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光を求めて  作者: kotupon


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再会4

リーガム街・領主館。

昼下がりの陽光が白い石壁を照らし、館内には一日の中でも束の間の静けさが流れていた。


その静けさを破ることなく、若い使用人が足音を忍ばせるようにして歩み寄り、廊下の陰で立ち止まる。

視線の先にいたのは、書類に目を落としていたモーガンだった。


「……モーガン様」

小声で呼びかけ、さらに一歩近づくと、耳元へと顔を寄せる。

「シャイン傭兵団とおもわしき一団が、リーガム街に近づいてきています」


モーガンは眉一つ動かさず、視線だけをゆっくりと上げた。

即座に反応しないのは、長年の癖だ。

情報はまず受け取り、咀嚼し、真偽を測る。


「……ご苦労さん」

低く穏やかな声。

「誰からだ?」


「スミスさんからです」


その名を聞いた瞬間、モーガンの口角がわずかに上がる。

「……街の中心から外れた場所で、小さな雑貨屋をやってる爺さんだな?」


「はい。行商で城塞都市へ向かう途中、見かけたそうです。それで慌てて引き返してきたと……」


「そうか」

モーガンは小さく頷いた。

「今度、お前と……スミスさんも誘って、一杯やろうぜ」


冗談めかした口調に、若い使用人の表情がぱっと明るくなる。

「ゴチになります!」

軽やかにそう返し、使用人は一礼して去っていった。


その背を見送りながら、モーガンは胸の内で静かに評価を下す。

――反応は迅速。

――情報源も悪くない。


元王家特別監察官であるモーガンと、同じく監察官だったキャシーがホルダー家に雇われてから、最初に着手したのは情報網の再構築だった。


外部からリーガム街に入ってくる者。

その中で「怪しい」と感じられる人物、集団。


以前であれば、門前での検査と守備だけで済ませていた。

だが、裏で行われていた奴隷売買の一件以降、状況は一変した。


――街の中こそ、目を光らせねばならない。


その方針のもと、通達は徹底された。


門前での検査、検閲、警戒はもちろんのこと。

商人、行商人。街の住人。宿屋の主人。

酒場の店主。歓楽街の店主。

そして、夜を生きる女たち。


彼ら彼女らの「違和感」を、情報として拾い上げる仕組み。


怪しいと思った者を見かけたら、領主館の衛兵に伝える。

有益な情報であれば、わずかでも金一封を出す。


恐怖で縛るのではない。

信頼と利益で、街を守る。


今回の件は――。(酒を奢るくらいで、十分だな)

モーガンはそう判断し、踵を返す。

向かう先は、執務室。


書類の山と格闘していたマリウスは、扉を叩く音に顔を上げた。

「入ってくれ」


「失礼します」


報告を聞いたマリウスは、即座に理解したように目を細める。

「……シャイン傭兵団かな」


「ええ。おそらく交易隊でしょう」


「迎えに行ってくれるかい?」

その問いは、命令ではなかった。

信頼からくる自然な依頼。


「ハッ、承知しました」

モーガンは一礼し、部屋を辞した。


次に向かったのは、領主館の鍛錬場。

剣戟の音と、荒い息遣い。

汗と土の匂いが混じる中で、ワーレンたちは鍛錬に励んでいた。


「ワーレン」


名を呼ばれ、ワーレンは即座に振り向く。

「どうした、モーガン?」


「シャイン傭兵団の交易隊が来た」


その一言で、空気が変わる。


「……来たか」

ベルンハルトも歩み寄ってくる。


「迎えに行く。ワーレン、お前も来い。それから……ベルンハルト、お前もきてくれ。」


「了解だ」


「異存はない」


三人は最低限の身支度を整え、領主館を後にした。


リーガム街の門へと向かう道すがら、街はいつも通りの顔をしていた。

だが、その裏で、確かに“目”が動いている。


商人の視線。行商人の噂話。

酒場の奥で交わされる小声。

それらすべてが、今は一本の線で領主館へと繋がっていた。


ワーレンの視線は、すでに街道の先を見据えていた。

——やがて、門の外。

団旗を掲げた一団が見え始める。 シャイン傭兵団交易隊。


その到来を、リーガム街は静かに、しかし確実に迎え入れようとしていた。



 リーガムの街門前。

 石造りの門と城壁の前に、ゆっくりと近づいてくる一団があった。


 馬車は五台。間隔を崩さず一直線に連なり、曳き馬の歩調は揃い、御者の手綱捌きにも一切の乱れがない。その先頭で、風を受けてはためく一枚の団旗が、誰の目にもはっきりと映っていた。

