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光を求めて  作者: kotupon


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ここからが本番?!

――夜が明けた。

薄汚れたスラム街の東端、チューファ一家のボロ屋敷には、夜を徹して行われた一連の「制圧劇」を終えたシャイン傭兵団の面々が、ようやく戻ってきていた。

空はわずかに白み、遠くから鳥のさえずりが聞こえる。

だが、この屋敷の周囲には、静寂と疲労、そして奇妙な安堵が漂っていた。


屋敷の前に立つクリフの姿は、昨夜の血戦を経てもなお乱れがない。

彼の後ろにはケイト、ザック、フレッド、ユキヒョウ、ベガ、そして案内役のチュチュとキース、手下たち。チューファ一家の手下たちは、夜を一睡もせずに炊き出しの準備に追われている。


ボロ屋敷の前庭では、鍋に火がかけられ、朝の冷え込みをぬぐうように湯気が立ちのぼっていた。

かつてのチューファ一家ではあり得なかった光景だ。

炊き出しの香りに、スラムの子供たちが恐る恐る顔を覗かせる。

泥と煤にまみれた顔。

昨夜まで怯えて隠れていた住民たちが、ようやく家の外に出てきたのだ。


「おい、そっちの鍋、焦げついてんぞ」

ベガが腕をまくり、手際よく鍋の底をかき混ぜる。


ユキヒョウは子供たちに水を配りながら、優しい笑顔を浮かべていた。

「もう少しで出来るからね。ちゃんと並んでなよ」


子供たちはこくこくと頷く。


ボロ屋敷の奥の部屋では、オスカーの両親――オイゲンとカタリーナがまだ眠っている。


クリフはそんな屋敷の中を一瞥すると、煙草の火をつけて大きく息を吐いた。

「チュチュ、キース、昨夜はよく動いたな。おかげでスラム全体が静かになった」


「い、いえ!とんでもないっス!」

チュチュとキースの顔は引きつっている。

昨夜、シャイン傭兵団がどんな“力”でスラムを制したのか、彼らは間近で見てしまったのだ。


そこへ、ザックが革袋をいくつも抱えて現れる。

袋の中からは、金属がぶつかる重い音――金貨の響きがした。

「へっへっへっ!見てくれよクリフ!こいつは昨夜の戦利品だ!地下闘技場で稼いだ金、しめて四千八百七十八金貨!」


「ほう…」

クリフは煙を吐きながら袋の中を覗き、ざらりと手のひらに金貨を掴む。陽の光を浴びた金貨が鈍く光る。


「その半分、二千五百金貨を『団長補佐』として俺が管理する。いいな?」


「はぁッ!?ちょ、ちょっと待てや!俺が命かけて稼いだんだぞッ!」


「そうだそうだ!」

フレッドも続く。

「血と汗と涙の結晶だぜ!」


だがクリフはまるで聞いていない。

「団の資金は団のもんだ。異論は受け付けねぇ」


「う、うぅ……俺の金が……」

ザックは泣きそうな顔をして地面に崩れ落ちる。

「あんたたちの酒代と娼館代は、任務が終わったらいくらでも出してあげるから」とケイトが苦笑する。


「……勝手にそんな約束をするなよ」

クリフが呆れたように言う。

「まあ、稼いだのは確かにザックたちだ。少しくらいは還元してやってもいいがな」


「酒と飯と女を与えときゃ文句言わねぇだろ、あいつらは」とベガがぼそっと言う。


「ほんと、そうだね」とユキヒョウが肩をすくめて笑う。


一同が声をあげて笑った。

その笑いは、確かな達成感と連帯感に満ちていた。

夜を越えてようやく掴んだ安堵の瞬間だった。


チュチュは炊き出しの列を見て、小さく息を吐いた。

子供たちが飯を頬張り、老人たちが涙を流している。

つい昨日まで暴力と恐怖の支配下にあったスラムが、今はわずかに“生き返った”ように見えた。


だが彼はその光景を見つめながらも、胸の奥に寒気を感じていた。

――あの人たちは、何者なんだろう。

ゾゾ一家を、一晩で、根こそぎ消した。ラコ一家も、ハダ一家も、全て屈服させた。


「チュチュ、飯を食ったら移動だ」

背後からクリフの低い声が飛ぶ。


「は、はいッ!了解です!」

チュチュは慌てて立ち上がり、頭を下げる。

その声には、恐怖ではなく、奇妙なほどの敬意がこもっていた。


夜明けの空は、ようやく青みを取り戻し始めていた。

スラムの一角で、かつて暴力と貧困が支配していた場所に、初めて“平和”と呼べる空気が流れ始めていた。

そして――その中心には、血に濡れながらも笑う、異常な傭兵たちの姿があった。



シャイン傭兵団の面々――クリフ、ケイト、ザック、フレッド、ユキヒョウ、ベガ。

そして、チューファ一家。さらに、保護された子供たち、スラムの住人たち、オスカーの両親オイゲンとカタリーナ。

