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光を求めて  作者: kotupon


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隙?!

大広間の静寂を破ったのは、クリフの落ち着いた声だった。

長い卓の向こう側に座る彼は、深紅のワインをゆっくりとグラスに傾けながら言った。


「……本題に入る前にベガに伝えておく。リズの家族は無事保護した。今はこの屋敷の一室で休んでいる」

その言葉に、部屋の空気が一瞬和らぐ。


暖炉の火がぱち、と音を立て、ベガの険しい顔を橙に照らした。

「……そりゃあ朗報だな。あとは見守るしかねえが……」

ベガは短く息を吐き、肩の力を抜いた。


ケイトが微笑みを浮かべながらワインを口に運んだ。

「時間をかけて、じっくりと話し合っていけば分かり合えるわ。リズは強いもの。」

その穏やかな声が、緊張した空気に一筋の安堵をもたらした。


クリフは軽くうなずくと、視線をギュンターに向けた。

「……では、ギュンター。報告を頼む。」


呼ばれたギュンターは、少し緊張した様子で立ち上がった。

彼の手の中の書簡がわずかに震え、蝋燭の炎に影を揺らす。


「は、はい……。第二王子の側近に、出自不明の人物がいました」

言葉を選ぶように慎重に続ける。


「調べましたが、出生記録はどこにも見当たりません。おそらくは……外国の方だと思われますが、いきなり第二王子の側近に抜擢されたことが気になります」

室内に重苦しい沈黙が落ちた。

誰もが聞き逃すまいと耳を澄ます。


「側近となったのは……七年前。現・王家特別監察官長官――カーロッタ・デ・マッケンゼン伯爵の紹介だと聞いています」


その名が出た瞬間、ユリウスの眉がわずかに動いた。


「確証は……まだありません。名をパウル・ベニヒゼン、二十八歳。……本名なのか、偽名なのかも不明です」

言い終えたギュンターの額には、冷や汗がにじんでいた。

彼の報告に室内の全員が沈黙したまま数秒を過ごした。


「……気になるわね」

ケイトがぽつりと呟いた。

「有力な情報と言っていいんじゃない?」


「そうだな……」

ベガがゆっくりと背もたれに体を預け、無骨な声で言う。

「三十金貨だな」


クリフが短くうなずく。

「ギュンター、三十金貨の報酬だ。納得できるか?」


「も、勿論です!ありがとうございます!」

ギュンターは慌てて深く頭を下げた。

「……そ、それじゃあ、し、失礼します!」


そう言って、ほっとしたように大広間を出ていく。

扉が閉じると、再び室内に静けさが戻る。


クリフが次の報告者に目を向けた。

「次に――エグモント。」


エグモントは椅子の背にもたれたまま、軽く顎を引いて報告を始めた。

その顔はいつもの皮肉げな笑みを浮かべているが、瞳は真剣だった。

「物資の行き先ですが……スニアス侯爵邸、それとコンラート伯爵邸に運び込まれておりました」


「軍部じゃなく、貴族の邸宅に、ねぇ……」

ユキヒョウがワインを回しながら低く呟く。

その声には冷たい棘があった。

「警備はどうだった?」


「物々しいですなぁ……」

エグモントが言った。

「ありゃあ王都の兵じゃない。自領の軍だ。完全に貴族側の私兵部隊ですわ」


ユキヒョウは目を細め、グラスを卓に置く。

「……つまり、王都の中で勝手に軍を動かしているわけか。王家が黙っているとは思えないけど――この動きは不穏だね。」


「ご苦労だった、エグモント」

クリフが言いながら懐から小袋を取り出した。

「また明日も頼むぞ」


チャリン、と金貨の重みが伝わる音がする。

「今日の日当――三金貨だ」


エグモントは軽く口笛を吹き、受け取った袋をひょいと回した。

「ありがとさん。……あの、クリフさんよ」


「なんだ?」


「そのワインを一本、譲ってくれねえか? カミさんにも飲ませてやりてぇ」


その一言に、ケイトが小さく笑った。

「優しいじゃないの、エグモントさん」


「見た目で判断するもんじゃねえですよ」

エグモントが肩をすくめると、クリフは手をひらひらと振った。

「持っていけ」


「ありがてえ!そんじゃ、また明日の朝な!」

エグモントは豪快に笑い、ワインを抱えて出ていった。


扉が閉まると、ベガがふっと鼻で笑った。

「まったく……あいつはどんな場でも飄々としてやがる」


ユキヒョウは静かにグラスを回しながら、暖炉の火を見つめる。

