休息
ジャンク宿。
部屋の扉が静かに開き、ジトー、ザック、オスカーの三人が戻ってきた。
「……終わったぜ」
ジトーがそう告げると、部屋にいたエイラ、ミーナ、メグが一斉に彼らへと視線を向けた。
「怪我は?」
ミーナが最初に確認する。
ジトーは肩をすくめ、ザックとオスカーも軽く首を振った。
「大丈夫だ。誰も騒がれないように、静かにやった」
ザックがニヤリと笑った。
「悲鳴一つ上げさせずに、な」
「トーマス、フレッドとクリフもちゃんとやったぜ。」
ザックの言葉にエイラが小さく息をつく。
「そう……よかったわ」
「それで、そっちは?」
ジトーがエイラに話を振る。
「鑑定士にブラウンクラウンを見せたわ。買い取り商人や商会に卸せば2~3金貨、競売にかければ5金貨以上になるらしいわ」
「思ったより高ぇな」
ザックが目を丸くする。
「ダミアンって人の買い取り額よりは高いけど、彼はノルダランから来てる商人だからね。持ち帰る途中で傷んでしまったら、全部無駄になるでしょ?」
エイラの説明に、ジトー、ザック、オスカーが「ああ、そういうこと」と納得する。
「それに、希少価値のあるものを簡単に売りさばく商人は三流以下よ」
「なるほどな……商人の世界もいろいろあるんだな」
ジトーが感心したように頷いた。
ひと段落ついたな。
空気が緩み、一同の表情に安堵の色が浮かぶ。
長い夜だったが、やるべきことはやった。そして――
「せっかくだから、少し街を楽しもうぜ」
ザックの提案に、誰も異論はなかった。
二日間、彼らは慎重に行動しながらも、ノーレムの街を満喫した。
スカーフで口元を覆い、目立たないようにしつつ、市場を巡る。
露店には珍しい果物や野菜が並び、初めて見る品々にメグは目を輝かせていた。
「これ、甘いのかな?」
「試してみれば?」
そんな会話をしながら、彼らは少しずつ食材を買い、ジャンク宿へと持ち帰った。
「宿の厨房、使ってもいい?」
「2銅貨払えば、自由に使っていいぞ」
宿の主人に許可を得ると、エイラたちは持ち帰った食材で料理を作った。
スパイスの効いたスープ、焼いた肉に甘いソースをかけたもの、香ばしく焼き上げたパン。
「うまい!」
ザックが口いっぱいに頬張る。
「こういうの、久しぶりだね……」
オスカーも感慨深そうに呟く。
ほんのわずかな贅沢。
それだけで、疲れが癒えていく気がした。
市場だけでなく、広場でも賑やかな光景が広がっていた。
楽師たちが演奏し、歌を歌い、踊る人々がいた。
激しい動きではないフォークダンスやチークダンスに近い動きだろうか。
だが、そこにいる人々は皆、楽しそうだった。
「……踊りたくなるわね」
ミーナが微笑む。
「目立つ行動は避けろよ」
ジトーが軽く釘を刺す。
「わかってるって。でも、見てるだけでも楽しいでしょ?」
そう言われると、確かに楽しい気分になる。
ふと横を見ると、ザックが歓楽街のほうをちらちらと見ていた。
「ザック、何か気になるの?」
エイラが声をかけると、ザックは慌てて視線を戻す。
「いや、ちょっとな……」
その様子を見て、ジトーがニヤリと笑った。
「興味あるなら行ってこいよ?」
「ばっ……!行くわけねぇだろ!」
ザックが赤くなって叫ぶ。
「ふふっ、ザックってば」
メグが笑いながらからかう。
露店を巡る中で、それぞれ気になるものを見つけていた。
メグは獅子の絵が織り込まれたタペストリーを手に取った。
「オスカーに似合いそう!」
迷うことなく購入する。
一方、ミーナは青く輝くペアのイヤリングを見つけた。
「ジトーとおそろい……いいかも」
安物ではあったが、彼女にとっては特別なものだった。
エイラは紫色の小さな花が付いた首飾りを見つけると、それをじっと見つめた。
「……シマとおそろい」
自然と手が伸びる。
ついでに、槍の模様が織り込まれたタペストリーも購入する。
「ザックにあげよう」
買い物が終わる頃には、皆、自然と笑顔になっていた。
「さて、そろそろ宿に戻ろうか」
ジトーの一言で、一同はジャンク宿へと歩き出す。
彼らは、この街に長く滞在することはできない。
だが、この二日間は間違いなく、かけがえのない時間だった。
それでも―このひとときの安らぎが、彼らの心に確かな力を与えていた。
モノクローム宿。
部屋の扉が重々しく開く。
トーマス、クリフ、フレッドの三人が疲れた様子で戻ってきた。
「おかえりなさい!」
真っ先にノエルが駆け寄る。
その後ろにはサーシャ、ケイト、リズも控えていた。
