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光を求めて  作者: kotupon


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緊急貴族会議、前日

緊急貴族会議の開催が通達されてから、王都の空気は一気に慌ただしい熱を帯び始めた。


その間に、これまで各一家が独自に保護してきた子どもたち、そして彼らの親まで含めた総勢二百名余りを、チューファ一家が所有する大邸宅に集めて住まわせるという計画が進行することとなった。


邸は大邸宅に相応しい広さを誇っていたが、それでも二百人もの受け入れとなれば、寝具、布生地、簡易風呂の増設、食糧の備蓄、医薬品の確保など、山ほどの準備が必要になる。

客間や空き部屋はすべて開放され、使用されていなかった倉庫は子どもたちの遊び場兼学び舎へと急ピッチで改装されていく。


そして、この膨大な物資の調達を一手に引き受けたのが――クイレイ商家である。


馬車、馬、衣類、靴、外套、寝具、台所用品、生活雑貨、薬品、薬草、保存食、乳製品、野菜、肉、魚、さらに子ども向けの玩具に至るまで、必要になる物資は数えきれない。

その全てを“最短で、最高品質で”揃えろ――と無茶とも思える依頼を、クイレイ商家は笑顔で引き受けた。


商家の職人と店員たちは王都中を駆け回った。

馬車屋から馬そのものを丸ごと十数頭買い上げ、工房からは出来たばかりの靴や外套が荷袋に詰められて運び出される。

薬師たちとは日が沈むまで交渉が続き、在庫をほぼ買いつくした夜もあった。


王都の民は、クイレイ商家の荷馬車が走るたびに「ああ、今日も忙しそうだ」と笑いながら見送る。

クイレイはというと――頬の筋肉が緩みっぱなしで痛いほどの笑顔。

利益も信用も一気に増し、文字通り“ウハウハ”。

今の王都で最も忙しい商家はどこか? と問われれば、誰もが口を揃えてこう言うだろう。


「そりゃあクイレイ商家に決まってるさ」


一方その頃、クリフを中心に一家の親分たちは、連日連夜の会議づくめだった。


スラム街の外縁を荒地として、中心地の整備を優先し発展の核とするにも計画的に進める必要があった。

これは単なる街づくりの議題ではない。

各一家の勢力図、王都内の治安維持、今後の貧民保護政策、商業圏の拡張、――多方面に影響が及ぶ大問題であった。


各一家の親分たちも、時に怒号が飛び、時に沈黙が落ち、議論は深夜まで続く。

だが誰ひとりとして途中で席を外さない。

なぜなら皆、既に後戻りできないほど大きな流れであることを理解していたからだ。


さらに、子どもたちとその親をチョウコ町まで移送するルートづくりも同時並行で考えねばならなかった。どの宿場町に寄るか。水の確保。食糧の積み込み量。雨天時の対応。途中で体調を崩す者への医療支援。予想外の襲撃や山賊対策。