「でも、彼の目は確かだ。」


ベガは肘をついて考え込む。

「……物資の押収、接収、そして軍の動き。何かを“始める”準備にしか見えねえな」


「それが王家の命令でなく、貴族の独断なら――」

ケイトが静かに言った。

「もう内乱の火種は撒かれてるってことかしら?」


大広間の空気が一段と重くなる。

暖炉の薪が爆ぜる音だけが響く。


 重厚な大広間の空気を、ふっと軽くしたのはフレッドだった。

 彼はあっけらかんとした声で吹き飛ばした。

「……おう、ちょっと休憩だな。紹介しとくぜ」

 フレッドは椅子の背にもたれかかり、二人の男を親指で指した。

「こいつらは“ファイブ”と“小太り”だ」


 突如として視線が集中する。呼ばれた二人――ラコ一家の男ファインと、丸々とした商人クイレイ――がびくりと体を強張らせた。

「お、お、俺は“ファイン”です! “ファイブ”じゃ……!」とファインが慌てて抗議する。


 だが、フレッドは気に留めずに笑った。

「いいんだよ “ファイブ”の方が覚えやすいし、なんか似合ってんじゃねぇか?」


 隣でケイトがくすりと笑いながら続ける。

「ラコ一家のファイブと、クイレイ商家のクイレイよ」

 その声音には冷たい響きがあった。


ファインとクイレイ、二人はその声を聞くだけで背筋がぞくりとした。

 彼らは今や“生かされている側”なのだ。

(……もう“ファイブ”でいいか)

 ファインは心の中でそうつぶやき、肩を落とした。


 ケイトはグラスを指で軽く回しながら言葉を続ける。

「ファイブは貴族たちと交友があって、裏事情にはかなり詳しいみたいなの。クイレイは王都でも有数の商家だって聞いたわ」


「へぇ……情報を提供してくれるってことか?」

 ベガがワインを口にしながら低く問いかける。


「そういうことだ!」

 フレッドがドヤ顔で片眉を上げ、拳で卓を軽く叩いた。

 場が少し笑いに包まれる。


「では……」

ユキヒョウが声をかける。

「ファイブ、王家と貴族たち――今の動向を教えてくれるかい?」


「ハッ!」

 ファイン――いや、もう“ファイブ”は背筋を伸ばし、まるで軍に報告する兵士のように姿勢を正した。

 その顔には、恐怖と緊張、そして生き残るための必死さがあった。


「まず、国王陛下でございます。陛下は“優柔不断”との噂が立っております」

 ファイブの声は静かで、しかしよく通った。


「決断を下すのに時間がかかり、重臣たちの意見に左右されやすく、結果として王妃殿下が実質的に政務を仕切っておられるとのことです」


「王妃殿下はどういう人物だい?」

 ユキヒョウが訊くと、ファイブは小さく頷いて続けた。

「聡明なお方です。物事をはっきりと言われます。臣下に対しても遠慮はなく、むしろ彼女の言葉に従う貴族の方が多いくらいです。民の評判もよく、慈善事業にも力を入れているとのこと。――ですが、その率直さが一部の貴族たちには“恐れ”にもなっているようでして。」


「なるほど。支配じゃなく“影響”で治めてるわけか」とクリフが低く呟く。


 ファイブはさらに続けた。

「王妃殿下のほかに、側室が二人おられます。ですが子はおりません。王家の家庭関係は以前までは非常に良好だったようです――夫婦仲、親子仲ともに。ですが――兄弟仲に亀裂が入ったのは、およそ五年前。何が原因なのか、はっきりした情報は掴めておりません」


「そのあたりから、“第一王子派”とか“第二王子派”なんて言葉が出てきたわけだな?」

ザックが口を挟む。


「はい。まさにその頃からです。そして――第一王子派にはブランゲル侯爵家を中心とした武門貴族が、

 第二王子派にはスニアス侯爵家を筆頭とした文官・経済派の貴族が集まり始めました。最初のうちは政争の域を出ていませんでしたが……」


 ファイブの声が少し低くなる。

「――内戦の機運が高まってきたのは、ここ二、三ヶ月のことです。王都の街では、もう商人たちの間でも『どちらに付くか』で取引が変わります。中立を装えば、両方から疑われます。法衣貴族たちもすでに“日和見”ではいられなくなり、態度をはっきり示し始めています」


「ふむ……」

 ユキヒョウは腕を組み、思案するように天井を見上げた。

「つまり、もう“政争”ではなく“分裂”の段階というわけだね」


 ファイブはうなずき、息を吐いた。

「はい。表向きはまだ静かですが……それぞれの陣営が“戦の準備”を始めていると言っても言い過ぎではないでしょう。金、兵糧、兵士、物資……あらゆる動きがその証拠です」


