侮辱
帰路に就くため街道をシマたちは歩いていた。
ザックとフレッドの件はその日にすぐばれた。
なんせ気持ち悪いくらいにニヤニヤしていたのだから。
「ねぇ、ザック?」
「ん?」
「どこ行ってたの?」
サーシャの冷たい声が響く。
その隣にはエイラ、ミーナ、メグの三人が腕を組み、仁王立ちしている。
「お、おい待て! 落ち着けって!」
ザックは必死に弁明しようとするが、すでに時遅し。
彼のニヤけた顔がすべてを物語っていた。
「で? 何してたのか、聞かせてもらおうじゃない」
サーシャの目が鋭く光る。
「……そ、それは……えーっと……」
ザックが言葉を濁している間に、シマは肩を落とした。
「ザック、だからバレるなってあれほど──」
「いやいやいや! だってよぉ! めっちゃ気持ち良かったんだぜ!」
開き直るザック。
「……」
シマは絶句した。
そして始まる──地獄の説教タイム。
「ったく! あんた、何考えてんの!?」
「何が“大人になった”よ、まったく……」
「恥を知りなさい!」
次々に飛んでくる女性陣の怒声。
しかし、ザックはまったく堪えていない。
それどころか、説教されながらもずっとニヤニヤと締まりのない顔をしていた。
「あー、悪い悪い。ほんっと悪かったなー!」
その言葉に誠意は皆無。完全に開き直っている。
「……」
「……気持ち悪い」
「……時間の無駄だわ」
女性陣からの辛辣な言葉が飛ぶ。
ザックにはまったく響いていない。代わりに──
「シマ! いい加減にしなさい!!」
「え、俺!?」
なぜか説教の矛先がシマに集中する。
延々と何時間もつるし上げられる羽目になった。
「アハハ! シマ、悪りぃな!」
「こ、こいつ……誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ……」
シマは青ざめた顔でため息をついたが、今のザックに何を言っても無駄だろうと諦めた。
一方のフレッドも同じような状態だった。
ノエル、ケイト、リズの三人は「ダメだこりゃ」と諦めた。
しまいにはロイド、トーマス、クリフに向かってこう言い放った。
「男女間のトラブルがあれば、いつでも“大人になった”俺に相談して来いよ!」
この発言により、またしても女性陣の冷たい視線を浴びるのだった。
街道でシマたちと合流した際には
「おう、シマお前の心遣いはしっかり受け止めてやったぜ!」と言うフレッド。
そんな騒動を引きずりつつ、一行は深淵の森を目指す。
ノーレム街で購入にしたリストは以下の通り。
・小麦粉20㎏・塩9㎏・砂糖1㎏・胡椒500g・バックラー10個・油2ℓ・チーズ1㎏・布3反・丈夫な糸・革紐・服数着。
これらを購入するために支払った金額は、合計20金貨と5銀貨。
結局、シマはその後も女性陣からの怒りの説教を受け続け、ザックとフレッドは反省する気配もなく、旅の道中はさらに騒がしくなっていくのだった。
深淵の森へと続く道はまだまだ遠い──。
ノーレム街を出て二日目の夕刻。
シマたちは深淵の森へ向かう途中、野営地で準備を進めていた。
焚き火を起こし、簡単な食事の支度をしながら、皆で今後の計画を話し合っていると──
遠くから、鈍い馬の蹄の音と、車輪の軋む音が聞こえてきた。
「ん? なんだ?」
シマが音のする方へ視線を向けると、街道を進んでくる大規模な商隊が見えた。
馬車は八台。護衛と思われる男たちはざっと数えても百人前後。
その姿は粗野で、統率が取れているとは言い難かった。
まるでどこかの野盗団がそのまま護衛を名乗っているような、そんな雰囲気だった。
「……面倒ごとにならなきゃいいが」
シマは小さくため息をつき、仲間たちに向けて注意を促す。
「揉め事は起こさないようにな。一応、用心しておけ」
その言葉に、ザックやフレッドをはじめとした仲間たちは頷く。
シマたちの野営地の脇、およそ三十メートルほど離れた場所を、大商隊の一団が通り過ぎていく。
