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光を求めて  作者: kotupon


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433/447

軍、動く!

スラムでの救出劇を終えた直後。

クリフとフレッドは休む間もなく、王城へ向かった。

ブライヒレーダー伯の家族の救出は果たされた。

だが、敵の背後に帝国が関わっている可能性を踏まえるなら、その報告は一刻を争う。


王城は静かだった。

見回りの衛兵はいつも通り配置されている。

王城内の敷地に潜入した瞬間、クリフとフレッドは同時に眉をひそめた。


「……血の匂いだな」


「……ああ。しかも、かなりの量だ」


冷えた空気を切って、かすかな鉄臭さが漂ってくる。

王城の敷地内で血の匂い——それは異常事態以外の何ものでもない。


二人は足を速めた。

血の匂いの濃度が増していく。たどり着いたのは、第二王子が住む離れ——

クレゴワン・コテージ。


「……嫌な予感しかしねぇな」

フレッドが呟く。


クリフは剣を抜き、気配を探りながら室内へ足を踏み入れた。

直後、二人は言葉を失った。


部屋の中央——

第二王子マキシミリアン・フォン・アンヘルが、椅子に座った姿勢のまま息絶えていた。

手には血まみれの短剣。

首元には深々と入った横一文字の裂創。


その周囲には、側近数名。

同じく、自ら頸動脈を切った状態で倒れていた。


「……自決、か?」

クリフが絞り出すように言った。


フレッドは周囲を見回す。

「王族と側近がここまで綺麗に揃って自決ってわけか……だが、使用人は?」


部屋の奥には、動かなくなった使用人たちの姿があった。

彼らには争った形跡がない。

ただ刺され、息絶えている。


「使用人は口封じ、王族は……強制か、あるいは自ら?」

クリフの言葉に、フレッドは舌打ちした。

「パウルってヤツが絡んでんな、間違いなく」


二人はすぐ王に報告へ向かい、事のすべてをありのままに伝えた。


報告を終えると、クリフは即座に指示を出す。

「ベガの行方を探す。」

「了解」



ザックの手には、ハイデマリー夫人が身につけていたネックレスがある。

これが本物であり、夫人たちが無事だった動かぬ証。

ブライヒレーダー伯へ直接届け報告するのが役割だ。


ただし——正面から入れる立場でもない。


「ま、面倒だがやるか」


軍庁舎の敷地内に入ると、ザックの巨体が闇に溶けるように軽やかに動き始めた。

2mを優に超える大男とは思えぬ滑らかな忍び歩き。

隙間を縫うように移動し、足音も気配もない。

まるで野生動物のような身体の使い方だった。


軍庁舎三階——

そこが、ブライヒレーダー伯の執務室がある階。


——順調に三階まで上がってきたが…視界に飛び込んできたのは四人の警備兵。

「……あ〜? 多いな、おい」


廊下は一直線で見通しが良く、隠れる場所は皆無。

外から侵入する案も脳裏をよぎったが、三階の窓は高すぎる。

ロープもない。


(面倒くさ……)

その瞬間、ザックは考えるのをやめた。


「ま、いいか」

無造作に歩き出す。


「止まれ、それ以上近づくな!」

戦闘態勢に入る警備兵たち。


だがザックは気にしない。

朗らかに、勝手に喋りながら近づいていく。


「待て待て、怪しい者じゃねえよ、マジで。そう睨むなって。俺はよぉ、朗報? 吉報? まあどっちでもいいか……持ってきてやったんだぜ。悪い話じゃねえだろ?それにな……俺をよ〜く見ろよ、こんなナイスガイ——」


警備兵との距離が、知らぬ間に 10m → 5m → 3m と縮んでいく。


警備兵の指が剣にかかる。

「止まれと言っている!」


ザックは笑った。

「いや〜、だから言ってんじゃねぇか。怪しくねぇって」


次の瞬間——


ザッ!

巨体からは考えられない速度で、一歩で間合いに滑り込んだ。


警備兵が眼を見開き、反応する間もない。

トンッ

手刀を、警備兵の首筋に正確に、叩き込んだ。


一人目が崩れ落ちる。


ザックの動きは極めて精密だった。

一撃ごとに急所のみに叩き込み、殺さずに意識だけを刈り取っていく。


わずか二秒。


四人の警備兵は床に静かに倒れ、ザックは息一つ乱していない。

「よし。邪魔なしっと」


ザックは倒れた警備兵を壁際へ丁寧に並べ

「悪いな、後でちゃんと医者呼んでもらえよ」

と呟きつつ、ノックもせずに執務室の扉を開けた。


——ガチャリ。

「ブライヒレーダー伯、いい話持ってきたぜ」

 ザックの低く太い声が、しんとした室内で異質に響いた。


 部屋の中心、執務席。

 そこに座るのはブライヒレーダー伯——いや、“かつて”ブライヒレーダー伯だった男。


 背筋は丸く崩れ、両肘で机を支えながら顔を覆うようにしている。

 見上げた顔には深い隈。肌は灰のように青白く、髭は伸び放題。

 軍を束ねる将軍の威厳など、微塵も感じさせなかった。


(……あぁ、これは……)

