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光を求めて  作者: kotupon


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王都の地下闘技場2

 「チャドだ!!」「あの化け物がまた出るぞ!」「また人間をミンチにしてくれる!」

 観客席のあちこちから野次と歓声が爆発する。酒瓶を掲げる者、叫びながら金を握りしめる者、血の匂いに酔いしれた者。

王都の闇が凝縮したような地下闘技場は、熱と狂気で沸き返っていた。


 砂まみれの円形闘技場の中央、鉄柵の奥からずしん、ずしんと音が響く。

現れたのは、二メートルを優に超える巨躯。

筋肉が岩のように盛り上がり、裸の上半身には無数の傷と焼き印。

太い首筋をぐいと鳴らし、唇の端から泡を垂らす。

目は血走り、理性の欠片もない。——狂人チャド。


 「おおおっ! あれが狂人チャドだ!」

 「また殺るぞ、誰かの腕が飛ぶぞ!」

 観客が立ち上がり、柵にしがみつく。興奮の坩堝。


その中央に、静かに歩み出たのは銀髪の男だった。

 ユキヒョウ。

 白銀の髪が地下の松明の光を反射し、ひときわ異様な輝きを放つ。

しなやかな体躯、柔らかくも冷えた双眸。足取りはまるで風。

獣のように研ぎ澄まされているのに、立ち姿は怠惰にすら見えた。


 観客の一人が失笑する。

「なんだありゃ? 坊やじゃねえか」

「すぐ首もげるぞ!」


 だがザックとフレッドは配当金の計算をしてニンマリと笑い談笑していた。

「十金貨×五×三×三=……四百五十金貨だな…うひひ」

「うひゃひゃ…ホント楽な商売だよな」


 チュチュはというと、緊張で喉がからからに乾いていた。

指先が震える。狂人チャドの噂はスラム中に広まっている。

脳がイカレタ殺戮者、力こそが言葉だと信じる怪物。


だがその前に立つ銀髪の男は——まるで退屈そうに前髪を払っただけだった。

 「……やれやれ。獣臭いな」

 その声は、観客の怒号に紛れてもなお澄んでいた。


 チャドが唸る。筋肉が膨張し、地を踏み鳴らした。

ドンッという音が空気を震わせる。砂が跳ね、柵が軋む。観客が息を呑む。


 ——開始の銅鑼が鳴る。


 「ウオオオオオッ!!!」

 狂人の咆哮。突進。まるで壁が迫ってくるような質量。

踏み込み一つで地面が抉れ、砂塵が舞い上がる。


 だが、ユキヒョウは——動かない。

その突進を受け止めた。次の瞬間、爆音。


 ドガンッッ!!!

 吹き飛ばされたのは、チャドだった。


 巨体が宙を舞い、地に叩きつけられ、砂煙が上がる。

観客が一瞬、声を失う。何が起こったのか理解できない。


 ユキヒョウは、ほんの少しだけ後ろに足を引いた姿勢のまま、肩をすくめた。

 「……なんで君が吹き飛ぶのさ」

 その声に、観客がざわめく。


 チャドが呻き声を上げて立ち上がる。

歯を食いしばり、血を吐きながらかぶりを振る。

その目が、銀髪の男を捉えた瞬間——恐怖が浮かんだ。

 あの狂人の顔に、畏れが。


 「……もういいや。死んで」

 ユキヒョウが、ほんの少しだけ膝を曲げた。


 空気が裂けた。

 貫き手、三連突き。喉、心臓、右肺。

 ぴたりと音が止まる。チャドの体がわずかに震え、そしてゆっくりと崩れた。

 ユキヒョウは踵を返し、歩み去る。その背に合わせるように、チャドの体から血が噴き出した。


 静寂。

 観客が息を呑む。時間が止まったような数秒。

 そして——爆発的な歓声。


 「うおおおおおっ!!!」

 「な、なんだ今のは!?」

 「見えなかったぞ!?」

 「チャドが……一撃で……!?」


 ざわめきが地鳴りのように広がる。血に濡れた砂の上に転がる巨体。

その胸には三つの穴。煙のように血が蒸発していく。


 チュチュは唇を震わせた。

「ば、化け物だ……」


 ユキヒョウは倒れたチャドを一瞥し、ゆっくりと顔を上げる。

その視線がまっすぐに、ザックとフレッドの方を向く。

 彼は唇の端をわずかに上げ、手をひらひらと振った。

 ——『弱すぎて話にならない』。

 そう言わんばかりの、退屈した笑み。


 ザックがにやりと笑った。

「やっぱ、順番なんか決めるまでもなかったな」


 フレッドが当然のように言う。

「ほらな、鼻クソだって言ったろ?」


 その軽口に、チュチュは戦慄した。

 (この男たちは……本物の“戦鬼”だ……)


 群衆がまだ興奮の渦にある中、チュチュの背筋は氷のように冷たくなっていた。

 彼らは、命の奪い合いすら“遊び”にできる。

 狂人チャドを恐怖で沈め、一撃で殺す。


これが傭兵団——シャイン傭兵団の実力。


 (こんな連中を敵に回す組織など、あるはずがない……いや、もし味方につけられるなら——!)

