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光を求めて  作者: kotupon


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里帰り?!

城塞都市カシウム――都市の中央にそびえ立つのは、重厚な白亜の城、カシウム城。

高い城壁と堅牢な門に守られたその姿は、ブランゲル侯爵家の威信そのものだった。


チョウコ町から続く街道を進み、サーシャたち一行とともに城塞都市へと入る馬車列。

その中には、エリカ・ブランゲルと彼女に仕える侍女たちの姿もあった。

約半年ぶりの帰国である。


城塞都市の門前には、すでにブランゲル侯爵家の関係者が列をなしていた。

執事、家臣、騎士、使用人。

先頭の馬車が止まり、中から降り立った人物の顔を認めた瞬間、その空気が一変する。


「……エ、エリカ様……?」


思わず漏れた声は一人ではなかった。

続いて降りる侍女たちの姿を見て、さらにどよめきが広がる。


それも無理はない。

チョウコ町では、毎日欠かさず湯に浸かり、リンス剤を使って手入れされた髪。

旅路を経たことで多少の傷みは見られるものの、それでも――

かつて城にいた頃より、はるかに美しかった。


髪は艶を残し、指通りの良さが一目で分かる。

肌は血色がよく、表情は穏やかで落ち着いている。


そして何より――エリカだった。

だが、知っているエリカではなかった。


城にいた頃の彼女は、快活で、自由奔放で、どこか危うい“じゃじゃ馬娘”。

だが今、門前に立つ彼女からは、それだけではないものが立ち上っていた。


美しさは言うまでもなく気品、落ち着き。

そして——揺るがぬ芯の強さ。


誰かに守られているだけの娘ではない。

多くを見て、経験し、選び取ってきた者だけが持つ静かな自信が、立ち姿から滲み出ている。

家臣たちは息を呑み、言葉を失った。


エリカは、柔らかく微笑む。

「ただいま」

その声は、かつてよりも低く、穏やかで、確かだった。


やがて一行は城塞都市の中へと進む。

アパパ宿の前で馬車は止まり、そこでサーシャたちと一旦別れる。


別れの後、エリカと侍女たちはカシウム城へと向かう。

見慣れた城門。

高く、重く、しかし懐かしい。


門が開き、城内へ足を踏み入れた瞬間――


「エリカ!」

最初に声を上げたのは、母、エリジェ・ブランゲルだった。

歩み寄り、娘を強く抱きしめる。


「無事で……本当に……」

言葉は途中で詰まり、代わりに震える息が漏れる。


「ただいま、お母様」

エリカはその背にそっと腕を回した。


「…綺麗になったな」

そう言って微笑んだのは、長兄ジェイソン。

瞳には兄らしい優しさがあった。


「……別人みたいだな…」

騎士として鍛え上げられた体躯の次兄エリクソンは素直な感想を口にし、すぐに苦笑する。

「いい意味で、な」


エリカは小さく笑う。

「色々、ありましたから」


その一言に、家族は多くを察した。

問いただすことはしない。

ただ、帰ってきたことを、変わらずここに立っていることを、心から喜んだ。


ここは彼女の生まれた場所であり、一人の少女が、一人の女性として歩んだ時間の証でもあった。



その二日後――。

王都からの街道を進み、カシウム城へと戻る一団があった。


ブランゲル侯爵家当主イーサン・デル・ブランゲルを中心に、クリフたち一行、そして随行する家臣や騎士たち。

その中には、同道してきたデシャン・ド・ホルダー男爵と、彼の家臣たちの姿もある。


カシウム城門前では、すでに出迎えの準備が整えられていた。

整然と並ぶのは、エリジェ・ブランゲル夫人を先頭に、家族、執事、家臣、騎士、使用人たち。

さらにその列の一角には、領軍団長アデルハイト・バウアーの堂々たる姿があり、隣には副団長として任を負うエリクソン・ブランゲルが直立不動で控えている。


やがて、馬蹄の音と車輪の軋む音が近づき、門前に一行が到着する。


「貴方、お帰りなさい」

最初に声をかけたのはエリジェだった。

穏やかだが、長い不在を案じ続けてきた想いがにじむ一言。


それに続き、執事が一歩前に出る。

「お帰りなさいませ」


その声を合図に、家臣、騎士、使用人たちが一斉に声をそろえる。

「お帰りなさいませ!」

整然とした唱和が、城門前の空気を震わせた。


「うむ、今帰ったぞ」