考えれば考えるほど課題は山積みだったが、クリフたちは黙々と紙にメモを増やし、細かな部分まで詰めていく。


そんな張り詰めた空気のなか――

一部だけ、まるで別世界の風を纏っている者たちがいた。

ザックとフレッドである。


本来なら会議に参加していてもおかしくない立場だが、クリフは最初から彼らに期待していなかった。

計画性? 危機管理? 前例の検証?――そんなものは二人の辞書には載っていない。


だからこそ、クリフは早々に割り切った。

「無理なもんは無理だ。あいつらは放っとけ」


その判断は正しかった。

二人は相変わらず連日の娼館通い、飲み歩き。

さらに最近はリズの兄・テオまで引きずり込んで、“夜の王都案内ツアー”を開催している有様だ。


テオは、ザックの豪快さとフレッドの妙に人懐っこい性格に引っ張られ、気づけば三人で肩を組んで酒場をはしごしていた。

夜が深まるほど三人の笑い声は大きくなり、巡回の衛兵に「静かにしろ!」と注意されることもしばしばだった。



緊急会議の知らせを受け、各地の諸侯たちは続々と王都へ入った。

街道に並ぶ馬車は紋章の豪華さを競い、侍従や私兵たちが行列をつくって進む。

その数が増えるほど、王都の警備は自然と厳重になり、城門前の検問所は朝から晩まで長蛇の列となった。


しかし警備の強化とは裏腹に、王都の活況はさらに高まる。


邸宅が許されるのは伯爵家以上、貴族街に居を構えられるのは限られた者のみ。

王都に住む法衣貴族たちを除けば、貴族でも地方在住の者は王都の邸宅を維持していない場合が普通で、彼らは当然、王都の宿を使うことになる。


結果――王都の宿屋はどこも満室、食堂は大繁盛、酒場は夜遅くまで煌々と灯りを放ち、仕立て屋では「どの布が最も格式高く見えるか」をめぐって侍女たちが口論するほどだった。


