家族
シマとロイドは、チュキ村を出発し、ノーレム街へと向かっていた。
早朝の冷たい空気が二人の頬を撫でる。
静寂の中、時折、草原から小動物の気配がする。
二人は徒歩で移動していた。
シマがロイドの隣を歩きながら、懐から布袋を取り出す。
「そうそう、ロイド。これを渡しておくぜ」
「ん?」
ロイドが受け取ると、それは二重に重ねられた布袋だった。
ずっしりとした重みがあり、中には大量の金貨が入っていることが分かる。
「これ、まさか……」
「40金貨入ってる。大金だぞ」
ロイドが袋を開けると、確かに金貨がぎっしりと詰まっている。
「二重にしてあるんだね」
「万が一のためにな。」
ロイドは納得したように頷きながら、布袋をしっかりと腰に括りつけた。
「ところで、ノーレム街に着いたら武器は買うのかい?」
「うーん、それなんだが……」
シマは少し考え込みながら答える。
「そう何度も顔を見せると疑われちまうからなあ」
「そりゃそうだね。確か、僕たちの設定は“山奥にあるド田舎の村に住んでいる”ってことだったよね?」
「ああ、そうだ」
「それじゃあ、頻繁に顔を出すのはマズイか……」
シマはうなずきながら、次に防具について話し始める。
「防具はどうすっかなあ……ザックたちに行かせるか」
「バックラーのこと?」
「そう。今、俺たちの手元には3つしかないだろ? 予備も含めて、あと10個くらい欲しいな」
「10個!? そんなに必要なの?」
ロイドが驚いた顔をする。
「射手である女性陣とオスカーには必要かもしれないけど……」
「それだけじゃない。クリフやフレッド、お前の分と俺の分も考えてる」
「……機動力が落ちたりしないかな?」
「でも、案外軽かったしな。それに、防具の有無でいざという時の生存率が変わると思うんだよなあ」
シマがそう言うと、ロイドは少し考えてから頷いた。
「確かに、それは言えるね」
「とりあえず購入して、使いやすいように改良していくのがいいだろう」
「そうだね。となると、買いに行かせる人選だけど……」
ロイドは考え込みながら言った。
「…僕とシマ、ジトー、トーマスを除いたみんなで行かせたら?」
「……そうだな。金ならあるし」
二人は顔を見合わせると…フヒヒ、…フフフと笑った。
昼過ぎ、シマとロイドはノーレム街の門前に立っていた。
街へ入るための入場料として2銀貨を支払い、門をくぐる。
門番は特に詳しい質問をすることもなく、金さえ払えば通行を許可してくれる。
「さて、まずはジャンク宿に行こう」
シマが言うと、ロイドは頷いた。
「うん。ジトーたちがそこに泊まっているんだっけ?」
「ああ。」
街の雑踏を抜け、ジャンク宿へ向かう。
ジャンク宿はノーレム街の中でも特に安価な宿の一つで、旅人たちが多く利用している。
簡素な木造の建物で、入り口には年季の入った看板が掛かっていた。
扉を押し開け、中へと入る。
カウンターの奥には無精髭を生やした男が座っており、客の相手をしていた。
「すまない。この宿に大男とその仲間5人が泊まっているはずなんだが、呼んでもらえないか?」
シマがそう言いながら、1銅貨をカウンターに置く。
宿の主人は銅貨を指でつまみ上げ、ちらりとシマたちを見た。
「待ってろ」
そう言うと、男は階段を上がっていく。
しばらくして、バタバタと足音が響き、階段の上からジトーの姿が現れた。
「おお、シマ、ロイド! やっと着いたか!」
「おう、ついさっきな」
「部屋で話そうぜ」
シマとロイドが部屋へ入ると、そこにはザック、オスカー、エイラ、リズ、メグの姿があった。
「おかえり!」
みんなが声をそろえて迎える中、メグが勢いよくシマに飛びついた。
「お兄ちゃん、おかえり!」
シマは一瞬驚いたが、すぐに笑ってメグの頭を優しく撫でる。
「ただいま、メグ」
その様子をじっと見ていたオスカーが、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「おいおい、オスカーが嫉妬してるぞ?」
シマがからかうように言うと、オスカーは少し頬を赤くして目を逸らした。
「べ、別にそんなことは……」
その場が和やかな空気に包まれる中、シマは辺りを見回した。
「……ん? サーシャとリズの姿が見えないな。違う宿に泊まってるのか?」
「モノクローム宿にいるよ」
「なるほど……なら、迎えに行くか」
「サーシャはこっちの宿に泊まらせて、ロイドはサーシャと入れ替わりでモノクローム宿に泊まるのがいいだろう」
「なら、俺が案内するぜ」
ジトーが立ち上がる。
「よし、じゃあ荷物を置いてすぐに出るか」
ジャンク宿を出て、シマ、ロイド、ジトーの三人はモノクローム宿へと向かう。
「ところで、俺たちがいない間に何かあったか?」
歩きながらシマが尋ねると、ジトーは少し考え込むようにして答えた。
「まぁ、いろいろあったな……特に情報屋の件が驚きだった」
「情報屋?」
「ああ。情報屋が鑑定士を兼任してるらしい。この街だけがそうなのか他の街では違うのかは知らねえが」
「なるほどな……」
シマは腕を組みながら考え込む。
「情報屋が鑑定士を兼任か……便利だが、逆にこちらの情報を握られる危険もあるな」
「だな。慎重に動いたほうがいい」
そんな話をしているうちに、モノクローム宿へと到着した。
宿に入り、受付へ向かう。
「この宿にこの大男と同じくらいの大男とその仲間6人が泊まっているはずなんだが、呼んでもらえないか?」
シマは1銅貨を置いて頼んだ。
宿の主人は軽く頷き、階段を上がっていった。
数瞬後、ものすごい勢いで階段を駆け下りる二つの影があった。
「シマ!」
「ロイド!」
サーシャはほぼ飛びかからん勢いでシマに抱きつき、リズも同様にロイドに飛びついた。
「おいおい、目立つ行動は避けるようにするんじゃなかったか?」
シマが少し困ったように言うと、サーシャは頬を膨らませながら離れた。
「…だってぇ、凄く会いたかったんだもん」
ロイドは、優しくリズの背中を撫でながら言った。
「もう心配いらないよ」
リズはロイドの胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
ひとしきり再会を終えた後、シマは宿の受付に向かい、サーシャとロイドが入れ替わりで泊まることができるか確認した。
「問題ないよ」
宿の主人が答え、入れ替わりが正式に決まった。
「じゃあ、行こうか」
シマ、サーシャ、ジトーの三人はジャンク宿へと戻るため、モノクローム宿を後にした。
ノーレム街の雑踏の中を歩きながら、サーシャがぽつりと呟く。
「……ほんとに、無事でよかった」
シマはちらりとサーシャを見て、微笑んだ。
「お前たちこそ無事でよかったよ」
「ふふっ」
サーシャは嬉しそうに笑う。
ジトーは後ろから二人の様子を見て、肩をすくめた。
「まったく、俺がいることを忘れてねえか。まあ、俺たちは家族だからいいんだけどよ」
「……家族、か」
シマは小さく呟いた。
確かに、血の繋がりはないが、今の仲間たちは家族そのものだった。
この世界で生き抜くために、支え合う者たち――。
ジャンク宿の扉を開け、部屋に入るとそこには家族たちの温かい笑顔が待っていた。