 “雄々しい獅子”。紋章として単純でありながら、異様な存在感を放っている。


「……間違いねえ。俺たちの団旗だ」

 門の内側、衛兵詰所の近くでそれを見上げ、ベルンハルトが低く言った。


「あいつらは――」

 横にいたモーガンが一歩前に出て、街門を守る衛兵たちに向けて声を張った。

「シャイン傭兵団だ。フリーパスで通してやれ」


 その名を聞いた瞬間、衛兵たちの間に小さなどよめきが走る。

 視線は自然と団旗へ、そして馬車隊へと吸い寄せられていった。


「あの団旗、覚えててくれよ」

 そう言って、ワーレンが口元に薄く笑みを浮かべる。

「“雄々しい獅子”。シャイン傭兵団の団旗だ。紋章でもある」


 門前に立つ若い衛兵の一人が、思わずぽつりと呟いた。

「……カッケェ……」


 すぐ隣の衛兵も、腕を組みながら頷く。

「ここから見てるだけでも、何だか圧があるな。規律正しいし、統制もしっかりしてる……」


「やっぱシャイン傭兵団はひと味違うな」

 感心したような声が、次々と上がる。

 その目には、憧れと羨望が混じっていた。

リーガム領軍の兵士たちにとって、シャイン傭兵団は噂に聞く“別格”の存在なのだ。


「……ただ歩いてるだけだぞ」

 その様子を横目に、ベルンハルトが小声で呟く。


「…コイツら、過大評価しすぎだろ…盛られすぎだ」

ワーレンも同意するように肩をすくめた。


 やがて交易隊は門前で停止し、迎え入れの手続きが進められる。

 近くで見れば、今回の交易隊の顔ぶれがはっきりと分かった。


 デシンス隊。ダルソン隊。キリングス隊。リットウ隊。

 そして馬車の脇には、少し背伸びをしたような少年たちの姿――ザシャ、ヴィム、ビリー、ジーグ。さらに、その中にロイドの弟であるハイドの姿もあった。


「ワーレン! ベルンハルト!」

 馬車から飛び降りながら、デシンスが声を張る。

「……お前ら、任務は?!まさか放り投げたりしてねえだろうな?」


「まさか……」

 今度はキリングスが目を細めて続ける。

「途中で嫌になって、逃げてきたとかじゃねえだろうな?」


「んなことする分けねえだろッ!」

 ワーレンが即座に噛みつくように言い返した。


「任務はちゃんとやったさ」

 ベルンハルトも肩をすくめる。

「今はここで一休みして、お前らが来るのを待ってただけだ」


「……全員無事か?」

 ダルソンが、静かに問いかける。


「ああ。生きてるぜ」

 ベルンハルトの答えに、ダルソンは小さく息を吐いた。


「……詳しい話は、シマたちと合流してからだな」

 キリングスが言う。


「ああ。説明は一回で済ませたいからな」

 ワーレンも頷いた。


「義兄さん! ベルンハルトさん!」

 そこへ駆け寄ってきたのはビリーだった。

「無事で何よりっス!」


「ワーレンさん、ベルンハルトさん!お疲れ様でした!」

 ハイドが深く頭を下げる。


 続いてジーグ、ザシャ、ヴィムも声を揃えた。

「お疲れ様でした!!」


「ありがとな」

 ベルンハルトは目を細め、少年たちの顔を軽く見回す。

「お前らもご苦労さん」


 その様子を見ながら、ワーレンがぼそりと呟く。

「子供らは純粋にねぎらってくれるのによ……」

 そして、デシンス、キリングス、ダルソンを見回し

「……お前らときたら」


「俺は心配してやったろ!」

 ダルソンが、少しだけむきになって言い返す。


「まあまあ」

 そこでリットウが穏やかに割って入った。

「ここでだべっていても仕方ありませんよ。そろそろ中――街に入りませんか?」


 その言葉に、一同はようやく周囲を見渡す。

 街門の向こうには、彼らを迎え入れるリーガムの街並みが広がっていた。



 リーガム街到着後、デシンス一行はその日のうちに宿割りを決めることになった。


 総勢四十四名。

 さすがに全員を領主館に泊めるのは無理がある。

館の広さや警備の都合を考えれば、分宿は当然の判断だった。


「一つは《トーコヨ》宿だな」

 そう決まったのは、デシンス隊とリットウ隊。

 もう一方、《チャンワカ》宿にはダルソン隊とキリングス隊が入る。


 顔ぶれと気質のバランスも悪くない。

 それぞれの隊が自然に頷き、異論は出なかった。


 デシンス隊の紅一点――ティア。

 リズたちと同じく、公演に向けた準備があり、彼女自身も舞台に立つ予定がある。

交易隊と一緒に動くより、そのまま残った方が都合がいい為、今回は同行していない。


少年たち――ザシャ、ヴィム、ビリー、ジーグ、そしてハイドについては、思いがけない提案が出た。


「せっかくだから、領主館に泊まってみてはどうだ?」

 そう言ったのはモーガンだった。


「そうそうない経験だぞ」

 ダルソンも頷いて後押しする。


 少年たちは一瞬、顔を見合わせ――次の瞬間には、目を輝かせていた。

 結果、彼らは領主館泊まりが決定する。


 取引は翌日の午前九時から。

 今夜はそれぞれ休息となった。


 日が落ち、街に灯りがともる頃。

 ワーレン隊は《トーコヨ》宿へ顔を出し、ベルンハルトたちは《チャンワカ》宿へ向かった。


