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光を求めて  作者: kotupon


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445/448

緊急貴族会議

 朝靄の残る王都に、まだ鐘の音も高らかに響かぬ刻。

 しかし王城内はすでに異様な熱気に包まれていた。

 大理石の床は朝日を反射し、冷たく輝く。

 その廊下を、緊張に顔を強張らせた諸侯たちが次々と歩を進めていく。


 王城大会議室――権力と生殺与奪が交錯する場所。

 普段は象徴的な荘厳さを漂わせるその巨大な扉の前は、この日、ほとんど“戦場”に等しい空気が流れていた。


 警護に立つのは第二騎士団と第三騎士団。

 鎧のきしむ音が微かに響くが、その手は剣の柄に添えられ、油断は一切ない。

 彼らは今回の内乱未遂で徹底的に身辺調査され、出自・家系図・交友関係に至るまで検証され、一切の不審点がない者のみが選抜された精鋭である。


 さらに軍部からも独自に精鋭が派遣され、王城周辺は夜明け前から物々しい空気に包まれていた。


 特に厳重だったのは――スニアス侯爵邸とコンラート伯爵邸。


 王城へ向かう馬車列の前後には、王都監察官班長が直接付き、隊列全体を固めるように警護を配置。

 ひとつとして油断のない、完全な警備網が敷かれていた。


 この状況が何を意味するか――誰の目にも明らかだった。

 “口封じ”と“暗殺”の防止。

 そして当人たちが逃亡や自害を試みる可能性すら排するための包囲。


 これだけの警戒を敷かれてなお、王城へ入るスニアス侯爵とコンラート伯爵の顔色は蒼白だった。

 すでに覚悟しているのだろう――今日、自分たちの一族に厳しい沙汰が下ることを。


 彼らの背後には“第二王子派”と呼ばれた貴族たちが続く。

 侯爵、伯爵、子爵、男爵――かつては第二王子を担ぎ上げ、国家の中枢に影響力を及ぼそうとした面々だが、今は亡者の列のように沈痛な面もちで黙り込んでいた。


 王城内に入ると、広い廊下の至るところに官吏と秘書官が配置され、名簿を広げて一人一人の名前を照合していく。


「スニアス侯爵、確認しました。」

「コンラート伯爵、確認。」

「グライム子爵、確認。」

「マルノート男爵、確認。」


 淡々と読み上げる声が大広間に響き、チェックの入る音が連続する。

 確認を終えた貴族たちは、重い足取りで大会議室内へと吸い込まれていった。


 欠席者はいない。


 ――それが意味するところは、誰の胸にも明白だった。


 宰相から下された通達。

 「遅刻、欠席は謀反の意志ありと見做す」

 という異例の内容が、普段の王国では決して用いられぬ強圧でもあった。


 だが、その効果は絶大だった。

 強気な姿勢を見せていた一部の貴族でさえ、この文言に背筋を凍らせ、今日の会議を欠席するという愚は犯さなかった。


 秘書官が最後の名簿を確認し、すべての貴族の入場を見届けた。

 大会議室の扉は完全に閉ざされる。


 宰相が静々と王のもとへ歩み寄り、深く一礼した。

「――陛下。欠席者はおりません。いつでもご準備が整っております。」


 その声は緊張の底に静かな決意が宿り、

 今日この場が、王国の未来を左右する“断罪の一日”であることを強く物語っていた。 



豪奢な天蓋と金糸の紋章旗が垂れ下がる大会議室に、まず王の影が差した。

 オットー・ラリッシュ・フォン・アンヘル国王がゆっくりと登壇すると、場に居並ぶ諸侯・高官たちの喧噪が、嘘のように吸い込まれていく。


続いてゾフィー・ドロテア・フォン・アンヘル王妃、皇太子エーリッヒ、そして宰相ヨアヒム・デル・リッベントロップ侯爵、近衛師団長レームス・ド・フックス男爵、護衛の近衛騎士団、侍従、書記官、各部署の主要官吏が整然と続いた。