 チュチュの脳裏に、電撃のような考えが走る。ゾゾ一家の支配下に甘んじている現状から抜け出す唯一の道。それが今、目の前にあるかもしれない。


 観客はまだ歓声を上げていた。

「すげえぞチューファ一家!」

「新入りがやりやがった!」

「あの銀髪、何者だ!?」

「次は誰だ!? もっと血を見せろ!!」

 金を賭けた者たちは狂喜し、叫び、酒を浴びるように飲んだ。


 ユキヒョウは無表情のままリングを離れる。足取りは静か。まるで何事もなかったかのように。


 控え席に戻ると、フレッドが瓶を差し出した。

 「ま、肩慣らしにはちょうどよかったろ」


 ユキヒョウは肩を竦めて

「そんな不味いものなんて飲めないよ…もう少し骨のある奴がいいね。退屈だったよ」


 ザックが笑う。

「次は誰が来る? 人喰いデクスターか、怪人ドルーか……まぁどっちでもいい。片っ端から潰しゃいい」


 フレッドが歯を見せて笑う。

「それでチューファの奴らに金を全部突っ込ませる……こりゃ、しばらく娼館代に困らねえな」


 チュチュはそのやり取りを聞きながら、心の奥で確信した。

 ——この三人は、“常人の戦い”の領域にいない。

 剣も槍もなく、拳ひとつで狂人を屠る。しかもそれを余裕の笑みで済ませる。

 まるで、殺すことが日常であるかのように。


 地下闘技場の照明が再び灯り、血の清掃が行われる。

観客席の喧噪は続き、次の試合の賭け率が叫ばれる。

「チューファ一家、次も出るぞ!」

「銀髪の次は誰だ!?」

「またチューファか!?」

「さっきの銀髪の仲間だろ!?」

「どうせ運だ! 今度は殺られる!」


 ザックがゆっくりと立ち上がる。

「じゃ、次は俺が行ってやるか。」


 チュチュの背後で、手下たちがごくりと唾を飲む。

 恐怖と興奮が入り混じった視線。


 椅子を押しのける音だけがやけに響く。

分厚い筋肉の下で鎧のように固まった肉体、陽に焼けた肌、肩幅はまるで門のように広い。

 闘技場に降り立つと、客席の空気が変わった。

 「で、でけぇ……!」「チャドと同じくらい……いや、それ以上じゃねえか!」


 ザックは軽く肩を回し、拳を鳴らす。

 「……あー、退屈は嫌いなんだよな」


 対するは、人喰いデクスター。

 筋骨隆々、皮膚には傷跡と焼き印、首には鎖の首輪。

 だが、最も異様なのはその口だ。

 口の中にぎらりと光る鉄の歯。

 まるで獣の牙を模したような凶器——だが、それは歯ではなく「金属を埋め込んだ義歯」だった。


 「……何だそりゃあ?」

ザックが片眉を上げる。

「こけおどしにもならねえぞ」


 観客が声を上げる。

「鉄の歯だ!」「噛み殺せ!」「人喰いの名は伊達じゃねえ!」


 デクスターが唾を飛ばしながら唸る。

 「噛み千切ってやる……骨も肉もなァ!」


 「おう、やれるもんならやってみな」

 ザックは構えすら取らず、両腕をだらりと下げたままデクスターを見据える。


 銅鑼が鳴る——刹那。

 砂を蹴る音すらなかった。


 ザックの体が揺らめいたかと思った瞬間、光速の左ジャブが閃く。


 パンッッ!!!

 乾いた破裂音。


 デクスターの顔が潰れ、頬骨ごと粉砕され、後頭部から脳漿がはじけ飛ぶ。

 体はその場で立ったまま、わずかに遅れて崩れ落ちた。


 観客が一瞬静まり返る。開始一秒も経っていない。


 「……終わりかよ」

 ザックが肩をすくめ、軽く息を吐く。その表情はまるで“あくび”をする前のようだった。


 次の瞬間、歓声が爆発する。

 「うおおおお!!」「一撃だ! 一撃で人喰いを殺った!」「顔がねぇ!」「あれが拳か!?」


 チュチュは頭を抱え、呆然とその光景を見ていた。

 (な、何だ……この人間離れした力は……!?)


