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光を求めて  作者: kotupon


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救える命、救えない命

大広間にまだ緊張がわずかに残る空気を裂くように、ベガがすっと片手を挙げた。

「クリフ、ギュンターに報酬を渡してやってくれ。」


クリフは椅子に深く腰をかけ、ベガへ視線を向ける。

「ああ……ベガを助けてくれたんだったな。」


ベガは軽く頷いた。

生還したばかりの彼の身体には、生死の境をくぐってきた男の気配が色濃く残っている。


「200金貨でいいか?」

クリフのその言葉に、ギュンターは一瞬、固まった。


時間が止まったように、まばたき一つしない。

次の瞬間、こくこくこく……と必死に縦に首を振りはじめた。


「……今、手持ちがねえ。キース、持ってきてくれ。」


「ハッ!」

チューファ一家若頭キースが部屋を駆け出し、しばしして重い革袋を両手で抱えて戻ってくる。


袋を置いた瞬間、じゃらり、と中の金貨同士が触れ合う重厚な音が響いた。

ギュンターの喉が、ごくり、と鳴る。


キースが袋を開くと、中には光を反射してきらめく金貨がぎっしり。

「200金貨だ。持っていけ。」


ギュンターは震える両手で袋を抱えた。

「へ……へへ……へへへ……うへへへ…」

完全に締まりのない、だらしのない笑顔。

その顔が余りにも幸せそうなので、逆に周囲が呆れる。


横でエグモントが、羨望と僅かな嫉妬が入り混じった目でギュンターを見つめ、ぼそりと呟く。

「……一気に小金持ちになったな。」


ギュンターはそれに反応し、袋を抱きしめて一歩後ずさる。

「やらねえぞ!!これは俺の金だ!!」


「別にくれとは言ってねぇだろ……」

エグモントは手を上げて苦笑した。


フレッドが大きな腕を組み、にっと笑う。

「家族を助けてくれたんだ。それでも安いくらいだぜ。」


その言葉にギュンターの目が少し赤くなる。

「やっぱりあんた等は最高だぜ!!いい情報を掴んだら流すからな!今後ともよろしくな!!」


ギュンターは大広間の扉に向かって駆け出す。

革袋が揺れるたび、金貨がしゃらしゃらと鳴った。

扉が閉まる。


静寂。


エグモントが腕を組んだまま、ぽつりと呟く。

「……で、俺はこれからどうすりゃいい?」


ユキヒョウが、答えた。

「君には市井の情報を集めてもらうよ。」


「内戦の危機は回避されたんだろ? 大した情報なんて上げられねえぞ?」

エグモントは肩をすくめる。


「それでいいよ。適当に街をぶらついて、拾える範囲を拾い上げて。」


ベガが続ける。

「おいしい仕事だな? 日当三金貨、あと九日か。それを繰り返せば達成報酬30金貨が手に入る。」


「へへ……まったくだ。よし、それじゃあ行ってくるぜ。」

エグモントもギュンター同様、軽く笑いながら大広間を去っていった。


扉が閉まり、残ったのはシャイン傭兵団とチューファ一家の数人のみ。

静かに空気が落ち着きかけたそのとき――


「クリフさん! 報告があります!」

チュチュが勢いよく手を挙げた。


その隣でフレッドが胸を張り、鼻を鳴らす。

「俺が見つけたんだぜ!」

どやぁ……と顔に書いてあるような誇らしげな表情だ。


クリフは片眉を上げる。

「……で?何を見つけたんだ。」


チュチュが一歩前に出る。

真剣な顔つき。

しかし、その後ろでフレッドはニヤニヤしている。



大邸宅・地下倉庫

その地下へと続く石造りの階段は、ひんやりとした空気に満ちていた。