 静まり返る大広間。

 誰もがそれを予感していたが、改めて言葉にされると重くのしかかる。


 ケイトがゆっくりと口を開いた。

「……ありがとう、ファイブ。とても有用な情報だったわ」


 その声に、ファイブとクイレイの背筋がぴんと伸びる。

 それは“感謝”ではなく、“認可”の言葉――彼らが“まだ価値ある存在”だと認められたということ。


 フレッドがグラスを軽く掲げると、深紅の液面がランプの光を受けてゆらりと揺れた。

 にやりと口の端を吊り上げる。

「よし、いい報告だ。じゃあ次は――クイレイの番だな」


 その声音には、穏やかさの裏に確かな圧があった。

「商家の視点から見えるものを聞かせてもらおうじゃねぇか」


 フレッドの視線が、鋭くも楽しげに向けられる。

 クイレイの喉が、こくりと動いた。

 丸みを帯びた体をさらに小さく見せるように、椅子に沈み込みながら、彼は指先でグラスを握りしめる。

 震える手に、わずかに赤い酒が波を立てた。


 部屋の空気が、じり、と締まる。

 誰も口を開かない。

 この場において“沈黙”は、ただの間ではない。

 “拒絶”であり、“敵意”と受け取られる。


 クイレイはそれを理解していた。

 いや、理解していなければ、すでにこの場にはいない。


「……わ、私は」

 掠れた声が、ようやく出た。

 彼は視線を床に落とし、震える唇で言葉を継ぐ。


「俗に言う……ブランゲル侯爵家一派、に……ついております」


 軽くざわめきが起こる。

 ケイトが眉を上げ、ユキヒョウが無言でグラスを揺らす。

 フレッドは笑みを崩さぬまま、あごで続きを促した。


「北西方面への、ゆ、輸出制限が厳しくなっておりまして……」

 クイレイは額に汗を浮かべながら、商人特有の丁寧な言葉を絞り出す。

「もともと、我がクイレイ商家は北方との交易を基盤としておりました。鉄、麻、毛皮、香料……それらの流通がここ最近、厳しく制限され、利幅が急に細くなったのです。ですから、やむを得ず――東側、スニアス侯爵家の影響圏へ輸出入の依存を強めておりました。生きていくために。店を……潰さないために。従業員たちを食わせていくために」


 その言葉は悲鳴にも似ていた。

 目の前の者たちは、戦場を渡る傭兵団。

 彼らにとって“生きる”とは戦うことだが、商人にとっては“売る”こと。

 戦火が近づけば、その“売る”道が最初に断たれる。


 クイレイは息を整え、少しだけ声を落とした。

「政争の形勢ががらっと変わったのは、三ヶ月前のことです。それまでは、ブランゲル侯爵家一派が明確に優勢でした。軍事、財政、貴族間の繋がり……どれをとっても第一王子派が上回っておりました。しかし、その均衡を崩したのが――ある“噂”です」


 その言葉に、ユキヒョウの鋭い目が光る。

「噂?」


「はい。財政大臣――キーロヴィチ・デ・マルモス伯爵が、“私的流用”の疑いをかけられたのです」


 その名が出た瞬間、部屋の空気がまたわずかに動いた。

 クリフが無言でフレッドと視線を交わし、ザックが腕を組む。


「マルモス伯爵は、王家財政を十年以上支えてきた人物です。王妃殿下とも近しく、陛下からの信頼も厚い人物です。ですが、その人間が――“国庫金を私的に使っている”という噂が広がりました。証拠は出ていませんが、噂の出所がスニアス侯爵家側だと囁かれています。」


「市井では……いまだ平静を保ちながらも、物資の流通は鈍り始め、物価が徐々に上昇。品物が薄くなっております――王都の民たちの不満がくすぶり始めています。とくに穀物と日用品です。」


 クイレイの声が次第に確信を帯びてくる。

 恐怖を超えて、商人の“報告”としての習性が勝ったのだ。

「これは、ただの経済混乱ではありません。どこかで、意図的に“枯渇”させている。物資を握っているのは――スニアス侯爵家配下の商会たちです」


 ユキヒョウが静かに息を吐いた。

「つまり、経済を使った戦争だね」


 クイレイはうなずく。

「まさしく。血を流す前に、財布を枯らす戦です。そして、民衆の不満が募れば――“王家の無能”という形で火がつきます。……その火を誰が最初に煽るか、そこが問題でございます」


 フレッドがゆっくりとグラスを置いた。

 その動作一つで、場の緊張がまた変わる。

「上出来だ、クイレイ」


 彼は笑みを浮かべながらも、目だけが笑っていなかった。

「お前の話は、どの情報屋よりもよく整理されてる。だが――次に話すときは“震え”抜きで頼むぜ。この部屋じゃ、声よりも“沈黙”がよく響くからな」


 クイレイは脂汗をぬぐいながら、深く頭を下げた。

「……かしこまりました」


 ワインの香りが再び漂う。

 その香りの向こうには、戦の匂い――血と鉄の予感が、確かに混じっていた。

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