馬から降り立ったブランゲル侯爵は、重々しく頷き――そこで、不意に視線を止める。

「……エリカ……?」

列の中に立つ娘の姿を見つけ、思わず声が低くなる。

「綺麗になった……それに、落ち着きと……芯の強さ、自信が滲み出ておる」

飾り気のない率直な言葉だった。


「お父様、お帰りなさいませ」

エリカは一歩前に出ると、そう言って深く頭を下げた。

「そして――お父様にお仕えし、付き従ってこられた皆さまも。無事のご帰還、心よりお迎えいたします」


ブランゲル侯爵家の一同だけでなく、同道していた男爵や家臣たちにまで向けられた、感謝と労いの言葉。


その場に、わずかな静寂が落ちた。

以前のエリカならば、感謝や労いの言葉を口にすることはあっても、こうして頭を下げることは考えられなかっただろう。


侯爵家の娘が軽々しく頭を下げるなど、あり得ない振る舞いだった。

だが、ここにいるのは身内と、信を置く者たちだけ。

そして何より――彼女自身が、それを自然なこととして選んでいた。


「……ふむ」

ブランゲル侯爵は、しばし娘を見つめ、やがて小さく息を吐いた。

「よく戻ったな、エリカ」

その声には、厳しさよりも、どこか誇らしさが滲んでいた。


わずか半年。

チョウコ町で、シマたちと共に暮らした時間。


その短くも濃密な日々が、娘をここまで変えたのだと――

ブランゲル侯爵は目を細め、静かにその成長を噛みしめていた。



カシウム城内・応接間――。

高い天井と厚い石壁に囲まれた広間には、柔らかな灯りが落とされ、長旅を終えた者たちを労わるように、軽食と酒が整えられていた。

焼きたての白パン、燻製肉とチーズ、果実を使った冷菜。

卓上には赤と白のワイン、琥珀色のエール、甘い香りを放つ果実酒が並ぶ。


ブランゲル侯爵は深く腰を下ろし、杯を手に取ると、ゆっくりと一口含んだ。

ネリを筆頭とする側近たち、同席するデシャン・ド・ホルダー男爵も、それぞれに旅の疲れを滲ませながら席に着いている。


家族の席には、エリジェ、ジェイソン、エリクソン、エリカ。

さらに領軍団長アデルハイト・バウアーが控えめな位置に座し、場の空気を静かに見渡していた。


しばしは、食器の触れ合う音と、酒を注ぐ音だけが流れる。

だが、やがて――ブランゲル侯爵が重く口を開いた。

「……王都ではな。あまりにも、いろんなことが起きすぎた」


その低い声に、自然と全員の視線が集まる。


「政変、陰謀、軍事行動……そして粛清…第二王子マキシミリアン殿下のご逝去……」

杯を置き、侯爵は小さく息を吐いた。

「均衡を保つよう、上手く立ち回っていたつもりではあったが……難しいものだな」

沈黙が落ちる。


「……私が至らなかったせいです」

その沈黙を破ったのは、ジェイソンだった。

背筋を正し、拳を握りしめる。

「策を練り、実行し、命令を下したのは私です。あの手この手を尽くしました……金品、珍しい品、珍味や料理、上等な酒やワイン。時には恫喝、時には融資まで……」

声に、悔恨が混じる。


「それでも……人の心までは、完全には読めないわ」

静かに言ったのはエリカだった。

落ち着いた声音で、兄を責める気配はない。

「それに、諜報部隊の人数が少なすぎるのも問題よ。情報が足りなければ、どれだけ策を巡らせても限界があるわ」


「侯爵家と領軍の、長年の課題だな」

エリクソンが肩をすくめる。

「兄貴一人の責任じゃねえよ。それに……もう終わったことだ」


「反省点は、確かに多々あるわ」

今度はエリジェが口を開いた。

母として、そして侯爵夫人としての穏やかな声音。

「私だって、もっと上手くやれたんじゃないかと思うことはある。でも……エリクソンの言う通りよ。終わったことだわ」


「おそれながら申し上げますが」

アデルハイトが静かに前に出る。

「ジェイソン様でも成し得なかったのなら……誰がやっても、同じだったでしょう」


慰めではない。

事実を述べる、武人の率直な言葉だった。


「武力はからっきしですが」

そう前置きしながら、彼は続ける。

「知力では群を抜いておられる。頭の回転、判断力、交渉力……いずれも、領内随一です」


それは誰も否定できなかった。

実際、ジェイソンの手腕がなければ、事態は早まっていたはずだ。


「終わったことよりも……これからのことを考えねばなりませんな」

デシャンが杯を揺らしながら言う。


「うむ」

ブランゲル侯爵は重く頷く。

