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光を求めて  作者: kotupon


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413/447

ゾゾ一家壊滅

ゾゾ一家の大邸宅その奥、応接間の前にはすでに整列する影がある。

ゾルゾ直属の護衛二十名、そして一家の闘士十名。


いずれもスラムでは名の通った猛者ばかりで、腕っぷし一つで他者をねじ伏せてきた暴力の化身たちだ。

 しかし——その全員の視線が震えていた。

 剣を構える腕が震え、歯の根が合わず、今にも逃げ出したい本能を押し殺している。


 「——行くぞ」

 誰の号令でもない。

ザックの背中から迸る殺気がそのまま合図になった。


 刹那、クリフが動く。

 疾風が走ったかと思えば、最前列の護衛の一人が何が起こったのか理解する間もなく、視界が回転した。己の胴が地に崩れ落ち、首が遅れて床を転がる。

 続く二人目、三人目。音すらない。

まるで空気の裂け目そのものが斬撃になったような錯覚。


 「はやい……っ!?」

 誰かが呻く。

しかしその声を聞き届ける者はいない。


クリフの動きはすでにその場を離れ、影のように滑り、敵の背後に現れていた。

 彼が放つ剣閃は「神速」と呼ぶにふさわしい。

視線が追いつく前に敵が崩れ、血が舞う。

 もはや時間稼ぎにもならぬ。


 ケイトが続いた。

 細身の体がしなやかにしなる。

 縦横無尽に駆ける影が一閃ごとに命を刈り取っていく。


彼女のショートソードは細く軽いが、振るわれた瞬間の切れ味は断頭台の刃そのものだ。

 跳び、回り、すれ違いざまに斬り、返す刃でまたひとり。

 胴が縦に裂け、首が弾け飛ぶ。

 床に血潮が描く円環模様が彼女の足跡をなぞる。

 その動きには憎悪も怒号もない。

 ただ淡々と、冷たい精度で命を削る。


 ザックが皆朱かいしゅの槍を手に前へ出る。

 赤く染まった穂先が月光を反射し、次の瞬間、地鳴りのような一撃が放たれた。

 「らぁッ!」

 巨大な槍が薙ぎ払われると同時に、五人、六人の身体が真っ二つに裂け、まとめて吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 血飛沫を撒き散らし骨の砕ける音が部屋中に響いた。

