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光を求めて  作者: kotupon


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437/453

先延ばし?!

ケレンズ伯爵が深いため息をつき、呆れたように肩を落とした。

「……あなたたち、本当に予想の斜め上へ行くのね」


するとケイトが慌てて手を振った。

「ケレンズ伯爵様、そんな! 結果的にこうなっただけで、最初から狙ってやったわけじゃないんです!」


「そうそう」

クリフが続ける。

「俺たちはスラムを“直接治める”つもりはねぇ。ただ──あそこにいる住民たちが、飢えたり、寒さに震えたりせずに生きられればそれでいいんだ」


その言葉は柔らかいが、同時に揺るぎない決意を感じさせた。


だが宰相が、険しい表情を崩さぬまま問いを投げる。

「しかし……そのチューファ一家とやらが、裏切る可能性はあるのではないか?」


ザックが鼻で笑った。

「ああ、裏切ったら殺す。情報屋たちにも“裏切りを察知したらすぐ知らせろ”って通達してある。知らせてきたら──報酬は百金貨だ」


あまりにも即答すぎて、場に冷気が走った。


続けて、ブライヒレーダーが慎重に問いかける。

「……スラムには幾つもの一家があると聞いているが……数はどれほどなのだ?」


「二十四、五だったか?」

ザックの答えは驚くほど軽い。


「それらをすべて支配している……と?」

宰相が半ば確認するように問い返す。


「ああ。そうだぜ」

ザックは肩をすくめる。

「聞き分けのねぇ奴は──もう、この世にはいねぇ」


場が静まり返る。


皇太子が小さく息を呑み、ぽつりと漏らす。

「……君たち、本当にさらっと……怖いことを言うね」


王妃は静かに王へ視線を向け、言った。

「君臨はすれど統治はしない……ということね?」


「そういうことになる」

クリフが頷く。

「余計な手出しはしないし、内情に口も出さない。全部あいつらに任せる。ただし──外からの専横や介入も許したくない。特に……貴族連中のな」


その“貴族”という単語に、場の何人かが息を詰めた。


権力、金、土地──魅力的なものがあれば必ず群がる。

スラムが整備され価値を持ち始めれば、貴族が黙っているはずがない。


宰相が顎に手を当て、重々しく問いかけた。

「なるほど……利権さえ見えれば、貴族どもは血相を変えて欲しがる。……で? 構想はあるのか?」


クリフが視線を前に向け、はっきりと言った。

「スラムの“外部周辺”は今のままにしておく。あの荒れ具合は、ある意味で“盾”になる。だが──中心地は……変える」


「中心地を?」

ブライヒレーダーが身を乗り出した。


「ああ。スラムのど真ん中を起点に……新たに栄えさせてみようかと思ってる」


意味を理解した瞬間、ブライヒレーダーの目が細くなる。

「……なるほど。外部を荒れ地のまま残すことで……外からの興味を引かないわけか」


「そういうことだ」

クリフが笑う。


スラムの中心に“芽”を育て、人々が暮らせる場所にする。

だが外環の荒廃は残しておくことで、貴族や商人が利権を嗅ぎつけて群がるのを防ぐ。


「……しかし……その構想がうまくいけば」

皇太子は言葉を区切り、鋭い眼差しでシャイン傭兵団を見つめた。

「シャイン傭兵団の“力”──いや、“勢力”は、もはや無視できないものになる危険もあるのではないか?」


その瞬間、何人もの文官や武官が一斉に頷いた。