その一団が、元ゾゾ一家の大邸宅へと向かって進んでいた。


「チュチュ」

前を歩くクリフが、ふと声をかける。

「俺たちが二千五百金貨を受け取ったが、構わねぇな?」


「も、もちろんですッ!」

チュチュは慌てて答える。

「い、いえ、それどころか……全て差し上げてもいいくらいです!」


クリフは短く笑う。

「そう言われると逆に怖ぇな」


隣のケイトが軽く肩をすくめた。

「チュチュ、そういうのは“恩義”としてとっときなさい。金で返すより、責任で返すのよ」


「は、はいっ!心に刻みますっ!」


ザックが後ろからニヤついた声を上げる。

「おいおい、“心に刻みます”だとよ。いい子ちゃんすぎて歯が浮くぜ」


「お前はちょっとは見習え」

ベガが呆れ顔で言う。


「うるせぇ、俺は俺のやり方で恩返しするんだよ。飲んで、暴れて、寝る。それが俺の誠意だ!」


「……誠意って何だろうね」

ユキヒョウが苦笑する。


そんなやり取りにチュチュたちが少し笑い、緊張した空気が和らいだ。

だが、その矢先だった。


通りの先で、怒号と蹴り音が響いた。

「てめぇ、まだ生きてんのか!」

「死ねよ、クソ野郎!」

「死ね、死ねッ!くたばれッ!」


チュチュが顔を上げ、慌てて駆けだす。

そこでは三人、いや四人の薄汚れたスラム住人が、道端に転がる人影を蹴りつけていた。


クリフたちの姿を見た瞬間、男たちは顔色を変え、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

残されたのは、ぼろ雑巾のように地面に転がる一つの身体――。


「……ゾルゾ、か」

チュチュが息を飲んだ。


かつてスラムの“帝王”と呼ばれ、誰も逆らえなかった男。

その姿はもはや見る影もない。

衣服はすべて剥ぎ取られ、全身は青黒い痣と裂傷に覆われている。

骨が砕け、四肢は不自然な方向に曲がり、呼吸すらままならない。

目は潰れ、焦点を失った白濁が濁っていた。


くぐもった呻き声が、喉の奥から漏れる。

それは、もう“言葉”ですらなかった。


「スラムの帝王のなれの果てってわけね」

ケイトの声は冷ややかだった。

「結局、誰も手を差し伸べてくれなかったみたいね」


クリフが黙って煙草を取り出し、火をつける。

紫煙を吐き出しながら、ゾルゾを見下ろした。


「……当然の末路だな」

そう言ったのはザックだった。

「人を傷つけて、奪って、笑って生きてきたんだ。そりゃあ、こうなるさ」


「死ねねぇのが贖罪なんだろうよ」

ベガが静かに言う。


彼はゾルゾに近づくこともせず、背を向けて歩き出した。


「チュチュ」

呼びかけに、チュチュはびくりと体を震わせる。

「は、はい!」


「お前も、ああなりたくなかったら――しっかりスラムを治めろ」

チュチュは唾を飲み込み、深くうなずいた。

「は、はい……絶対に、ああはなりません……!」


ケイトは最後にゾルゾを一瞥した。その目に情けはなかった。

「因果応報ね。」

その言葉に誰も返さなかった。沈黙だけが、場を支配していた。


一行は再び歩き始める。

通りの向こう、かつてゾゾ一家の大邸宅だった場所が見えてきた。

昨日の惨劇を経て、そこはまるで別の建物のように静まり返っていた。


広い庭の前には、昨夜降った各一家の男たちが、ずらりと整列している。

背筋を伸ばし、顔は引きつり、手は震えていた。

彼らにとって、シャイン傭兵団は“支配者”でも“救い主”でもなく、ただの“恐怖そのもの”だった。


「お前ら、何やってんだ?」

フレッドが眉をひそめて問いかける。


「し、死体処理を……! 家の中の掃除は、完璧に済ませておりますッ!」

一人の男が声を裏返らせながら答える。

「こ、この後のご指示を、お願い致しますッ!」


ケイトが腕を組み、屋敷を見渡した。

窓は磨かれ、床も血の跡ひとつ残っていない。

ゾゾ一家が支配していた痕跡は、ほとんど消えていた。

だが、それでも消えないものがある――

この場にいる全員が感じていた。昨日の夜、ここで流れた血の匂いは、まだ空気の奥底に沈殿しているのだ。


クリフが短く頷く。

「ご苦労だったな。今日からは、ここがチューファ一家の本拠になる。お前らはその補佐だ」


「は、はいッッ!!」

返事はまるで号令のようにそろっていた。


その光景を見て、ケイトがぽつりと呟いた。

「スラムの夜が、ようやく明けたわね」


「いや」

クリフが淡く笑う。

「夜はまだ終わっちゃいねぇ。俺たちが去ったあと、こいつらがどうするかだ」


