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光を求めて  作者: kotupon


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419/447

ようやく任務開始?!

朝靄の中、王都の街並みがゆっくりと目を覚まし始めていた。

チューファ一家邸宅の中庭には冷たい朝の空気が満ち、炊事の煙が細く立ち上っている。

避難民たちの中からは子供たちの笑い声がかすかに聞こえ、昨日までの疲労に覆われた空気は、ほんの少しだけ和らいでいた。


そんな静寂を破るように、玄関の扉が軽快に叩かれた。

「失礼しますっ!」

息を切らせたギュンターが、夜明けの光の中に姿を現した。


彼の服の裾には土がつき、靴もすっかり埃まみれになっている。それでもその目は輝いていた。

「クリフさんっ!報告があります!」


ちょうど朝食を取りながら打ち合わせをしていたクリフ、ケイト、ユキヒョウ、ザック、フレッド、が顔を上げた。

ケイトがすぐに立ち上がり、ギュンターの前に駆け寄る。

「まさか…もう?」


ギュンターはこくこくと頷き、懐から数枚の紙を取り出した。

「はいっ! リズさんのご家族――全員、生存が確認できました!」


広間に一瞬、静寂が落ちる。


次の瞬間、ケイトの目が大きく見開かれた。

「本当に……? 本当に生きていたのね!」


ギュンターは頷きながら報告を続けた。

「王都の東四十一地区。貧民層の多い区域ですが、そこの外れにある借家に住んでいました。お父上のベンさんは清掃業をしており、母上のヘラさんも同じく仕事を手伝っていますお姉さんのリタさんは酒場の清掃、そして兄のテオさんは荷運び。四人とも健康状態は悪くありませんが……生活は、いっぱいいっぱいです。家は――その、あばら屋といってもいいほどで」


ケイトは唇を噛んだ。

「……そう。無事ならそれでいいわ。今はそれだけで十分」


ギュンターは続けた。

「それと、重要な情報がひとつ。家族には二十から三十金貨ほどの借金があります。借りた相手は、クイレイ商家。王都ではそれなりに名の知れた商家ですが……取り立てはかなり厳しいと評判です」