揃うと同時に、諸侯は一斉に臣下の礼を取る。

服の擦過音が、異様な静けさを際立たせた。


「面を上げよ」

 王の一言に、数百の視線が揃って上がる。

王が椅子に腰を下ろしたのを確認し、宰相が一歩進み出た。


「宰相、始めよ」


「ハッ!」


 声が大会議室に鋭く響き渡り、尋問の幕が上がる。


「――重要参考人、ブライヒレーダー将軍。貴殿、家族を人質に取られ、脅迫に屈した……これに相違ないか?」


 ブライヒレーダー将軍は拳を震わせ、ゆっくりと頭を垂れた。

「……間違い、ございません」


「脅迫したのは、誰だ?」

 宰相の冷徹な声に、会議室の空気がさらに重く沈む。


ブライヒレーダ将軍は搾り出すように答えた。

「王家特別監察官長官……カーロッタ・デ・マッケンゼン伯爵であります」


 どよめきが広がった。

名門中の名門、王家直属の監察官長官――その名が出た瞬間、数名の諸侯が思わず息を呑む音がはっきり聞こえた。


 だが騒ぎは長く続かない。

「静まれぃッ!! 陛下の御前であるぞ!!」

 宰相の一喝が雷鳴のごとく響き、ざわめきは一瞬で押し潰される。


「……カーロッタ・デ・マッケンゼン、オーギュスト・ド・スタール。両名とも、すべてを認め自白した。よって――」


 宰相は深く息を吸い、王の前で厳かに宣告した。

「国家反逆罪により、死刑とする。また、両名の二親等は連座によって死刑と決定された」


 重く、冷たく、その場を切り裂くような宣告だった。

 大広間には、一切の言葉が消えた。

 ただ冷たい石造りの空間が、判決の重みを反響させている。

 王は黙して動かず、ただその視線だけが、国家を蝕む影を断つ王としての厳格さを宿していた。


 重苦しい空気が、大会議室の天井に張り付いたまま落ちてこない。

 玉の前に立つ宰相ヨアヒム・デル・リッベントロップは、冷たい琥珀色の双眸で参列者一同をゆっくりと見渡した。


先刻、国家反逆罪による死刑と連座処罰が宣告されたカーロッタ・デ・マッケンゼン、そしてオーギュスト・ド・スタール――王国を揺るがした今回の件で二名は、己の罪を認めたことで、事態はもはや誰も逆らえぬ方向へ転がり落ちている。


