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光を求めて  作者: kotupon


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もどかしい気持ち?!

 「エグモントへの依頼は、ブランゲル侯爵領の物流停止と軍用転用についてだ。」

 クリフが低く告げると、部屋の空気が一層重みを増した。

 彼の声には明確な意図がこもっている。

 「詳しく調べてもらいたい。ベガと一緒にな。」


 その名を聞いて、エグモントは視線をわずかに横に流した。

ベガは卓の端に肘をつき、顎に手を当てながら不敵に笑っていた。

鋭い目をしているが、どこか試すような光も宿している。


 「…意図的にとも考えられないかい?」

 ユキヒョウがいつもの穏やかさを保ちながらも、その眼差しは冷静に情勢を読み取っている。


 「わざと隙を見せているってことかしら。」

 ケイトが続けると、彼女の白い指先が地図の一点をなぞった。

ブランゲル領と王都を結ぶ主要街道。そのいくつかが、最近封鎖されたという報告が届いている。


 「ブランゲル様、ジェイソン様なら……やりかねんな。」

 ベガがぼそりとつぶやき、肘を机に当ててため息を吐く。

 「まあ、どっちにしろ調べてみなきゃわからんな。」


 クリフが、視線を上げる。

 「エグモント、支度金十金貨。成功報酬は……何をもって成功とするか、だな。」

 問いかける声には計算と誠意が同居していた。


 「期間限定で雇えばいいんじゃね?」

 気の抜けたような声で割り込んだのはフレッドだった。

椅子の背もたれにだらりと体を預け、両手を後頭部に組んでいる。

 「期間中、無事働いたら、それとは別に報酬をあげりゃいい。」


 「おお、それいいな。堅実だ。」

 ザックがにやりと笑って同調する。

彼はブーツのかかとを軽く床に打ちつけながら、いかにも落ち着きのない様子である。


 ケイトが呆れたように眉を上げ、「あんたたちも、たまにはいい案を出すわね」と皮肉混じりに言うと、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。