彼らの頭に浮かんでいるのは

・軍をも上回る戦闘力

・スラム二十余の一家を掌握する組織力

・王国の闇を平然と手懐ける冷徹さ

・王国を救った実績

――そして、中央に匹敵する独立した“治外法権区域”を持つ力。


もしスラムが安定し、発展すれば──

“シャイン傭兵団は一つの都市を支配する勢力”に近づく。


その危険性は、王族も貴族も理解していた。

執務室内には、目には見えぬ緊張の糸が張り詰める。


だが、シャイン傭兵団の面々はどこか涼しい顔をしていた。


彼らは権力に興味がない。

金にも地位にも縛られない。

ただ“守りたいもの”を守るために動く存在だ。


その確固たる姿勢が、むしろ王侯貴族たちにとって最も不気味であり、同時に最も心強いのだった。


静まり返った執務室の空気を切り裂くように、王がふっと視線を上げた。

その目は、温和な王ではなく──国の命運を量る者のそれだった。


「……予が思うに、シャイン傭兵団にとっては……あまり利はないと思うが。どうか?」

問われたのは、室内すべての者。


しかし、王妃が静かに口を開くまで、誰も即答できなかった。

「……判断が難しいところですわ、陛下」


王妃ゾフィー・ドロテアは視線を、シャイン傭兵団の三人──クリフ、ケイト、ザックを順に見た。

「私たちは……彼らを知らなさすぎます。名誉も、権力も、求めていない。媚びも取り入る姿勢も一切見せない……そこが、逆に掴みどころがございません」


続いたのはブライヒレーダーだった。

「陛下。王妃殿下のお言葉のとおりでございます。彼らは功績を誇ることもせず、恩を売ろうともしない。貴族ならまず見せる“下心”というものが……まるで感じられない」


宰相ヨアヒムが、そこで決断を急ぐのを制するように一歩前へ進む。

「陛下、結論を急がなくてもよろしいかと存じます」

その声は落ち着き、しかし重みがあった。


「七日後には『緊急貴族会議』が開かれます。シャイン傭兵団は、ブランゲル侯爵、そしてホルダー男爵と親しいと聞き及んでおります。まずは彼らから話を伺い、“彼らが何者であるか”を見極めてからでも遅くはございますまい」


王はゆっくりと頷いた。

「……うむ。もっともだ」


やがて王の視線がクリフへと向けられる。

「シャイン傭兵団団長補佐……クリフと言ったな。それでよいか?」


クリフは椅子からわずかに腰を浮かせ

「それで構わない」

どこか“対等”な空気を漂わせる返答。

室内の者たちが微妙にざわつく。


その横で──ザックがあくびをしながら肩を回した。

「んじゃ、俺たちはもう帰ってもいいんだろ?」


あまりに率直すぎて、侍従が盛大にむせた。


クリフは特に気にした様子もなく、やや事務的な口調で王へ向き直る。

「何かあれば、ケレンズ伯爵を通して連絡してくれ、こちらに連絡が届く手筈は、既に整えてある」


ケレンズ伯爵も頷きながら補足する。

「私の邸には、いまブランゲル侯爵家の者もおります。何かありましたら、そちらでも対応できますわ」


宰相がそこで思い出したように呟いた。

「……そういえば、ブランゲル侯爵家の邸宅は……統合されたのだったな」


「はい、そうです」

ケレンズ伯爵が微笑を浮かべる。


王が深く頷き静かに言葉を締めくくる。

「……良い。今日はこれで下がるがよい。いずれ……ゆっくり話を聞かせてもらおう」


シャイン傭兵団の三人は頷き、軽く会釈をして執務室を後にする。

その背中を、貴族たちは複雑な表情で見送った。


“利を求めず、権力も求めない。

ただ己の道を行く存在──シャイン傭兵団”