「無事そうだな!」


「そっちも変わりねえな!」


 宿ごとに笑い声が上がり、杯が回る。

 再会の喜びがそのまま宴の熱に変わっていった。


 《チャンワカ》宿の宴には、なぜかスレイニ族軍のヤンとルボシュも混じっていた。


「ちゃっかりしてやがるな」


「誘われたから来ただけだ」


 そんなやり取りをしつつも、二人は自然に輪に溶け込み、場は大いに盛り上がる。

 笑い声、杯の音、疲れを吹き飛ばすようなざわめきが、夜更けまで続いた。


 やがて宴もお開きとなり、一同は領主館へ戻る。

 ワーレン隊、ベルンハルトたち、ヤンとルボシュ、そして少年たち。

 夜風に当たりながら歩く道は、どこか穏やかだった。


「おい、少年たち」

 門をくぐる前に、チリッロが声をかける。

「領主館の風呂、入れさせてもらえよ」


「えっ……い、いいんですか?」

 思わず聞き返したのはジーグだった。


「風呂から上がったら、ちゃんとお礼を言うんだぞ?」

ワーレンはビリーを見て言う。


「……義兄さん、何で俺を見るのかな」

 ビリーが小さくこぼす。


「王都で数々の問題を起こして、家族に心配かけてたのは――どこのどいつだっけ?」


「むぅ……それは、反省してるよ」

 ビリーが唇を尖らせると、周囲から笑いが起こった。


「失敗を糧にすりゃあいい」

 ブレーズが肩をすくめる。


「経験者は語る、ってやつだな」

 ブラスが続け、また笑いが広がる。



 領主館の一室。

 重厚な調度が並ぶ中で、少年たちは揃って背筋を伸ばしていた。


 目の前にいるのはマリウス。

 現在リーガム領を預かる人物であり、本来なら簡単に言葉を交わせる相手ではない。


 ビリーをはじめ、ザシャ、ヴィム、ジーグ、ハイドの表情には、はっきりと緊張が浮かんでいた。

 声をかけられる前から、どう振る舞えばいいのかを必死に考えているのが分かる。


 だが――

「そんなに硬くならなくていいよ」

 マリウスの声は、驚くほど穏やかだった。

 低く落ち着いた口調で、ゆっくりと言葉を選ぶように話す。

柔らかな微笑みが添えられると、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。


「チョウコ町から長旅だったろう? 今日はゆっくり休んでくれ」


 その一言で、少年たちの肩から少しずつ力が抜けていく。

 威圧感はなく、立場を誇示するような態度もない。

ただ目の前の相手を一人の人間として見てくれている――それが、誰の目にも分かった。


「それじゃあ、紹介します」

 様子を見計らって、ワーレンが一歩前に出た。

「まずは――義弟になるビリーです」


 ビリーが小さく息を飲む。


「……以前は問題児でしたが」

 その一言に、ビリーの肩がぴくりと跳ねた。

「最近は四苦八苦しながらも、勉学の方も頑張っているようです」


「……」

 視線を泳がせつつも、ビリーは黙って頭を下げた。


「へえ」

 マリウスは面白そうに目を細める。

「ワーレンの義弟かい。頼もしい義兄がいて、羨ましいね」


 冗談めいた口調に、ビリーは思わず目を丸くし、次いで照れくさそうに口元を引き結んだ。


「次はザシャとヴィムです」

 ワーレンが二人を示す。

「ダグザ連合国出身、元ホルン族で……牛馬の扱いがとても上手い。大人顔負けの腕で、頼りにされることもしばしばあります」


 ザシャとヴィムは並んで一礼した。


「それは凄い」

 マリウスは素直に感心したように言う。

「シャイン傭兵団の連中から頼りにされるとは……余程の腕なんだろうね」


 二人は顔を見合わせ、少し誇らしげに、それでも控えめに頷いた。


「それからジーグ」

 ワーレンの声が続く。

「この中では最年少ですが、しっかり者で……元《灰の爪》傭兵団団長、ギャラガの息子です」


「……ほう」

 マリウスの表情がわずかに引き締まった。

「ギャラガさんの息子かい。私はまだ直接会ったことはないんだけどね」


 そう前置きしてから、穏やかな口調で続ける。

「シャイン傭兵団の隊長格の中でも、かなりの腕だと聞いているよ」


 ジーグは驚いたように目を見開き、すぐに背筋を伸ばした。

「……ありがとうございます」


 最後に、ワーレンはハイドに視線を移す。

「ロイドの弟、ハイドです。今は経験と勉強のために、色々と学んでいる最中です」


「ロイドの弟……」

 マリウスはふっと笑みを深めた。

「私とロイドはね、気質がどことなく似ていてさ。話が合うんだ」


 そう言って、ハイドに向き直る。

「よろしく頼むよ、ハイド君」


「……はい!」

 ハイドは少し緊張しながらも、はっきりと答えた。


 気づけば、最初にあった張り詰めた空気は消えていた。

 少年たちの表情は柔らぎ、それぞれが自然にマリウスの言葉を受け止めている。


 穏やかな雰囲気、丁寧な話し方、柔和な笑み。

 それらが、少年たちの緊張をゆっくりと溶かしていったのだった。

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