 彼の動きは豪放だが、無駄がない。

 踏み込み一歩、回転、そして貫き。まるで流れるような舞と嵐。


 応接間の扉を蹴破ると、矢の雨が降り注いだ。

 だが、クリフは一歩も引かず、動体視力だけで矢の軌道を読み切る。

 剣を横に払うと、矢の群れが一瞬で木片に変わり、床へと落ちた。

 その姿を見たゾゾ一家の残存者たちは戦慄する。もはや勝負など存在しない。


 扉の向こう、豪奢な応接間。

 絹張りのソファ、金の燭台、スラムとは思えぬ華やかさ。


 中心に座る男や護衛たちの顔は、恐怖で引き攣っていた。

そんなことはお構いなしにフレッドとユキヒョウ駆ける風を置き去りにするかのように。


 フレッドの二振りのグラディウスは、対人戦において無類の破壊力を誇る。

 片手で扱える短剣の域を超え、重さと速さを両立した双刃。

 「家族を傷つけた代償を払え」

 胸から腰へ一直線に刻まれた双の軌跡が、血の線を描く。


 ユキヒョウはその横で静かに息を吐いた。

 「終わりだよ」

 白刃が舞う。バスタードソード《スノードロップ》が光を纏い、雪花のように敵を切り裂く。

 重いはずの剣が羽のように軽く扱われ、振るうたびに護衛が沈んでいく。

 その姿はまるで冬の精霊のようで、敵の恐怖が室内の空気をさらに凍りつかせた。


 一言も発せず抵抗すら許さず護衛たちは崩れ落ちた。


 ゾルゾ——スラムの帝王、暴力の象徴。

 スキンヘッドの頭に一本、斜めに走る大きな剣傷。

 右頬から首筋にかけての古傷が深く刻まれている。

 分厚い胸板、岩のような腕。

 だが、その片目には黒い眼帯。長年の残虐な人生が刻まれたその顔も、今は蒼白だった。

 「ひ……ひゃぁぁっ!! な、なんだお前らはっ?! 人間か……!? 悪魔かぁっ!」

 声が裏返り、ソファから転がり落ちて後ずさる。


 フレッドが血に濡れたグラディウスの切っ先をゾルゾの額へ向ける。

 「こいつがゾルゾだ」

 低く、抑えきれぬ怒気を滲ませた声。


 ザックは黙ったまま彼を見据える。

 その瞳に宿るのは怒りでも復讐でもない。——決意。

 かつて泥水をすすり、凍える夜に肩を寄せ合いながら生きた少年たち。

 その命を踏みにじり、笑いながら斬りつけ、泣く子を蹴り飛ばした男。

 彼が支配してきたこのスラムの、腐敗の象徴。


 ケイトが静かに息を吸い込む。

 「……終わらせましょう」

 その一言に誰も反論しない。

 復讐の炎が、長い沈黙を破る合図となった。


 ザックがゆっくりと歩み寄る。

 「……これは俺とジトーの分だ」

 その声には、怒りでも憎悪でもなく、確かな冷たさがあった。

 次の瞬間、鈍い衝撃音が部屋を満たす。

 床が震え、空気が揺らぐ。

 ゾルゾの身体がわずかに浮き、重力に引かれて落ちる。息が漏れた。


 「柔いな」

 ザックは低く呟く。

 「だいぶ手加減したんだがな」

 その言葉は、戦場で何度も死を見てきた者のそれだった。怒りの暴発ではない。

 これは“処刑”でもなく、“執行”だった。


 クリフがその隣に歩み出る。

 腰に差した剣の柄に軽く手を置き、静かに見下ろした。

 「……これは、俺とシマの分だ」

 音はなかった。

 ただ、風が通り抜けるような静寂の中で、ゾルゾの身体が沈む。

 男の目が見開かれ、息が漏れ、そして止まる。

 ただ、長い年月の果てに辿り着いた、冷たい終着点があった。


 ケイトが一歩前へ出る。

 その靴音がやけに響く。

 「これは……私の分。それから、サーシャの分」

 彼女の瞳は氷のように冷たく、炎のように揺れていた。

 唇がかすかに震える。

 「あなた、覚えてる? あの時のこと」

 ゾルゾは首を振ることすらできない。恐怖に顔を引き攣らせ、声にならぬ音を漏らす。

 「サーシャを連れていこうとしたわね。泣いて、命乞いしていた子を。あなた、笑っていたのよ……」

 ケイトの言葉は刃よりも鋭く、冷ややかに空気を裂く。

 「……あれから、どれだけの夜を泣いて過ごしたと思う?」


 ゾルゾは唇を震わせた。「ゆ、ゆるひゅ……」

 その声は掠れて、意味を成さない。


 ケイトは目を細めた。

 「私も、コッジも、あなたに許してと懇願したことがあったわね……」

 彼女は静かに首を振る。

 「――一度でも許したことがあったかしら?」

 その言葉は雷鳴のように室内に響き渡った。

