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光を求めて  作者: kotupon


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421/447

秘めた怒り?!

クイレイ商家の重い木の扉が、馬車の到着とともに開かれた。

外の埃っぽさとは違い、店内は磨き上げられた床に柑橘と香油の混じった柔らかな匂いが満ちている。


だが、そこにいる従業員たちの視線はどこか落ち着かず、足取りもぎこちない。

入口で侍っていた番頭や下働きの者は、フレッドたちが近づくと一斉に視線をそらし、目を合わせまいとする。

明らかに「来てほしくない」空気だ。


「おう、小太りのオッサン! 美味い酒と飯を用意しろ! 俺たちはラコ一家より偉いんだぜ!」

フレッドは大股で店先へと踏み込み、腰に手を当てて店内に高らかに宣言する。

肩にかけたマントの裾が床を掠め、周囲の空気が一瞬凍る。


店の奥、贅を凝らした帳場の前に座るのは、クイレイ商家の主――ぽっちゃりとした風采の男だった。

顔色は良く、きっちりと手入れされた髭が鼻の下で揺れる。

その目は最初、客で来た者たちに向けるような商売人のそれだったが、フレッドの無遠慮な口調が耳に入ると途端に険しくなる。


「な、何を寝ぼけたことを……お前ら、何でこんな奴らを店に入れたんだ! 即刻叩き出せッ!」

クイレイは慌てて下働きを指さし、取り繕うように命じる。


周囲の従業員はなおも視線を逸らし、足を擦り合わせる。


フレッドはその反応を見て、にやりと笑いながら肩をすくめる。

「おおっとぉ、いいのかな? 後でどうにかなっても知らねえぞ?」と、妙に自信ありげに返す。

声に含まれるのは威嚇ではなく、どこか茶目っ気のある余裕。


クイレイは言葉を詰まらせ、目を泳がせる。

「な、何だ? この男は……まさか本当に……? い、いや、そんなことがあるはずがない……しかし、もし本当だったら……いやいや」

声はか細くなり、その後に続く言い訳の糸口を探す。


店の従業員たちも、手元の仕事に戻るふりをするが、動作はうわの空だ。


フレッドは我慢ならず「おい、早く案内しろよ」──その言葉にクイレイはぎくりと身を乗り出す。

店主の顔が一瞬真っ青になり、次の瞬間、恐怖と屈辱が混じった顔で小さく唇を動かした。

「クッ……ついてこい……貴様ら、嘘を吐いてたらただじゃ済まさんぞ!」

その言葉は必死の抵抗と相手を威嚇する最後の足掻きだった。


フレッドはふと眉を上げ、やや不快そうに鋭い目を向ける。

「俺が嘘つきだって言うのか……あ゛?」

フレッドはじっと睨み返す。


気まずさと緊張が一瞬混ざる中、クイレイは口を開いた。

「い、いえ……ど、どうぞ、こちらです……」

と、声が震えている。


周囲の従業員も店主同様、内心では動転しながらも、表面上は客をもてなすふりをして案内を始める。

通された応接間は、クイレイ商家の見栄えを示すための空間だった。


高級感のある絨毯、壁にかけられた織物、家具は艶を残し金具が鈍く光る。

席に腰掛けたフレッドは、にんまりと笑い、テーブルを小さく叩いて命令調に言った。

「おう、上等な酒を持って来いよ!」


その声に、従業員の一人が震える手で身を翻し、奥へと走り去った。

足取りは速いが、どこかぎこちない。


「す、す、すぐに……ご用意します」

店の者は絶え間なく頭を下げる。


酒器がひとつ、またひとつテーブルに並ぶ。

だが、その手は明らかに早業ではなく、恐怖で震えている。


ケイトはその場の空気を観察し、小さく息を吐いてからフレッドに耳打ちする。

「あんた、滅茶苦茶ね。いつもこんなことしてるの?」


フレッドは大げさに肩をすくめ、にやりと笑う。

「するわけねえだろ! 今回のスラムでのことを考えてみろよ? 俺ら、よくやったよな? 新しい体制を作って、住民たちを保護して、それにチューファ一家もラコ一家も、俺たちの配下みてぇなもんだろ?クイレイ商家がラコ一家の下ってんなら俺たちの配下の配下みてえなもんだ」


ケイトは冷ややかに呆れた顔をする。

「……呆れた…」

だが口角の端に含み笑いが生まれる。

「あんた、結構、弁が立つようになったわね」

ケイトが続けると、フレッドは胸を張り、得意げに応える。

「それな! 数々の交渉事をこなしてきたからな! ワハハ!」

大きく笑い上戸のように笑い声を放つ。


(…それ程、数をこなした訳じゃないでしょうに…)