クリフが腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。

「昨日の今日で、よくここまでやったな」

彼は腰の袋から金貨袋を取り出し、ギュンターの前に放る。

「残りの報酬十五金貨とは別に、特別手当十金貨だ。よく細かいところまで調べてくれた。」


ギュンターは一瞬、言葉を失い、目を見開いた。

「……っ、ありがとうございます! 本当に……!」

彼の手が震えていた。それは金に対する喜びだけではない。

信頼を得られたことへの、確かな実感だった。


だが次の瞬間、彼は少し顔を寄せ、小声で尋ねた。

「……あの、それで……派閥や貴族、背後関係の情報なんかを提供したら、報酬は……いただけるんでしょうか?」


クリフは少し笑って、顎を軽くしゃくった。

「もちろんだ。お前が使える情報を持ってくるなら、相応の対価は払う」


「ほ、本当ですかっ!?」

ギュンターの目がさらに輝いた。

「そ、それなら僕、全力で情報を集めます!必ず役立ててみせます!」


その勢いのまま、深々と頭を下げると、彼は再び駆け足で邸宅を後にした。

扉が閉まる音が響き、少しの沈黙が残る。


「……あいつ、食えねぇ奴だな」

フレッドが腕を組みながらぼそりと呟いた。


「だな」

ザックが椅子の背にもたれながら言った。

「オドオドしてるのは演技だ。歩き方見たか? 足の運びが軽い。体幹のブレもなかった」


ユキヒョウも頷く。

「僕も同感。情報屋の中でも相当上の部類だと思う。警戒しておくに越したことはないね」


ケイトはふっと笑い、髪を耳にかけながら言った。

「でも、悪い子じゃなさそうよ。根は真面目そうだし。……それよりも、私、これからリズの家族を迎えに行ってくるわ」


その言葉にクリフが頷いた。

「ああ、頼む。フレッドも一緒に行ってくれ」


「了解。」とフレッドが短く返事をする。


クリフは続ける。

「俺とザックは買い出しだ。ユキヒョウ、お前は留守番を頼む。情報屋たちが戻ってくるかもしれねぇ」


「わかった。報告が来たら内容を精査して、まとめておくよ」とユキヒョウが答える。


フレッドが口を挟んだ。

「ユキヒョウにも金を預けといた方がいいんじゃねえか?  情報屋たちも現金払いの方が動きが早え」


「たしかに」

ザックが同意する。

「情報の精査をユキヒョウに任せて、報酬額の判断も一任すればいい。こっちで待つより早い」


クリフは少し考え、頷いた。

「そうだな。その方が手っ取り早い。情報屋ってのは『すぐに金が手に入る』ってことに弱いからな」


彼は懐から二つの小袋を取り出した。

ひとつをケイトに、もうひとつをユキヒョウに。

「ケイト、これに百金貨入ってる。」


「了解。ありがとう、クリフ」

ケイトは受け取った袋をしっかり握りしめ、目を細めた。


「ユキヒョウ、お前には二百金貨預ける。情報屋が戻ってきたら報酬を即金で払ってやれ。交渉は任せる」


「わかった。適正な範囲で動かすよ」


クリフは立ち上がり、腰の剣を軽く整えた。

「――じゃあ、行くぞ。ザック、準備はいいな?」


「おう、いつでもいけるぜ」

ザックは大きく伸びをして、軽口を叩いた。

「まったく……朝っぱらから働かされるとはな。夜の方が性に合ってるんだが」


「夜は夜で、また別の仕事があるじゃないか」

ユキヒョウがにやりと笑った。


「へっ。お前も性格悪ぃな」


そんな軽いやり取りを交わしながら、一行は玄関へと向かう。

朝日が邸宅の中庭に差し込み、石畳を金色に染めていた。

今日もまた、忙しく、そして苛烈な一日が始まる。


ケイトとフレッドはリズの家族のもとへ。

クリフとザックは物資の買い出しへ。

ユキヒョウは邸宅に残り、情報の整理と報酬の支払いを担う。


それぞれの役目を胸に、彼らは静かに歩き出した。

チューファ邸の門を抜ける頃には、朝靄はすっかり晴れ、王都の空に白い雲が流れていた。



人々のざわめきが徐々に通りを満たしていくなか、ベガとエグモントは早足で石畳を進んでいた。

目的は二つ――ブランゲル侯爵領の物流の実態を洗い出すこと、そしてその裏に潜む「軍用転用」の兆候を掴むこと。

二人は夜明けと同時に動き出していた。

情報屋同士というよりも、戦場を共に駆け抜ける猟犬のように、互いの呼吸を読んで動く。


「……お前、ノーレム街で活動してた情報屋兼鑑定士だろ?」

不意にエグモントが問いを投げた。

声のトーンは軽いが、瞳は鋭く、観察者としての本能が光っている。


ベガは口角をわずかに上げた。

「それがどうした?」

問い返す声音は落ち着いていたが、目だけは笑っていなかった。


エグモントは鼻で笑う。

「いや、聞いてた話と違うんでな。お前の名前は何度も耳にした。腕は超一流だと。だが実際に見てみると……噂以上だな。足の運び、周囲の警戒、すべてが実戦経験者のそれだ。情報屋にしちゃ動きが鋭すぎる」


ベガは肩をすくめた。

「誉め言葉として受け取っておくぜ」


「まだある。荒事にも強いって話は聞いてた。だが――なんだその身体つきは?」

エグモントは横目でベガをじろりと見た。


ベガの服は簡素な黒のシャツと長ズボンだが、その上からでもわかる。

筋肉が無駄なく鍛え上げられ、まるで刃のようにしなやかで力強い。

現代で言えば、戦闘競技のアスリートのような体躯。

動くたびに肩や腕、脚の線が生き物のように流動する。


「ほう、服の上からでもわかるか」

ベガは唇の端を吊り上げた。


「俺の目は節穴じゃねぇ」

エグモントの声にはわずかな笑いと、確かな敬意が混じっていた。


ベガは軽く頷きながら、周囲を確認する。

朝市へ向かう商人たちの列、門番に声をかけられて立ち止まる旅人、荷馬車の車輪が石畳を軋ませる音――どれも王都のいつもの風景。しかし、その中に潜むわずかな異変を、彼の鋭敏な感覚は見逃さない。