 ザックは振り返り、フレッドとユキヒョウに向かって指を立てた。

 「はい、一丁あがり。次は誰だ?」


 「次は俺だな」と言って立ち上がるのは——フレッド。

 「ま、俺も軽く遊んでくるわ」


 観客の興奮がまだ冷めぬ中、フレッドが闘技場へと足を踏み入れる。

 相手は“怪人ドルー”。

 黒光りする筋肉、片目を潰し、全身に傷跡が走る戦士。

 狂犬のような荒い息を吐き、血走った片目で睨みつける。


 「ドルー! 首をもぎ取れ!」「血を見せろォ!」観客の叫び。


 フレッドは片手を上げて応えるでもなく、ただ退屈そうに首を鳴らした。

 「少しは抵抗して見せろよ?」


 ——銅鑼が鳴る。

 ドルーが猛然と突進。


 フレッドの右足がわずかに動いた。次の瞬間、左足が弧を描く。

 シュンッ——。


 鋭い風切り音。

 何かが宙を舞った。

 それが何かを観客が理解するまで、ほんの一瞬の間。


 ——首だ。


 ドルーの首が回転しながら空を飛び、砂の上に落ちた。胴体は二歩進んでから崩れた。

 歓声ではなく、悲鳴にも似たざわめきが起こる。

 「剣もねえぞ!?」「蹴っただけだ!!」「首が……! 蹴りで切れた!?」


 審議が入る。

 闘技場の審判たちがフレッドの体を調べ、足元、腕、衣服、すべてを確認。

 ——武器は、ない。

 「素足だ……」

 信じられないという声が観客席から漏れる。


 フレッドは軽く鼻で笑う。

 「よっしゃ、これで四百五十金貨いただきだな!」


 ザックが大声で笑い「おい、チュチュ! 美味い酒持ってこい!」


 「は、ハッ! 今すぐに!」慌てて走り出すチュチュ。


 ユキヒョウは苦笑していた。

 「さすがにね……この酒は飲めないよ」


 フレッドが瓶を覗き込み、「泥水だよな、これ?」とぼやく。


 観客の喧噪を尻目に、彼らは椅子に腰を落ち着け、まるで酒場の談笑でもしているかのようだった。


 ——だが、彼らの“遊び”は終わらなかった。

 「まだやれるか?」とザック。

 「遊び足りねえ」とフレッド。

 「まあ、少しは運動になるかもね」とユキヒョウ。


 その後も、三人は立て続けに戦った。

 対戦相手が誰であろうと、武器を持っていようと、結果は変わらない。

 拳、掌、蹴り、一撃。

 血が舞い、骨が砕け、敵は倒れ、歓声が響く。


 オッズが——すぐに二倍へ、次に1.6倍、1.4倍、1.1倍……そしてついに——1倍。

 誰ももう、彼らが負けるとは思わなかった。


 観客は半ば呆れ、半ば狂喜していた。

 「もう止めろ!」「次は誰を殺す気だ!」「あいつら人間じゃねえ!」

 しかし誰も目を離せない。

 それほどまでに、彼らの戦いは“異常”で、“美しかった”。


 その夜、チューファ一家は合計四八七八金貨を獲得した。

 スラム最底辺の弱小一家が、一夜にして巨万の富を手にしたのである。


 金貨の入った大量の袋を前に、チュチュは手が震えた。

 「こ、こんな……本当に、こんな額……!」


 ザックが笑う。

「半分は俺たちの分だからな。」


「は、はいッ!!ありがとうございますっ!」


 闘技場の灯が消えるころ、チューファ一家の者たちは震えながらも歓喜に酔っていた。

 だが、その歓喜の中でチュチュだけは理解していた。

 ——これは奇跡ではない。災厄だ。

 この三人が動けば、金も命もいくらでも手に入る。

 だが同時に、それを敵に回せば、一夜で全てが吹き飛ぶ。


 チュチュは心の底で誓った。

 (こいつらを味方につける……! どんな手を使ってでも……!)


 こうして、チューファ一家の夜は熱狂と恐怖の中で幕を下ろした。

 地下闘技場の記録には、この日の試合結果がこう刻まれる。

 ——“全勝、全殺、全異常”。

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