笑ってしまう。


 城の緊張感から解放され、温かい料理と程よい騒がしさに包まれたアパパ宿の夕餉。

 大人も子供も、それぞれの形で一日を振り返りながら、ゆっくりと腹と心を満たしていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