 誰も動かない。空気が張り詰め、光までも止まったようだった。


 ケイトは一歩踏み込み、ゾルゾの顔を見据えた。

 「これは、サラの分よ…サラはあなたに殴られたせいで右目の視力を失ったの。」

 刃が閃いた。

 音はない。だが、悲鳴が響く。

 それは肉体の痛みではない、魂を引き裂く叫びだった。


 ゾルゾの視界が赤く染まり、世界が崩れる。

 「目が……見えない……!」

 その悲鳴に、ケイトは微笑むこともなく、静かに言葉を重ねた。

 「見なくていいわ。あなたが壊してきた世界なんて、もう見る価値もない」


 フレッドが一歩前に出る。

 「……俺とミーナの分だ」

 その言葉とともに、短い風切り音。

 フレッドの眼差しには激情がなかった。

 ただ、淡々とした“けじめ”がそこにあった。

 彼の手が震えていた。怒りではなく、哀しみで。


 ユキヒョウがその隣で静かに剣を収める。

 「僕とメグ嬢の分、だね」

 柔らかな声が室内に溶けた。

 「ゾルゾ。君は生きることで誰かを壊してきた。だったら、壊れる痛みを知って逝くといい」


 ゾルゾの呼吸は荒く、体は震え、目は焦点を失っている。

 もはや言葉も出ない。

 恐怖と痛みと後悔が、血のように混ざり合い、泡を立てて消えていく。


ベガが肩をすくめながら歩み寄る。

 「俺は……誰の分を行えばいいんだ?」

 彼は軽く息を吐き、ゾルゾを見下ろす。

 「ま、いいか。スラムの“景色”の分だな」

 その声には皮肉と冷淡が混じっていた。

 力任せではない。淡々と、静かに、骨の軋む音が続いた。

 それは暴力ではなく、罪の帳消し。

 長年積み重ねた悪意の塔が、音を立てて崩れていく音だった。


 ケイトはその顔を見下ろし、静かに言った。

 「これは……コッジの分」

 言葉とともに、ゾルゾの喉から声が消えた。

 空気が静まり返り、重く沈んだ。


 「……最後に、連れ去った子たちの分」

 ケイトの低い声が、まるで祈りのように響いた。

 音も光も消え、ただ静寂だけが残る。

 その静寂こそが、彼らが求めてきた“終わり”だった。


 誰も歓喜の声を上げない。誰も勝利を喜ばない。

 ただ、長い長い冬が終わったような静けさが訪れた。


 ザックがゆっくりと息を吐き、天井を見上げる。

 「……お前はこの場では殺さない」

 その声には、氷のような冷たさと、どこか人間的な余韻が混じっていた。


 「死すら生温い。道端に捨てる。運が良けりゃあ、誰かが助けてくれるかもな」

 クリフがそう言って、ゾルゾの身体を引き摺って踵を返す。

 ゾルゾの耳には、もうその言葉が届いていなかった。


 扉が開く。夜風が流れ込む。

 血の匂いと共に、外の冷気が部屋の熱を奪っていく。

 

 ケイトの瞳から、一粒だけ涙が落ちた。

 それは悲しみでも、怒りでもない。

 ――ただ、あの日の全てを終わらせた者だけが流せる涙だった。



ゾゾ一家のの邸宅、その豪奢な門がきしむ音が響く。

 月明かりの下、クリフがゆっくりと外へ出てくる。


 その手には、重たく沈黙した“何か”が引きずられていた。

 足元をずるりと滑っていくそれは、もう人の形をしているとは言いがたかった。


 ゾルゾ――スラムの支配者だった男の、終わりの姿だった。


 後ろには、ケイト、ザック、ユキヒョウ、フレッド、ベガが続く。

 全員、言葉を発さない。

 戦いの後の空気というより、断罪の儀式を終えた後の静寂がそこにあった。

 夜の虫の声さえ止まり、街そのものが息を潜めているようだった。


 広場の手前で、チュチュが待っていた。

 彼は怯えたように肩を震わせ、クリフが引きずっているものを見て、喉を鳴らした。

 「……ち、ちょっと、クリフさん……それ……」


 「ゾルゾだ」

 クリフは淡々と告げる。

 「チュチュ、手下を集めろ」

 短い言葉だった。だが、その声には命令以上の重みがあった。


 チュチュは息を呑み、何も言えずに首を縦に振る。

 彼の顔には恐怖もあったが、それ以上に“理解”の色が浮かんでいた。

 ――この夜を境に、スラムは変わる。

 それが良い方向かどうかはわからない。けれど、確実に何かが終わった。


 やがて、息を切らせながらチューファ一家がやって来た。

 総勢十人。汚れた服、傷だらけの腕、顔には疲労の色。

 