クイレイ商家の店主は、フレッドの厚かましい振る舞いに狼狽しつつも、内心では彼らと対峙する道理を探していた。

表向きの権威と、裏の実力──商売人のプライドと現実的な弱さが入り交じる。

彼は目を泳がせながらも、自らの店の体面を守るため、丁重に応対を続ける。


応接間の空気は、フレッドの軽妙さとケイトの冷徹さ、そしてクイレイの焦燥が混ざった独特の緊張で満ちている。


そして——今の状況に、まったく、これっぽっちもついていけていないのが、リズの家族であるベン一家だった。


家の前で見たあの光景は、もはや夢か幻か。

二人のチンピラが地べたに転がり、白目をむいて気絶。

「おい、起きろ」などと言いながら、まるで朝のゴミ出しのように足で軽く蹴り上げるあの若者。


ベンは口を開けたまま言葉を失い、ヘラは胸に手を当て、リタは「え? これが“人の起こし方”なの?」と呟いたまま固まっていた。


フレッドとケイトの二人はそんな三人をよそに、チンピラを指さして「ラコ一家の一番偉い人を呼んでこい」と平然と命じた。


——ラコ一家。スラムの帝王ゾゾ一家を支えるナンバー2。

その幹部どころか「一番偉い人」を“呼びつける”だと?


「……夢だな、これは」ベンは目をこすった。

「ううん、現実よ……」ヘラは青ざめた顔で答える。

「この人たち、絶対ただの傭兵じゃない……」リタがぼそりと呟く。


気がつけば、ベン一家も流れに飲まれ、荷物をまとめてその後を追っていた。

もはや抵抗という概念はなかった。


そしてたどり着いたクイレイ商家。王都でも有数の商家だ。

普通なら、庶民が扉の前を横切るだけで足がすくむような立派な建物である。


だがフレッドは扉を開けるなり、店主に向かって叫んだ。

「おう、小太りのオッサン! 美味い酒と飯を用意しろ! 俺たちはラコ一家より偉いんだぜ!」


……。


ベンの頭の中で、何かがパリンと音を立てて割れた。

「ら、ラコ一家より……偉い?」

ヘラは口元を押さえ、「この人、命が惜しくないのね……」と小声でつぶやく。

リタはもう、笑うしかない。「なんかもう……逆に尊敬するわ……」


店主クイレイの方も動揺していたが、なぜか最終的には頭を下げて「ど、どうぞこちらへ……」と案内する始末。

堂々と応接間に座り、腕を組んで「上等な酒を持って来い」と命じるフレッド。

その横でケイトは涼しい顔をしている。


「……何なの、この人たち……」リタが呟く。

「強盗……でも、ない……わよね?」ヘラが言う。

「いや、強盗より怖ぇ……」ベンは真顔で返した。


傍若無人、堂々、悪びれゼロ。

世の常識も恐怖もどこ吹く風。

“こんな人間見たことがない”とはまさにこのことだった。


そして三人は気づく——この二人と一緒にいる限り、自分たちはたぶん安全だ……いや、いろんな意味で“無敵”だ、と。



食卓に並ぶのは、見たことも聞いたこともない豪勢な料理の数々。

香ばしく焼かれた肉、銀皿の上で湯気を立てるスープ、宝石のように輝くデザート。

ワインのボトルには王家の紋章が彫られている。


――場違いにもほどがあった。


「遠慮なくやってくれ! 小太りの驕りだ!!」

フレッドの大声が響く。


店主クイレイは、口元をひきつらせながら“驕り”という言葉に絶妙に反応し、脂汗を浮かべていた。


「ベンさん、ヘラさん、リタさん。せっかくだから頂きましょう」

ケイトがにっこり笑う。


まるで王族の晩餐会に招かれた客のような口調だ。

だが今ここにいるのは、苦しい生活をしていた一家と、女傭兵と、元気すぎる男である。


「リズのオヤジ、飲めるんだろ? 注いでやるよ!」

フレッドはワインをラッパ飲みしてから、ベンのグラスに豪快に注ぐ。

「す、済まない……」とおずおずと受け取るベン。

そのグラスから立ち上る香りに、思わず目を丸くする。


「さあて食うか! 小太り! 俺たちはめっちゃ食うからよ! じゃんじゃん持って来い!!」


「……は、はいぃぃ……」

引きつった笑顔で頭を下げるクイレイ。

その後ろでは使用人たちが顔を見合わせながら、銀の皿を震える手で運んでくる。


フレッドの食べっぷりはまさに猛獣。

「うおお、肉が溶けるッ! こりゃぁ美味いぜぇ!」

ケイトも上品な動作でナイフとフォークを操りながら、実は人の倍の速さで平らげていた。


最初こそ緊張で箸(いや、ナイフ)を持つ手が震えていたベンたちだったが、

匂いに負け、味に負け、気づけば全員――人相が変わるほどにがっついていた。


「うまいっ……! うますぎるっ!!」

「パンが! パンがふわふわしてるぅぅ!!」

「おかわり! あ、いや、まだあるの!? 最高ぉぉぉ!!!」


ベンの目には涙が浮かび、リタは頬を膨らませながら笑い、ヘラは酒をカパカパと空けては「生きててよかった……」と呟いている。

もはや誰も庶民の遠慮など忘れていた。


その時――!


