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光を求めて  作者: kotupon


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再会7

 カシウム城サロンは、先ほどまでの喧騒が嘘のように落ち着きを取り戻しつつあった。

 だが、空気そのものは相変わらず賑やかで、気心の知れた者同士が集う独特の緩さが漂っている。


 「俺たち、ここに泊まっていいんだよな?」

 念押しするようにジトーが聞くと、ブランゲル侯爵は一瞬きょとんとした後、腹の底から笑った。

 「うむ、遠慮なくな……お前らが遠慮するわけないか、ワハハ!」

 その豪快な笑いに、場がまた和む。


 そこへ、先ほどノエルを別室へ案内した使用人が静かに戻り、恭しく報告した。

 「ノエル様とトーマス様のご家族は、アパパ宿へ戻られるとのことです」


 「あ、じゃあアンさんたちも女子会に呼ぶ?」

 無邪気に言い出したのはメグだった。


 だが、即座にオスカーが首を振る。

 「それはやめた方がいいかも。ここに来た時から、完全に死んだ魚の目になってたし」


 「ああ〜……」

 女性陣から一斉に納得の声が上がる。

 誰もが、あの場違いな緊張感にさらされたカウラス一家の様子を思い出していた。


 「荷物は馬車に積んであるのよね?」

 ケイトが確認するように言う。


 「一旦着替えを取りに宿に戻ろう」とリズが続ける。


 「カウラスさんたちの荷物も持って行かないとね」

 ミーナの言葉に、実務的な段取りが自然と組み上がっていく。


 「その後、お城のお風呂を堪能させてもらうわよ、エリカ」

 サーシャがにやりと笑って言うと


 「ええ! 一緒に入りましょう!」

 エリカは嬉しそうに即答した。


 「それなら私も一緒に入るわ。何だか楽しそうじゃない」

 エリジェがさらりと言った瞬間、女性陣の間に一瞬、静かな驚きが走った。


 高貴な女性が、人前で肌をさらす。

それは余程の信頼関係がなければあり得ない行為だ。

付き添いの侍女ならともかく、こうして気軽に同行を口にする姿に、皆が悟る。


 ――ああ、この人は間違いなくエリカの母親なのだ、と。

 天真爛漫で、壁を作らない在り方。その血は確かに受け継がれている。


 その一方で、男たちの会話は別の方向へ転がっていた。


 「シマよ」

 ヤコブが顎髭を撫でながら口を開く。

 「宿代というわけではないが、ブラウンクラウンをお裾分けしてはどうじゃ?」


 その言葉に、ブランゲルたちとデシャン、マリウスが同時にぎょっと目を見開いた。


 「……どれくらい採ってきたの?」

 エイラが真顔で聞く。


 「かなりの量だよ。土も一緒にね」

 さらっと答えるロイド。


 「一応、細心の注意は払ってここまで持ってきたから、大丈夫だとは思うんだけど?」

 オスカーが少しだけ不安そうに付け加える。


 「……鑑定士がいたよな?」

 シマが視線を巡らせると


 「私でございます」

 執事長フーベルトが一歩前に出た。

 「次席執事のルーファスも、同じく鑑定士の資格を持っております」


 ルーファスも静かに頷く。


 その佇まいからして、戦闘や護衛も兼ねていることが一目で分かる。

 さすがは侯爵家の執事であった。


 「お二人に見てもらえれば安心ね」

 サーシャが言うと、場の緊張はすっと解ける。


 こうしてサロンでは、泊まりの段取り、女子会の計画、風呂と酒、そして希少素材の行方までが同時進行で語られながら、不思議なほど自然に収束していった。

 まるで最初から、こうなると決まっていたかのように。 



城塞都市にある酒場「バッカス」は、きらびやかな装飾こそないものの、天井は高く、床は広く、無骨な木の梁と石壁がいかにも“飲むための場所”だと主張していた。

広さだけなら城塞都市随一。普段から市民や傭兵、商人で賑わう場所である。


「ウワハハハハハ!」

 豪快な笑い声が天井にぶつかって反響する。


「飲め! 食え! 騒げぇ!!」

 もはや怒号に近い声が飛び交い、エールの泡が床にこぼれるのも誰一人気にしない。


「早めに来て正解だったな!」

 フレッドが巨大なジョッキを掲げて言う。


 事実、少し遅れていれば席の確保すら怪しかっただろう。

今や宿も酒場も歓楽街も、嬉しい悲鳴を上げるほどの人出だ。


 そこへ、次々と見知った顔が現れ始める。