その中で、特にシマの目を引いたのは三台目の馬車だった。
御者席に、一人の女性が座っている。
長い黒髪が揺れ、顔を隠すように布を巻き付けている。
護衛たちの姿はさらに異様だった。
粗野で、薄汚れた衣服。
動きにも統制がなく、まるでどこかの野盗がそのまま商隊に紛れ込んでいるかのような印象を受けた。
そして──
「おい、見ろよ。女がいるぜ!」
「おお、なかなかの別嬪じゃねぇか。ありゃあ……」
「後でたっぷり可愛がってやろうぜ!」
「おい、壊すんじゃねえぞ!」
「ぎゃははは!」
護衛の男たちが下品な笑い声を上げながら、楽しげに話している。
シマは軽く息を吐き、仲間たちを見渡す。
「……明朝には出るぞ」
低い声で告げると、皆は無言で頷いた。
この場所に長く留まるべきではない──それを誰もが理解していた。
夜の帳が下り、野営地には焚き火の揺らめく光が点々と灯っていた。
シマたちは簡単な夕食を済ませ、思い思いにくつろいでいた。
肉と野菜の入った素朴なスープをすすりながら、シマは深淵の森へ向かう道のりを改めて考えていた
そんな中、不穏な気配が忍び寄ってきた。
焚き火の向こうから四人の男たちが近づいてくるのが見えた。
皆、ニタニタと嫌な笑みを浮かべている。
そのうちの一人はジトーやトーマスにも匹敵するほどの体格だったが、鍛え抜かれた戦士というよりも、腹が出た太った男だった。
他の三人も背丈こそそこそこあったが、まるで鍛えられていない。
その歩き方、体幹の甘さ、周囲への気配りのなさ──どれをとってもまともな戦士とは思えない。
護衛というより、むしろどこかのゴロツキのような風体だった。
男たちはシマたちに近づくと、太った男が前に出て、鼻で笑いながら言った。
「おう、女を寄越せ」
言葉の意味を理解した瞬間、場の空気が凍りついた。
他の三人の男たちも口々に言葉を続けた。
「俺たちが朝まで可愛がってやるからよ」
「心配するな、優しくしてやるぜ」
「おい、早くしろよ。待たせるなよ」
ニタニタと笑いながら、彼らはシマたちの女性陣を品定めするように見回す。
サーシャ、ミーナ、メグ、ケイト、エイラ──どの顔にも怒りの色が浮かんでいた。
しかし、それ以上に男たちへ向けられたのは、凍てつくような殺気だった。
「……ナ、ア……!」
突然、四人の男たちの顔から笑みが消えた。
シマたちから放たれた殺気が、彼らの皮膚を切り裂くように襲いかかる。
その重圧に、男たちは思わず後ずさった。
「失せろ、クソども」
シマが低く言い放つ。
その声音には一切の感情がこもっておらず、ただただ冷たい。
震えながらも、一人の男は強がるように声を上げた。
「お、俺たちはゼルヴァリア軍閥国に属し、している『大嵐』という傭兵団だぞ!こ、 この方は団長だ!お、 おとなしく女を差しだ、出せば、な、何もしねえでやる!」
男の声は震え、言葉にすらなっていなかった。
自分たちの立場を誇示しようとしているのだろうが、明らかに気圧されている。
「身体も声も震えてんじゃねえか」
クリフが冷笑しながら言った。
「死にたくなけりゃ、さっさと消えろ」
この言葉が決定打だった。
太った男が顔を真っ赤にして激高し、クリフに殴りかかる。
「…て、てめえぇぇぇ!!」
その瞬間──
シュン!
刃が四閃した。
何が起こったのか理解するよりも早く、太った男の首が宙を舞った。
首と胴体が泣き別れ、腕が切り飛ばされ、両脚が地面に転がる。
シマが首を斬り落とし、クリフが腕を、ロイドとフレッドが脚を斬った。
あまりに一瞬の出来事だった。
その場に立っていたはずの男は、もはや「塊」となり、血の海に沈んでいた。
三人の男たちは腰を抜かし、悲鳴すら上げられないまま這うようにして逃げ出した。
シマたちは、家族を何よりも大切にする。
すでに我慢の限界を超えていた。
ただ、それだけのことだった。
──夜の闇の中、冷たい風が血の匂いを遠くへと運んでいった。