クリフたちが松明の光を掲げて降りていくと、重厚な木扉が開き、暗闇の奥にほのかな金色のきらめきが見え始める。


「……何だ、この光は。」

最後の段を踏みしめて中へ入った瞬間、クリフの息が止まった。


倉庫全体が、眩い金の反射に包まれていた。

壁際に山のように積み上げられた木箱。

蓋が開いた箱からは、ぎっしりと詰まった金貨が溢れんばかりに光っている。

幾つもの宝飾品が棚ごとに陳列され、首飾り、指輪、宝冠、装飾短剣—どれもが高価すぎて目が痛いほどだ。

そして倉庫の最奥、祭壇のように置かれた一つの豪奢すぎる箱。

蓋が半ば開かれ、中には白金貨がぎっしり。


ケイトが歓声を上げて宝飾品へ飛びついた

「っ……これ、絶対私に似合うやつ!!」

彼女は引き出しから首飾りを取り出して胸元に当て、薄暗い中、鏡の前でくるりと回る。

「これも……こっちはもっといい……!!」


嬉しさを隠さないその姿に、ベガが苦笑いする。

「やれやれ……子どもに宝石箱与えたらこんなもんだな。」


クリフは白金貨の箱に手を置き、深く息を吐く。

「ゾゾ一家が溜め込んだ遺産……とんでもねえ量だな。」


ベガが宝飾品を一つ手に取り、光に透かすように目を細める。

「……これ、表に出せねえだろうな。盗品がごっそり混じってる。」

その声は沈痛で、鑑定士としての知識が裏付けていた。

彼は次々と数点を手に取り、宝石のカットや刻印を確認していく。

「国宝級の品もある。地域特有のものも多い。けど持ち主が生きているかどうか……正直、わからないものばかりだ。」


ユキヒョウが金貨の箱を覗き込み、淡々と告げた。

「でも、お金は使える。金貨と白金貨は問題ないよ。」


クリフは顎に手をやり、しばし考え込んだ。

「……そうだな。有意義に使わせてもらうか。」


「賛成だ!!俺たちがパーッと使ってやるぜ!!」

ザックが豪快に笑う。


そのすぐ横でフレッドが両手を広げて叫ぶ。

「これで娼館代に困ることはねぇ!!俺のおかげだからな!!うはははは!!」


「……こいつらは、ほっとけ。」

クリフが呆れたように言う。

「しかし……よくもまあ、ここまで貯め込んだもんだな。このことを知ってるのは誰だ?」


ユキヒョウが指を折って数える。

「僕らと、チュチュ、キース。……このくらいだね。」


ベガが壁にもたれかかって付け加える。

「他の親分衆にも薄々感づいてる奴はいるだろうさ。《ゾゾ一家》が何十年もスラムを支配してたんだ。

相応の金があるくらい、予想する。」


クリフはチューファ一家の二人に視線を向けた。

「……チュチュ。こいつは俺たちシャイン傭兵団が管理する。異論はあるか?」


チュチュはびくりと身を正し、深々と頭を下げた。

「異論など……!正直申し上げて、我々ではどう扱っていいのか……わかりませぬ。」

その声は震えていた。


キースも拳を握りしめ、言葉を継ぐ。

「怖いくらいです……。この量の金を持っていると知れれば、我らの命は狙われるのが確実。シャイン傭兵団の皆様なら問題ないでしょうが……私どもには抗う術がありません。」


クリフは無言で頷いた。

自身たちがいなければ、ここにいる誰かはすぐにでも殺される。それは理解していた。


ベガが白金貨を指で弾き、小さく言う。

「問題は……俺たちがここを離れたあと、どうするかだな。」


ユキヒョウが僅かな笑みを浮かべた。

「小出しにしていくしかないね。チューファ一家には地下闘技場と賭場の運営を任せてる。金回りがいいことは、他の一家も知ってるだろうし……“あそこは金を動かす一家”って印象はすでにある。うまくバランスをとれば、怪しまれにくい。」