 クリフは軽く頷き、机に指を打ち鳴らした。

 「よし、支度金十金貨。一日三金貨で十日間雇う。全うしたら報酬三十金貨を渡す。」

 その即断に、広間の空気がわずかに動いた。


 「……ベガ、でいいんだよな?」

 エグモントがベガに視線を向けて、クリフに確認するように問いかける。

 「一緒に行動するってことで、間違いないか?」


 クリフは頷いた。

 「ああ。一緒に行動してもらう。」


 「……受けよう。」

 短く、しかしはっきりとした口調だった。

エグモントの瞳には覚悟の色が宿っている。


 ケイトが軽く立ち上がり、髪を整えながら言う。

 「明日から行動してはどう? 今日は私たちもやることがあるわ。」


 その言葉にユキヒョウが続ける。

 「服、靴、布生地、薬、薬草、食材……とにかくいっぱい購入しないとね。」


 クリフは腕を組み、頷きながら言った。

 「ああ、保護した意味がなくなるな。」

 彼の視線の先には、邸宅の奥で休んでいる避難民たちの姿が脳裏に浮かんでいた。


 だが、その緊張感を軽々と吹き飛ばすように、フレッドが勢いよく立ち上がった。

 「俺は娼館に行くぞ。だから金くれ!」


 「還元してくれるんだろ?」

 ザックが悪びれもせずに言うと、ベガが呆れ顔で笑った。


 「任務はまだ終わっちゃあいねえぞ。」

 クリフが一応の釘を刺すが、その声に怒気はない。

 いつものことだと理解しているのだろう。


 「……いや、いいかもしれねえ。」

 不意にベガが真面目な顔に戻った。

 「ブランゲル様たちは諜報にも力を入れてる。ザックは目立つからな。もしかしたら接触してくる可能性もある。」


 ケイトが小さく頷く。

 「そうね。それにザックはカシウム城にも自由に出入りしてたから、顔も知られているわ。」


 「フレッドの“一度見た顔は忘れない”って特技もあるね。」

 ユキヒョウが口元に柔らかな笑みを浮かべる。

その目は冷静だが、どこか面白がっているようでもあった。


 「……夕飯には帰って来いよ。」

 そう言ってクリフが革袋から三金貨を取り出し、フレッドに手渡す。


 「ひゃっほう〜! 行ってくるぜ!」

 勢いよく立ち上がるフレッドに続いて、ザックも肩を並べた。

 「おう、娼館が俺を呼んでるぜぇ!」


 そのまま二人は広間を飛び出していく。

ドアが勢いよく閉まり、笑い声が廊下の向こうに遠ざかっていった。


 残された空間には、しばしの沈黙が戻る。


 ベガは腕を組み直し、ふっと笑った。

 「……あいつらは本当に自由だな。」


 「でも、あの明るさが団を保ってるんだよ。」

 ユキヒョウの穏やかな声に、ケイトも静かに頷く。


 クリフは窓の外を見やりながら、深く息を吐いた。

 「――さて。俺たちも色々と購入してくるか。エグモント、明日の朝、またここに来てくれ。」


 促すように言うクリフに、エグモントは少しの間だけ考えるように沈黙した。

 そして、彼はゆっくりと口を開く。

 「……一つ、聞いてもいいか?」


 「何だ?」


 エグモントの瞳が、老練な情報屋特有の警戒心を帯びる。

 「支度金を持ってトンズラするとは……考えなかったのか?」


 広間の空気がわずかに揺れた。

 ベガが肩をすくめ、ケイトは興味深げにそのやり取りを見つめる。


 クリフは短く息を吐き、口の端に小さな笑みを浮かべた。

 「お前ら情報屋だって、信用第一だろ? トンズラかましたら、そいつは二度とその世界じゃ生きていけねぇ。」

 軽く指で机を叩きながら言葉を続ける。

 「そうだろ?」


 数秒の沈黙ののち、エグモントの口元にも小さな笑みが浮かんだ。

 「……フッ。なるほどな。」

 そして彼は椅子を引き、立ち上がる。

 「明日の朝、顔を出す。」


 そう言い残して、足早に広間を出ていった。

 扉が静かに閉まる音が、広い部屋の中でやけに響いた。


 「ベガ。」

 クリフが振り返り、真剣な目で彼を見た。

 「法務大臣、エルフリーデ・デ・ケレンズ伯爵の邸宅がどこにあるか調べてくれ。――明日、会いに行く。」


 ベガは目を細めた。

 「アポは取らねぇのか?」


 「取らねえ。」

 クリフの答えは即答だった。


 ベガはしばし考え込み、腕を組み直した。

 「……目立ちたくねえのはわかるし、使用人から情報が漏れる可能性もあるか。難しいところだな。」


 「そうね。」

 ケイトが頷く。

 「シャイン傭兵団の名は、私たちが思ってたよりも有名みたいだしねぇ~。ザックとフレッドを行かせたのは、失敗だったかしら?」


 「まあまあ。」

 ユキヒョウが柔らかく間に入る。

 「シャイン傭兵団の名を出さなければ、平気じゃないかな? それに、彼らはもう何度も王都の娼館に通ってるんだ。今さら怪しまれはしないさ。それに君たちだってかなり派手に買い物をしてたしね」