「良くも悪くも、膿は出し切っ――……いや、出し切ってはおらんな」


「……貴方、それはどういうことかしら?」

エリジェが眉を寄せる。


「確証はない」

侯爵は低く言った。

「だが……水面下で、まだ蠢いている。そんな気配がする」


場の空気が、わずかに張り詰めた。


その中で、エリカが一歩踏み込む。

「……お父様。シマにも、話をしてみてはいかがでしょうか」


一瞬の間。


「もちろん、そのつもりだ」

ブランゲル侯爵は迷いなく答えた。

杯を持つ手に、微かな力が籠もる。


「……シマの見識、洞察力。そして、これから起きうる事象についても――ぜひとも聞いてみたいですね」

そう口を開いたのはジェイソンだった。

先ほどまでの自責の色は薄れ、今は純粋な関心と期待が滲んでいる。


「ええ、私もよ」

エリジェが微笑みながら頷く。

「名前は何度も聞いているけれど……まだ一度もお会いしていないもの。どんな人なのか、早く会ってみたいわ」


「俺もですな」

デシャンも杯を軽く揺らしながら同意する。


この二人――エリジェとデシャンは、シャイン傭兵団の団長シマと、直接顔を合わせたことがない。

噂と報告、そして周囲の反応だけで、その人物像を思い描いているに過ぎなかった。


「シャイン傭兵団の公演が終わった後にしよう」

ブランゲル侯爵がそう言って、話の流れを整理する。

「その時に、じっくり腰を据えて話す場を設ける。今は……王都での話をこれ以上続けるのは、無粋だろう」


それは暗に、この話題をここで打ち切るという意思表示だった。

誰も異を唱えない。


「幹部連中も交えて、話し合いましょう」

エリカが補足する。

「凡そ……三十人くらいにはなるわ」


「承知いたしました」

即座に応じたのはネリだった。

場の設営、警備、段取り――すでに頭の中で組み立てが始まっているのだろう。


「そうそう」

エリカが、少し声色を変える。

「公演には……私も出るのよ」


エリジェがぱっと表情を明るくする。

「楽しみだわ。エリカったらね、お昼になると『練習よ』って言って、毎日のようにグレイス・ルネ劇場へ行っているのよ」


「エリカも出るのか……」

ブランゲル侯爵は目を細める。

「それは、ますます楽しみだな」


「ふふっ……驚くわよ」

エリカは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「今まで、誰も見たことのない舞台になるわ。最高の舞台にね」


その言葉には誇張も虚勢もない。

実体験と積み重ねが裏打ちする、静かな確信があった。


「公演は……十月上旬でしたな」

デシャンが思い出すように言う。

「その頃には、俺の倅もこちらにやってくるでしょう」


「マリウスですね」

ジェイソンが頷く。


デシャン・ド・ホルダー男爵の嫡男、マリウス・ホルダー。

シマやシャイン傭兵団の面々とはすでに顔なじみで、気さくで物腰の柔らかい青年だ。

どこか人を安心させる雰囲気があり、シマとは特に馬が合う。

放っておけない、助けてやりたくなる――そんな不思議な魅力を持つ男。

そういった意味ではスレイニ族のハンとも似ている。


「短い期間でしたけど……随分と変わったと、シマから聞いていますわ」

エリカが言う。


「男らしい顔つきになりました」

デシャンは誇らしげに微笑む。

「……頼もしくなりました」


「私たちも、会うのは久しぶりですね」

ジェイソンが言い、エリジェとエリクソンも「うんうん」と揃って頷く。


「騎士学校では、次席で卒業したと聞きましたが?」

アデルハイトが確認するように尋ねる。


「ええ」

デシャンは苦笑した。

「最近は政務が忙しくて、鍛錬する時間がないと、よくぼやいておりますな」


「お前も、政務をこなしてるんだろう?」

ブランゲル侯爵が問いかける。


「ほぼ丸投げですな」

デシャンはあっけらかんと言ってのける。

「俺も、早く全盛期の身体に戻さなきゃいけませんので」


「……お前らしいな」

ブランゲル侯爵はそう言って、声を立てて笑った。


応接間に、久しぶりに和やかな笑いが広がる。

重い話を経たからこそ、その笑みは確かで、温かかった。


公演。再会。そして、シマとの会談。

静かに、だが確実に、次の章へと歯車は回り始めていた。

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