クリフは腕を組んだ。

「なるほどな。」


ケイトが宝飾品を抱えたまま、くすくす笑う。

「スラムの裏経済を動かすのって、案外楽しいわね。」


ザックが肩をすくめた。

「まあ、俺たちがいりゃ誰も文句は言えねえさ。逆らったら……どうなるか、スラム中の奴らが知ってる。」


石造りの倉庫の中で、金貨のきらめきだけが淡々と光を返す。

それは――スラムの未来を左右する、新たな力となるのだった。 



再び大広間へ戻ってきた面々は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

 もっとも、ケイトを連れ戻すのに往生したという事実は、彼らの誰の口からも語らずとも、顔つきの疲労で十分に伝わってくる。


 ケイトは悪びれず、むしろ“楽しかったわよ”と言わんばかりの満足げな表情をしており、クリフとユキヒョウが二人して肩を落とす姿が、周囲の笑いを誘っていた。


 そんな微笑ましい空気の中、ユキヒョウがポツリとつぶやく。

「こうなると――クイレイとつながりができたのは大きいね」


 言葉の端には、彼なりの計算と安堵が滲んでいた。

商家を構えるクイレイとの関係は、今後の行動に確実な利をもたらす。


 ベガも腕を組みながら頷く。

「必要なものは、あいつに届けさせればいいんだからな。面倒が減ったぜ」


「ということだ、チュチュ。金はちゃんと払えよ?」

 クリフがそう言って親指でチュチュを指すと、彼はビシッと背筋を伸ば

「ハッ!」と軍人のような返事をした。

 その様子に再び笑いが起こり、張りつめていた空気がほぐれていく。


 ふと、ケイトが、ぽつりと言った。

「ねぇ、クリフ……ここにいる人たちだけでも、私たちの町に連れていけないかな?」


「せめて子どもたちだけでもな……」

 ザックが同調する。

 

 しかし、その案にすぐ反対の声が上がる。

「大人は連れて行かねえほうがいい」

 ベガだった。

 腕を組んだまま、低く静かな声で言う。


「なんでだ?」

 フレッドが眉をひそめた。


 ベガは言葉を選ばずに続けた。

「スラムの中でしか生きられねえ人間もいる。犯罪者、堕落した者、表の世界じゃ生きられねえ奴、追われている奴……いろんなのがいるが、そういうやつが行き着く場所がここなんだ」


 淡々とした語りだった。

 だがその瞳には、長年の経験に裏打ちされた確信がある。


 ユキヒョウが続ける。

「……スラムは陰でもあるけど、行き場を失った者たちが最後にたどり着く場所なのかもね。ある意味では、“なくてはならない場所”でもある」


 その言葉は、善悪を単純に切り分けない世界の複雑さを示していた。


 ザックも溜息をつきながら付け加える。

「世の中、綺麗ごとばかりじゃねえからな」


「確かにそうだなぁ、俺たちもそうだし」

 フレッドが苦笑すると


「自覚はあったのね」

 ケイトが肘でつつく。

 一同がクスクスと笑い合う。


 だが、クリフは笑わなかった。

 「……だが、子どもたちに罪はねえ」

 低く、決意を帯びた声だった。

「連れて行こう」


 その一言で、空気が変わった。

 軽い雑談の延長ではない。本気の判断だと誰もが理解した。


 ユキヒョウが腕を叩く。

「そうと決まれば、馬車の数を増やさないといけないね」


「子どもたちの数も把握しとかねえとな」

 ベガもすでに実務的な思考に切り替えている。


 クリフはチュチュの方へ振り向いた。

「チュチュ。スラムから子どもたちを連れだしても問題ねえか?」


 チュチュは驚いたように目を見開き、そしてすぐに力強く頷いた。

「……ぜひ、連れて行ってやってください」


 クリフはその反応に満足げに頷く。


「子どもたちの親は?」

 ケイトが聞いた。


「連れて行ける親は限られるな。だが、見捨てるつもりもねえよ」

 クリフは静かに言った。


 ベガが釘を刺す。

「“連れて行っちまえば幸せになる”なんて幻想は持つなよ」


「分かってる」

 クリフは短く返す。


 シャイン傭兵団の町――チョウコ町。

 そこは確かに安全で、未来を描ける場所だ。

 だが、新しい環境に馴染むのは容易ではない。

 それでも、スラムで危険と飢えに怯え続けるよりは遥かに可能性がある。


 ケイトは胸に手を当て、窓の外の光を見る。

「……子どもたちが笑って暮らせる場所を、作りたいわね」


 ユキヒョウが肩をすくめた。

「誰よりも優しいのは君だよ、ケイト嬢」


「そ、そういうこと言わないでよ!」

 顔を赤らめるケイト。


 ザックが笑って肩を叩く。

「お前のそういうところ、嫌いじゃねえぞ」


「やめなさいってば!」


 再び笑いが起こり――

 それでも、その場にいる全員の胸には同じ思いが宿っていた。


 ここから連れ出せば、救われる命がある。

 だが、救えない命もまた、ここに留まり続ける。


 スラムは世界の歪みの象徴であると同時に、最後の逃げ場でもある。

 それを理解した上で、彼らは子どもたちの未来だけは守ると決めたのだ。


 大広間の扉が、静かに風で揺れる。

 その向こうには、曇り空の下で遊ぶ子どもたちの声が微かに響いている。


 クリフは小さくつぶやいた。

「……連れて行こう。子どもたち全員を。」

 その決意は、静かでありながら強かった。


 シャイン傭兵団のもとに来ることで、子どもたちはようやく“生きる”という未来を選べるのだ。

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