見栄と権威を競うのが貴族である。

会議の場で少しでも上に見られたいという思惑が生まれ、服飾、宝飾、馬車の飾り、従者の人数までもが売り上げを押し上げた。


王都の市場は、まさに“戦場”にも等しい賑わい。

露天商は一日で普段の三日分を売り上げる者も現れ、商人たちは皆、上機嫌で店を開けるようになっていた。


チューファ邸には毎日、食材、酒、飲料、水、薪が届けられ、クイレイ商家は荷物の積み下ろしに追われ、クリフたちの会議室には地図と書類が山積み。

ザックとフレッドは今日も王都の夜へと繰り出し、諸侯たちは緊急貴族会議に間に合うよう大急ぎで王都に到着したこともあり、宿で体を休める。


王都は今――

人々の思惑、金の流れ、権威のぶつかり合い、未来への不安、そして希望が複雑に渦巻き、かつてない熱気を孕んでうねっていた。


王都の陽光が最も強く差し込む昼時、ケレンズ伯爵邸に二つの行列がようやく姿を現した。

一つは、ブランゲル侯爵家――アンヘル王国のみならず、周辺諸国でも名の知れた武門の家柄。

もう一つは、ホルダー男爵家――規模こそ小さいが、実務能力と誠実さで王家から厚い信頼を得ている家である。


両家は今回の緊急貴族会議のため王都へ召集され、宿泊先としてケレンズ伯爵邸を宛がわれていた。

広い石畳の庭に二家の馬車が停まり、従者たちが荷を降ろす声が響く。

やっと到着した、と長旅の疲れを滲ませながらも、主たちは凛と背筋を伸ばして馬車から降り立った。


ケレンズ伯爵が二家の主を迎えた。

「ようこそお越しくださいました、ブランゲル侯爵閣下、ホルダー男爵。お疲れのところ申し訳ございませんが……おそらく近いうちに、陛下より直々にお呼びがあるでしょう」


挨拶もそこそこに――この言葉が告げられるほど、事態がただ事ではないと知れる。


ブランゲル侯爵は、旅の疲れを一切表情に出さずに静かに頷いた。

ホルダー男爵も眉をひそめるだけで返事をする。

いずれも、この王都の空気が“ただならぬもの”であることを、城下に足を踏み入れた瞬間から察していた。


そしてそれは、ケレンズ伯爵の言葉から間を置かずして現実となる。


昼食の支度が整い、三家の主たちがようやく腰を下ろそうとした頃。

邸宅の奥で、使用人が慌ただしく駆けてくる足音が響いた。


「……王家より密使にございます。急ぎ、ブランゲル侯爵閣下、ケレンズ伯爵閣下、ホルダー男爵閣下をお呼びとのことにて」

その場の空気が一瞬で張り詰めた。


密使――それは「公式行事としてではなく、極秘の緊要案件」を示す。

緊急貴族会議の前日でありながら、先んじて呼ばれるということは、王家が直に確認したい要件があるということだ。


三人は即座に立ち上がった。

疲労を休める暇もなく、ただ事態の深刻さに内心で息を詰めながら。


密使に伴われてうで王城へ向かう。

城門は特別な紋章入りの木札が掲げられたのを見るや、ただちに開かれ、衛兵たちは敬礼した。


廊下は異様なほど静かで、通常の侍従の姿がほとんどない。

代わりに、近衛師団の兵士たちが数歩おきに立ち、目だけで来訪者を追っている。


三人は互いに視線を交わすことはなかったが、心中に同じ疑念が立ち込めていた。

(何が起きている――?)



案内された先は、王の執務室。

普段は“御前会議”の場にこそ使われるが、個別呼び出しでこの部屋を使うことは極めて珍しい。


扉の前で一礼し、入室許可を得て中へ進むと――三人は思わず息を呑んだ。


部屋の中央、王の机の前には椅子が並べられ、そこに王妃、皇太子、宰相、王国将軍、近衛師団長までもが揃って座していた。


会議前日に、これほどの面々が同席している――

ただの挨拶や事前説明では断じてない。


そして、机奥に座る国王の雰囲気が、これまでの印象と微妙に異なって感じられた。


(……陛下の雰囲気が変わった?)

ブランゲル侯爵は長年の戦場経験から、人の“気配”の移り変わりに敏感だ。

王の瞳の奥には迷いが薄れ、代わりに覚悟の色が濃く宿っているように見えた。


三人はすぐに、深く頭を垂れて臣下の礼を取る。


最初に口を開いたのは、ブランゲル侯爵だった。

「この度は……第二王子マキシミリアン殿下のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」


続けてホルダー男爵も丁重に哀悼の意を述べる。

王妃はわずかに俯いたが、その表情は強く、涙は見せない。

皇太子は感情を抑えた面差しで三人を見つめている。


「面を上げ、席につけ」

王の声は低く、しかし以前より芯の強さを感じさせた。


三人が席につき、沈黙が落ちる。

形式上は雑談や長旅の労いから入るべきだが――そうした儀礼は省かれた。


宰相が机の上に置かれた羽根ペンを指で軽く叩きながら、静かに言った。

「到着して早々で恐縮だが……事は急を要する。まず、今回の一連の件について、そなたらが“どこまで把握しているのか”確認しておきたい」

声色は穏やかだが、言葉に込められた緊迫感は隠しようがない。


ブランゲル侯爵は一つ深く息を吸い、丁寧に言葉を選びながら答え始めた。

「まず……第二王子マキシミリアン殿下がお亡くなりになったこと。」


静まり返る執務室。


ブランゲル侯爵の声だけが響く。

「軍部は当初、中立を保っていたものの、突然ブライヒレーダー将軍がマキシミリアン殿下を推挙した。

その結果、軍は一時的にマキシミリアン殿下側へ傾き、その衝撃で、王都は大きな混乱に陥ったと聞き及んでおります」


近衛師団長が小さく頷く。

ここまでは、外部にも漏れた情報だ。


「しかし――その裏で、ブライヒレーダー将軍の家族が人質に取られていたこと。やむなく殿下に味方をしていたと。」


王妃が静かに目を閉じる。


「人質は救出され、その直後に……マキシミリアン殿下が亡くなられたこと。それにより内戦の危機は急速に後退し、スニアス侯爵家を中心とした一派も沈静化を余儀なくされたと理解しております」


ここで一度区切り、ブランゲル侯爵はわずかに声を低くした。

「そして――今回の混乱を裏で操っていたのが……王家特別監察官長官カーロッタ・デ・マッケンゼン伯爵、並びに外務政務官オーギュスト・ド・スタール男爵であると……そう聞き及んでいます」


