話?!
夜の帳が深まり、森の奥に沈むように静寂が訪れていた。
しかし、その静寂の裏には、既に臨戦態勢が敷かれていた。
シマたちの家族――それは、互いの命を最優先する戦闘集団だった。
何も言わずとも、全員が迅速に配置につく。
前衛にはジトー、トーマス、ザック。
槍、盾を構え、最前線で敵の侵攻を阻む準備を整えている。
ザックのやや右後方にはクリフとシマ。
斬撃を主とする彼らは、前衛の後ろから機を見て突撃し、一瞬で敵を殲滅できる位置を取る。
ジトーのやや左後方にはロイドとフレッド。
防御と攻撃のバランスを取る役割を担い、前衛と後衛の連携を図る。
そして、半円状の中央にサーシャ、ケイト、ミーナ、メグ、エイラ、ノエル、リズ、オスカーが控えていた。
射手や支援役である彼らは、闇に身を潜めながら、一斉射撃や奇襲に備えている。
サーシャが小声で問いかける。
「相手全員が攻撃してきたらどうするの?」
シマは短く答えた。
「悪いが皆殺しだ」
それを聞き、サーシャは頷いた。そして、仲間たちもまた、一斉に小さく頷く。
それが、シマたちの共通意識だった。
彼らにとって、家族こそが全て。他者がどうなろうと知ったことではない。
敵対する者は排除する――それが、彼らにとって当たり前の選択だった。
緊張や焦りはない。
ただ、静かに、狩る準備を進めるだけ。
焚き火の火は既に消してある。
夜目に慣れた者ならわかるが、光がない状態では相手の動きも把握しづらくなる。
シマたちは、少しずつ横に移動しながら草原に近づいていた。
この季節の草は高く生い茂り、身を潜めるには十分すぎるほどだ。
暗闇の中で迎え撃てば、並みの者では太刀打ちできない。
夜の狩人にとって、最適な狩場となるだろう。
――やがて、五つの影が焚き火の近くに現れた。
彼らはシマたちが消した焚き火の周囲を警戒しながら進む。
誰かが火をつけると、ぼんやりとした明かりが辺りを照らした。
その瞬間、三人の男たちが視界に入った。
彼らは震えながらも、何とか太った男の亡骸を引きずり、商隊の方へと向かっている。
残ったのは、二人の影だった。
そのうちの一人が、暗闇に向かって叫ぶ。
「話がしたい!こちらに落ち度があるのはわかっている!」
女の声だった。
敵意はないように聞こえるが、油断はできない。
シマは瞬時に判断し、家族たちに待機の指示を出す。
言葉を発することなく、素早いハンドサインを送る。
ハンドサインは、まるで伝言ゲームのように次々と仲間たちへと伝えられた。
待機。 しかし、警戒は怠るな。
シマは静かに動き出す。
クリフと共に、音もなく死角へと回り込んだ。
闇に紛れ、地面を這うようにして距離を詰める。
視線を低くし、相手の死角へと忍び寄る。
相手の二人は、まだ焚き火の光の中にいた。
剣を抜く気配はない。
だが、それだけで信用することはできなかった。
この世界では、甘さは命取りになる。
――あと五歩。
シマの手は、すでに剣の柄にかかっていた。
クリフもまた、抜刀の瞬間に備えている。
彼らにとって、この距離は一瞬で決着をつけられる間合いだった。
「……名を名乗れ」
シマは闇の中から声を発した。
焚き火の明かりに照らされた二人が、ギョッと驚いたように顔を上げた。
そのうちの一人、女の方が素直に答える。
「私の名はマリア・ベレッタ。ゼルヴァリア軍閥国の“大嵐”の団長だ。」
低く、しかしはっきりとした声。
「……団長?」
シマが疑いの目を向けると、マリアは肩をすくめた。
「女の身では舐められる。それを避けるため、あの愚か者に団長代理の肩書きを与えていただけだ。」
「つまり、死んだのは偽物の団長ってことか」
「そういうことだ」
マリアはあっさりと認めた。
そして、隣に立つ男を指差す。
「この男はオズワルド。私の護衛だ。」
その男――オズワルドは、無精髭の生えた顔をシマたちに向けた。
体格はがっしりとしている。そこそこの腕が立つように見えた。
沈黙が続いた後、マリアは慎重な声で言った。
「誤解しないでほしい。私は……私は、ただ話をしたいだけだ。」
シマは目を細める。
「……話?」
「あの愚か者が、お前たちに無礼を働いたことはわかっている。正直、殺されても仕方のないことをしたのだろう。私たちには、それを責めるつもりはない。」
「なら、なんでここに来た?」
「お前たちと敵対するつもりはない。だが、商隊がこれ以上の混乱を起こせば、私たちも立場を失う。 だから、話をしに来た。」
シマは冷たい視線を向けながら言う。
「あんたたちが、俺たちを襲わないという確証でもあるのか?」
その問いに、マリアは一瞬言葉を詰まらせた。
「そ、それは……」
はっきりとした言葉が出てこない。
その時、隣にいたオズワルドが口を挟んだ。
「……そこは、俺が何とかする」
しかし、その言葉はなんとも頼りないものだった。
クリフが鼻で笑う。
「信用できねえな」
シマも無言で頷く。
シマは鋭い目を向け、さらに問う。
「あんたたちの商隊は、規律があるようには見えなかった……ちゃんと御せるのか?」
その言葉に、マリアは渋い顔をした。
「……痛いところを突くな」
そして、深く息を吐く。
「正直な話、ならず者の集団と大して変わらない。だから、私もいつも気を張っている。 だが……全員を完全に抑え込めるわけではない。」
シマはじっとマリアを見据えた。
やはり、規律がない。
ならば、どこかでまた同じようなことが起こる可能性は十分にある。
ならば――はっきりと釘を刺しておくべきだ。
「……はっきり言うぞ」
シマの声に、一瞬その場の空気が変わった。
「二度と俺たちにちょっかいをかけてくるな。もし仕掛けてきたら……皆殺しだ。オズワルド、マリア。あんたたちも例外じゃない。」
その言葉に、マリアは少しだけ目を細めた。
「……脅しのつもりか?」
「いや、ただの事実だ。」
シマの声には迷いがなかった。
マリアは、しばらくの間シマを見つめた。
そして、ふっと笑う。
「……なるほど、な。 お前たち、普通じゃないな。さっきから感じてたが、どこか……獣のような気配がする」
「……どうでもいいことだ」
シマは答えなかった。
しばらくの沈黙。
その後、マリアは静かに頷いた。
「わかった。私からも奴らに言っておく。お前たちに手を出すな、と。……それでいいか?」
「当然だ」
マリアは軽く肩をすくめる。
「ったく……厄介な相手に出会っちまったもんだ」
そして、オズワルドに目配せすると、踵を返す。
「行くぞ、オズワルド」
オズワルドもまた、無言で頷き、彼女の後を追った。
彼らが焚き火の光から離れ、闇の中に溶けていくのをシマたちは黙って見送る。
それから、クリフがぼそりと呟いた。
「……あの女、ただの傭兵じゃねえな」
「だな」
シマも同意する。
少なくとも、戦闘慣れしているのは確かだ。
そして、商隊の中で孤立している可能性もある。
だが――そんなことは関係ない。
シマたちにとって重要なのは、家族を守ること。それだけだった。
敵意を向けられれば、狩るだけ。
今回は殺さずに済んだが、それだけの話だ。
焚き火の周囲には、もはや誰もいない。
シマは再び暗闇を見つめ、静かに呟いた。
「……警戒は続けるぞ」