「馬鹿野郎! お前ら、こっちに来てんなら顔ぐらい出せよ!」

 灰の爪隊隊長ギャラガが、腕を組んで怒鳴った。


「うるせえ! 俺たちにも事情があったんだよ!」

 ザックが即座に言い返す。


「私の失態でございます。知らせるべきでした」

 ネリが深々と頭を下げる。

グレイス・ルネ劇場にいたエリカたちには連絡を回していたが、男連中への周知が遅れたのだ。


「こいつがこれほどミスを犯すことは滅多にないんだぞ、ワハハ!」

 ブランゲル侯爵が上機嫌に笑い、場の空気を一気に緩める。

トーマスの家族をカシウム城に案内した件も含め、今夜はすべて“笑って流す”流れだった。


「侯爵様、お久しぶりです。今日は無礼講で?」

 ライアンが念を押すように聞く。

「そうだ! さあ飲め! 食え!」


 灰の爪隊、ライアン隊、マリア隊の団員たちが雪崩れ込み、あちこちから声が飛ぶ。


「ジトー!帰ってきたか!」「トーマス!ほぼ予定通りだな!」

「ヤコブさん!どうでしたか、深淵の森は?!」

「おいフレッド! シマは?!」「ロイドとオスカーもいねえぞ?!」


「だあぁ! お前らうるせぇ!!」

 フレッドが頭をかきむしる。


「ベンさんとテオも連れてきたぞ!」


 その声に、「おお! テオじゃねえか!」

 ザックが目を見開く。

 テオはリズの兄であり、ザックとフレッドの“娼館通い仲間”でもある。


「こいつがリズの兄貴で、こっちがオヤジだ!」

 フレッドがジトー、トーマス、ヤコブに紹介する。


「で、でけえ……!」

 テオが思わず声を漏らす。

「ザックと同じくらいか?!」


「三人揃うと圧巻だろ」

 ライアンが肩をすくめる。


「ほんと、お前ら何食えばそんなにでかくなるんだよ」

 そう言ったのはエリクソンだった。

 軍務を終えて帰宅したところを、そのまま連れ出された形だ。


 ジョッキがぶつかり合い、肉皿が空になり、笑い声が途切れることはない。

 ここには身分も立場も関係ない。ただ、戦い、飲み、笑ってきた男たちがいるだけだった。


 バッカスの夜は、まだ始まったばかりだった。



 酒場「バッカス」は、すでに“満員”という言葉の意味を超えていた。

 椅子はとっくに尽き、卓の周りは人の壁。床に座る者すらいないのは、この場が休憩所ではなく戦場

――いや、祝祭の渦中だからだ。立ち飲み、立ち食いが当たり前。誰も文句など言わない。

むしろ、その雑然とした熱気こそが、今夜の正解だった。


 ルーカス隊、マックス隊、デリー隊。

 キーファー、ドナルド隊、マーク隊。

 デシンス隊、ダルソン隊、キリングス隊、リットウ隊。


 さらに、ビリー、ハイド、ジーグ、ザシャ、ヴィム――年端もいかない少年組が、年上たちの背中に守られるように混ざっている。

 ワーレン隊、ベガ隊も合流し、加えてスレイニ族軍のヤンとルボシュの姿まであった。


 人の密度は異様だが、不思議と息苦しさはない。

 誰もが汗をかき、酒をこぼし、肩をぶつけ合いながら、それでも笑っている。


 ジトーたちの姿を見つけると、あちこちから声が上がった。

「おお……!」

「帰ってきたか……!」

「無事でよかった……!」


 言葉は短く、声は荒いが、その表情はどれも心底ほっとしたようなものだった。

 シャイン傭兵団の中核が戻った。その事実だけで、この場の空気が一段、明るくなる。


 ――もっとも。


「で、シマは?」

「ロイドは?」

「オスカーは一緒じゃないのか?」


 この三人の所在を聞かれるのは、もはや恒例行事だった。


「あーはいはい、城だ城!」

「無事だっつーの!」


 ジトーたちは半ば投げやりに答えながらも、内心では苦笑していた。

 辟易はするが、それだけ皆が心配している証でもある。


 そんな中、フレッドがジョッキを掲げて声を張る。

「よし、紹介するぞ!こっちがエリクソン!で、そっちがブランゲル!それから――デシャンと、ゆかいな仲間たちだ!」


「誰が“愉快な仲間たち”だッ!」

 即座にツッコミを入れたのは、カールスルーエ・ヘッセンだった。

 普段は寡黙で、眉一つ動かさぬ男。

 その顔が今は赤く、酒気を帯びている。


 その隣で、息子のハインツが目を丸くしていた。

 父が、こんなにも陽気に騒ぎ、声を荒げて笑う姿など、見たことがない。


「紹介するなら、ちゃんとしろ」

 今度はヘルモート・ビルングが低く言う。

 だが、その口元はわずかに緩んでいた。


 それを見ているビリャフも、同じく戸惑いを隠せない。