 「……痛いところを突くわね。」

 ケイトが頬をつまむようにして小さくため息をついた。

 「浮かれてたのは事実だけど。」


 「情報屋たちが持ち帰った情報を精査してからでも遅くはねぇんじゃねぇか?」

 ベガが言う。

 「俺たちのことが噂になっているかどうか……それを見てから動いてもいい。」


 クリフが頷く。

 「そうだな確認してからにするか?」


 「ん~……僕はそこまで気にしなくてもいい気がするよ。」

 ユキヒョウが微笑を浮かべ、軽い口調で続けた。

 「王都の人口を考えてみてごらん。派手に遊んでる連中なんて、そこら中にいる。」


 ベガが笑いながら両手を上げた。

 「つまり、“目立つ奴ら”の中に埋もれるってことか。悪くねぇな。」


 ケイトが肩をすくめた。

 「シャイン傭兵団の名さえ出さなければ、あまり気にする必要はないってことね。」


 「なるほな。」

 クリフが短くまとめ、椅子から立ち上がる。


 「俺は一応、法務大臣エルフリーデ・デ・ケレンズ伯爵邸の場所を押さえてくる。すぐにわかるだろ。」

 ベガが立ち上がり、背伸びをした。

 「その後、お前たちと合流する。」


 「情報を精査してから向かうことにしよう。」

 クリフがそう言うと、全員の視線が自然と彼に集まる。


 ケイトが両手を叩いて明るい声を出した。

 「その方がいいわ! ――じゃあ行くわよ!服、靴、布、薬、薬草、食材。ぜ~んぶ足りないんだから!」

 ケイトが腰に手を当てて宣言する。


 「買い物、買い物~♪」

 その軽い調子に、ユキヒョウも「ふふ」と笑い、ベガが呆れたように肩をすくめる。

 「ケイト嬢、完全に観光気分だな。」


 「いいじゃない、少しくらい。」

 ケイトが言い返す。

 「任務の合間に息抜きしなきゃ、やってられないわよ。」


 クリフは苦笑を浮かべた。

 「……前にもそんなことを言ってたな…。」


 彼は再び窓の外に目をやる。

 王都の空は穏やかに晴れ、遠くでは鐘の音が響いている。



夕方の王都は、日中の喧騒を引きずりながらも、少しずつ静けさを取り戻しつつあった。

赤く染まる空を背に、クリフたちの乗る馬車がゆっくりとチューファ一家邸宅へと戻っていく。


荷台には、今にも崩れ落ちそうなほど積み上げられた袋や木箱。

穀物、干し肉、薬草、衣類、靴、石鹸、油、さらには子供たちのための甘味――どれも生きるために必要なものばかりだ。


ケイトは馬車の上で軽く髪を結い直しながら、大きく息を吐いた。

「ふぅ……午前から動きっぱなしね。買っても買っても足りない感じがするわ」


隣のユキヒョウが、にこやかに笑いながら言った。

「でも、これだけの量をこの短時間で揃えたんだ。ケイト嬢がいなかったら、三日はかかってるね」


「ふふ、褒めても何も出ないわよ?」

ケイトは肩をすくめる。

その表情には疲労の影もあったが、それ以上に達成感が滲んでいた。


彼女が何よりも嬉しそうにしていたのは、チューファ一家邸宅に“大きな浴場”があったことだ。

邸宅を出る前――避難民の少女が「お湯って、夢の中でしか見たことない」と言っていたのを思い出し、ケイトは即座に湯を沸かす準備を指示した。

幸いにも邸宅には巨大な貯水槽があり、火を起こすための薪もまだ十分にある。


「お湯を焚いて。女の子たちが先ね。男たちは後回し」

そう言って、彼女は避難民たちに声をかけて出発したのだった。


彼女の頭の中には常に、邸宅に身を寄せる百名余りの人々の顔があった。

女と子供が六十名、男と老人が五十名――誰もが疲れきった表情をしていたが、目の奥にはまだ希望があった。

その希望を絶やさぬようにするのが、今のシャイン傭兵団の役割だった。


馬車は裏通りを縫うように進む。

クリフは手綱を握りながら周囲を警戒していた。

「……あまり同じ道を通るな。目立つ買い物隊なんて、良くない」


「わかってるわ。だから今日は三つの区をまたいだの」

ケイトは腰の袋から紙を取り出し、買い付けルートを記した地図を見せた。

赤い線が何重にも入り乱れており、その慎重さが見て取れる。


「にしても、これだけ物資を買ってもまだ足りないってんだからな」とベガが苦笑する。

「食料もそうだが、薬が少ねぇ。怪我人や病人は、日ごとに増えてる。清潔な水と寝床だけじゃどうにもならねえ」


「薬草の在庫、もう一軒だけあたるつもりだったけど、時間切れね」

ケイトは夕陽を見ながら呟いた。

「……明日もう一度出直しましょう。あと、靴。子供たちの足のサイズも揃えなきゃ」


ユキヒョウが荷台の方を振り返る。

その後ろには、ぎゅうぎゅう詰めの荷物の隙間に、パンくずを狙って小さな鳥が乗っていた。

「……これ、全部でいくらになったんだい?」


「ざっと見積もって……二百金貨近いわね」


「……ははっ、王都の小商家が一軒は確実に潰れる額だな」とベガ。


ユキヒョウがぽつりと呟く。

「クリフ、子供たちの保護と治療……義務化してもいいんじゃないかい? 週三回の炊き出しだけじゃ、追いつかない気がするよ」


ケイトが同意するように頷いた。

「スラムに残ってる子供たち……見てられないのよ。せめて病気の子だけでも引き取れないかと思ってる」


クリフは眉間に皺を寄せたまま黙っていた。

夕陽が彼の横顔を照らし、疲労と迷いをくっきりと浮かび上がらせる。

「……まだ始まったばかりだからな。統制も取れてねぇ。いきなり保護対象を増やしたら混乱する。気持ちはわかるが――あれもこれもは無理だ」


「わかってるわ。でも、見捨てるみたいでやりきれないの」

ケイトの声は小さく震えていた。


「……もどかしいよね」

ユキヒョウが静かに言う。


ベガが口を開く。

「炊き出しを週三から週四に増やすのはどうだ?様子を見ながら調整していけばいい」


「……そうね。それくらいなら現実的かも」とケイト。


クリフは再び深く息をつき、低くつぶやいた。

「みんな……よくやってるよ。お前らがいなかったら、たぶん今ごろ俺は投げ出してた」


その言葉に、ケイトがふと微笑む。

「……珍しく素直ね」


「うるせぇ」


「ふふっ」


馬車の車輪が石畳を軋ませながら進む。

街の灯が一つ、また一つと灯っていく。


彼らの帰りを待つチューファ一家邸宅では、もう湯が焚かれ始めていた。

湯気が立ち昇る浴場に、避難民たちの笑い声が響き始める。

その温もりが、この冷たい王都にわずかな安らぎをもたらしていた。


夕陽の最後の光が街を包む頃、クリフたちはようやく帰路についた。

疲れた身体に風が心地よい。だが、胸の奥にはまだ重いものが残っていた。


――もっと救えるはずだ。

――もっと、できることがあるはずだ。


そう思いながらも、彼らは知っていた。

「できること」と「できないこと」の境界線を見極めなければ、誰も守れないことを。

その想いを胸に抱きながら、暮れゆく王都の道を進んでいった。

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