 彼らが見たものは、地獄の残骸だった。

 血の跡が続く邸宅、崩れた門。

 そしてその中心で静かに立つクリフたち。


 チューファ一家の若頭らしき男が息を詰まらせた。

 「……ゾ、ゾゾ一家が……」


 「壊滅だ」

 クリフの言葉は淡々としていたが、空気を震わせた。

 「だが、終わりじゃねえ」

 ゆっくりと歩み出し、ゾルゾの身体を地面に落とす。

 どすりと重たい音が響く。チューファ一家の連中が思わず後ずさった。


 ザックが煙草をくわえながら肩を回す。

 「お前らチューファ一家は、組織の中じゃ最底辺なんだろ」

 その口調は皮肉まじりだったが、どこか柔らかい。

 「ゾゾ一家の代わりに、今度はどこか別の連中が台頭してくる。目に見えてる話だ」


 ユキヒョウが続ける。

 「僕らはその前に、“話”をつけておく。力づくでも、言葉でもね」

 静かな声だったが、誰も軽く受け取ることはできなかった。


 クリフがチューファ一家を見渡した。

 「お前らがスラムを治めろ」


 その言葉に、十人全員が息を呑む。


 「俺たちは一晩でここを片付ける。三チームに分かれて、各所の連中と話をつける」

 指を折って、淡々と告げる。

 「お前らは案内係だ」

 そして手で順に仲間を示す。

 「俺とケイト。ザックとユキヒョウ。フレッドとベガだ」


 「了解」


 チューファ一家の中から、小柄な男が恐る恐る手を上げる。

 「……その、“話し合い”って、どんなふうに……?」


 クリフは口の端を上げた。

 「話し合いでも、力づくでも、どっちでもいい」

 淡々と続ける。

 「ただし――了承させたら、ここに来て“片付けるように”伝えろ。死体が散乱したままじゃ、気分が悪い」

 その言葉に、チューファ一家の面々は青ざめた。


 だが、ユキヒョウが微笑みを浮かべ、柔らかく言葉を添える。

 「家の中も掃除させよう。家具は壊れてるけど、まだ使えるものもある」


 ケイトがうなずいた。

 「これからこの家を、チューファ一家が使えばいいわね」


 ゾルゾの残した“悪の巣”を、再生の拠点に変える――それが、彼女なりの祈りだった。


 フレッドが肩を鳴らし、にやりと笑う。

 「それな! んじゃあ、早速行こうぜ!」

 勢いのままに歩き出し、怯えた案内役に向かって顎をしゃくる。

 「何をぼさっとしてんだよ。早く案内しろよ」

 その乱暴な調子に、案内役の男が慌てて前へ出る。


 ユキヒョウが苦笑しながら口を挟む。

 「効率よく回れるように頼むよ。夜は長いけど、時間は少ない」


 「ひ、ひぇいっ! わ、わかりましたっ!」


 チューファの若頭が後ろで頭をかかえた。

 「……な、なんだこの人たち……」


 ベガがそれを聞いて小さく笑う。

 「話の展開についていけてねえ感じか?」


 ザックが肩をすくめる。

 「だろうな。頭悪りぃんだよ、コイツら」

 

 ベガが煙を吐き出しながら言う。

 「シャイン傭兵団は“普通じゃねえ”ってこと、自覚しようぜ」

 その言葉に、全員が小さく笑った。

 ほんのひととき、緊張がほどける。


 夜の風が流れる。

 スラムの路地の向こうには、まだ多くの“ゾルゾ一家の配下”が眠っている。

 この夜は、ただの始まりだ。


 街灯の光が遠ざかる。

 三組に分かれた影が、それぞれの路地へと消えていく。

 足音が石畳に反響し、夜の闇に溶けていく。

 彼らが通るたび、路地裏の者たちが顔を出し、息を潜める。

 

 ――この夜を境に、スラムの秩序が変わる。

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