 自分の父が、これほど楽しげに杯を交わす姿――記憶にない。


「いやあ……こうして見ると」

 エリクソンが、場をぐるりと見渡して言った。

「お前たちシャイン傭兵団も、随分でかくなったもんだな」


「俺の人徳だ!」

 胸を張るザック。


「んなわけあるかいッ!」

 即座にデシンスが突っ込む。


「いいかジーグ」

 ギャラガが息子を自分の席――もはや“場所”と呼べるか怪しいが――に引き寄せる。

「あれは駄目な大人の見本だ。真似するなよ」


「えー……」

 渋い顔をするジーグに、周囲からどっと笑いが起きる。


 酒が回り、笑いが連鎖し、誰かの背中を叩く音が重なる。

 身分も立場も、今は関係ない。

 ここにいるのは、戦場を越え、夜を越えてきた“仲間”だけだ。


 そんな熱の渦の中、入口付近で誰かが叫んだ。


「おい!来たぞ!」

「クリフと……ベガだ!」


 一瞬、ざわりと空気が揺れ、次の瞬間には歓声が爆発する。

 夜は、まだまだ終わる気配を見せなかった。 



「……すげえ人混みだな。」

 思わず本音が零れたのは、ジトーたちの前にぬっと現れたクリフだった。


 見渡せば、酒場「バッカス」は文字通り人で埋まっている。

肩と肩がぶつかり、肘が当たり、誰かの背中に誰かが寄りかかっている。

床が見えない。空気は酒と汗と肉の匂いでむせ返るほど濃く、笑い声と怒鳴り声と乾杯の音が重なって、耳鳴りすら心地いい。


「俺たちシャイン傭兵団の連中だらけだから、あまり大きな声で文句は言えねえがな」

 そう言って、クリフは苦笑する。


「これでも城塞都市一の広さを誇る酒場なんです」

 ネリがやや申し訳なさそうに言う。


「そう愚痴をこぼすなよ」

 そこへ、穏やかな声が割って入る。ベガだった。

「ザックとフレッド、ちゃんとシマたちと合流したようだな。俺はてっきり、どこかの街の娼館で遊んでるかと思ったぜ。……いや、無事で何よりだ」


「っざけんな!」

 瞬間、フレッドが吠えた。

「クソ不味い固いパンと、塩辛い干し肉!金もごくわずかで放り出しやがって!どうしろってんだよ!」

 酒場の喧騒に負けない、全力の叫びだった。


「文句なら俺じゃなく、クリフに言ってくれ」

 涼しい顔でベガが言う。


「娼館から帰ってくりゃあ、今すぐ出ろって!お前は鬼かッ!?」

 今度はザックがクリフを指さして怒鳴る。


 クリフは肩をすくめるだけだ。


 ぶはははは!

 一同の笑いが、どっと弾けた。


 怒号も不満も、笑いに変わる。

 それが、この酒場の魔法だった。


「もう過ぎたことじゃ」

 人混みを縫うようにして、ヤコブが現れる。

 白い髭を揺らし、にやりと笑いながら、大ジョッキを二つ掲げた。

「ほれ、エールでも飲んで機嫌を直すのじゃ」


「おう、爺さん悪いな!」

 ザックとフレッドが見事に声を揃え、ジョッキを受け取る。


 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ――

 一気に喉を鳴らし、空にする。

「プッハァ~……」


 フレッドが深く息を吐き、目を細めた。

「いつか仕返ししてやる」


「今だけは忘れてやる」

 ザックも同意するように頷く。


 クリフは何も言わず、ただもう一度肩をすくめた。それが返事だ。


「……で、ユキヒョウはどうした?」

 トーマスがふと思い出したように尋ねる。


「城に行ったよ」

 クリフが答える。

「城のワイン目当てにな」


「アイツらしいな」

 ジトーが短く笑う。


 杯は次々と満たされ、空になり、また満たされる。

 誰かが歌い出し、誰かがそれに文句をつけ、いつの間にか合唱になる。

 肩書きも、立場も、過去の武功も関係ない。


 その中心で、ブランゲル侯爵もまた、大口を開けて笑っていた。

 そこには「威」はなかった。人を圧する「格」もない。


 ただ一人の男として、戦場を越え、生き延び、今夜ここにいる――それだけだ。


 この日、酒場「バッカス」では、男たちの笑う声が絶えることは、ついぞなかった。

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― 新着の感想 ―
滅茶苦茶暑苦しい空間でしょうね(笑) 読んでいて、酒と男共の匂いがしてきそう・・・ でも相変わらず皆仲が良くて遠慮のない付き合いが 楽しそうで素敵です。
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