 ザックは直感で悟る。

 食っていない、寝ていない、考え続けている。

 自分の妻と子がどうなったか、どこに囚われているのか……いや、まだ生きているのか。

 焦燥に蝕まれ続けた男の末期の姿だった。


「……何だ?」

 掠れ切った声でブライヒレーダーが問う。

 その声音には、期待も、怒りも、威圧もない。

 ただ“これ以上悪い知らせを聞きたくない”という疲労だけが満ちていた。


 ザックはニヤリと口角を上げる。

「お前の家族は助け出したぞ」


 その言葉と同時に、ザックは手をひらりと返し、掌の上で一つのアクセサリーを軽く転がした。

小さく音を立てる銀細工のネックレス。

 月光のような乳白色の宝石が、揺れるたび幽かに光を返す。


「……助け……出した……?」

 反芻するようにブライヒレーダーの唇が震えた。

 言葉を理解しきれない。現実を脳が拒んでいる。

 だが、表情が動いた。頬に血色が戻り、虚ろだった瞳に一点の光が差す。


「その手に持っているのは……?」


「ほれ」

 ザックは雑に投げてよこした。


 ブライヒレーダーは慌てて受け止める。

 震える指で握りしめ、目を丸くする。


「……こ、これは……!」

 声が裏返った。

 そのネックレスは、彼が妻ハイデマリーに贈った“結婚十周年記念の品”。

 夫婦にしか分からない思い入れがこもった宝物。

 誘拐された妻がこれを肌身離さず身につけていたことも、彼だけが知っていた。


 涙は出ない。

 泣くという感情すら枯れ果てていた。

 ただ震える手が、静かに、静かに宝石を撫でていた。


「……雑に扱うな……馬鹿者……!」

 叱責とも叫びともつかない声が漏れる。


 しかし、そのあとで絞り出すように言った。

「……だが、感謝する……」


「いいってことよ」

 ザックは豪快に笑った。


 沈黙が落ちる。

 だが、先ほどまでの“死者のような沈黙”ではない。

 生者の息遣いが戻りつつある沈黙だ。


 ブライヒレーダーは深く息を吐いた。

 そしてザックを見据え、問う。

「……お前は……何者だ?」


「シャイン傭兵団だ」

ザックが言った瞬間——ブライヒレーダーの体がびくりと強く震えた。

 呼吸が一拍遅れ、椅子が軋むほど背筋が伸びる。

「ッ……!」


 その名を知らぬ軍人はいない。

 ましてや彼はブランゲル侯爵と親交があり、何度も手紙を交わしている。

 侯爵がその手紙に綴った“団への賞賛”は枚挙にいとまがなかった。


 ——シャイン傭兵団の前に敵なし。

 ——彼らは伝説級の傭兵であり、義を重んじる希有な集団。

 ——背中を預けられる真の戦士たち。


 噂でも同じだ。


『シャイン傭兵団が守ると決めた者は絶対に死なない』

『依頼を受けた街は戦火に巻き込まれなかった』

『報酬に釣られる連中ではない。“信義”で動いている』


 そして今——

 その“名”を持つ男が、目の前で家族を救ったと告げている。


 ブライヒレーダーは震える手でネックレスを握りしめたまま、深々と頭を垂れた。

「……恩、忘れぬ……必ず……」

 声はまだ震えていた。

 だが、先ほどまでの絶望に満ちた震えではない。

 “戦う者の声”に戻りつつあった。


 ザックは肩をすくめる。


 ブライヒレーダーはしばらく沈黙した。

 そして、絞り出した。

「……シャイン傭兵団……か……」

 その声音は、まるで救われた者が救い主の名を噛みしめるようだった。


 弱々しい呼吸が、静かに、しかしはっきりと変わっていく。

 絶望の淵にいた男に、“生きる理由”が戻った瞬間だった。


 「出るぞッ!」

 ブライヒレーダーは椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がった。

 沈み込んでいた背筋は見事に伸び、つい先ほどまで死人のようだった男とは思えぬ、将軍としての覇気が戻っている。


 ネックレスを固く握りしめながらザックの横をすれ違いざま、小声で問う。

「……貴様、名前は?」


「ザックだ」

 短く、乱暴に、だが迷いなく名乗るザック。


 ブライヒレーダーは一瞬だけ目を細め、呟く。

「……問題児……自由奔放な男……」


「あん? 何だ、その“問題児”って?」

 ザックが眉をひそめると、ブライヒレーダーは鼻で笑った。

 先ほどまでの虚ろな表情は跡形もない。

「ワハハ! なに、手紙にそう書いてあったんでな! ブランゲルの手紙だ!」


 そう言いざま、将軍は扉を押し開けて廊下に出た。

 ——そこで足が止まる。