「俺はな、シャイン傭兵団で一応“幹部”をやらせてもらっちゃいるが……武では下の部類なんだよ。本職は情報屋兼鑑定士だからな」

ベガはそう言いながら、腰の剣の柄に指をかけた。

動きに無駄がなく、まるでそれだけで一撃を想定しているようだ。


「それでも幹部って肩書きがついてる以上、ある程度は“形”を見せなきゃならねぇ。力を示せない奴は、どんな言葉を並べても説得力がねぇんだ」


エグモントは静かに相槌を打つ。

彼もまた同じ世界に生きる男。理屈ではなく、空気で理解していた。


「なるほどな。つまり、あの傭兵団ってのは……甘くねぇってことか」


「訓練、模擬戦については甘いどころか地獄だな。俺なんざまだマシな方だ。あいつらにシゴかれたら、お前も俺ぐらいにはなるぜ」

ベガの声は冗談めいていたが、どこか誇りが滲んでいた。

仲間への信頼と、過酷な訓練の日々がその一言の裏に宿っていた。


「……そろそろ気ィ張っていくぜ」

そう言ってベガは視線を前に向けた。王都北門が見えてくる。


門の手前では、十数名の兵士が列を作り、往来する人々を一人ひとり検めている。

普段なら荷物の確認だけで済む場所だが、この日は様子が違った。

鎧姿の兵士たちは顔をしかめ、商人たちの荷台を念入りに調べている。


「厳しいな」

エグモントが呟く。


ベガの目はすでに門番の配置、視線の動き、検問の流れを分析している。


兵士たちの動線は整理されていない。

詰め所の裏には三人、休憩中の兵が煙草をふかしている。

荷車の列が長くなりすぎており、検査官の対応が追いついていない――つまり、抜け道はいくらでもある。

――そして、彼らの情報戦が始まった。



王都の東41地区――王都の中でもとりわけ貧しい区画として知られる地域。

石畳はひび割れ、雨水の跡が乾ききらず黒ずんでいる。

両脇に並ぶ家々は古く、木材が軋み、ところどころ壁の漆喰が剥がれ落ちていた。

朝の空気は冷たく、どこか煤けた匂いが漂っている。


ケイトとフレッドは、そんな路地をゆっくりと進んでいた。

二頭立ての馬車は、通りが狭すぎて途中で降りざるを得ず、フレッドが馬の口取りを手に引きながら歩いている。馬たちのカツカツと蹄の音が響いた。


「……ギュンターの地図だと、この先を右に曲がって突き当たりのはずよ」

ケイトは手にした紙を見つめながら言う。

紙は急ごしらえのものらしく、線は歪んでいるが、几帳面に書かれた字がギュンターらしい。


「時刻は……九時半ごろか。思ったより早く着いたな」

フレッドは太陽の位置を見上げながら呟いた。

まだ朝の光は弱く、通りには洗濯物を干す者や、古道具を売る老人の姿がちらほら見えるだけだった。


ケイトが歩を止め、指を前方へ向ける。

「……あそこね」


フレッドの視線の先には、崩れかけた小さな家があった。

屋根の一部は黒く焦げ、壁板は剥がれ、窓の枠は傾いている。

ドアも歪み、取っ手は片方が外れかかっていた。


フレッドは口の端を歪めて言った。

「……俺の元実家よりボロいな」


ケイトはジロリと横目で睨んだ。

「余計なこと言わないでよ。……いればいいんだけど」


ケイトはゆっくりと扉に近づき、拳で軽く叩いた。

「――すみません、どなたかいらっしゃいますか?」


中からは返事がない。静寂が重くのしかかる。

フレッドは馬の手綱を握り直しながら辺りを見回した。


ケイトはもう一度叩く。

「失礼します。突然すみません、お話が……」


それでも、音沙汰はない。


薄い壁の向こうで、何かがわずかに動いた気配がした。

気づいたケイトは、耳を澄ませて静かに続けた。

「……驚かせるつもりはありません。ただ、お話だけでも……」


彼女はふと、ギュンターの言葉を思い出す。

――「あの家族、最近は厳しい取り立てにあっているらしい。」


もしかしたら、借金取りか何かと勘違いされているのかもしれない。

ケイトはトーンをさらに和らげ、声を柔らかくした。

「危害を加えるつもりはありません」


それでも中は沈黙。


フレッドが小声で言う。

「……こりゃ、相当疑ってるな」


ケイトは小さくうなずき、諦めずにもう一度ドアを叩いた。

三度、四度、五度――そのたびに彼女の声は優しくなり、まるで子を呼ぶ母のように穏やかだった。


やがて、きしむ音とともに錠が外れる。

ドアが数センチ開き、そこから怯えた瞳がのぞいた。


現れたのは中年の女性。骨ばった頬、青白い肌、唇は乾いてひび割れている。

体は痩せ細り、袖口から見える手首はあまりにも細かった。

髪はくすんだ金色だが、洗えば柔らかな光沢を取り戻すだろう。


「な、何か……ご用でしょうか?」

声はかすれており、長く会話をしていないような印象を与える。


フレッドが小さく囁いた。

「……間違いねぇな」


ケイトはその言葉にわずかに頷いた。

彼女の視線は、女性の右手に釘付けになっていた。

そこには、リズが語っていたとおりの痣があった


ケイトは静かに微笑んだ。

「……あなたは、リズさんのお母様ですね」


女性――ヘラは一瞬目を見開き、次の瞬間、怯えたように首を振った。

「……し、知りませんっ!」


そのまま勢いよくドアを閉めようとする。

だがケイトは素早く片手を伸ばし、木の扉を押さえた。

力づくではなく、静かな圧で。


「待ってください。私たちは敵ではありません。リズさんのご家族に、どうしてもお伝えしたいことがあるんです」


ヘラの表情に戸惑いと恐怖が入り混じる。

ケイトの真剣な瞳に射抜かれ、しばらくの間、何も言えずに立ち尽くしていた。


フレッドが後ろで控えめに息をつく。

街の喧騒が遠くに聞こえる。洗濯物のはためく音、子供の泣き声、そして馬の蹄の音が、どこか遠い世界の出来事のように響いていた。


――リズの母、ヘラ。

彼女の顔は疲れ切っていたが、その目の奥には、かすかにリズと同じ意志の光が残っていた。


ケイトはそれを見逃さなかった。

彼女はそっと手を緩め、柔らかな声で言った。

「……リズは、生きています。あなたの娘は――今も、立派に生きているんです」


その瞬間、ヘラの指が小さく震え、閉じかけたドアの向こうから、かすかな嗚咽が漏れた。

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