 だが宰相は、これで終わりとは考えていなかった。

 彼の視線は、二人の貴族へと向けられる。

 スニアス侯爵。

 コンラート伯爵。

 王国の財務、政務の一角を担う重臣であるはずの二名だ。


「……スニアス侯爵、コンラート伯爵」

 宰相の声は、燃えさしの炭のような低音で響いた。

「其方らは――カーロッタ・デ・マッケンゼン、オーギュスト・ド・スタール両名に、いいように踊らされておったな」


 言葉尻に侮蔑を滲ませるでもなく、淡々と、しかし逃げ場のない断罪。

 参列者たちの背筋が一斉に伸びた。

 二人の貴族は、まるで処刑台に立たされているかのように硬直している。


「……っ」

 スニアスは顔を上げたが、平静を装うことすらできていない。

 顔の端が痙攣し、額には吹き出た汗が光る。


「宰相閣下……我らは決して……」

 コンラートが反論の言葉を探すが、宰相は指を一つ上げて制した。

「言わずともよい。そなたらが己の責を認めぬ理由も、言えぬ理由も……わかっておる」


 宰相の言葉に、貴族席のあちこちから生唾を飲む音がした。


 ――自分たちの落ち度を認めれば、王家の威信が傷つく。

 ――そして何より、自分たちの無能を天下にさらすことになる。


 宰相は続けた。

「だがな――王家の威信を守るために黙するというのであれば、それは逆に王家の名を汚す行為だ。

 責は責として、必ず取らせる」


 そこまで言い切ると、宰相は王へ向かって軽く頭を下げた。

「――スニアス侯爵、コンラート伯爵。其方らには、予、自らが沙汰を下す」

 その場の空気が、氷のように冷たく凍りつく。


 王は、裁断の剣でも掲げるかのように手をかざした。

「コンラート伯爵――領地没収の上、子爵へ降爵とする。以後は法衣貴族として王都に詰めよ」


 ざわっ、と会議室が揺れた。

 コンラートの顔から血の気が引いていく。

 彼には嫡男も継嗣もいる。領地を奪われることは家の断絶に等しい。


「……はっ……は……」

 声とも呼べぬかすれた音が彼の喉から漏れた。


 王は、次にスニアスへ目を向ける。

「スニアス侯爵――其方は二階級の降爵、子爵とする。領地替えを命ずる。コンラート旧領へ移り、王命に服従すること。先の領地は王家直轄地とする」


 会議室の空気が一段階深く沈み込む。

 アンヘル王国史上、ここまでの沙汰はほとんど前例がない。

 領地没収、二階級降爵――これは事実上の政治的死刑に他ならない。


「な……」

 スニアスは耐えきれず膝をつき、その場で震え始めた。

 彼の隣でコンラートも同様に、肩を震わせている。

 反論などできようはずもない。


 宰相は冷えた声で告げた。

「返答は、如何に?」


 静寂が落ちた。

 二人の貴族は、己の運命が完全に決まったことを悟り、顔を上げることもできないまま、搾り出した。

「……は……拝命……致しました……」


 その瞬間、会議室の視線が「哀れみ」「恐怖」「安堵」「反省」――さまざまな色を帯びて揺れた。


 宰相の表情は変わらない。

「良い。では次に――スニアス侯爵家の一派に連なる者たちの処断を発布する」


 書記官が書物を広げ、名を読み上げていく。

「フィリップ・デ・ヴィリエ伯爵」

「リュドヴィック・デ・ボーヴォワール伯爵」

「グライム子爵」

「ダヴィド子爵」

「マルノート男爵」

「バルブ男爵」


ほか、総勢三十名弱。


 列席者の間にざわりと影のようなものが走った。

 政争においては、勝ち馬に乗る者もいればしたたかに権力者に取り入る者もいる。

 だが今回ばかりは、その「付き従った」という事実さえ罪として裁かれた。


「これらの者どもは、一部財産没収の処分とする」


 領地持ちの貴族にとっては痛手。

 だが王都に住む法衣貴族にとっては――それは致命的な打撃だ。

 名家であろうと、財がなければ家は維持できないのだから。


 読み上げられた名の主たちは、ひとり、またひとりと青ざめ、口元を押さえる者すらいた。


 宰相は最後に、重々しく宣告した。

「――国家反逆罪にて死刑を賜ったカーロッタ・デ・マッケンゼンとオーギュスト・ド・スタール。

 処刑は明日、執行される」


 驚きはなかった。

 もはや誰も、助命があるなどとは思っていない。

 だが宣告は、改めて事の重大さと、王家の強い意志を示すものだった。


「また、第二王子マキシミリアン殿下の葬儀は、三日後に執り行われる」


 その名が告げられた瞬間、会議室の空気が柔らかく震えた。

 王子の死は、国中に悲劇として広まっている。

 彼の死を引き起こした一連の陰謀――それが今、こうして決着を迎えようとしている。


 宰相は姿勢を正し、王へ深く頭を垂れた。

「以上、すべての沙汰、執り行いました」


 王は静かにうなずいた。

 それは、嵐のような数刻の、確かな終わりを告げる合図だった。

 誰もが息を呑み、重い静寂の中で、歴史が確かに動いた瞬間を感じていた。



 チューファ一家の大邸宅――広い庭とニ階建ての本棟。

その中心にある大広間は、二百名以上が入ってもなお余裕があるほど広く、天井には古い年代物のシャンデリアが下がり、朝の柔らかな陽光を受けて静かに輝いていた。


 大広間の卓には地図や書類が広げられ、そこに集うのはクリフたちとネリ。


 やがて、地図を覗き込みながらクリフが額を押さえて呟いた。

「総勢二百五十人をチョウコ町まで連れていくんだがな……馬車を操れる奴が、どうにも足りねえ」


 悩ましい現実を前に、周囲も渋い顔をする。

 

「……ブランゲル侯爵家から、人手を貸してくれねえか?」

 クリフの言葉は率直だった。

着飾らず、飾らず、必要なものは必要と真っ直ぐ言う。


 ネリは少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに深く頷いた。

「承りましょう。――我が城塞都市にも寄るのですよね?」


「ああ。そこで合流する手筈になってる」

 クリフの返答に、ネリは安堵したように笑みをつくる。

「公演まで一月半……できれば、早めに現地入りしておきたいところです」


 すると、ケイトが横から穏やかな声で言う。

「子どもたちが、たくさんいるからねぇ……あまり無理はさせたくないのよ」

 大広間の窓から差し込む光に照らされながら、彼女の言葉には柔らかな温かみがあった。


 そのケイトの後ろで、ユキヒョウが大判の用紙を持ち上げた。

「ネリ、この用紙を見てくれ。僕たちが練ったルートと補給計画だ」


「拝見いたします……」

 ネリは紙を受け取ると、まるで聖典を扱うかのように丁寧に広げた。

 街道、村落、宿場、補給可能地点、水源、危険地帯、雨天時の退避ルート。

 考え得る限りの要素が記されており、その緻密さにネリは目を見張った。


「……なるほど、悪くありません。これはよく練られております。ですが――宿の確保はどうなっているのでしょうか?」


 ネリの問いに、ベガが肩を竦める。

「そこは行き当たりばったりだな」


「……でしたら、私どものほうで先んじて人をやり、宿を押さえておきましょう」

 ネリは地図の上を指で滑らせながら提案した。

「この街と、この町……そしてこの辺りには村がありましたね。ここでも一泊しては如何でしょうか?」


「そうね……雨が降った時のことも考えておきたいわ」

 ケイトが真剣に頷く。


「あっ、そうでしたね……私としたことが……」

 ネリは苦笑し、すぐに気を取り直して問う。

「ちなみに、馬車は何台ございますか?」


「今んとこ十台だな」

 クリフの答えに、ネリの眉がぴくりと動いた。


「……十台、ですか。……もう五台、増やせますか?」


「問題ないよ」

 ユキヒョウがあっさりと答えた。


 ネリは思わず息を呑む。

(なんという財力……いや、それだけではない。すでに彼らは、広範囲に確かな人脈を築いている……)


 侯爵家の執務室でも、ここまで即答できる貴族は少ない。

 だがこの傭兵団は――金も、力も、柔軟さも、そして信頼できる仲間も持っている。


 その後も議論は活発に進んでいく。

 雨天時の避難場所、子どもの休憩頻度、食糧の積載量、護衛隊の再編。

 次々と意見をぶつけ合う。 

 

 やがて、大広間の大窓から射し込む午前の光がいっそう白くなり、

 二百五十人を導くための議論は、さらに熱を帯びていった。

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