「どうだった?」
「怪我は?」
「誰かに見られた?」
「うまくいったの?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる彼女たちに、トーマスたちは少し苦笑する。
「そんなに焦んなって、全部問題なしだ」
トーマスが肩をすくめると、サーシャたちはホッとしたように息をついた。
「……そう、よかったわ」
「……悲しむ人が少しでも減ればいいわね」
「よかった……」
安堵の表情を浮かべる彼女たちに、フレッドは小さく鼻を鳴らした。
「心配しすぎだろ。俺たちはそんなヤワじゃねぇ」
「でも、無事なのは大事なことよ」
サーシャが微笑むと、フレッドはそっぽを向いた。
そして、彼らは束の間の休息を楽しむことにした。
翌日、女性陣の強い希望で、古着屋巡りが始まった。
「これ、可愛い!」
「こっちもいいわね」
「うーん……でも、どうかしら」
サーシャ、ケイト、ノエル、リズが次々と服を手に取り、あーでもない、こーでもないと悩む。
「お前ら、いつになったら決めるんだよ……」
フレッドがげんなりした顔でぼやくが、彼女たちはまったく気にしない。
「トーマス、こっちはどう思う?」
ノエルがトーマスに聞く。
「えっ……えーっと、どっちも似合ってるんじゃねぇかな……」
無難な答えを返すトーマス。
「それ、どっちもって答えになってないじゃない!」
ケイトが頬を膨らませる。
「もう……男の人ってそうよねぇ」
リズが溜息をつく。
結局、彼女たちは試着を繰り返すだけ繰り返し、何も買わずに店を出た。
「いいのかよ……あんだけ試着して……」
「探してる時間が楽しいのよ!」
女性陣の理屈に、トーマスたちは何も言えなかった。
古着屋を後にした一行は、露店巡りへと移動する。
「おっ、これ美味そう!」
クリフが串焼きを買い、満足そうにかぶりつく。
「こっちの果物、珍しいわね」
ケイトが鮮やかな赤色の果実を手に取る。
そんな中、サーシャは小さな桜の花がついたイヤリングを見つけた。
「……ふふっ」
手に取って眺めると、自然と笑みがこぼれる。
シマにつけさせたら、お揃いみたいになるわね。
そう思うと、すぐに購入していた。
サーシャはついでにミサンガを手に取る。
何気なく選んだそれは、赤と黒の糸で編み込まれたものだった。
「フレッドにぴったりじゃない?」
ケイトは薔薇の刺繍が織り込まれたタペストリーを2枚購入。
「クリフの分も買っておこうっと」
ノエルは盾が織り込まれたタペストリーを手に取り、リズは白い花の首飾りを大事そうに握りしめる。
「……ロイド、喜んでくれるかしら」
小さく呟くリズ。
宿に戻ると、一同は1階の酒場で夕食をとることにした。
「今日は食うぞ!」
フレッドが元気よく宣言し、皆も賛同する。
食事が運ばれ、楽しい宴が始まった。
「シマ、喜んでくれるかしら」
サーシャがイヤリングを見つめながら呟く。
「きっと似合うわよ」
ケイトが微笑む。
そのケイトは、クリフに向かって言う。
「私たち、またお揃いが増えたわね」
「お、おう……そうだな」
クリフはぎこちない笑みを浮かべる。
一方、ノエルは盾のタペストリーを広げてトーマスに尋ねた。
「このタペストリーを服かマントに縫い付けてあげるわ。どっちがいいかしら?」
「どっちでもいいぜ……へへへ」
少し顔を赤らめながらだらしない笑みを浮かべるトーマス。
「ケッ!顔にでも縫い付けてやれ」
フレッドがやさぐれた調子で言う。
「あなたにもミサンガを買ってきてあげたじゃない」
サーシャが笑いながら言うと、フレッドは仰々しく溜息をつく。
「心のこもってないプレゼントをありがとう!」
皆が大笑いした。
食事も終わり、皆が談笑する中、フレッドは突然エールを注文した。
「おいおい、飲むのかよ?」
トーマスが目を丸くする。
「今日はいいだろ……」
フレッドはエールをぐいっと煽る。
一杯、二杯、三杯……
「おい、やめとけって……」
そう言う間に、フレッドは案の定へべれけになった。
「おーい、立てるか?」
トーマスが肩を揺らすが、フレッドはもはやまともに返事もできない。
「ったく……しょうがねぇな」
呆れながらも、トーマスはフレッドを背負い、部屋へと運ぶ。
「……フレッドって意外と甘えん坊なのかもね」
サーシャがクスクス笑う。
「はは……確かにな」
クリフも苦笑する。
こうして、ノーレム街の夜は更けていった。
彼らにとっては、束の間の休息。