「ケイトの姐御はどこにおられるっッ!!!」


応接間の扉が爆音とともに開く。

入ってきたのは、汗だくで息を切らした五人組。

中央には腹の出た男、筋肉の塊みたいな部下たちが四人。

空気がピリッと張りつめる。


「お、遅れて申し訳ございませんッ!!」

「申し訳ございませんッッ!!」


一斉に床に額をつける五人。

皿の上の肉まで震えるほどの勢いだった。


ケイトはナイフとフォークを置き、ワインを口に含みながらため息をついた。

「ちょっと声が大きいわよ。それと……私のことを“姐御”と呼ぶのは禁止。“さん”づけでいいわ」


「ハッ!! 畏まりました、ケイトさん!!!」

全員、頭を上げたまま敬礼のようなポーズで固まる。


……圧が強すぎる。


ベンたちはというと――。

「おい……これ夢か? 俺たち、なんかすげぇ勢力の真ん中にいないか?」

「ううん……多分、神の使いか何かよ……」

「いや、あの姐さん、神っていうより……魔王じゃない?……」


そしてフレッドは酒を片手にドヤ顔。

「な? 言っただろ。飯も酒もタダになるってな!」


ケイトは呆れたように笑い、クイレイは魂が抜けたように立ち尽くす。

豪勢な料理と高級ワインで満たされた応接間は、さながら小さな宴会場のようだった。

笑い声、食器のぶつかる音、そしてフレッドの豪快な笑いが響く。


「ナンバー5……じゃなくて、あなたの名前は?」

ケイトが優しくも鋭い目つきで、ラコ一家の親分に尋ねる。


「はっ! ファインと申します!」

腹の出た男は直立不動で答えた。


「おう、ファイブ! このワイン、なかなかいけるじゃねえか!」

フレッドがラッパ飲みしながら陽気に言う。

「クリフたちにも飲ませてやりてぇから、20本用意しろ!」


「ハッ! 手配しますっ!!」

(……ファインです、と訂正できない……!)

ファインの顔は笑顔を保ちながら、心の中で血の涙を流していた。


「よし、お前も飲め!」

フレッドは容赦なくボトルを突きつける。


「ちょ、頂戴します!」

必死に受け取ったファインは、震える手でワインをあおり――ゲホゲホとむせた。


笑いが爆発する。

ベン一家も、ケイトも、フレッドも、皆が笑っていた。

豪華な料理の香りと、美味い酒に満ちたその空間は、確かに――王都でいちばん「平和」な場所だった。


……ほんの数分前までは。


皿が空になり、グラスが置かれたその瞬間。

ケイトの目が、すっと細まった。

その微笑みは、もうさっきまでの柔らかいものではない。


「こちらにいるベンさんたちご家族は、私たちにとっても大事な人たちなの」

ケイトの声は静かで、しかし氷のように冷たい。

「ファイブ……あなたたちのせいで、この人たちは苦しい生活を余儀なくされていたみたいね」


……時間が止まった。


ガタッ――!


ファインと部下たちは一斉に立ち上がるも、すぐにガタガタと膝を震わせて崩れ落ちる。

顔面は蒼白、背中には滝のような汗。

「ひっ……そ、それは……」

「お、俺たちは命令されただけで……!」


「ワハハハハ!!」

フレッドの笑い声が轟いた。

「お前ら、死んだなぁ!!」


そのまま腰の二振りのグラディウスを抜く。

金属の唸る音が応接間を切り裂く。

部屋の空気が一瞬で張りつめた。


「ま、待ってく――」

言い終える前に、フレッドの腕が閃く。


ギィィン!!


火花が飛び散る。

グラディウスの刃は、ファインの首のほんの数センチ手前で止まっていた。

間に割って入ったケイトのショートソードが、それを受け止めていたのだ。


金属同士の摩擦音が、静まり返った部屋に響く。

ケイトの表情は凍てついたように冷たい。


「フレッド」

その声には、怒りと威圧が同居していた。

「話はまだ終わっていないわ。……私に任せて」


フレッドはしばらく睨みつけていたが、やがて舌打ちをして剣を下げた。

「……チッ。俺だって怒ってることを忘れんなよ」


「当然よ」

ケイトは短く答える。

「リズの家族は、私たちの家族でもあるんだから」


一方、ファインたちは――。

まるで処刑宣告を受けた罪人のように、ただ地面に頭をこすりつけていた。

誰も息を呑むことすらできない沈黙。


ケイトの瞳がその場をゆっくりと見渡す。

その眼差しに射抜かれた者は、決して逆らうことなどできなかった。


応接間に残るのは、焦げた鉄の匂いと、冷たい静寂。

――宴の笑いは、跡形もなく消えていた。

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