宰相は深く組んでいた指をほどき、静かに三人へ視線を移した。

その目は柔和にも厳格にも見える、不思議な光を帯びている。

「……おおむね、そなたの言った通りだ、ブランゲル侯爵。さて――この国が“内戦の危機”から救われた。その立役者が誰か、貴公らも察しているであろう?」


その問いに、ホルダー男爵は一瞬驚いたように眉を動かしたが、先に口を開いたのはブランゲル侯爵だった。

「……シャイン傭兵団、ですな」


「うむ」

宰相は短く頷き、続けて机の上に置かれた書類を指先で軽く叩く。

「彼らは褒賞として“スラムの土地”を求めた。……そして、既に支配下に置いているそうだ」


その一言に、ブランゲル侯爵は思わず口元を押さえた。

声にならぬ笑いが喉の奥で暴れ、どうにか吹き出すのを堪える。

(……また、あ奴らのことだ。どうせ、平然と事を進めたのだろう。困ったものだ……いや、困るどころか……頼もしすぎるが)


シャイン傭兵団の行動力と自由さを考えれば、“あり得ぬ話”が“当然の結果”に見えてしまう自分に、ブランゲル侯爵は苦笑を深くした。


宰相は、その反応を面白そうに眺めながら問いを続けた。

「……ふむ。では、訊こう。貴公らはシャイン傭兵団と懇意と聞く。どのような者たちなのか――教えてはくれんか?」


王、王妃、皇太子、将軍、近衛師団長。

部屋にいる全員が、その言葉に耳を澄ませる。


シャイン傭兵団は、今や王国の混乱を救った“影の英雄”。

しかし、王都の者たちの多くは彼らの全貌を知らない。

むしろ、実態が掴めぬその存在に、不安と畏怖が入り混じっていた。


ゆえに――いま、宰相が求めているのは“真実の彼ら”だ。


ブランゲル侯爵は軽く姿勢を正し、ほんのわずかに息を整えてから語り始めた。

「シャイン傭兵団は……一言で言えば、“異質”でございます」


その第一声に、王妃が目を細め、皇太子は顎に手を添えた。


「戦闘力は規格外。我がブランゲル家の精鋭をもってしても敵わぬ者が、平然と雑兵のように団の中にいる。団長シマに至っては――王家特別捜査官四名がかりでも掠り傷ひとつ負わせられぬと聞いています」


将軍がわずかに目を見開き、王はその言葉を噛みしめるように頷いた。

「だが、それだけではありません。彼らは己の“家族”を何より尊び、危険を厭わず守る。同時に……弱者には驚くほど情に厚い」


ブランゲル侯爵は再び言葉を紡ぐ。

「恐ろしいほどの力を持ちながら……暴君にはならぬ。むしろ、“己の正義”と“家族の誇り”に強く縛られております。ゆえに人買い、人身売買、弱者を虐げる行いを深く嫌う」


宰相は興味深そうに頬へ手を添えた。

「傭兵団にしては……随分と、“人の道”を重んじるではないか」


「ええ。ただし……味方であるなら、という条件つきですが」


王は静かに問う。

「して、そなたらは彼らをどう見ておる?」


ブランゲル侯爵は迷いなく答えた。

「……信用に足る者たちです。無謀なようでいて、決して筋を違えぬ。国のためではなく、守る者のために戦う……それが結果として国を救ったのでしょう」


ホルダー男爵も大きく頷いた。

「彼らは……“王国の剣”ではありません。“己の意志と家族のための剣”です。ゆえに、扱いを誤れば危険ですが……同時に、これほど心強い存在は他にありますまい」


宰相は長く、深く息を吐いた。

「……なるほど。ならば――彼らをどう扱うべきか、慎重に判断せねばなるまいな」


その言葉の裏には、明らかに二重の意味があった。


“王都は彼らに恩を負っている”

“だが、このまま野放しにはできない”


しかし同時に、こうも言っている。

“敵には絶対に回せぬ”


それは、彼らの“力”を誰より理解しているブランゲル侯爵にはよく分かる言葉でもあった。

執務室の空気は、さらに緊張を帯びていく。

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