チュチュはその言葉を聞いて、拳を固く握りしめた。

ゾルゾの末路を思い出し、己の胸に深く刻む。

この街を、再び闇に戻してはならない――そう強く誓いながら。


朝の陽光が、ゆっくりと屋敷の屋根を照らし始めた。

スラム街の“帝王”は死に、“秩序”が芽吹く。

だがその根には、昨夜の血と恐怖が、確かに混じっていた。 


ゾゾ一家の広大な屋敷の門をくぐり、チューファ一家を中心にまとめられたスラムの住人たちがぞろぞろと中へ入っていく。


男たちは怯え、女や子供は不安そうに互いに寄り添っている。

屋敷の中は一晩で様変わりしていた。

かつてのゾゾ一家の威圧的な装飾品は剥ぎ取られ、血の跡を隠すための灰と薬品の匂いが立ち込めている。


クリフたちはゆっくりと中央の広間へ進む。


 広間の中央には、壊れかけた長卓が残されており、その周りには各一家の幹部たちが控えていた。


ベガは壁際に立ち、あたりをじっと見回していた。

彼の目は鋭く、警戒と分析が入り混じっている。


やがて、全員が揃ったのを確認すると、ベガがクリフに近づき、低く声をかけた。

「なあ、クリフ。こいつらの中には情報屋を抱えてる連中がいるはずだ。スラムを仕切るような一家なら、裏の情報を扱える人間を一人や二人は雇ってるもんだ。……集めさせてくれ。」


 その言葉に、クリフは顎に手を当てて少し考える。

 「情報屋」――スラムの闇を生き抜くには欠かせない存在だ。


金と命が紙一重で動く世界で、誰が誰と繋がり、どこで何が起きているかを把握できる者こそが“支配者”の目となる。


 クリフが短く息を吐こうとしたとき、ユキヒョウが片手を上げて口を挟んだ。

「それ、いいね。王都の動きも把握しておきたい。僕たちが出てきてから、王国の中で何がどうなってるか、正確な情報は集めてないからね。裏事情に詳しい連中なら、聞き出せることは多いはずだよ。」


 その言葉にケイトも頷き、腕を組んだ。

「そうね。裏の世界の人間なら、役人や商人の動き、誰がどこで利権を握ってるかぐらいは知ってるはずだわ。それに――」


 そこで彼女の表情がわずかに険しくなる。

「リズの家族を早く保護しないと。スラムの整理がついて、ようやく動けるようになったんだから。」


 彼女の声には焦りと優しさが混じっていた。

家族を想う芯の強さがある。その一言に、場の空気が一瞬、静まる。


 クリフはケイトの横顔をちらりと見て、少しだけ目を細めた。

「……ちゃんと覚えてたんだな。」


 何気なく口をついて出た言葉だったが、ケイトは即座に眉をひそめる。

「どういう意味、それ?」

 じっと睨まれる。彼女の目はいつもより鋭い。


「い、いやいや、なんでもねえって!」

 クリフは両手をひらひらと振りながら一歩後ずさる。

「おっと、サッサと指示を出さねえとな!後でリズの件も段取りつける、な!」


 ケイトは呆れたように小さくため息をつく。

「まったく……都合が悪くなるとすぐ逃げるんだから。」


 ユキヒョウがくすっと笑い、ベガも口の端を上げる。


 クリフは、待機している男たちに指示を出す。

「聞け!これから各一家の中で情報屋や連絡係をやってた奴らを全員集めろ!ウチのベガが確認して選別する。妙な動きをしたら即刻外に放り出せ!」


 「了解です!」と数人の声が返る。


 ベガはその様子を見て満足げに頷き、ユキヒョウと目を合わせる。

「さて……こっからが本番だな。」



 やがて、情報屋と名乗る数人の男たちがベガの前に連れてこられる。

薄汚れた服、鋭い目、手先に染みついたインクの跡。間違いなく“情報”の仕事をしてきた連中だ。


 ベガは一人ひとりの目をじっと覗き込み、短く問いを投げる。

「お前ら、王都の今の空気をどう読んでる?」


「……アンヘル王家は、内乱を恐れて民への圧を強めてる。特に北の街道沿いじゃ、検問が強化されてるって噂です。」


「商人の動きは?」


「ブランゲル侯爵領からの物流が止まったまま……一部は軍用に転用されてます。」


 次々と出てくる情報に、ザックとフレッド、ユキヒョウ、ケイトも表情を引き締める。


 ベガがクリフの方を向き、低く言う。

「クリフ、情報網を整えるなら今だ。スラムを押さえたこの機会を逃すな。」


「ああ、わかってる。……こっからが本当の勝負だ。」


 外では朝の光がゆっくりと差し込み、屋敷の壁に淡い影を落としていた。

 スラムの帝王ゾルゾの時代は終わり、次の支配者――いや、新たな秩序を築く者たちが、その第一歩を踏み出したところだった。

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