「これは……?」


 視界に広がったのは、廊下に倒れ伏す四人の警備兵。

 腕も足も折れていない。血も出ていない。

 ただ、綺麗に“気絶”している。


 背後からザックが頭をかきながら言う。

「死んでねえから安心しろ。いい子にして寝てるだけだ」


得体の知れない男が将軍室までたどり着く方法などひとつしかないことを察する。

「……仕方のない奴だ……」

 口では呆れたように言いながら、ブライヒレーダーの足取りは鋭く速くなる。


 ブライヒレーダーは深く息を吸い込み——

「——起床~~~ッ!! 鐘を鳴らせッ!!」


 軍庁舎全体が揺れるような怒声が轟いた。

 次いで、鉄の鐘の激しい連打が響き渡る。


 ——カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!


 その音は瞬時に軍宿舎中へ伝わり、空気を震わせた。


 数分もしないうちに、軍庁舎の演習場、千数百の兵が集結していた。

 鎧のこすれる音、槍を握る音、地面を踏みしめる音。

 兵士たちはまだ完全には目覚めきっていないが、将軍の顔がただ事ではないことはひと目で分かる。


 ブライヒレーダーは演習場中央の檀上に一足飛びで上がった。

 そして“吼えた”。

「第一騎馬隊ッ!! ——国王陛下をお守りしろッ!!」


 ドッ、と前列の騎馬隊が胸を張って敬礼する。


「第二騎馬隊!! ——クレゴワン・コテージを囲めッ!!怪しい者は……ひっ捕らえろッ!!」


 風が走るような兵士たちの動き。

 顔色が変わった者もいる。


「第一歩兵隊!! ——薔薇宮殿ル・パレ・デ・ローズを警護せよッ!!」


 宮殿警備の任は重い。

 だが兵たちは迷いなく飛び出した。

 将軍の声が、彼らの背を押す。


「第二歩兵隊!!——騎士団の力を借りて、皇太子殿下の周りを固めろ!!」

皇太子にはすでに危険が迫っている——その意味を、兵たちは一瞬で理解した。


「第三歩兵隊ッ!!」

 ブライヒレーダーの怒号に、二百名の兵が一斉に姿勢を正す。


「外務政務官! オーギュスト・ド・スタール男爵を……捕まえろッ!!!」


 ざわり、と兵士たちが息を呑む。

 高級官僚の逮捕命令——これはただの騒動ではない。


 そして、ブライヒレーダーの目がギラリと光る。

「残りの者は……俺に続けッ!!」


 数百の視線が将軍に集中する。

「痴れ者ッ!! 反逆者!!王家特別監察官長官——カーロッタ・デ・マッケンゼン伯爵を……捕まえるッッ!!」

 将軍の叫びが空を震わせた。


 兵士たちは胸に拳を当て、声を揃える。

「「了解!!!」」


 怒号にも似た返答。

 全軍が、完全に覚醒した。


 各隊の指揮官が素早く部下を率いて駆け出し、演習場から兵士が津波のように溢れ出る。

 剣の鞘が鳴り、馬が嘶き、鎧が震える。


 そのただ中、ザックは腕を組み、口笛を吹いた。

「やるな、オッサン」


 歩きながら、将軍は鋭く睨みつけてきた。

「オッサンではない! ブライヒレーダーと呼べ!」


「はいはい、了解だブライヒレーダー。」

 ザックの軽口に、周囲の兵士たちが一瞬振り返るが、すぐに走り去っていく。


演習場を出た直後、ブライヒレーダーがふと足を止めた。

 わずかな逡巡が声に滲む。

「……ときに、俺の“家族”は……?」

 その問いには、将軍ではなく一人の男の不安が宿っていた。


 ザックは肩を回しながら、いつもの調子で答える。

「安心しろよ。俺の“家族”が保護してる」


「家族……?」


「ああ。シャイン傭兵団のみんなだ。全員まとめて家族ってわけよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ブライヒレーダーの険しい表情がわずかに揺らいだ。

 そして、小さく息を吐き——

「……そうか。貴様…ザックの“家族”が守っているなら……安心だ」


 前を向き直したその背中には、先ほどまでなかった確かな力強さが宿る。

 だが同時に、その眼には深い影もあった。


 ——家族を人質に取られ、王を裏切り、国に背いた。

 どんな事情があれど、それは許されざる行為。

 だが彼は、家族を選んだ。その事実が胸に重くのしかかる。

 贖罪の覚悟が、背筋をさらに伸ばした。


 東の空が、ゆっくりと白んでいく。

 夜が終わり、陽が昇り始めている。

 そして、その中心にはシャイン傭兵団と、一人の“目覚めた将軍”がいた。

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