王国にとって脅威か、救いか。

判断できる者は、その場にはまだいなかった。



王城の大門を出た瞬間──張り詰めていた空気が一気に弛み、三人は同時に深く息を吐いた。


「は~~~……やっと終わったな」

ザックが背伸びをし、筋肉がミシミシと音を立てる。


クリフも肩を回しながら苦笑した。


「長い夜が明けたって感じね」

ケイトが金髪を軽く払って、ため息まじりに笑う。


そんな空気をぶった切るように──


「……で、だな」

ザックの腹が、みごとに鳴り響いた。

ぐぅぅぅぅぅ……。


二人が振り向く。

「……お前かよ」

「お腹の虫、立派ね」


「うるせえ! もう腹ペコだぜ!つーかよ、……もしかしたら、飯、残ってねえかも知れねえぞ?」

ギュルルルルル……とさらに追撃の音。


ケイトがくすっと笑った。

「時刻は午前九時。そりゃ食堂は片付けに入ってるわよ。──ねえ、クリフ。お金持ってるんでしょ?」


クリフが眉を上げる。

「なんか最近、俺が財布扱いされてないか?」


「されてるわよ」

きっぱり言うケイト。


「当然だろ」

ザックまで即答した。


「お前らなぁ……」

呆れながらも、クリフは懐の袋を叩いた。

小気味よい硬貨の音が鳴る。

「…どっか適当に決めるか?」


ケイトがピッと指を立てる。

「──屋台街よ!」


「賛成だ!」

ザックが即答する。


「いいな。決まりだ」

クリフも笑った。


三人は王都の中心へと伸びる石畳の大通りを歩き出す。


屋台通りへ続く路地は、すでに香りで満ちている。

焼きたてのパンの香ばしさ、鉄板で焼かれる肉の匂い、甘い果実の蜜の匂い──

それらが混ざり合い、胃袋を刺激する。


ザックが犬のように鼻をひくつかせた。

「……この匂い……絶対うまい奴だ。肉だな」


「朝から肉一直線?」

ケイトが笑う。


「肉は正義だろ……?」


クリフはすでに財布の紐を握りしめていた。

「まずは串焼き、次に焼きパン、その後にスープ……いや、先に甘味も悪くねぇな」


「おいおい、ケイト以上にノリノリじゃねぇかクリフ」

ザックが肩を揺らして笑う。


ケイトが楽しそうにクリフの腕を軽く叩く。

「じゃあ決まりね。──王都食べ歩きツアー、開始!」


三人が屋台の並ぶ通りに一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界のように活気に溢れていた。


「いらっしゃい! 朝の肉串、焼きたてだよ!」

「蜂蜜たっぷりの揚げ菓子だよ! 朝から甘いのどうだい!」

「王都名物の豆スープ! 体があったまるよ!」

商人たちが声を張り上げ、観光客や町人たちがすでに長い列を作っている。


そして、三人は屋台通りの中心へと足を進めた──

戦場では見せない顔で、ただの若者として。



昼近く、クリフ、ケイト、ザックの三人がチューファ一家の大邸宅に戻ってきた。

両腕いっぱいに抱えた包みには、王都の屋台で買い集めた大量の甘味や串焼き、色とりどりのフルーツが詰まっている。

玄関口に入った瞬間、待ち構えていた子どもたちが歓声を上げ、三人へ一斉に飛びついた。


「おい押すな押すな! 落ちるって!」

「みんなでちゃんと分けるのよ、順番にね!」

「平等にな!」


子どもたちに囲まれながら、笑い混じりにお土産を配る三人。

小さな手が伸び、喜びの声が広がる。

短いひとときの温かい空気を残し、三人は大広間へと向かった。


扉を開けると、そこには昨夜の騒動を知る者たちがすでに揃っていた。

フレッド、ユキヒョウ、ベガ。チューファ一家の親分チュチュと若頭キース。


ラコ一家の親分ファイブ、ノッシ一家のノッシ。

他にもスラムの各一家の親分たちがずらりと並び、重苦しい空気を作っている。

さらにクイレイ商家店主クイレイ、情報屋ギュンター、エグモントの姿も。


「昨夜はご苦労だったな。みんな疲れてるだろう、早く休みてぇだろうから簡潔に話すぞ。」

クリフはそう言って席に着き、ケイトとザックも続く。


「内戦の危機はひとまず去ったと言っていいだろう。スニアス侯爵家一派は担ぐ神輿を失った。第二王子と複数の側近は死んだ、自決だ……真相は俺たちにもわかんねぇがな。今頃は葬儀だの、これからの体制だのについて協議してるだろう。」


淡々と告げるクリフの声に、大広間の面々が微かに息を呑む。


「各一家には二日後、ここに集まるよう通達はいってるな?」


「ハッ! 通達済みであります!」

チュチュが大声で答える。


「よし、今後のスラムに関わる大事な話だ。ちゃんと参加しろよ?帰って休め」


「ハッッ!!」

親分たちは一斉に立ち上がり、安堵と緊張から解放されたような顔でぞろぞろと退出していく。



扉が閉まると同時に、ザックが首を傾げる。

「なんかあいつら表情硬くね?」


フレッドも腕を組んで頷く。

「ここに入ってから一言も喋ってねぇんだよ。朝食の時は食堂で騒いでたのに……なんでだろうな?」


「酒飲んでたからじゃねぇか?」

ザックは軽く笑う。


「俺もそう思って酒勧めたんだけどよ……」


だが、エグモントが鼻で笑った。

「お前ら、自覚したほうがいいぜ。俺が集めた話じゃ――相当殺したって噂だ。」


ギュンターも肩をすくめて続ける。

「従う意思のねえ奴、反抗的な奴、片っ端から切り捨てたって聞いたぜ。」


クリフもケイトも否定しない。

ケイトが少し肩をすくめ、涼しい顔で言った。

「……そんなこともあったわね。」

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